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戦争とその裏で

 新規の評価、ブックマークありがとうございます。

 お読みくださっている方々に感謝します。


 メインストリートの中央へ向けて走っていくと、人ごみが見えてきた。

 騒ぎを聞きつけた野次馬さんたちかと思ったけど、集まっている人たちをよく見ると全員スコーピオスの軍人さんみたいだった。


 あの集まっているところに、お姉さんがいるのかもしれない。

 人ごみを通り抜けるために『念動力』で飛んで頭上を失礼しつつ、中央へ向かってさらに進んでいく。



 もう少し、もう少しでお姉さんに会える。


 今度こそ、あの人の助けになれるかな。


 お姉さんはすごく強いし、私が行って足手纏いになったりしないだろうか。今になって不安に……。




 あ、れ?


 頭の中がゴチャゴチャのまま、それでも中央に向かって進み続けると、広場の中央に二人分のの人影が見えた。


 長い銀髪の女性がお腹から血を流して倒れていて、その傍で男の人が腕を振り上げて、い、て。



 今まさに、お姉さんの頭に向かって振り降ろそうとしているのが見えた。





「死ねぇぇぇぇぇぇえええっ!!」




「……や………」




 怒りに顔を歪めながら叫ぶ男の人に向かって、自分の身体を念動力で弾き飛ばして急接近させた。





「や、めてぇぇぇぇぇええええっっ!!!」


「なっ……ぐふぅあっ!!?」




 その勢いのまま、お姉さんを殺そうとしていた男の人を殴り飛ばした。

 ……普通の人だったら軽く死にそうなところまで飛んでいったけど、もうそんなことどうでもいい。



「なんで、なんで、いつも、いつも、あなたたちは、誰かを傷つけてばかりで……なんで、いつも、みんな、お姉さんをイジメようとするの……!!」



 アクエリアスの人たちもこの人たちも、人の命をなんだと思ってるの……!

 この人が、こんなふうに傷付けられていい理由なんて、絶対にないはずなのに。




「アン、タ……」



 ! いけない、早く治療しないと。

 ひ、酷い傷……。よく見ると、お腹の傷が背中まで貫通してる。

 他にも身体中に打撲傷や骨折が見られる。放っておいたらまずい。



「お姉さん、すぐに治すから、ちょっと我慢してて」



 治癒のギフトでお腹の傷を中心に治療していってるけど、治りが遅い。

 さっき治した子と同じで、傷が深すぎるせいだ。

 あまりモタモタしてると、また襲われてしまうかもしれないのに。




「君は特等民の、確か『ナナ』ちゃんだったかな。どういうつもりだい?」




 お姉さんの周りを包囲していた人たちの一人が、声をかけてきた。

 銀髪の青年で、ステータスを視るとすごく強いのが分かる。

 膂力は私のほうが少し上だけど、ギフトの数と熟練度と出力は圧倒的に向こうのほうが強い。


 しかも、周りにいる人たちもこの人ほどじゃないけどかなり強い。

 アクエリアスのギフト・ソルジャーたちよりも明らかに練度が高い。

 敵対すれば、まず勝ち目はない。



「指示を無視したガイエインを止めようとした……にしては少し乱暴すぎる対応だと思うけどね」


「わ、私は……」


「あと、察しがついてるだろうけどそのレディは侵入者だ。情報を吐かせるために死なない程度治療するならともかく、治し過ぎるとまた暴れ出しかねない。それは分かってるかい?」



