なにが大事か
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「目標を発見した。各員速やかに脱出し、帰投の準備を」
『了解。……依頼された障害の排除は?』
「もう済ませた。後は目標を確保するだけだ」
『分かった』
携帯通信機でそんな会話を済ませて、こちらを見るNo.1。
……コイツ以外にも誰かきてる、いや下手したらギフト・ソルジャー総出でパイシーズにいる可能性もあるか。
クソ、ただでさえ切羽詰まってる状況なのに、なんでこんなタイミングで……!
……待てよ?
「一応聞いておこうか。大人しくアクエリアスへ帰る気はあるか?」
「ないわ。あそこは私の帰る場所じゃないし、行く理由もない」
「……だろうな」
「今度はこっちの質問に答えなさい。……アンタたち、どうやって今回の戦争が起こる日時を知ったの?」
前回、無法者たちがパイシーズを襲ったタイミングでこいつらが私を連れ戻そうとしたのは、多分偶然だ。
No.77からも、無法者たちが暴れてるのに乗じて行動するような指示は受けていないって聞いてたし。
でも、今回は明らかに戦争に乗じて行動を起こしている。
百歩譲って日にちが被ることはあっても、こんな時間に乱入してくるのはタイミングが良すぎる。
事前に戦争が起こる時間帯が分かったうえで、機をうかがわなければ無理だ。
アリエスの皆や私たちに気付かれないようにパイシーズへ接近するするのも、私たちがどこから侵入するかを知っていなければ不可能のはず。つまり……。
「ねぇ、誰から聞いたの。私たちを売った裏切り者は、どこのどいつ?」
「……教える義務はない」
「答えろっ!!」
腹の底から怒鳴った。
歯軋りする口の中に血の味が広がるほど、強く奥歯を噛みこんだ。
……おおよその予想はついている。パイシーズの状況と、アリエスが戦争を仕掛ける時間帯を知っていて、なおかつアクエリアスと連絡をとれる人間なんかほんの一握りだけだ。
でも、なんで、どうして……!
「……ねぇ、アンタたちに情報を売ったのは誰なの? パイシーズの所長? それとも―――」
「おい! 貴様、どこから現れた!」
内心誰に裏切られたのか気が気じゃない状態で、再度問いかけようとした途中で誰かの怒号が響いた。
声がしたほうを向くと、スコーピオスのギフト持ちたちの残りがNo.1を睨みつけている。
「お前たち、スコーピオスに用はない。いや、あるにはあったが、それももう済んだ話だ」
「なんの話だ、ふざけるな! さては貴様もそのガキの仲間か!」
「肯定も否定もしない。どう答えようと、どのみちお前たちは俺と敵対するつもりだろう?」
「分かっているのなら、疾く死ねっ!!」
生き残りのギフト持ちたちが、No.1に襲いかかる。
リーダーが戦闘不能に陥ったとはいえまだ十分に余力を残しているらしく、遠距離と近距離の両方から攻撃を仕掛けてきた。
……あーあ。
「さて、邪魔者はこれで消えた」
「え……?」
「あ? ……かっ……」
攻撃を仕掛けてきたギフト持ちたちの首から上が、一人残らず消失した。
いや、No.1の足元で、間抜け面を晒しながら転がっている。
『空間転移』のギフトで、奴らの首から上だけを転移して切断したんだ。
か細い呻き声を漏らして、すぐに動かなくなった首を興味なさげに放置しつつ、こちらに向き直った。
「お前も、こうなりたくはないだろう。大人しく投降しろ、No.67-J」
「……その前に、まだこっちの質問の答えが返ってきてないんだけど?」
「答える義務はない、と言ったはずだが」
「私もアクエリアスへ行く気はないと言ったでしょう。ま、いいわ。答えのほうから来てくれたみたいだから、ねっ!!」
背後に向かって、拳大の石をぶん投げた。
誰もいないはずの空間。しかし、確かになにかに命中したように投げた石の軌道が不自然に曲がった。
「ぐっ……!」
石が命中した空間あたりから、誰かの声が聞こえた。
聞き覚えのある、しかし男とも女ともつかない印象に残らない声。
「アクエリアスの連中を呼んだのはアンタ? ねぇ『シャドウ』」
「っ……よく、気付きましたね」
No.1と会話してたあたりから、コイツが私の背後から近付いてきているのが感じ取れた。
コイツは『隠密』のギフトを使える。自分の存在を他人に認識しづらくさせる能力で、諜報活動なんかにその力を使っていた。
でも隠密のギフトで誤魔化せるのは五感だけ。五感以外の感覚がある人間には通用しない。
文字化けギフトの恩恵には、周囲の人間の『マジカ』を感じとる能力も含まれていた。故に私ならシャドウの位置を常に把握できるというわけだ。
……ホントこのギフト、どれだけの引き出しを持っているのやら。便利すぎて怖いわ。
『隠密』を解除して、シャドウが姿を現した。
印象に残りづらいその顔は、申し訳なさそうに沈んだ表情をしている。
「なんのつもりでこいつらをここへ呼んだの。こいつらが私を狙ってるのはアンタも知ってるでしょう。まさか、所長の指示?」
あの優しい、(ショタコン疑惑以外は)裏表なんかなさそうな笑顔の裏で、私をアクエリアスの連中に売る算段をしていたというのか。
……私、また人間不信に陥りそうだわ。
「いいえ、私の独断ですよ。所長はなにも知りません」
「独断? どういうことよ。アンタ、所長を裏切ってアクエリアスに買収でもされたの?」
「違います。……パイシーズを支配しているスコーピオスの連中は『テイム』というギフトを用いて、強力な異獣を何体も飼いならして常駐させています」
「……は? なんの話?」
「どの異獣も能力値が3000近く、さらに強力なギフトを使用可能です。あの異獣たちがいる限り、今回の戦争は非常に厳しいものになります。たとえ作戦通り事が進もうとも、甚大な被害が出ることは避けられません」
「待ちなさい、そんな話聞いてないわよ!? なんで黙ってたのよ!」
「それを伝えれば、アリエスはパイシーズの被害よりも自分たちの被害が少なくなるような作戦を立てるでしょう。たとえば、『強力な兵器を用いて異獣の排除を最優先する。多少の犠牲を承知のうえで』とかね」
……あの実利優先の腹黒そうなアリエスの監督官ならありえなくはないわね。
下手すりゃパイシーズの解放よりも、スコーピオスの排除を優先してコミュニティが壊滅する可能性もゼロじゃないわ。
「だからこそ、飼い慣らされた異獣の存在をアリエスに知られず、かつ作戦の障害にならないように排除する必要があったのです。そのための手段が――――」
「喋りすぎだ。余計な情報を与えるな」
シャドウが話しているところに、No.1が割って入ってきた。
……なーるほどね。そういうことか。
「その飼い慣らされた異獣ってのを排除する役目を請け負ったのがアンタなわけね、No.1」
「……」
「アンタのギフトなら、どんな強力な相手でも問答無用で首を転移で切り離して即死させられる。さっきの連中みたいにね。で、その依頼の交換条件が、今回の作戦での私の位置情報を教えて、捕獲に協力すること、ってとこかしら。違う?」
「……あそこまで情報を伝えられれば、さすがに察しがつくか」
無駄に長々と説明口調で話してたけど、要するにこういうことでしょ?
