サッカーしようぜ
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時は深夜の2時。草木も眠る丑三つ時……いや草木なんかまともに生えてないこの御時世で、この例えはないか。
いよいよ、戦争開始だ。
「リベルタ、頼んだわよ」
「うん。……気を付けてね」
「無茶すんなよ」
「アンタこそ無茶言わないで。戦争なんてする以上、無茶苦茶なことになるに決まってるでしょうが」
「だよなぁ。ならアレだ、……くたばったりするんじゃねぇぞ」
「……むしろアンタのほうがいつの間にか死んでたりしないか心配なんだけど」
はたからだと、さながら今生の別れのような会話をしているように見えるかもしれない。
死ぬ気なんてさらさらないけどね。
『パイシーズ』の出入り口にはスコーピオスの見張りがいる。
ここを攻める際に破壊した門がまだ直っていないから、開きっぱなしになっているのを常時監視しているというわけだ。
破壊したのはスコーピオスじゃなくて無法者たちだけど……いや、あいつらもスコーピオスに唆されて襲撃したようなもんだったしやっぱスコーピオスが悪いわ。死ね。
「暇だなぁ……」
「だよな。つーか、見張ってる意味あんのか? これまで無法者どころかネズミ一匹も見かけてねぇぞ」
「バカ、もしも異獣なんかが近付いてきたらすぐに伝えなきゃヤバいだろ。こないだナナさんが仕留めてきたデカブツみたいなのがきたらどうすんだ」
「……」
で、その見張りの前を音を立てないように移動。
位置関係上どう見ても丸見えなのに、まるで気付いた様子がない。
これはリベルタの『幻惑操作』で私の姿を見えにくくしてもらったからだ。
性格に言うと見えていないわけじゃなくて『注意を向けられなくなるだけ』らしいけど、こんなに堂々と前を通ってるのに気づかれないなんてね。
リベルタのギフトが凄いのか、それともこいつらが無能なのか。多分両方ね。
『幻惑操作』による隠蔽効果はそう長続きしない。
しかも集団に対して使うにはマジカの消耗が激しすぎてとても実戦で使えるようなもんじゃないらしい。
要するに、連れてきた軍隊全員に対して使うのは無理。せいぜいこうやって単独行動の補助に使うくらいが関の山なんだとか。
後々リベルタには別の仕事が残ってるから温存してもらう必要があるし、仕方ないか。
久方ぶりのパイシーズは、夜中でも雑踏が聞こえてきて騒がしい。
どうやら昼夜交代制で、24時間活動を続けているみたいだ。
壊された建物なんかの応急修理がしてあって、一応は少しずつ復興しているように見える。
問題は、これらを利用しているのがスコーピオスの連中だということだ。
「サボるんじゃねぇぞ、しっかり働きな!」
「おい、こっちの配線もさっさと繋げや!」
「は、はいぃ……」
屈強な男たちが指示を飛ばしながらパイシーズの住民たちに鞭を振るっている。
といっても直接身体に当てているわけじゃなくて、地面や壁に当てて威嚇してるだけみたいだけど。
んなことしながら急かすより手伝ったほうが早く作業が進むでしょ。バカなの?
鞭を振るうのだって体力を使うだろうに、効率悪く時間と体力を無駄に使ってるようにしか見えないわ。
「あぅっ……!」
「おい、なにやってんだぁ!」
荷物を運んでいる住民が、足を踏み外して転んでしまった。
運んでいたのは、まだ十歳にもならないような小さな子供だ。
あんなのにまで重労働させるなんて。……住民を奴隷扱いしているって話は本当みたいね。
ん? あの子、見覚えがあるような。
って、ドラ猫兄弟の弟のほうじゃないの。ちょっと懐かしいわね。
「荷物もまともに運べねぇのかテメェは!」
「ご、ごめんなさい……!」
転んだだけで怒号を飛ばす男に、涙目で謝るドラ猫弟。
怪我をしたのか足から血が出ているのに、痛みよりも恐怖のほうが勝っているという様子で怯えきっている。
よし、あの野郎から殺そう。
あんなガキまでいびり散らして、何様のつもりだ。
お前らが力ずくの恐怖体制を敷いているのなら、こっちも力ずくで―――――
「んん? ……ったく、怪我してるじゃねぇか。んな足でまともに運べるわけねぇだろ!」
「え、あ、あぅ……」
「荷物載せる台車持ってきてやるから待ってろ! 怪我は水で洗ってからこれでも巻いてろや!」
「え? あ、は、はい……」
………。
怪我に気付いた男が、水の入った容器と白い布を渡してから台車を取りにどこかへ行ってしまった。
……あれぇ? なんか、思ったよりまともな対応してない?
