腹が減ってはなんとやら
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「リベルタ、パンは凍らせた?」
「うん。……こんなに硬いと食べられないと思うけど、どうするの?」
「ふっふっふ、ごちそうを作るための下準備よ。いいから見てなさい」
まず仕込みとして、リベルタの『温度操作』でパンを凍らせてもらった。
熱するだけじゃなくて冷やすこともできるのはなかなか便利ねー。
カチカチに凍らせたパンを素手で握って粉々に砕いて、パン粉を作る。
豚型異獣の肉に塩をふって、小麦粉と溶き卵を付けた後にパン粉をまぶす。
ホントは塩と一緒に胡椒も欲しかったけど、予算の都合上手に入りませんでした。くそぅ。
卵はラーメン屋の店主から買ったものだけど、これってなんの卵なのかしら。鳥型異獣のものかな?
で、同じくラーメン屋の店主から買った植物油を熱して、パン粉をまぶした豚型異獣の肉を放り込む!
ジュワァァア と、なんとも芳しい音があたりに響いていく。
や、やばい、このお肉が揚がっていく光景を見ているだけで、食欲が……!
その音を聞きつけたのか、ツヴォルフが鍋を覗き込んできた。
「……また随分派手な音立ててんなぁ」
「いい音でしょ。期待して待ってなさい」
「はっ。……もしかしたら、コイツがオレたちにとって最後の晩餐になるかもしれねぇんだからガッカリさせんなよ」
「縁起でもないこと言うんじゃないわよバカ」
今作っているのは、戦争前の腹ごしらえにガッツリと食べておくための食事だ。
『大きな戦いの前にはこれを食うべき』だと例の謎知識にもあるし、栄養価も高い。
半分ゲン担ぎみたいなもんらしいけど、もう美味いならそれでいいや。
揚がったパン粉塗れのお肉に、クズ野菜や果物の切れ端を塩なんかと一緒にペースト状になるまですり潰して作った私特製ソースをかけて、切った野菜と一緒にパンに挟んで『カツサンド』の出来上がり。
本当は『炊いたお米』の上にお肉を乗せる『カツ丼』っていう料理のほうがボリュームがあるらしいけれど、『お米』の入手ルートもその炊きかたもよく分からないのでパンで妥協した。
「できたわよ。じゃあ、食べましょうか」
「おおー、スゲー美味そう」
「お肉の表面に付いてるのは、さっき凍らせてから砕いたパン?」
「ええ。こうやってまぶしてから油で揚げると、表面のサクサクした食感と香ばしさが程よく熱されてジューシーになったお肉に合う、らしいわ」
「……ロナの知識って、不思議だね。実際に作ったことがない料理なのに、まるで食べたことがあるみたいに知っているんだから」
「記憶を書き込む機械にも、こういった『料理』のデータは無かったな。……ホントにお前が腕を取り込んだ奴はいったいどこの誰なんだろうな」
んなもん私が知りたいわ。そんでもうちょっと『腕の人』を食べさせてほしい。
いや、いきなり『アンタの肉食わせろ』なんて言ったらドン引きされるだろうけど、先っちょだけ、あとほんの先っちょだけでも食べたい。
多分、食べさせてもらう前に殺されるだろうけど。
……いらんこと考えてないでさっさと食べよう。
じゃあいただきまーす。がぶり。
……っ!
「や、ヤバい、コレヤバいわ……!」
「すっげぇ……美味すぎて、もう、なんつーか……ダメだ、言葉が出ねぇ……」
「……すごく、すごく、美味しい」
噛むたびにパン粉の衣のザクザクとした食感と香ばしさ、そして肉汁と旨味が口の中に溢れてくる。
パンと一緒に食べることで食べ応えも抜群だ。たった一つ食べるだけでも相当な満足感がある。
これは、『ラーメン』に匹敵するほどの美味しさね。素晴らしいわ。
ツヴォルフも顔がにやけることを抑えられないようで、食べながらちょっとキモい表情を晒している。
リベルタは黙々と、他に何も見えないといった様子でひたすらカツサンドを齧っている。
あー、幸せ。
世の中にはこんな美味しいものがあったのか。生きててよかった。
これは、他のレシピも試してみないことには死んでも死にきれないわね。
「……美味しそうですね」
なんて多幸感いっぱいで食事にありついていると、急に背後から誰かの声が聞こえてきた。
この男とも女ともつかない、印象に残らない声は……。
「うおぉうっ!? し、シャドウ、だからお前気配を消しながら急に話しかけてくるのやめろよ! 心臓に悪いっての!」
「申し訳ありません、良い匂いにつられてつい……」
匂いにつられたって、アンタ。
……話しかたなんかはクールな印象なのに、内面は案外ポンコツっぽいわねコイツ。
「……食べたいのならアンタもどうぞ。その代わり、今夜の戦争はしっかり働いてもらうわよ」
「承りました。では、失礼しま―――」