① アリエスに援軍要請したけど、スコーピオスが強力な異獣飼ってるのバレたら、それをぶっ殺すのにパイシーズごと滅ぼされかねない。言えぬ。
② だから異獣の情報は黙っといて、それを排除するためにアクエリアスへ協力を要請。No.1なら異獣を殺せるはずだし頼むわ。
③ で、その対価に今回の作戦の概要と私の情報を売ります。こんな小娘もってけ。
というわけか。死ね。
それで作戦が始まる前まで、何食わぬ顔で一緒にいたってのか!? カツサンド食ってたくせに!
「テメェ! 私を売ること前提で待機してやがったのに、よく晩メシ分けてもらおうとか思ったな!? カツサンド返せ! 吐き出せ!」
「申し訳ありません。私にとって、なにより優先するべきなのは所長とこのパイシーズの平穏なのです。あなたの身一つ犠牲にするだけでそれが取り戻せるのなら、こうするしかなかったんです。……あと、ごちそうさまでした。本当に、美味しかったです」
「どういたしまして。死ねクソが」
「……気は済んだか?」
「っ!?」
シャドウに対して悪態を吐いていたら、いつの間にか目の前までNo.1が迫っていた。
デジャヴ。これ、前にもやられたことあるやつだ。
「寝ていろ」
ヤバい、あのビリビリする警棒みたいなやつを振りかぶってる。
このままじゃ、あの時の二の舞に……!
「っ!? がはっ……!」
警棒で殴られる直前、No.1の身体がくの字に曲がって吹っ飛んだ。
……え、なにが起きた?
「や、やめてください! お、お姉さんに、これ以上酷いことしないで!」
「No.77……? お前、なにをしている……?」
どうやら、No.77がNo.1を突き飛ばしたらしい。
……また助けられちゃったみたいねー……。
「お前も無事だったのか。なら、No.67-Jを捕獲するのに協力するべきだ。なぜ妨害した?」
「わ、私は、私も、もうアクエリアスには戻りません! お姉さんも、あんな酷いところへ連れて帰らせはしません!」
「それは命令違反だ、許されることではない。もう一度言う。お前も捕獲任務に協力し、我々とともに帰投するんだ。それがお前の正しい選択だ」
「それはあなたたちの、アクエリアスにとっての正しい選択でしょう!? 私は、違う! わ、私にとっての正しい選択は、なにがあってもお姉さんを守ることなんだからっ!!」
……啖呵を切るNo.77を見ていると、色々な感情が刺激されてどう反応するべきか分からない。
私のためにここまでしてくれるのが嬉しいと感じる反面、『なんでこの子こんなに私に執着してるの、怖い』とか思ってしまったり。
「それに、私はもう『No.77』じゃない、です。私は、私には『ナナ』っていう皆が付けてくれた名前があります。No.77なんて番号が振られた道具なんかじゃなく、ナナっていう一人の人間として、生きるって決めたんです!」
「お前も、違反者として俺たちに逆らうのか。……理解できん」
……? さっきまで無表情だったNo.1が、そう言いながら眉を顰めたのが分かった。
怒っているでも、不機嫌になっているでもなく、困惑している? なんで?
……いや、こいつがなにを考えてるかなんてどうでもいい。
これからすることは、なにも変わらないんだから。
「ならば、お前も無力化してともに連れ帰るまでだ。多少の傷は覚悟しろ」
「覚悟すんのはアンタよ、操り人形が」
No.1の前まで、今度はこっちからゆっくりと歩を進めて近付いていく。
さぁて、どう戦ったもんかしらね。
「No……いえ、『ナナ』」
「! お、お姉さん……いま、名前……」
「サポート、頼んだわよ」
「……はい!」
ああ、くそ。
リベルタとツヴォルフだけじゃなくて、この子まで私にとって大切な人間になってしまってる。
仲間なんか、増やせば増やすほど失いやすくなるっていうのに。
シャドウみたいに、いつか私を裏切るかもしれないのに。
この子が、可愛くて仕方がない。
……我ながらキモい思考だけど、妹ができたらこんな感じなのかなー……。
お読みいただきありがとうございます。




