闖入者
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「そっちの道は行くな! ヤバそうなのが何人もいるのが『視えた』!」
「おっと、じゃあどっちへ行けばいい!」
「こっちの裏路地の建物沿いに進み続けろ! その先を抜ければ収容施設だ!」
『ゴリアテ』『イガリマ』『デイダラ』全員で、接種を受けた住民たちが収容されている施設へ移動している。
先頭を走ってるのはオレ。『未来視』のギフトを頼りに極力戦闘を避けながら突き進む。
それを隣で走っている坊主が、心配そうに覗き込んできた。
「……ツヴォルフ、大丈夫?」
「大丈夫じゃねぇよ。先頭なんか一番ヤベェポジションだろが。お前もそんなに膂力高くねぇんだからもっと列の中央に下がってろ」
「『未来視』のおかげで比較的安全に進めてるみたいだけど、使い過ぎるとつらいんじゃ……」
「死ぬよかマシだ」
『未来視』は字面だけならかなり便利そうだが、ちょっとでも行動の選択を誤ると望んだ結果は得られない。
あとマジカはほとんど消費しない反面、脳への負荷がちとキツい。
リアルタイムの映像と未来の映像両方を同時に脳内で処理するっていうのは、本来ありえない状態だ。
複数のモニター映像を同時に見るのとはまるで違う。
あまり長く見ようとすると、猛烈な頭痛と吐き気が襲ってきて強制的に中断されちまう。
断続的に『未来視』を使いながら最良のルートを進み続けていると、見覚えのある施設が見えた。
異獣の研究施設近くにある、大運動場。
そこの広いスペースを、接種済みの住民たちの収容施設として利用しているって情報だったはずだ。
ここを開放すれば、ここにいる住民たちを解放すればほぼ勝ちは確定する。
「……え?」
収容施設に足を踏み込んだ途端に、オレの足が、隣で走っている坊主の下半身が、後ろから走ってきているアリエス軍の皆が、ドロドロに溶けた。
グチャグチャと原形を失くしていき、最後に残った目で視えたのは、醜悪な笑みを浮かべている女の顔で―――――
「っ!! 止まれっ!! 入るなぁっ!!」
「うわっ!?」
「!?」
その未来を回避すべく、足を止めて叫んだ。
後続の進む勢いに圧し潰されないよう、坊主を抱えて脇道に逸れて危機を回避する。
「う、うあ、うわぁあぁぁ……ぁ…!!」
「なっ……!?」
勢いあまって施設内に入り込んだ隊員の身体が、ドロドロに溶けていく。
さっき『未来視』で視えたオレたちの末路のように、ものの十秒ほどで全身が溶けて床に広がっていく。
「あらあら、相変わらず無駄に勘が鋭いですねツヴォルフさん」
唖然としながらその光景を眺めていると、上の方から声が聞こえてきた。
聞き覚えのある、嫌な濁声。中年の女の声だ。
「……ジヴィナ……!」
「お久しぶりです。あのまま皆仲良く溶けてしまっていれば、楽に済ませられたものを……」
見上げると、そこには元同僚のジヴィナ三等員が醜悪な笑みを浮かべながら佇んでいた。
……わざわざ照明の上に立たなくてもいいだろうに。えらい奴となんとかは高いとこが好きってか。
「知り合い……?」
「元同僚だよ。ジヴィナっていう、万年ヒラのオバハンだ」
「なっ、元同僚ということは、アクエリアスのか? なぜ、こんなところに……!?」
「……クククッ、もう私は三等員ではありません。私は選ばれたのですよ、ギフト・ソルジャーにね!」
「! 坊主っ!」
坊主を抱えて、『速度強化』で後方へ跳んだ。
その半秒後、さっきまでオレたちが立っていた地面がドロドロと液状化していくのが見えた。
「クフフッ、ウフフハハハッ! どうですか、これが私のギフトです! 有機無機問わずあらゆる物体を溶解させるこの能力! ギフト・ソルジャーの中でも特に高い殺傷力を誇ると自負していますよ」
ジヴィナの掌から、なにか液体のようなものが飛ばされたのが見えた。
おそらく、あれは『溶解』のギフトだ。生成した液体に触れたものを腐食・溶解させる能力。
オレたちが脱走した後に、コイツも例の注射を接種してギフトに目覚めやがったのか。
くそ、よりによってあのサディストにあんなギフトが授けられるなんてな……!