てっきり転んだドラ猫弟に追い打ちでもかますかと思ったのに、言葉は荒っぽいけど普通に心配した様子に見えた。
「おい、ジジイ! ふらついてんじゃねーか、どうした!」
「うぅ……こ、腰、が……!」
「動けなくなる前に言えってこないだも言っただろうが! おい、コイツをナナさんのトコまで運んでやれ!」
他の場所を見てみると作業の途中で急に倒れ込んだ爺さんを、鞭打つでもなく身体を労わるように怒鳴ってからどこかへ運ばせているのが見えた。
「う、うわわわわ!」
「ちょ、バッカヤロウがぁ!」
「ひ、ひぃぃ……! あ、ありがとうございますぅ……あだっ!?」
「高ぇトコでの作業中は安全帯を付けろやボケェ! あんなとこから落ちたらこの程度じゃ済まねぇぞバカ!!」
また、進んでいる途中で高所作業中の住民が落ちたのを間一髪で受け止めてから、顔面を平手打ちしながら怒鳴って注意しているヤツもいた。
でも、言ってることは間違いじゃないし、私が上の立場だったとしても同じことをすると思う。
・・・。
なーんか、思ってたのと違うんですけど。
聞いた話じゃ、スコーピオスの連中はロクに食事も与えずに住民を奴隷扱いして働かせて、過労死した人は異獣のエサにしている鬼畜外道だって話だったのに。
でも、ここまで見てきた連中はどいつもそこまで酷いことをしているようには見えないんですがそれは。
むしろかなり気を使って働かせてるように見えるんだけど。どゆこと?
……なんだかかえってやりづらくなってきたなぁ。
こう、ヒャッハーとか言いながら住民たちを殴ったり蹴ったりしてるクズどもなら遠慮なく皆殺しにできるのに、半端に優しい対応してるから判断に困るわー……。
とか今更になってちょっと迷いが生じ始めたところで、怪我人を運んでいる連中がなにか話しているのが聞こえた。
「今日は怪我人が多いな」
「もう鞭を当てることなんかほとんどねぇのにな。治すナナさんも大変だぜ」
「オレらも随分と丸くなったもんだよなぁ。……上の連中は、良い顔してねぇみてぇだが」
「へっ、自分たちもナナさんのおかげでうめぇ肉が食えてるだろうに、偉そうに文句ばっか言いやがってよ」
ふむ、『上の連中』って言ってるあたり、現場で鞭を振るってる奴らは下っ端みたいね。
偉い奴らってのは大体、座ってふんぞり返ってるもんだし当然か。
……にしても、さっきからちょくちょく名前が出てる『ナナさん』ってのは誰なのかしら。
ま、なんにせよ私のすることはなんにも変わらないけどね。
もう事態は動き出しているんだから、今更多少善人ぶったってもう遅い。
「う、うわぁぁぁっ……!!」
しばらく進み続けて監督署が近付いてきたところで、どこからか悲鳴が聞こえてきた。
また事故でも起きたのかと、目を向けてみるとそこにはあちこち傷だらけでボロボロになっている、どこかで見たような少年と、それを蹴り飛ばしている男の姿があった。
男は、銀髪の二十歳くらいに見える青年で、端正な顔を醜悪に歪めながらヘラヘラ笑っている。
「逃げるなよぉ、ちょっと一緒に遊ぼうってだけだろぉ?」
「ゲホッ、ケホッ……!」
「旧時代じゃ、『サッカー』っていうものがあったらしいね。ボールを蹴飛ばしてゴールに放り込んだ回数を競うスポーツなんだってさ。知ってる?」
「うぅ……」
