腕
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今回始めは茶髪職員ことツヴォルフ一等研究員視点です。
職員候補たちの最終試験の日から三日経った。
さて、いよいよ今日がXデーか。
動物ベースの実験体たちは既に解放済み。
あとは異常存在が侵入するのを待つのみだ。
『未来視』なんてギフトをアテにここまで準備を進めてきたが、ホントに上手くいくのかね。
ま、あとは野となれ山となれだ。さっさと俺も脱走する準備を進めるか。
『D区画に異常発生! 実験体の脱走および何者かによる殺害を確認! 『ギフト・ソルジャー』No.11からNo.20は至急現場へ急行せよ!』
……来たか。
D区画っつーと、動物ベースの実験体たちとアイツが収容されてるエリアだな。
となると、きっかけはそのイレギュラーと見るべきか。
データの収集も充分できた。泥船からは、さっさと逃げるに限る。
このクソみたいな施設とも今日でお別れか、なんの感慨も未練もねーな。むしろせいせいする。
No.77には既に大体のあらましを伝えておいた。
これからどうするかはNo.77次第だ。ま、好きにすればいいさ。
実験データと物資、そしてマスターキーを盗み出し、準備は万端。
さぁて、上手くいくといいが。
期待しているぞ、廃棄物の烙印を押されたお嬢さん。
~~~~~ギフト・ソルジャーNo.1視点~~~~~
「おい、実験体たちが脱走してるらしいぞ」
「はぁ? あの出来損ないどもが、どうやって収容房から抜け出せるんだよ」
「何者かが侵入したらしく、そいつが実験体どもを解放したんじゃないかって話だ」
「職員用のIDなしで開いたってのか?」
「それか、誰かが手引きしているのかもな」
施設中に侵入者を告げるサイレンが鳴り響いている。珍しいこともあるものだ。
施設内の食料でも狙って盗人でも入りこんだのかと思ったが、どうやらそういった小物の類ではなさそうだ。
D区画の実験体、ということは動物ベースの実験体たちか。
ギフトを獲得したはいいが、凶暴化したため扱えなくなった廃棄物ども。
異獣ほどではないが、決して弱くはない。それを解放し、容易に殺害するとは。
「……いったい、なにが目的なんだろうな」
「まあ、とっ捕まえた後に聞き出せばいいさ」
「そろそろ捕まえたころなんじゃないか? そのうち連絡がくるだろ」
「ん、言ってるうちに、放送のコールが……」
『侵入者の手によりギフトソルジャー10名、全員戦闘不能! 緊急事態につきNo.1からNo.10はただちにD区画へ向かい、侵入者を無力化・捕獲せよ! 侵入者は一体のみで生け捕りが好ましいが、最悪の場合生死は問わない!』
スピーカーから、けたたましい放送が発せられている。
どうやら侵入者の捕獲に向かった先発隊が全員やられたようだ。
「……おいおい、いくら練度が低いとはいえたった一体の侵入者に後れを取るかね普通。無能すぎだろ」
「No.11以下のメンバーはまだ実戦経験が乏しいからな。異獣ともあまり戦ったことがないんだし、手練れの侵入者相手では無理もないのだろう」
小馬鹿にしたように、あるいは楽観視した様子で同僚たちが話している。……甘く考えすぎだ。
確かにNo.10以上のソルジャーに比べて、それより下の者たちは実戦経験が浅い。
仮に俺が相手をした場合、一対一ならば誰であろうとも絶対に勝てる。
しかし、その全員を相手にしろと言われれば、確実に勝てるかどうかは正直言って怪しい。
……どんな怪物が侵入してきたのだろうか。
現場に着いた時に、通路に倒れている人影が見えた。
先発隊として送られたソルジャーたちのようだが、皆殺しにされたのか。
「……うぅ……」
「あぁ……」
いや、呻き声を上げているのが聞こえる。
どうやらまだ生きているようだ。
「……マジで全員叩きのめされてやがる」
「死亡者は?」
「どいつもこいつも気を失ってるが、大したキズは負ってねぇし……誰も死んでねぇ」
誰も、死んでいない。
そう判明した時に、俺を含めた全員に緊張が走った。
こいつらを全員相手取ろうとしたのならば、俺でも手加減はできない。
おそらく何人か殺さなければ、勝てない。
しかし侵入者は誰一人殺さず、重傷すら負わせずに全員を無力化した。
なぜ誰も死んでいないのか。おそらく、その必要がないからだ。殺さずとも、脅威にはならないと判断されたのだ。
それほどの実力を秘めた怪物だということなのだろう。
あるいは、単に気絶させることに特化したギフトの持ち主なのかもしれないが、多分違う。
それを裏付けるように、先ほどから顔から脂汗が止まらない。
全身に鳥肌が立ち、動悸が抑えられない。
いったい、なにが侵入してきたというんだ……?
