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慌てず急げ

 新規の評価、ブックマークありがとうございます。

 お読みくださっている方々に感謝します。


 今回はナナ視点です。



『侵入者アリ! 対応チームは至急メインストリート中央へ! 繰り返す! 侵入者アリ! 対応チームは――――』



「な、なんの騒ぎだ?」


「騒がしいのう。腰に響くんじゃが……いだだ……!」


「……!」



 いつものように怪我人を治療していると、急にけたたましいサイレンの音が鳴り響いた。

 警報によると、『侵入者』がこのコミュニティに入り込んできたみたい。

 ……所長の言っていた通りだ。


 接種のための異獣血液を調整している間に、所長から今夜起きることについてあらかじめ聞いていた。

 『アリエス』っていうすごく大きなコミュニティへ秘密裏に助けを求めていて、今夜あたりスコーピオスを撃退するために動く予定なんだって。


 この騒ぎを聞きつけて、今ごろ所長も行動を起こしはじめてると思う。

 私も、私にできることをしないと……!



「あだだだだ……! こ、腰が……!」


「お、おいジイさん大丈夫か!? 顔が青いの通り越して土気色になってるぞ!」



 ……でもこのお爺さんの腰だけは治してから行こう。すごく痛そうにしてるし。






『侵入者はメインストリート中央へ移動中! 現在、ギフト・コーが追跡している! 他の隊は逃げ道を塞げ!』




 ようやくお爺さんの治療が終わったところで、侵入者の情報が更新された。

 メインストリートの中央……ここから近い。


 その侵入者の人を手助けすればいいのか、それとも所長と合流して指示をあおげばいいのか。

 『基本的には私と合流するべきだけど、不測の事態というものはよくあることよ。その時の状況に応じて、どうするべきかよく考えて行動して』って言われていたけれど、これって要するに『どうするべきか自分で考えろ』っていうことなんだよね……?


 もしも侵入者の人が追い詰められて危ない状態になっていたら助けてあげるべきだけど、でも私が向かったところで足手纏いになるかもしれないし……。

 ど、どうしよう……どうすればいいの……?


 や、やっぱりここは予定通りに所長と合流しよう。

 所長もギフトを使えるけど、戦闘向きじゃないみたいだし。


 それに侵入者の人も、考えなしに一人で行動してるわけでもないと思う。

 単騎でスコーピオスを相手取れる人なんだし、きっと大丈夫―――






『侵入者は、前髪が一部黒い銀色の長髪の女だ! 華奢な外見に惑わされるな、ギフトコーを既に数人撃破している! 早急に排除せよ、生死は問わない!!』




 ……え……?

 前髪が一部黒い、銀の長髪の、女?




「あ、ああ……あああ……!!」



 その放送を聞いた直後、目の前にいるかのようにその人の姿が脳裏に浮かび上がった。


 私にとってこの世で最も大切な人。


 あの施設でたまたま同じ部屋に泊まっただけの、でも生まれて初めて私に優しさを与えてくれた人。





「お姉さん……!!」




 さっきまでウジウジ悩んでいたのが嘘みたいに、思考が全部吹き飛んだ。

 お姉さんが危ないかもしれない。なら私がすることは一つ。他になにも考える必要はない。

 早く、少しでも早くお姉さんのところに行かないと……!!



 メインストリートの中央へ全速力で向かうと、その入り口に見慣れない壁がそびえ立っているのが見えた。

 あれは、隔壁? 

 高さは20メートルほどで、とても分厚い。乗り越えるのも破壊するのも無理そうだ。


 そういえば、所長が今回の作戦の際にメインストリートを隔壁で覆って遮断するって言っていたような。

 所長が言うには対異獣用に作られた頑丈な隔壁で、ギフト持ちでも破壊するのは簡単じゃないって話だった。

 このままじゃ、誰も通れない。


 私以外は。




「『念動力』」




 『治癒』とは別の、私が使えるもう一つのギフト『念動力』。

 直接触らずに、離れたところにある物体を持ち上げたりすることができる能力。

 要は不可視の外付け運動器官、見えない腕を操るようなものだと思えばしい。


 そのギフトを使って、私自身の身体を持ち上げて隔壁の上にまで持ち上がらせた。

 念動力の射程はそれほど長くないけど、対象が自分自身ならどこまでも運んでいける。


 た、高いぃ……怖いよぅ……! 

