こちらナナ、潜入を開始する。
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進軍二日目。今日も初日と特に変わったこともなく、時々襲ってくる異獣を返り討ちにする以外はトラブルもなく進んでいる。
『ゴリアテ』の筋肉ダルマたちも、道中の異獣くらいなら問題なく迎撃できるくらいの能力はあるみたいだし、充分戦力としてカウントできる。
あくまでスコーピオスとの戦争がメインなんだから、こんなところで手こずられても困るけど。
車の振動に揺られながら座席に座っていると、ツヴォルフが筋肉ダルマたちに声をかけた。
「そういや、アンタらもギフト持ちみたいだがどうやってギフトを発現させたんだ? まさか『アクエリアス』みたいに異獣の血を直接注入したわけでもあるまいし」
「あー、ギフトが発現する条件ってのは色々あってな。例えば親がギフト持ちだった場合は、低確率だがギフト持ちの子供が生まれることがあったりするんだ」
「あとは、異獣の肉を何世代にもわたって食い続けてきた家系に、突然変異でギフトを持った子供が生まれることもあるらしい。中にはギフトによる攻撃を受けて死にかけて、息を吹き返した時にギフトに目覚めたって話もある」
「まあそんなもんはレアケースだがな。だからギフト持ちなんて滅多にいるもんじゃない。どこのコミュニティも、ギフト持ちの兵隊は必須だけれどな」
その滅多に現れないはずのギフト持ちを人為的に作り出そうとしているのが、クソコミュニティことアクエリアスってわけだ。
もしもコミュニティの人間全員がギフトを発現させたら、それだけで他のコミュニティを圧倒できるほどの戦力を得ることができるってことだからね。
……あの施設、脱出前に潰しておけばよかったかしら。
「そういうお前らはどうなんだ?」
「オレとロナは実験体として、加工された異獣の血液を注入されて発現した。この坊主は記憶がねぇみたいだから分かんねぇ」
「よくそれで生き残れたもんだ。経口摂取ならまだしも、異獣の血液を直接注入するなんて正気の沙汰じゃねぇだろ」
「まったくだな。……あの施設は、オレを含めてどいつもこいつもロクデナシのヒトデナシばかりだったよ」
苦い表情をしつつ顔を逸らしながら、ツヴォルフが吐き出すように言う。
コイツもあの施設で非人道的な実験に携わっていた一人だったということに対して、未だに負い目を感じているみたいだ。
普段は飄々としているくせに、時々こうやって陰を感じさせる顔をするのがなんとも言えないわね。
戦争の引き金を引いた私たちに対してあまりいい印象を抱いていないはずの筋肉ダルマたちと、険悪な雰囲気にならないようにツヴォルフがこうやって世間話をすることがある。
リベルタは無口だし、私が下手に話そうもんならかえって関係が悪化しかねないし、コイツにしかできない役目ね。
いざ戦闘になったらほとんど役に立たないだろうけど、こういう場面でコミュニケーションをとってくれるのは助かるわ。
ツヴォルフが世間話をしているのを横で聞いていると、筋肉ダルマたちについての情報が嫌でも耳に入ってくる。
たとえば、ゴリアテの筋肉ダルマたちはどいつもこいつも一見脳筋バカに見えるけれど、他の部隊に比べて膂力の高さが売りってだけで扱うギフトはパワー型ばかりとは限らないみたいだ。
指から光る弾丸を放ったり、どこからともなく糸を生み出し操って相手を拘束したりできるヤツもいる。
人は見た目によらないってわけね。……筋肉ムキムキのオッサンが糸を操っている姿はちょっとシュールだけれど。
こいつらの能力も今のうちにできるだけ把握しておく必要がある。
スコーピオスとの戦争での連携のために。
そして、万が一こいつらが敵に回った時のために。
「ま、オレから言わせりゃお前らは今でも戦争を引き起こすきっかけを作ってるロクデナシだけどな」
「ロクデナシで結構よ、毛根ナシ」
「もっ……!? どういう意味だクソガキが!」
特になんかあるたびに突っかかってくるこの眼帯ハゲは要警戒。
もうあしらうのも慣れてきたけどね。
~~~~~No.77ことナナ視点~~~~~
「んん……次は首の後ろあたりをお願いします」
「うん」
スコーピオスの上層部に献上する異獣のお肉を納品した後に、疲れを癒すために下級民の男の子ことナル君にマッサージをしてもらっている。
小さくか弱いわりに慣れた手つきで、ほぐしてほしいコリを程よい力加減で揉んでくれている。
「とても上手ですね。すごく心地いいですよ」
「アイツらがくるまでは、ロナねーちゃんにもこうやってマッサージしてたからね」
「その『ロナ』さんというのはどんな人だったんですか?」
「美人だけど、怒ると超怖い。ナナねーちゃんに負けないくらい力持ちなんだよ」
「ふぅん……その人もギフト持ちなのかな?」
「あとおっぱいとお尻が大きくて、首の後ろにヘビみたいな絵が―――」
「……それは誰と比べて言っているんですか?」
「ひいぃっ!? ごめんなさいナナねーちゃんのことペッタンコとか言ってないですゴメンナサイ!!」
それは言ってるのと同じでしょ!
