可哀そう
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今回もツヴォルフ視点です。
醜く表情筋を歪めるジヴィナと相対している。
それだけで、思わず吐き気を催しそうになる。
「もう一度だけ聞きましょうか。No.67-Jの居場所は?」
「知らね。自分の足で探しなババア」
「……ロナを探して、どうする気?」
肩を竦めながらおどけて返したところで、坊主がジヴィナに問いかけた。
……ってオイ!?
「なに残ってんだ坊主! おめぇもアイツらと一緒に行けっての!」
「ツヴォルフを一人にできない。放っておくとすぐ死にそうだし」
……ごもっともで。弱いのは自覚してるけどよ。
ロナどころかこんなちっせぇ坊主にまで庇われなきゃならねぇ自分が情けねぇよホント……。
「おやおや、随分と小さな護衛ですね。今からでも先ほどの屈強な方々に守ってもらったほうがいいのでは?」
「こんな狭い道で、あんな大人数で君と戦うことになったらスペースの取り合いになる。その結果、溶解液を避け切れなくて確実に何人か死ぬ。少人数で対応するのは間違いじゃない」
「小さな頭でよく考えているつもりなのでしょうが、そもそもあなた方如きが私と戦おうとすること自体が間違いなんですよ。そんなことも分からないのですか? やはりあなたもあのゴミと同じで頭が悪いようですね」
「……ゴミって誰のこと?」
「話の流れから分かりませんか? No.67-Jですよ。そんなこともいちいち聞かなければ察せられないのですか。ああ、これだから頭の悪い子供は嫌いなんですよ」
坊主相手に大人げなくまくし立てるジヴィナを見ていると、以前より一層醜くなったと感じた。
いちいち他人のマウントとらなきゃ生きていけない病気にでもかかってんのかこのヒスババアは。
その言い分に、坊主が不快そうに眉を顰めた。
いつもの仏頂面が珍しく少し歪んでいる。まああんなウザい煽りかたされたら無理もねぇか。
「ロナは、ゴミじゃない」
「んん?」
「ロナは毎日頑張ってる。毎日必死に生きてる。なにがあっても諦めないで前を向いてる。それがどれだけ大変なことなのか、そう生き続けることが、どれだけすごいことなのか、ずっと一緒にいて少し分かった気がする」
!
……この坊主っ……。
「それをバカにする権利なんて誰にもない。ゴミなんて、誰にも言わせない」
「ははははは! やはりガキですね! 正義漢面してそんな薄っぺらい言葉を並べて格好いいとでも思っているんですか? 実に滑稽―――」
「君は可哀そう」
「……は?」
……なに言ってんだ?
坊主が歪んだ顔を無表情へと戻し、言葉を続けた。
「他人を見下すことでしか自分を肯定できない。自己顕示して他人に認められて優越感を得ることでしか幸せを感じられない。他人を傷付けることでしか生きていけない。他人に依存しないと生きていけないのに、他人に嫌われることしか言えないし、できない」
い、いやいやいや、言いすぎ言いすぎ。
アブねぇ、あまりにも容赦ない言い草にもうなんかちょっと笑いそうになっちまった。今笑ったらヤバいってのに。
「君はなんのために生きてるの? 生きてて楽しい? 君の生きかたって、人に害を与える以外に意味があるの?」
……そしてこの追撃である。
この坊主、こんな辛辣なこと言うヤツだったのか……。
「だっ……まれぇぇええっ!! このクソガキがぁぁぁああアあああああっ!!!」
激昂。そりゃキレるわ。
ダメ押しと言わんばかりに言葉を並べ立てる坊主に、ジヴィナが顔を真っ赤にして怒り狂った。
効いてるなー……。坊主の煽りもジヴィナに負けてねぇわ。
「ゴミがっ!!」
目にも留まらない速さで坊主に突進し、その顔面を殴りつけた。
膂力で大きく劣る坊主に防げるはずもなく、鼻血を噴き出しながら数メートルばかり吹っ飛んでしまった。
「ゴミが! クズが! お前みたいなガキに! 私の! なにが分かるっていうんだこのカスがぁぁああっ!!!」
殴り飛ばした坊主の髪を掴んで、何度も何度も執拗に地面へ頭を叩きつけている。
溶解液で溶かしてしまえばすぐに殺せるだろうに、嬲らずにはいられないのかひたすら殴る蹴るの暴行を続けている。
手足が変な方向へ曲がり、シミ一つなかった顔は痣と傷と血に塗れて見る影もない。
ボロ雑巾のようになった坊主を踏みつけながら、強張った笑みを浮かべている。
「はぁ、はぁ、はぁっ……!! く、くくっ、くはははっ……! 口だけは達者でしたが、肝心の強さがまるで赤子のようではありませんか。……なんて惨めな姿でしょう」
「……」
「意味も価値もないゴミが。さっさと消えてなくなってしまいなさい」
「……ねぇ」
「うるさい、消えろ」
坊主を掴んでいる手から溶解液を分泌し、坊主の身体を溶かしていく。
徐々に身体がドロドロと溶けていく中で、坊主の口からはっきりとした声が響いた。
「満足した?」
「……は? なに、を――――」
