遠隔摂食
今回始めはNo.77視点です。
「今回の収穫です。食肉加工所へ連絡をお願いします」
「す、すげぇ、こんなデケェ牛型異獣を……!」
「ナナさん、今日もお疲れ様です!」
「ナナさん、どこか怪我でもしてねぇですか!?」
「……大丈夫です」
『外』の狩りから帰ってきた私を、鞭係の人たちが整列して出迎えてくれた。
……なんでこんな物々しい出迎えをするようになったんだろう。
スコーピオスの傘下に入ったコミュニティで、下級民に選ばれた人たちの中で特に身体の弱い人たちは、早くてひと月くらいでバタバタと死んでいくらしい。
原因は主に餓死。普段の過剰な労働に対して、与えられる食料が本当に少ないから当然だ。
飢え死にさせないように私の分の食料を分け与えようにも、量が少なすぎて分配なんかできるわけがない。
なら、どうするか。考えた末の手段がこれだ。
『外』に生息している異獣を狩って、それを食料として上納する。
スコーピオスの人たちも、正直言ってそれほどいい食事をしているわけじゃない。
お肉なんて滅多に食べられないし、あくまで下級民の人たちに比べればマシといった程度だ。
でも、こうやって食肉を納めていけばスコーピオスの人たちの食糧事情が改善されて、その分余った食料が下級民の人たちに配られるようになる。
そういった提案をしたら、監視付きで狩りに出かけることを許されるようになった。
……美味しいものを食べたいと思うのは、鞭を振るう人も振るわれる人も同じってことなんだ。
異獣狩りは、思った以上に簡単な仕事だった。
私よりも力の強い異獣が、このあたりにはほとんどいないからだ。
私の膂力が高すぎるせいか、異獣の攻撃やギフトはあまり効かないのに対して、こちらが本気で叩いただけで異獣たちを容易く仕留められてしまう。
食肉加工所へ仕留めた牛型異獣を持っていくと、引き攣った顔で応対された。
「しっかし、こいつをアンタが仕留めたって言うのが信じられないよ」
「そりゃもうナナさんなら楽勝だろ」
「……三日前なんか、でかいトカゲみてぇな異獣の頭を殴っただけで粉々にしてたしな。マジこえぇ……」
見張り役としてついてきている人が、顔を青くしながら語っている。
それを聞いたうえで、私が持ち帰った頭の無くなっている大きなトカゲの有様を見た時から、鞭係の人たちが私に対して敬語を使うようになった。
……怖いのは分かるけど、そう露骨に態度を変えなくても。
「ナナさん、この後はどうしやす? 休むんですかい?」
「これだけでは足りません。少し休んだらもう一体狩ってきます」
「な、ナナさん、あまり無理しねぇほうが……」
「マジカは減っていませんし、体力的にも全く問題ありません。その気になればあと五体くらいは狩ってこられます」
「……近いうちにあたりの異獣が死滅しそうだなこりゃ」
『ナナ』というのは、私のあだ名のようなものらしい。
『No.77』じゃ呼びにくいからって略したらしいけど、シンプルながら可愛い響きで正直ちょっと気に入っている。
もうこれが私の名前でもいいかな、と思ったところでステータス画面の名前も『ナナ』へと変わってしまった。
……名付け親がこの人たちというのもどうかと思うけど。
でも、この人たちも最近は少し優しくなっていっているように思える。
厳つい見た目で乱暴なところもあるし、最初は下級民の人たちをいたぶって遊ぶような人たちだったけれど、最近は本当に必要な時以外は鞭を振るっていないようだ。
……環境が、人を変えることもあるんだ。この人たちも、私も。……お姉さんも。
お姉さんは、今、なにをしているんだろう。
また、いつか会えるのかな。
「血液の調整は順調か?」
「ああ。十日前からアクエリアスのデータを基に進めているが、驚くほどスムーズだ」
休んでいる最中に、食肉加工所の奥からふとそんな声が聞こえてきた。
アクエリアス? 血液の、調整……? なんの話だろう。
「血液の接種は予定通りに行えそうだな」
「ああ。まさかこんなに手早く簡単にギフトを発現させる方法があるとは驚きだ。無調整の血液を注入してもほぼ確実に拒絶反応を起こして死ぬというのに、少し調整するだけで死亡率を20%程度まで抑えられるとは」
「どれほどの犠牲を払ってこの方法を編み出したのかは知らんが、有効に使わせてもらおうじゃないか」
………!!