 で、でも、お姉さんが危ないかもしれないのに、弱音なんか吐いている場合じゃない。我慢するんだ、私。


 落ちたら最悪死ぬような高さまで上がり、肝を冷やしながら地面まで降りて隔壁を乗り越えた。

 あとはメインストリートの中央へ向かって移動するだけ。


 お姉さんは強い。そんなことは分かっている。

 並の兵隊くらいなら何十人相手でも戦えるだろうけど、ギフト持ちが複数人がかりで襲いかかってきたりしたら、いくらお姉さんでも……。



 早く、早く、行かないと……!





「ナナさん!」




 !


 誰かに名前を呼ばれた。

 多分、鞭係の誰かだと思うけど、今は一秒でも時間が惜しい。

 それに、今の状況でお姉さんを助けるっていうことは、この人たちとも敵対するっていうことだし……。

 ……ごめんなさい。もう、私はあなたたちの敵だから――――




「ナナさん、止まってくれ! こいつ、このガキが、今にも死にそうなんだよ!!」




 ……え。



 思わず声がしたほうを振り向くと、体中傷だらけの子供を抱えている鞭係の人たちがいた。

 抱えている子は、まるで誰かから酷い暴行を受けたかのように、腫れあがっていたり痣ができていたり傷口から血を流していたり、一目見ただけで危ない状態だということがわかる。




