反撃の狼煙
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行軍五日目。
いよいよ明日、パイシーズに巣食う癌どもを駆逐するため殴りこむことになる。
既に遠目からパイシーズの外壁が見えるくらいの距離にまで近付いたところで、戦いの流れの最終確認をすることに。
ツヴォルフがパイシーズの地図を指差しながら、部隊がどう動くのかを確認しつつ注意点などを教えている。
私たち三人はある程度土地鑑が利くからそうそう迷ったりはしないだろうけど、アリエスの部隊員たちは別だしね。
「この通りがメインストリートで、コミュニティ内のどこへでも繋がっている。各地区との間には隔壁があって、普段は開けられているが緊急時には必要に応じて遮断できるようになっているらしい」
「その隔壁の起動スイッチは、確か監督署の監督官室だったか?」
「ああ。まずここを押さえれば、敵の動きをある程度抑制できるはずだ」
「なら向こうもそれを分かっているだろう。守りをそこに固めているとみるべきだろう」
「だからまずは先発の陽動としてロナをここらで暴れさせて、警備に回っている連中を引きつける。その間に監督署へアンタらが――――」
私は適当に暴れて警備の連中を引きつける役。
ぶっちゃけここまで大人数で戦うとなると、仲間まで巻き添えにしかねないから単独行動のほうが気が楽だ。
……集団戦のためにアリエスの軍隊を借りているのに、戦力を募った私が連携能力ゼロとか我ながら酷いなオイ。
「しかし、そう上手くいくものだろうか。内部の警備状況が我々の予想と大きく違っていたら、それだけでかなり戦いにくくなる」
「もちろん、なにもかもこっちの思い通りに動いてくれるなんて始めっから思っちゃいねぇさ。だから―――――」
「だから、私がパイシーズの状況をお伝えいたします」
!?
どこからともなく、男とも女ともつかない聞き慣れない声が話し合いに混じってきたのが聞こえた。
気が付けば、ツヴォルフの真後ろに真っ黒なローブを着込んだ何者かが立っていた。
「っ! 誰だ!!」
「い、いつの間にこんな近くまで接近してやがったんだ!?」
「落ち着いてください。私は敵ではありません」
慌てふためきながら筋肉ダルマたちが声を上げているのを、冷静な声で宥める黒ローブ。
それを見て、ツヴォルフが苦笑いしながら口を開いた。
「……おい『シャドウ』、気配を消していきなり話しかけてくんのはやめろ。心臓に悪いっての」
「失礼。『隠密』のギフトを発動したままで、話しかけるタイミングが分からなかったので」
「お、おいツヴォルフ。こいつは何者だ? お前の、仲間なのか?」
「こいつは『シャドウ』。パイシーズでフィールドワークなんかをしていた職員だよ。今は所長の指示でスコーピオスの連中の動向を確認してもらって、オレたちに伝える役割を担っている」
「また、パイシーズ解放作戦中のサポートも担当させていただく予定です。よしなに」
「お、おう……」
あー、この人がツヴォルフに酒を飲ませて色々と吐かせた挙句に、産業スパイとしてヘッドハンティングしたっていうアレか。
なんというか、ギフトの影響なのか声も体格も顔つきもまるで印象に残らない。
目を逸らしたら、その瞬間にこの人の特徴をすべて忘れてしまいそうになるくらい存在感が曖昧だ。
「監督署はあなた方の予想通り、厳重な警備態勢が敷かれています。先日追加されたギフト持ちの戦闘員十人に、武装した兵士たちがおよそ百人ほど監視しています」
「たったそれだけか? その気になれば俺たちがゴリ押しするだけでも制圧できそうなくらいにしか思えないんだが」
「そのギフト持ちたちは、全員膂力あるいは特殊能力の出力が四ケタを超えています。真正面からやり合えば大きな被害が出ることでしょう」
「四ケタだと? つまりヴァーカス隊長級のギフト持ちが十人がかりで守っているということか……!」
そりゃ厄介な話ね。
しかも、確か元々ギフト持ち部隊全員の数は30人って話だったっけ。
つまり、現在は40人ものギフト持ちの敵がパイシーズにいるってわけか。
多分、どいつも似たような戦力だと見ていいだろう。
四ケタ超えのギフト持ちが40人ってのは、やっぱちときついわ。
そのうえ、武装した軍隊が合計で1500人くらいだっけ?