「チッ!」
懐から拳銃を取り出して、ジヴィナに向かって発砲した。
胴体に2~3発命中したが、弾丸は貫通せずにジヴィナの皮膚に弾かれた。
「……痛いですねぇ。そんなオモチャで人を傷付けようとするとは、教育がなっていないようですねぇ」
「そのオモチャでこれまでさんざん人を撃ち殺してきておいてよく言うぜ。……なんで、こんなところにテメェがいやがるんだ」
「答える義務はありません、と言いたいところですが、こちらとしても聞いておきたいことがありましてね」
「なに……?」
急に話し合いの場を設けようと、こちらに問いかける体勢をとるジヴィナ。
……いきなりこっちを殺すつもりで攻撃してきておいてよく言うぜ。
「『No.67-J』はどこにいるのですか?」
「っ……まだアイツを狙ってやがるのかテメェらは」
「No.67-J……?」
「……ロナのことだ」
「! ロナを……?」
聞き覚えのない番号を聞いて首を傾げる坊主に教えてやると、目を見開いて驚いた。
その後、ジヴィナのほうを睨むように凝視している。
「監督官直々の命令でしてね。あなたのことはもうどうでもいいそうですが、彼女だけはなにがあっても確保せよ、とのことです」
「監督官が? いったい、なんのためにアイツを欲しがってんだ?」
「さて、私には理解できませんよ。あんなゴミを欲しがる理由など、ね!」
「ゴ、ミ……?」
再び、ジヴィナの掌から溶解液が放たれた。
おいおい、話し合う場じゃなかったのかよ!?
「坊主、ボーっとしてんじゃねぇ! 離すんじゃねぇぞ!」
「うっ……!」
『ゴミ』という言葉に唖然としている坊主を背負って、液体一滴すら触れることを許さず避けた。
くそ、不定形の液体を放射されるってのは、ある意味銃弾を避けることより難しいぜ……!
「あはは、あははははっ! さて、コレは警告です。その気になれば、あなた方程度全員溶かして消すことくらいわけありません。しかし、あのゴミの居場所さえ素直に教えるというのであれば、見逃してあげてもよろしいですよ?」
「……はっ、どうせ教えたところでどのみち殺す気だろうが。テメェのこれまでやってきたことを考えてみろよ」
「ふふふ、あなたが言えた義理ですか? ツヴォルフ元一等員」
「あ?」
「あなたも、決して人道的とは言えないアクエリアスの実験に幾度も何年も参加して、その成果を献上してきた身ではありませんか。殺しかたが直接的にしろ間接的にしろ、私もあなたも同じ穴のムジナですよ」
こちらを嘲笑いながら、言葉を続けている。
「殺人の事実から逃げて、アクエリアスから逃げてのうのうと生き延びてる卑怯者。それがあなたですよ、ツヴォルフ。偽善者面して、その子供を庇うような素振りでもすれば善人になれるとでも? あなたはどこまでいってもクズのままですよ」
得意げな顔で、言うだけ言って満足したような表情をするジヴィナを見ていると、吐き気がこみ上げてきた。
このババアめ。他人を非難することでしか自分を肯定できねぇテメェに言われる筋合いねぇよ。
ま、言ってることは否定しねぇけどな。
「……おい、このオバハンはオレが片付ける。お前らは回り込んで収容されてる住民たちを解放してくれ」
「え? だ、だが……」
「いいから行け! モタモタしてっと、作戦そのものが失敗に終わっちまうぞ!」
「くっ……! 全隊員、迂回せよ!」
後続の隊員たちに指示を出して、ジヴィナの手が及ばないように移動させた。
それを妨害するでもなく、ただ愉快そうにジヴィナは眺めていた。
「意外だな、止めねぇのか?」
「パイシーズとスコーピオス、そしてアリエスの戦争など我々にはあまり関係のない話ですから。ただ、騒ぎに乗じて目的を果たすのみですよ」
「にしちゃあ、随分と私情が混じってるような振舞いに見えるがな」
「ふふっ……あの時、私を殺さず逃げたことを後悔させてあげますよ」
そう言いつつこちらに向かって掌を構え臨戦態勢をとりながら、オレを睨みつけた。
さぁて、最悪でも相討ちくらいにはもっていかねぇとな。
にしてもコイツ、まるで今晩にアリエスが殴りこむことを知っていたかのような言い分だったが、どうやってアクエリアスはそれを……。
……まさか……!?
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