カツサンドに手を伸ばし、口に運ぼうとしたところで掌を突き出して制止を促した。
「待ちなさい、食べる前に『いただきます』と言いなさい」
「? それは、いったい……?」
「食べる前には『いただきます』が私のルールよ。細かいことは気にせず言いなさい」
「……いただきます」
認識阻害のギフトの影響か、表情や声色から感情の機微がいまいち読み取れないけど、ちょっと困惑しているっぽい。
この習慣、正直言って私自身も意味がよく分からないけど、とりあえず食べ物に敬意を払っていることを表しているのは分かる。
シャドウがカツサンドに齧りつき、口を押さえて咀嚼している。
ゆっくりと味わいながら食べているのを見るに、どうやらお気に召したみたいね。
「……こういったものを食べるのは、生まれて初めてかもしれません」
「どういう意味よ」
「美味しいです。とても、とても。……あぁ、胃袋だけでなく、胸の内まで満たされていくようですね」
「……そりゃどうも」
静かな口調で、しかしどこか熱の籠った声で感想を述べている。
料理を褒められてちょっと嬉しいとか思ってしまった。取り分が減ったのに。
「……所長にも、食べさせて差し上げたいですね。早くスコーピオスの魔の手から解放してあげたいものです」
「そのために、今夜の戦争があるんでしょうが。そう思うなら、せいぜい必死こいて走り回りなさいよ」
「ええ、もちろん」
所長かぁ、今どうしてるんだろう。
重労働でもやらされてるのかと思ったら、まさかあのクソ注射の成分調整を任されているとはね。
あの優しい所長が、人殺しの注射の製造に関わることになっていると聞いた時は不覚にも狼狽えそうになってしまったけれど、発狂したり死んだりしないように改良したうえで接種を進めているらしい。
なんでも、私やツヴォルフ、あとNo.4やNo.77のデータなんかをもとに成分を調整した結果、安全性を高めて拒絶反応が出ないようにしたんだとか。
ギフトに目覚めて、強力な能力を行使できるようになる人間の割合は百人に2~3人程度。
パイシーズの人間全てに摂取させれば、500~1000人近い強力なギフト持ちが目覚めることになる。
スコーピオスには人間の意志を奪って操り人形にする機械もあるって話だし、放っておけばギフト持ちの人間兵器が1000人出来上がるってことだ。
それだけの戦力がスコーピオスに加われば、アリエスの軍事力でも迎撃することは難しくなるだろう。
さらに他のコミュニティでも同じことをすれば、手に負えなくなってしまう。
つまり、叩くのならば今しかない。
スコーピオスめ、お前たちが好き勝手にできるのは今日までだ。
今夜、地獄に叩き落としてやる。
「食事中、失礼する」
カツサンドを齧りながら英気を養っていると、ゴリアテの隊長ことヴァーカスが顔を出してきた。
「アンタも匂いにつられてきたの? カツサンドならまだ残ってるわよ、食べる?」
「せっかくの厚意だが、遠慮しておく。互いの食料には手を出さないルールなのでな」
「こっちは別に構わないわよ、一応これから共闘するんだし、堅いこと言わなくてもいいのよ?」
「それでも、だ」
クソ真面目ねー。まあ取り分が減らなくなったと思えば、それはそれでいいけど。
「今から三時間後に、パイシーズへ突入する。その前に作戦の最終確認のためにきたのだが、やるべきことは分かっているな?」
「私が例のポイントでなるべく目立つように暴れて、その隙に監督署へアンタたちが向かって~ってやつでしょ? もう耳にタコができるくらい聞いたわよ」
「分かっているならいいんだが、不測の事態への備えは大丈夫か?」
「一応、オレと坊主が安全圏からフォローするつもりだが、ヤバそうなら連絡するさ」
「……僕も、できる限りのことはする」
「そうか。本来は非戦闘員なのだから、無理はしないようにな」
……女子供の私への安否よりもツヴォルフたちのほうが心配されてる件について。なんかおかしくないですかね。
「では、私も部隊員への指示へと移る。作戦開始まで、休息していてくれ」
「はいよ」
それだけ言って、また筋肉ダルマたちのテントのほうへ戻っていった。
たったあれだけの確認のためにわざわざ顔を出しに来るなんて、律義というかなんというか。
「……あのパン、美味そうだったな。……だが、しかし、後のことを考えると、な」
帰り際に、隊長の意味深長な呟きが聞こえたけれど、この時は大して気にならなかった。
五日間も一緒に行動しているうちに、私も知らず知らずのうちに筋肉ダルマたちに対して心を開き始めていたのかもしれない。
信じて、いたかったのに。
お読みいただきありがとうございます。
長々グダグダと話がなかなか進まなくてじれったいですが、次回より戦争開始です。