「……動物由来の実験体たちはみんな殺してるってのに、人間は殺さないってか。はっ、お優しいことで」
「無駄口を叩くな。索敵に集中しろ」
仮に善良な倫理観に従って殺さなかったのだとして、それがなんだというのか。
侵入者であることには変わりなく、また途方もない怪物であることは最早疑いようがない。
「! いたぞ、この先の行き止まりに立っている」
「逃がすなよ、なんとしても捕まえろ」
通路を進み、行き止まりの壁を眺めながらこちらに背を向けている『なにか』が立っているのが見えた。
並の成人男性程度の背丈と体格の人影で、特徴的な黒い髪が目立っている。
コイツが、侵入者か? どんな怪物なのかと身構えていたが、思ったほどでは――――
行き止まりの壁を眺めていたソレがこちらを振り向いた時に、凍り付くかのような悪寒が全身を駆け巡った。
これまで遭遇したどんな異獣も比較対象にすらならない、圧倒的な存在感。
アナライズを発動してもステータスが見えない。アナライズ・フィルターの類を装備しているのか?
だがそれでも、ステータスが見えずとも絶望的な力の差を感じとってしまった。
駄目だ、駄目だ、無理だ!
こんな化け物を、生け捕りになどできるはずがない……!!
「殺せ! 生け捕りは諦めろ! でなければ全滅するぞっ!!」
反射的に、『生け捕り』から『殺害による排除』へと作戦を切り替えた。
ほんの少しでも手を抜こうものならば命取りになる。こいつは、この化け物は、この場で殺さなければならない!
勝てる見込みがあるとすれば、ギフトで奴の頭部を部分的に転移・切断して即死させるくらいしかない。
ギフトを発動させる間を、コイツが与えてくれればの話だがな……!
~~~~~No.67-J視点~~~~~
あれから、何日経ったんだろう。
自分の状態を『アナライズ』で確認してみると、栄養失調でSは既に尽きている。
生命活動に必要なエネルギー残量を表すHの表示も、どんどん減っていってる。……このペースだとあと数時間で、死ぬ。
No.77は、どうしているだろうか。
せっかく生き残ったんだし、どうか無事でいてほしい。
私の分も、生きてほしい。
アンタには私と違って、すごい力があるんだから。
無意味で無価値な私のことなんて忘れて、精一杯生きて――――
「バケモンが暴れてやがる! 上位のソルジャー以外は近付くな!」
「な、No.4がやられた! しかも指で弾いただけでだぞ!? どうなっているんだ!」
……外が騒がしい。
最期の時くらいは、静かに死なせてほしいなぁ。
開けてほしい、助けてほしいと叫んでいた時にはなにも答えてくれなかったのに、静かに死にたい時に限ってうるさい声が聞こえてくる。
もうこっちは死を待つだけの身なんだ。
早く、死なせて、休ませてほしい。
……違う。
本当は、死にたくなんか、ない。
ただ、力が無いから。
それだけで、生きる資格すらないと断じられた。
でも、もうどうしようもない。
諦めよう。もう、悲しむのも僻むのも怒るのも苦しむのにも、疲れた。
外の喧騒を無視して、目を閉じて休もうとした時に―――
ボトリ、と私の目の前に、なにかが落ちた音が聞こえた。
目を開けてみると、そこには赤い液体を流している、人の腕らしきものが落ちていた。
なに、これ……?
「や、やったぞ! No.1がバケモノの腕を転移させて切断した!」
「今のうちだ! 一斉攻撃っ!!」
左手が一本、二の腕の根元から血を流しながら目の前にあった。
どう見ても人の腕にしか見えないけど……部屋の外から聞こえてくる声を聞く限りじゃ、どうやらコレは『バケモノ』の腕らしい。
それを見た途端に、思わず唾を飲み込んだ。
もう心臓の音すら弱々しい身体から、空腹を告げる下品な腹の虫が音を漏らしている。
……ああ、お腹が空いたなぁ。
喉もカラカラだ。目の前の床に広がっていく赤い水すら魅力的に思えてくる。
これまで、どれだけ飢えても人の死体にだけは手を出さなかった。
『なんとなく』というボンヤリとした忌避感があって、それに手を出したらもう自分は自分でいられなくなってしまう気がしていたから。
でも、もう、人としての倫理観よりも、空腹を満たしたいという欲求だけが頭の中を満たしていく。
死ぬ前に、これくらいはいいよね?
「ひいぃぃい!? う、腕が、切断したはずの腕が生えやがったぞぉぉおおお!!」
「再生能力まであるだと!? 生やした腕でNo.1が殴り飛ばされた!!」
「に、逃げろ! もう駄目だぁあ!!」
………外からなんだかとんでもない声が聞こえてきて、こんなものを■べて本当に大丈夫なんだろうかと一瞬だけ理性が働きそうになったけど、結局欲望が勝って、私は目の前の腕を―――――――
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