『血液の調整』『アクエリアス』『ギフトを発現』『拒絶反応を起こして死ぬ』
その言葉の羅列だけで、これからこのコミュニティでなにが行われようとしているのか分かってしまった。
「最初の接種は五日後だぞ、そっちこそ選別作業はできているのか?」
「如何せん数が多いもんでちと難航してるが、まあ間に合うだろうさ」
最初の接種は五日後。
五日後に、またあの悪夢が、ここで行われようとしている。
「うぅっ……!」
吐き気がする。
動悸が収まらない。
目の前で狂い死んでいく人たちの顔がフラッシュバックする。
ダメだ、あれだけはダメだ。
あんなことを、また繰り返させるわけにはいかない。
「ナナさん、どうかしたんですかい? っ! ……顔色が悪いですぜ、もう今日は休んだほうが……」
「……はい。あんなに意気込んでおいて申し訳ありませんが、やっぱり狩りはやめて、少し街を散歩でもしてから休んで英気を養おうと思います」
「そ、そうですかい。あんまり無理しちゃいけませんぜ、アンタにゃ治療の仕事もあるんですから」
「ええ、承知しています。……では」
心配そうに声をかけてくれる鞭係の人と別れて、街へ歩き出した。
向かう場所は、街の中心にある異獣研究所。
もう時間に余裕はない。あと五日後には、接種が始まってしまう。
それまでにどこで接種を開始するのか、どの人たちが受けるのか、そしてどこに注入する血液があるのかを確認しないと。
もう二度と、あんな悲劇を起こしてはいけない。
お姉さんだって、この場にいたらそう思うはずだ。
ウジウジしていたって、ただなすがままに利用されて、用済みになったら捨てられるだけ。
そんなのは、もう沢山。うんざりだ。
今の状況を変えるためには、まず自分から動き出さないと……!
~~~~~ロナ視点~~~~~
鹿型の異獣が三体。
それぞれ青、緑、黄色となんともカラフルな体色をしていて、ちょっとキモい……。
「一対一になるな! 囲んで叩け!」
『ミィィイイイッ!!』
「ぐぉあっ!? と、突進をまともに受けるな! とんでもねぇ膂力なうえにギフトで弾き飛ばされちまう!」
黄色い一頭は筋肉ダルマたちと交戦中。
甲高い鳴き声を上げながら突進し、当たった相手を次々と弾き飛ばしていっている。
とんでもない膂力って言ってたけど膂力の数値は1000ちょっとだし、まああいつら全員で立ち向かえば勝てるでしょ。
にしても、鹿ってあんな鳴き声なんだ。……ちょっと可愛いとか思いそうになった。
「ミュィィイイイ!」
「やれやれ、畜生のくせに芸達者なことだ!」
もう一頭の青い鹿は隊長が単騎で応戦中。
角の先から光る刃と盾を生み出し、まるで人間が両手で扱っているかのように振るって攻撃を繰り出し、防いでいる。『光殻武装』ってギフト欄に書いてあるけど、どうやらその効果のようだ。
膂力は大したことないけど特殊能力の出力が高く、隊長と互角の攻防を繰り広げている。
……ちっ、ギフトのレベルは4か。あと一つ上なら吸収できたのに。便利そうだけど、残念。
『……』
そして一際大きい緑色の一体は、後ろからそれらを眺めている。
見た感じコイツがリーダーっぽいけど、手下二頭に戦わせて様子見してるだけで一向に動こうとしない。
高みの見物ですか、いい御身分だこと。……私もか。
かかってこないなら、まずはステータスからゆっくり確認させてもらいますかね。
アディンピス
ランク5
状態:正常
【スペック】
H(ヘルス) :1517/1517
M(マジカ) :587/587
S(スタミナ) :599/599
PHY(膂力) :1208
SPE(特殊能力):1234
FIT(適合率) :46%
【ギフト】
螺旋弾Lv6 速度強化Lv3
おお、こいつ膂力も特殊能力の出力も1000を超えてるじゃないの。
Lv6を超えるギフトを持ってるし、摂食吸収するにはなかなかおいしそうな相手ね。
『!』
む、こちらの視線に気付いたのか、警戒した様子でこちらを睨みつけてきた。
よしよし、こちらをターゲットに定めてくれたのなら好都合だ。
『ヴォェェエエエアア゛ア゛!!』
鳴き声ひどいな!? 他の二頭はもっと甲高くて可愛げのある鳴きかたしてたのに、こいつだけまるで嘔吐してるかのようなきたない鳴き声を上げながら突っ込んでくるんですけど!