「こいつを助けられるのは、ギフトが使えるナナさんしかいねぇんだ!」


「急ぎの用があるのかもしれねぇのは分かる! だが頼む、今だけはこのガキを治してくれ!」



 っ………。



 ……ごめんなさい、お姉さん。

 少し、もう少しだけ待っていて。

 この子を治したら、すぐに駆けつけるから。




「うぅ……」



 治癒のギフトで傷を癒しているけれど、重傷なうえに数が多いせいでなかなか全快しない。

 あと少し治療するのが遅かったら危なかったかもしれない。



「……酷い怪我ですね。いったいなにが……」


「……軍部のエリート連中、特にギフト持ちの奴らの中にゃ住民をストレス解消の捌け口にするようなのもいるんでさぁ」


「街で見かけた女を夜に呼び出して性欲解消したり、あるいはこのガキみてぇに殴る蹴るの暴行を加えたりとかな」


「俺たちも前は鞭打って下等民を働かせたりしてましたが、あの手の奴らは完全に自分が楽しむためにやってやがる。……サディストっすよ」


「こないだいたずらに鞭を振るってナナさんに叱られたヤツも、確かグランとかいうギフト持ちに嬲り殺しにされてましたね。『生意気だ』って」


「……ひどい……」



 鞭係の人たちは、あくまで仕事だから鞭を振るっている。

 それに最近は直接鞭を当てることもなくなってるし、せいぜい危険行動をした人に平手打ちするくらいで済ませてる。


 でも、その人たちは自分の欲求不満を満たすために人を傷つけているみたい。

 それを話す鞭係の人たちも、苦々しい表情だ。



「にしても、助かりましたぜナナさん。アンタのトコにこのガキを運んでる最中に隔壁が上がった時はどうしようかと思ったぜ」


「ナナさんがこっちにきてくれなきゃ今ごろ……ん? 隔壁が上がってるのに、ナナさんはどうやってここまで?」


「いつもこの時間は診療所にいるのに……まさか侵入者の対処に向かうように指示でも出ていたんですかい?」


「え、えっと……」



 ……落ち着いて。言い訳はいくらでも思い浮かぶ。

 『はい、そうです。今から侵入者の対処に向かうところです』とか、

 『向こうに忘れ物を取りに行く途中で、たまたまあなたたちと会うことができたんです』とか、適当に誤魔化してしまえばいい。



「私、は……」


「あ、ナナさん落ち着いてくだせぇ。おい、テメェらのイカツい顔で迫るもんだからナナさんが困ってるだろうが!」


「あぁん!? テメェも人のこと言えねぇだろうが! ナナさん、答えづらいようなら無理に言わなくても大丈夫っすよ」



 この人たちも、パイシーズが解放されたら敵に戻るだけなんだ。

 ここは、嘘を吐いて切り抜ければ済む話だ。




「私は、侵入者の人を助けに行くところです」


「……はい?」



 なのに、なにを私は言っているの。



「侵入者の人は、おそらく私の恩人です」



 こんなことを言えば、今すぐこの人たちと敵対することになるのに。



「だ、だから、助けないと。たとえ、なにがあっても、なにを敵に回しても、あの人だけは、死なせたくないから」


「……ナナさん、そいつぁスコーピオスを裏切るってことでいいんですかい?」



 鞭係の人が、低い声で問いかけてきた。

 他の人たちも、厳しい表情でこちらを見ている。



「……そうです」


「ナナさん、アンタは特等民に選ばれた人間だ。このまま逆らわずにいれば、ずっといい暮らしができるんですぜ。それでも、行くんですかい?」


「……はい」


「そっすか……なら、仕方ねぇ……」



 たとえ彼らを裏切ることになろうとも、たとえスコーピオスという強大な組織を相手取ることになっても、お姉さんだけは裏切りたくない。

 でも、鞭係の人たちともやっと仲良くなってきたのも、事実。

 多分、私がこうやってバカみたいに正直なことを言っているのは、彼らを裏切る罪悪感に耐えられなかったからだと思う。




「うぅ……」


「!」



 一触即発。今にも彼らと殺し合いが始まりそうな重々しい雰囲気が流れたところで、翳している手の下から小さなうめき声が聞こえた。

 治癒のギフトをかけ続けていた子が、目を覚ましたみたいだ。



「あ、あれ、ナナねーちゃん……?」


「目が、覚めましたか」


「オレ、あの怖い銀髪の人に殴られたり蹴られたりして、それで……」


「死にそうになっていたあなたを、彼らが私のところに運んでくれたんです」


「そっか。ええと、おっちゃんたち、ナナねーちゃん。助けてくれてありがとな」


「お、おぅ……」



 ……険悪で張り詰めた雰囲気が、この子が目を覚ましたことで弛緩した。

 鞭係の人たちも、気まずそうに視線を逸らしたり頭をかいたりしている。




「あー、だけどよ、まだ無理しちゃいけねぇぞ」


「ナナさんに応急手当してもらったけど、まだどっか悪いとこがあるかもしれねぇし、診療所まで連れてってやるぜ」


「えっ……うわっ」



 治療を施した子を抱えて、鞭係の人たちが診療所のほうへ向いた。



「ナナさん、オレらは怪我をしたこのガキを運ぶのに必死で、アンタの話が頭に入りませんでした」


「……え?」


「じゃ、忙しいんで失礼しますわ。いくぞ、おめぇら」


「おう」



 こちらを向かずにそれだけ告げて、診療所のほうへ歩いていってしまった。

 私に、気を使ってくれたみたいだ。

 彼らも、私と戦うのは嫌だったのかな。



 ……ありがとう。


 でも、隔壁が降りてないからまだ診療所には行けないと思うけど……。






「……よかったのか、あれで」


「バカ、ナナさんと戦って勝てるわけねぇだろ。どうやったら戦わずに済むか脳みそフル回転して考えるのに必死だったわ。なんかいい話っぽい感じで逃げるのが一番だっつの」




 ? なにか話しているみたいだけど、よく聞こえなかった。

 あ、いけない。ボーっと眺めてる場合じゃなかった。早くお姉さんのところへ行かないと!



 お読みいただきありがとうございます。

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