せめてどっちかだけなら、なんとか捌けそうなんだけどなぁ。
「まともにやり合えば、それだけでゴリアテが壊滅しかねん戦力だな」
「他の奴らを相手にすることを考えれば、余力を残しておきたいものだが」
「……もう少し戦力を出しておくべきだったか」
「はい。アリエスから派遣された皆様方だけでは、少々厳しい戦いになることでしょう」
「ではどうする? 一度アリエスに戻って、増員を頼むか?」
「いいえ、その間に住民全員の接種が完了してしまい、強力なギフトに目覚めた者たちを操ってさらに強固な部隊が出来上がってしまうでしょう。スコーピオスを撃退できるのは、今しかありません」
そう、モタモタしてると例のクソッタレ注射の接種が開始されてしまう。
だからこそ、現状の戦力だけでどう動くかを考えなければならない。
「接種は、確か明後日から開始の予定だったか? ならばそれまでにどう攻めるかを決めなければ……」
「……明後日ではありません。予定よりも注射の成分調整がスムーズに進みましたので、接種の日程は早まっています」
……げっ、マジか。
まずいわね、ただでさえ時間に余裕がないのに。
「なに? となるといつから接種が開始されるんだ?」
「明日か、まさかもう今日からなのか?」
シャドウが、少しだけ間を置いてから問いに答えた。
「……二日ほど前から、既に接種は開始されています」
な、んですって……!?
~~~~~ナナ視点~~~~~
ううううぅぅぅ~~~~~……!!
見られてる。隅々まで余すことなく身体中見られてる。
所長さんは『女同士だから気にすることない』って言ってたけど、絶対この人邪な目で見てるよぉ……!
「うふふ、そんな恥ずかしがらなくても、うっ、ま、また鼻血が……!」
「ううぅぅ~~……! 絶対見なくてもいいようなところまで見てますよね!? これと注射の成分調整がどう関係するっていうんですかぁ……!」
「はぁ、はぁ、し、信じられないかもしれないけれど、一応とっても大事な工程なのよ?」
「半笑いで息を荒くしながら言われても説得力無いですよぅ……」
もうやだ。こわい。この人怖い。
ある意味あのゴリラ異獣に襲われた時以上に身の危険を感じるんだけど……!
全身を観察されて、その後に血液検査。
最後に触診とか言って身体中を弄られて、もう羞恥心と恐怖心しか頭に浮かんでこない。早く終わってぇぇ……。
一通りの検査が終わったころには、私は精神的な疲労から、所長は……多分鼻血の流し過ぎによる貧血からか、ぐったりとした様子で座り込んでしまった。
「ふ、ふふふ、御協力感謝するわ、ナナちゃん」
「あ、あの、大丈夫ですか……?」
「ええ、平気よ。心配しないで。……うふふ、役得だったわぁ……」
にぎにぎと卑猥な手つきで宙を掴むのはやめてほしいなぁ……。
「さて、これで充分なデータがとれたわ。本当は確実性を上げるためにもう少しサンプルがほしいところだけれど、まあ安全性は問題ないでしょう」
「安全性って……?」
「例の注射よ。あの注射を接種した人のデータを集めて、どの成分が拒絶反応の元となっているのか、またギフトを目覚めさせるための要素はなんなのかを検証していたのだけれど、あなたのデータを診てより確信に近付いたわ」
つまり、私の身体を見たり弄ったりしていたのも、そのためのことだったの?
……本当に関係があったのか、ちょっと疑いそうになるんだけれど……。
「……しかし、『アクエリアス』の研究者たちがこれに気付かなかったとは思えないし、もしかしたら元々拒絶反応が出るように調整していたのかしら」
「え……!?」
「多分、人口調整のための間引きとして、あえて一定の死者が出るように最初から作られていたんだと思うわ」
「つ、つまり、本当なら拒絶反応が出ないように作ることができるのに、わざと……!?」
ひ、酷い……! なんで、そんなことを……!!
「アクエリアスは物資が、特に食料が足りていないコミュニティだものね。死者が出ればその分食料の消費も抑えられるし、遺体を肥料として活用することもできるから、ってところかしら。……酷いわね」
「……アクエリアスは、本当に人のことを資源の一つとしてしか見ていないんですね」
「そう思うと、スコーピオスの連中がマシに思えてくるわね。彼らも悪い人間ばかりではないみたいだし。……さっきの男は下衆だけど」
「……私のデータを診て、安全性が~って言ってましたけど、所長が注射の成分を調整すれば……」
「ええ」
ニッコリと、まだ鼻血の跡が残っている顔を拭いながら微笑みつつ、所長が答えた。
「拒絶反応が起こることなく、ギフトを目覚めさせることができる注射を作れるわ。……そして、それこそが私たちの反撃の狼煙となるのよ」
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