『速度強化』を使っているのか、かなり速い。しかも身体全体を回転させながら飛んできてるんだけど。
さながら巨大な弾丸のようだ。……もしかして、『螺旋弾』のギフトってこれのこと?
てっきり遠距離攻撃かなんかかと思ってたけど、自分の身体を弾丸のように飛ばすギフトなのか。
『ヴォォオエエエアアオロロロロォォオオ!!!』
「うわぁい!?」
しかも回転が速すぎて自分でも制御できないのか、白目を剥きながらさらに汚い声を上げている。
あまりの悍ましさに、というかキモすぎて思わず素で引いてしまった。なにこいつキモい。
咄嗟に避けて、鹿が突っ込んだ先には頑丈そうな大きな岩。
普通に考えれば岩に叩きつけられて大きなダメージを負うだけだろう。
その巨岩を、まるで柔らかい泥でもこねるかのように抉り、貫いた。
ワーオ、見た目と鳴き声はともかく、攻撃力だけは相当なものね。
まともに当たれば、ミンチになっちゃうわ。
「ロナ、逃げろ! いくらお前の膂力でも、その攻撃をまともに喰らえばただじゃ済まない! 一人で戦うな!」
その光景を見た隊長さんが、声を荒らげて警告してきた。
確かに、この威力はヤバい。下手すりゃあの大亀の突進よりも部分的な破壊力は上だ。
膂力を3000まで上げても、無傷で受け止められる威力じゃない。
『オォォォオエェェェェエエ゛エ゛ッ!!』
すかさず雄叫びを上げながらこちらに突っ込んできた。だからそのきたない声やめろ。
んー、文字化けスキルの新たな能力を使えば、ぶっちゃけ余裕で対処できるんだけどなー。
でも下手に見せびらかすようなことすると後で首を絞めることになりそうだし、ここは『摂食吸収Lv2』の力で仕留めよう。
『ヴォロロロロロァァアアヴァアアア!!』
「うっさいわね……『遠隔摂食』」
そう呟くと、私の口から巨大な顎の形をした光弾が放たれた。
鹿はその光弾に気付いていないのか、そのまま顎に頭を噛み付かれる形になり、ボリッ となにかが食い千切られるような音がした。
その直後に鹿の身体の回転が徐々に鈍っていき、鹿の身体が地面に力なく倒れ込んだ時には首から上が無くなっていた。
「……は?」
それを見ていた隊長が、間の抜けた声を上げながら疑問符を浮かべている。
口の中のモノを咀嚼しながらよく味わうと、血と肉の味と頭蓋骨の硬い感触が口の中にあった。まずいなぁ。
あ、でもちょっとクリーミーな旨味があるような……あ、コレもしかして脳みそかな? オエッ。
『摂食吸収』のギフトがLv2に成長したことで、新たに『遠隔摂食』っていう技を使えるようになった。
離れた場所に顎の光弾を飛ばして、着弾した部分を齧りとる技。
齧りとった部分は一口サイズになって口の中に入ってくるから、お手軽に摂食できる便利な技だ。
ちなみにこの技は生物相手にしか効果がない。要するに盾とか鎧とかで簡単に防がれてしまうので、異獣相手にしかまともに使えない技だったりする。
「おいおい、マジか……一瞬で仕留めちまった」
「ほらほら、ボサッとしてないで、そっちもちゃっちゃと片付けなさいよ。それとも私がやろうか?」
「くっ……! お前ら、気合入れろぉ! 舐められてんじゃねぇぞぉ!!」
私の煽りに対して火が点いたように怒鳴り声を上げて、鹿に猛攻を仕掛けだした。
始めっからそうしなさいよ、まったく。こいつらホントに戦力になるのかしら……。
お読みいただきありがとうございます。
勝手ながら、これから一月ほど何話分か書き溜めてから投稿しようと思います。
その間投稿はストップいたしますのであらかじめご了承願います(;´Д`)