 治療を続けながら、銀髪の青年の目を見据えつつ答えた。



「私は、私はもう、あなたたちの下では働きません」


「……それは、スコーピオスを抜けるということかな? なにか待遇に不満でもあったのかい? あれでもかなり好待遇のつもりだったと思うんだけど」


「今の生活に大きな不満はありません。むしろ、アクエリアスにいたころよりもずっといい暮らしをさせていただいてます。でも……」


「ん?」



 まだ傷が痛むのか、苦しそうに息をしているお姉さんを見て、口を開いた。



「この人だけは、なにがあっても裏切らないって決めたんです。たとえ全てを失っても、私を命がけで助けてくれたこの人だけは……!」


「だから、スコーピオスを裏切るって言うのかい? どんな事情があるのか知らないけれど、随分と無謀な選択に思えるけどね」


「でも、私は……」


「死ぬよ、君」



 銃口のように変形させた右腕を私に向けながら、冷たく低い声で警告してきた。

 さっきまでの優し気な顔と声とはうってかわって、冷徹な表情だ。



「君には期待していた。ギフト・コーに引けを取らないほどの能力があるし、よく働いて労働環境や食料供給の改善もしてくれている。失うには惜しい」



 構えた右腕に、弾丸のようなものを装填しているのが見える。

 あれをギフトで射出して、お姉さんのお腹を貫いたんだろう。



「しかし、その力を我々に向けるというのであれば容赦はしない。……最後の警告だ、大人しく投降しろ。でなければ、君を殺すことになる」


「嫌です。……あなたたちにとってスコーピオスの利益が一番だというように、私にとってはこの人の助けになることが、一番なんです」


「そうか、実に美しい覚悟だね。……せめて、苦しまず死ねるように引導を渡してあげよう」



 そう言いながら、銃身を私の頭に定めた。

 今起きている騒ぎの情報を持っているお姉さんと違って、私はただの反逆者。

 だから、殺すことに躊躇いはないんだろう。


 アナライズでステータスを視ると、『設置維持』『特殊能力強化』『身体変形』『射出』のギフトを持っているのが確認できた。

 『身体変形』で腕を銃身状に変えて、装填した弾を『射出』のギフトで撃ち出して攻撃する仕組みみたいだ。

 『特殊能力強化』の効果で、さらに威力を高めることもできるんだと思う。


 ギフト持ち相手に並の重火器じゃまともに傷をつけることは難しいはず。

 でも、お姉さんが重傷を負っているということは、あの銃身から放たれる弾は並の威力じゃないということだ。

 多分、私の頭くらいなら容易く貫けると思う。


 防ごうにも、念動力は使えない。

 治癒のギフトを同時に使用しながら弾丸を防ぐほど出力と制度の高い運用はできない。


 お姉さんを抱えて避けようにも、こんな重傷を負っている状態で無理に動かせば命にかかわる。

 かといってゆっくり慎重に運ぼうものならいい的にしかならない。


 避けるのも、防ぐのも、無理。





「じゃあね」





 バスッ と乾いた音が響いて、弾丸が発射された。


 放たれた弾は、正確に私の、頭、を――――




 ――――――









 ~~~~~アリエス第五部隊ゴリアテ・隊長視点~~~~~










「お乗りください。腕利きを護衛に回させていますし、いざとなればそのまま逃げることもできますので」


「ああ、ありがとう……」



 パイシーズの監督官、『タロン』氏をゴリアテの輸送車に乗車するよう促した。

 杖を突きながらゆっくりと、しかし自分の足で段差を乗り越えて入っていく。


 タロン氏はもう80近い高齢で、ここまで誘導するのにもかなり苦労した。

 しわがれた声で礼を言うその姿は、穏やかながらどこか憐れにも見える。



「こちらへどうぞ」


「ああ」



 車内の座席に座らせて、その対面に座して目を合わせた。



「任務に戻る前に、少々お時間を頂いても?」


「そちらの問題にならないのであれば、かまわないがね」


「感謝します」



 話を始める前に、周りに声が漏れないようにドアを閉めた。

 ここから先は、私とタロン氏以外の耳には触れてはいけない話題だからだ。



「タロン監督官。あなたは、例の子供の正体に気付いていらっしゃいますか?」


「例の子供というと、誰のことかな?」


「銀の長髪の、『ロナ』と名乗る少女のことです」


「ふむ、あの子か。正体と言われても、ツヴォルフ君とともにアクエリアスから脱走してきた元実験体、としか知らないがね」



 ……とぼけやがって。

 内心舌打ちしながら、質問を続けた。



「タロン監督官。私は、ヴォルト監督官から『蛇』に関する情報を伝えられています」


「……!」


「蛇だけじゃない。『コミュニティ』という集合体を創設した本当の目的も知らされていますし、その情報を漏らせば大きな混乱を招くことも承知しています」


「ほう……随分と、信用されているようだね」



 そう言いながら、穏やかな顔が僅かに歪な皴を浮かべた。



「そのうえで、今一度お聞きします。あの少女の正体に、心当たりは?」


「……正直に言うと、私も測りかねている。『蛇』が動き出すには事前に伝えられた情報よりも少し時期が早い。我慢できずに接触してきたのかもしれないとも思ったが、あのロナという子はどうにも『蛇』としての自覚すらないみたいでね」


「自覚がない?」


「過去の記憶がほとんどないらしい。本当かどうか分からないから接触するのは避けて、エリィウェルに対応を任せていたがね」


「そもそも、あの子供は本当に『蛇』なのですか?」


「ああ、エリィウェルに確認してもらったよ。『抱き着いた際、首の後ろに蛇の刺青が見えた』と言っていた」


「エリィウェル所長に? 彼女も『蛇』のことを……?」


「いや、知らない。いずれ監督官を代替わりする際に伝えようとは思っていたが、彼女は善人過ぎるのでね。なかなか、言い出せなかったんだ」



 それだけ言うと、なにかを諦めたような笑みを浮かべて俯いてしまった。

 ……無理もない。『蛇』と『コミュニティ』の目的を知れば、彼女は全力でそれに抵抗するだろうとヴォルト監督官も仰っていたしな。



「……最後に一つ。アクエリアスからギフト覚醒の技術を盗み出したのは、その成果を『蛇』へ献上するためだったのですか? それとも……『蛇』と戦うつもりだったのですか?」


「もう、自分でも分からないのさ。『蛇』に認められて助かったところで、老い先短いこの身なんぞ数年も保たない。かといって半端な戦力で対抗したところで、皆殺しにされるだけだ」


「……」


「ただ、滅ぶのを静観することができなかっただけさ。なんらかの行動を起こさずにはいられなかった。ただ、それだけなんだ」


「そう、ですか。……お時間を頂き、感謝します」


「こちらこそ。老骨の話し相手になってくれてありがとう」




 ……結局、あのロナという少女のことはよく分からなかったな。

 だが、このコミュニティが『蛇』に対して完全に服従しているわけではないということが分かっただけでも収穫だ。


 さて、任務へ戻るとしよう。

 気合を入れてかからなければな。

 パイシーズを奪還した後こそが、本当の任務の始まりなのだから。


 お読みいただきありがとうございます。

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