その直後、辺りが白く染まった。
同時に轟音が響き、耳を塞いでいても甲高い耳鳴りがする。というか耳の奥が痛ぇ。
「ぐ、ううぅぅ……!!?」
目を焼くような閃光と耳を劈くような爆音に、ジヴィナが目を押さえ蹲った。
急に目と耳が利かなくなって、混乱しているようだ。
なにが起きたかというと、坊主が事前に用意しておいたスタングレネードを目の前で爆発させたんだ。
ちなみにジヴィナが好き放題殴る蹴るしていたのは『幻惑操作』で作られた幻。
『幻惑操作』は単に幻を見せるギフトじゃない。
五感全てに実体のない刺激を誤認させるという、使いかたによってはかなり凶悪な能力だ。
といっても、相手の五感全てを自由に刺激できるってわけじゃない。
実体のない幻を認識させる、あるいは実在する対象の認識を誤らせることぐらいしか基本的にはできない。
あくまで幻は幻。実戦でできることといったら、せいぜい陽動くらいなもんだ。
だが充分だ。
今なら炸裂弾や手榴弾を炸裂させれば、ジヴィナにダメージを負わせることもできるだろう。
注意深く観察していれば坊主が幻かどうか見破れたかもしれねぇが、坊主の言葉に激怒した頭じゃ無理だったみてぇだな。
煽りながら自分の姿を認識しづらくして、それと同時に自分の幻を生み出して入れ替わってるのを見た時は思わず息を呑んじまった。
この坊主、非力なりに戦いかたを考えてやがる。なんて野郎だ ってな。
「う、ぁぁぁあああっ!!」
無抵抗のままだとまずいと悟ったのか、辺りに溶解液を撒き散らし始めた。
周りの壁が、地面が、ジヴィナ以外のなにもかもが溶けて崩れていく。
「よ、寄るな! 寄るな! やめろ、近付くなぁ!!」
完全に錯乱しているようで、喚き散らしながら溶解液を撒き続けている。
既に安全圏まで離れているオレたちは、ただただそれを白い目で眺めた。
「あのままだと、すぐにマジカが切れると思う」
「だろうな。実戦経験がないのがバレバレだ。さっきみてぇに待ち伏せされたりするとヤバいが、真っ向から戦うと案外大したことねぇ……あっ」
「あっ」
オレと坊主が同時に声を上げた。
ジヴィナが滅茶苦茶に周囲を溶かしまくったせいで、建物の一部が大きく崩れ、そして―――
「ああっ……!? あ、ああぁああああああっっ!!!」
やっと視力を取り戻し始めたようなのも束の間、崩れた鉄骨やら壁やらの下敷きになってしまった。
……なんだかもう憐れに見えてきた。
瓦礫の下敷きにされて身動きできないようで、夥しい量の血を吐きながら苦しそうな呻き声を漏らすジヴィナ。
瓦礫に潰されてアナライズ・フィルターが壊れたのか、ステータスが確認できるようになった。
Hが尽きかけていて、状態欄に『瀕死・内臓破裂』と表示されている。
「げほっ、あ……がぁあっ……!」
「あーあーあー……ありゃもうダメだな」
「い、嫌ぁ……! しにた、く、ない……!」
絶望した表情で、生への渇望を口にしている。
だがオレたちにはどうしようもないし、そもそも助けてやる義理はない。
「……可哀そう」
「言っとくが、助けようなんて思うんじゃねぇぞ。アイツぁオレたちを殺そうとしてきたし、こっちは一人殺られてんだぞ」
「うん、分かってる。……でも、可哀そう」
「……そうだな」
「がほっ……! ごほっ、あ、あぁ……うぁ……」
血を吐き過ぎたせいか真っ青に血の気が引いた顔のまま、糸が切れたように地面へ顔を伏せて動かなくなった。
……こいつは人を撃ち殺すのが趣味のゲスではあったが、いざ死ぬとなると憐れなもんだ。
「……行くぞ、坊主」
「うん。……? ツヴォルフ、収容施設はそっちじゃないよ」
「行くのは収容施設じゃねぇ。あっちはアリエスの連中に任せとけばいい。それよりロナが暴れてるトコへ急ぐぞ」
「ロナの、ところ?」
「ああ。アクエリアスの連中はロナを狙ってる。今回の騒ぎに乗じてアイツを捕獲するつもりなんだろう」
「! ……なら、急ごう」
さっきの話を聞く限りじゃ、ジヴィナの独断でアイツを狙ってるってわけでもなさそうだ。
No.2以下の連中ならまだしも、No.1がいるとなれば話は別だ。
アイツが使う『空間転移』のギフトは、格上の異獣やギフト持ちだろうと部分的に身体を転移して切り離し、即死させることができる。
そうでなくともギフト・ソルジャーの中じゃ頭一つ抜けた強さを持ってる。
今のロナでも、勝てるかどうか怪しいところだ。早く支援に行かねぇと。
……にしても、今回の戦争の情報をアクエリアスに渡したのは、アイツか?
仮にあいつだったとしても、なんのためにそんなことを……?
「……ツヴォルフ? どうしたの?」
「いや、なんでもねぇ。さっさと行くとすっか」
ジヴィナの遺体を尻目に、ロナのいるメインストリートへ足を運んだ。
隠し通路を使えば隔壁が上がっていても辿り着けるはずだ、急ごう。
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