蹴り飛ばした少年の頭を掴んで、目を合わせながら嗤っている。
ステータスが見える。あの銀髪、ギフト持ちだ。
着ている高級そうな服からして、おそらくスコーピオスのギフト持ち部隊の一人だろう。
「ボール代わりに君の頭を蹴っ飛ばしてゴールに放り込んだら、楽しそうだよねぇ」
「や、やめ……て……」
「ボールが喋るなよぉ。まったく、奴隷の扱いなんてこれぐらいでいいのにさぁ。あのナナとかいうガキがうるさいせいで、ストレス発散もこんなふうにコソコソしなきゃならないなんて、ねぇ!」
「う、うぁ……あぐっ! うがぁっ!」
「テメェらは! ボクのオモチャにでもなって! くたばって捨てられてるくらいで丁度いいんだよぉ!」
忌々し気に顔を顰めながら、さらに少年を蹴り続けている。
擦り傷や青痣が増えていく。鼻血や血反吐を吐いても、まるで止める気がない。
「あ……ぁ‥…」
「はぁ。あーあ、もう動かないのぉ? ならさっさと死んでろよぉ。人生のゴールってやつに、蹴っ飛ばしてやるからさぁ!」
一際大きく振りかぶって、少年の頭に向かって蹴りを放った。
あれが当たれば、頭がもげるか砕けるかするだろう。
人を殺すことなんて、コイツにとってはいらない玩具を壊すようなもんなんだろう。
助かるわ。
これまでどいつもこいつも半端に善人ムーブしてるせいで、どうにも手が出しにくくて仕方なくて困ってたのよ。
これくらいクズなら、なんの躊躇いもなくブチ殺せるわ。
「ボールはアンタの頭よ、クズ」
「あぁん? ……ボギュアッ!!?」
変な叫び声があたりに響くのと同時に、銀髪の首から上が消えた。
少年の頭に蹴りが当たる寸前に、私が銀髪に接近して頭を蹴っ飛ばしてやったからだ。
もげて飛んでいった頭は、監督署の窓に当たってガラスをぶち破った。
随分と派手な音が鳴ったわね。こちらに目を引くには充分な狼煙になりそうだわ。
おっと、ボロボロになっている少年が巻き込まれないように、離れた場所にまで運んでおかないとね。
「アンタ、大丈夫? 生きてる?」
「ぁ……?」
「重傷なんだから喋らないで。ここなら人目に付くだろうし、そのうち誰かが気付くでしょ。いいから大人しくしてなさい」
「……ナ……ネェ……ちゃん……」
ん? なんか言った? あ、気絶したわ。
まあいいや。運び終わったし、さっさと監督署に潜んでる連中を釘付けにしてやらないと。
「さて、いっちょ派手に暴れますか」
ストレッチをして、これからのために備えを整える。
屈伸をしているところに、けたたましい叫び声と足音がこちらに近付いてくるのが分かった。
「なにが起きた! 状況を報告せよ!」
「ひっ、く、首が……! グラン殿の首が、窓から……!!」
転がっている銀髪の首を見ながら腰を抜かしている奴の隣が、こちらに気付いたようだ。
私のほうを指差しながら、怒号を発した。
「あそこに立っている奴がやったのか!? し、集結ぅ!! あの者を捕らえよぉっ!!」
いいわ、思い通りに動いてくれて実にいい。
くるならこい、みんなボコボコにしてやるわ。
「おぉらぁっ!!」
足元に残っている銀髪の首無し死体を奴らに向かって投げ飛ばすのを合図に、戦争が始まった。
お読みいただきありがとうございます。
最後のあたりで銀髪にボコボコにされてたのはドラ猫(兄)だったり。