……まあ、あちこち小さいのは自覚してますよ。うん。
で、でもまだこれからだから。いつかお姉さんみたいに立派なスタイルになれるはずだから。……多分。
一通り身体を揉みほぐしてもらってから、今日の御駄賃を渡す。
御駄賃の内容は納品した分とは別にとっておいた異獣のお肉で、量は少ないけれどこの子やそのお仲間たちに分けるには充分な量のはず。
「どうぞ。誰にも見つからないように目立たない場所で食べるんですよ。お肉の焼ける匂いがあたりに漏れないように気を付けて」
「う、うん。ありがと、ナナねーちゃん」
……食べ盛りのはずなのに、こんなに痩せているナル君の姿を見ていると以前の自分を思い出す。
飢えて、苦しくて、寂しくて、頼れる人はもうどこにもいなくて。
あの施設に拾われて飢え死にしそうになっていたところに、お姉さんが食べ物を分けてくれたことはついさっきのことのように思い出せる。
味気ない携行食料があんなに美味しく感じたのはお腹が空いていたからじゃなくて、私のことを気にかけてくれる人がいたということが、嬉しかったからだと思う。
あんなふうになれたらいいな、と思ってこんな施しの真似事をしているけれど、これは単なる自己満足だ。善意からくる行動じゃない。
……さて、私もそろそろ行動を起こさなければいけない。
特等民に与えられている個室に戻ると、部屋の前を見張るように鞭係の人たちが迎えてくれた。
……労ってくれるのはありがたいけれど、毎日出迎えなくてもいいのに、
「ナナさん、お疲れさんです!」
「どうも。しばらく休みますので、できれば誰も入らないようにお願いしますね」
「おめぇら! ナナさんが休んでる間は近くで騒ぐんじゃねーぞ!」
「てめぇが一番うるせぇよ!」
異獣のお肉を納品し終わって、ナル君にマッサージしてもらった後、いつものように個室で休んでいる、と周りの人たちに思わせるためにここ数日はいつもと変わらないルーティンワークをこなしていた。
周りに誰もいなくなったことを確認した後に、個室の通気ダクトの枠をこじ開けて中を進んでいく。
普通の人ならまともに身動きすることすらできないくらい狭いけれど、私の小さくペッタンコな身体なら難なく通ることができる。
……スムーズに事を進められているのになんだか悲しくなってきた。
通気ダクトを伝って外へ出て、目指すのはこのコミュニティの異獣研究所。
そこで、例の注射の調整が行われているらしい。
私が、それをなんとかしなければならない。
もう、誰もあんな目に遭わせてはいけないから。
異獣研究所に侵入するのは思ったよりも楽だった。
『念動力』のギフトで見張りの人の近くで物音を立てて、そちらに気をとられているうちに中に入るだけで済んだ。
このコミュニティ『パイシーズ』の異獣研究所は、『アクエリアス』と違って物資も人も比較的恵まれているような印象だった。
掃除もよく行き届いていて清潔感があるし、温水シャワールームまである。
……もしも、アクエリアスじゃなくてここに拾われていたらどれだけ救われていただろうと思わずにはいられない。
誰にも見つからないように、コソコソと目立たない場所を選んで進んでいく。
しかし、人目が多い。そのうち誰かの目に留まるのは時間の問題だ。
接種用の異獣の血液を加工しているところを早く見つけないと。
とはいえ、このまま隠れながら進むのにも限界がある。
どこかで変装でもできる服を見つけるか、部屋から脱走したみたいに通気ダクトでも通って進んでいくかするべきだろう。
「はぁ、どうしてこんなことになっちまったんだろうな……」
「っ!」
変装に使えそうな衣服や道具を探しつつ通路を進んでいると、曲がり角から誰かが愚痴を漏らしながら近付いてくる音が聞こえた。
まずい、このままじゃ鉢合わせてしまう。
咄嗟に近くにあった部屋へ慌てて入った。
……部屋の中の状況も確認せずに、入ってしまった。
「……ん? 誰だ?」
「……あっ……」
「……あなたは……」
部屋の中には、人相の悪い男の人と、ウェーブのかかった綺麗な金髪の女性が、いきなり入ってきた私を見つめていた。
……どうしよう、いきなりしくじってしまった……!
お読みいただきありがとうございます。
現実のほうでも例のワクチンを保管する設備の電源抜いたりする事件がありますが、この物語は一切関係ありません。絶対真似禁止。
あとナル君はドラ猫兄弟の弟のほうです。




