廃棄物(ゴミ)
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「では、最終試験会場へ案内いたします。この試験に合格すれば、適合試験合格者と同じ、いえそれ以上の待遇を得ることすらできるかもしれません。期待していますよ」
重い足取りで、ジヴィナの案内のまま歩き続けている。
他の人たちも、泣き出しそうな顔だったり今にも死にそうな顔だったり、絶望が表情に現れている。
「ううぅぅ……やっぱり、ダメだったぁ……」
No.77がまた泣き言を呟いている。
……もうそれを諫める気にもならない。それに、気持ちは痛いほどわかる。
今、最終試験会場に向かっている人たちは、私を含めて『適合試験』で不合格とみなされた者たちだ。
摂取した異獣の血によって、今朝になって『ギフト』と『アナライズ』と呼ばれる能力が開花した。
『ギフト』とは、本来は異獣が使う超常現象を引き起こす特殊能力のことだ。
アナライズは、目で見た生き物の能力を数値や文字として確認できる能力で、その確認できるデータのことを『ステータス』と呼ぶらしい。
……どちらも常識では考えられないような能力だけど、実際に発現しているのだから受け入れるしかない。
そのステータスに表示されているギフトの適合率が10%以上であれば合格、というのが適合試験の条件だった。
それ未満では、まるで使い物にならないような力しか発揮できないらしい。
一縷の望みをかけて自分のステータスを確認した時に、自分自身の全てを呪った。
No.67
ランク0
状態:空腹
【スペック】
H(ヘルス) :20/20
M(マジカ) :5/5
S(スタミナ) :5/14
PHY(膂力) :22
SPE(特殊能力):1
FIT(適合率) :0.1%
【ギフト】
摂■■■
並の人間でも適合率1~3%程度はあるらしいけど、私の適合率はわずか0.1%だけだった
ギフトも発現しそこなった名残程度しかなく、職員がいうには『ゴミ』あるいは『ダスト』と呼ばれる本当になんの役にも立たない表示らしい。
ここまで見込みがないのも稀で、悪い意味で驚かれてしまった。
世界が不公平なのは分かっていたけれど、ここまで私にばかり厳しいのはいくらなんでも酷すぎる。
……No.77のように、今すぐ泣き叫びたい気分だ。
「あ、あの、最終試験って、なにをするんですか?」
歩いている途中でNo.51が不安そうな顔でジヴィナに質問をした。
一瞬面倒くさそうに顔を顰めたが、いつもの冷たい笑顔でジヴィナが答える。
「ギフトの適合率を上げるための試験です。適合試験で落ちてしまった皆さんにも、まだチャンスは残っているということですよ。頑張ってくださいね」
「は、はぁ……」
なんのための試験かは分かったけど、その内容について一切触れていないのが不気味だ。
いったい、なにをやらされるのか。絶対にロクでもないことに決まってる。
例の注射を追加で接種でもさせられるのか、それともあの知識を詰め込む拷問機械のような設備で身体を弄られるのか。
……なんにせよ、もうどうしようもない。なるようになれだ。
最終試験会場は、出入口とその上にある窓以外にはなにもない広いフロアだった。
100m四方はあるだろうか。ちょっとした運動場みたいだ。
「最終試験の準備をしてきますので、しばらくお待ちください」
ジヴィナがそう言った後に、扉から出ていった。
会場に残っているのは、最終試験を受ける人たちだけ。
「な、なにをするんだろうなぁ……」
「ぜってぇロクでもねぇことに決まってんだろ、クソッ!」
皆、不安を口にしている。
ただ単になにもないところに連れてこられて放置されているからイライラしてるってわけじゃない。
さっきから寒気がする。鳥肌が立って、身体の震えが止まらない。
風邪や病気なんかじゃない。もっと深刻ななにかが、差し迫っているような……。
『お待たせしました。これから、最終試験の内容を説明いたします』
フロアのスピーカーから、甲高いノイズの後にジヴィナの声が響いた。
スピーカーの上にある窓から、ジヴィナと職員、あと妙な格好の人が何人かこちらを見ている。
『ここにいる方々は、適合試験で適合率が10%未満と判定されました。今のままでは戦力として心許ないので、これから適合率を上げるための試験、いえ試練と言うべきでしょうか。それを受けていただきます』
「試練……? どういうことだ?」
『適合率、そして発現するギフトは人によって全く異なります。適合率を上げてその出力を上げるためには、異獣の細胞をさらに接種するか、異獣を殺害しその力を取り込むか、あるいは―――』
説明の途中で、私たちが入ってきた出入口と反対側の壁が開いた。
自動ドアが開き、なにかが入ってくるのが見える。
「え………」
「なんだよ、あれ………!?」
入ってきたのは、ゴリラに似たバケモノ。
刻み込まれた知識の中のゴリラと違って、体高3m近いサイズの巨体。
体毛は無く、手足の太さですら私の胴体よりもずっと太い。
『命の危機などに瀕した際の感情爆発により、大幅に適合率が伸びる例が確認されています。死にたくなければ死ぬ気で目覚めさせてくださいね、モルモットさんたち。でなければ、その『異獣』の餌になるだけですよ』
それだけ告げて、スピーカーからプツン となにかが切れるような音がして、それ以上なにも聞こえなくなった。
ふ、ふざけるなよ……! こんなの、試験とは名ばかりの処刑じゃないか!
『ガヴォハァァァァアアアアァァァアアアアアッッ!!!』
フロアに入ってきた毛のない巨大ゴリラが、自身の胸を乱打しながら雄叫びを上げた。
胸を打つ拳の音が心臓に響く。その咆哮を聞くだけで、身体が竦み上がってしまう。
ステータスなんか見なくても分かる。
ダメだ、アレはダメだ、どうあがいても勝てるわけがない……!!
「に、逃げろぉぉおおおっ!!」
「いやだぁぁあああっ!! 開けろ! 開けてくれぇ!!」
「た、助けて! 誰か、助けてぇっ!!」
その場の全員が逃げ惑い、助けを求め、泣き叫んでいる。
地獄絵図っていうのは、まさにこの状況のことを言うんだと思う。
ゴリラが猛スピードで迫ってきて、私たちに向かって腕を振り回した。
『グロァアァァッ!!』
「ギャブァ!!」
「いぎゃぁっ!!」
まともに喰らった人たちが、皆砕け散って肉塊へと変わっていく。
掠っただけでも吹っ飛ばされたり、重傷を負っていく。
あんな巨体で、なんて速さなの……!? こんなの、絶対防げるわけがない!
「こ、この! 死んでたまるもんですか!」
「くたばれぇ!!」
ある人は指先から炎の弾丸を放ち、ある人は腕の形を剣のように変えてゴリラに向かって攻撃した。
これが『ギフト』なんだろう。本来なら異獣が扱っている特殊能力。人間相手なら、これだけでも脅威かもしれない。
でも、炎は皮膚すら焦がすことができず、剣はゴリラに当たった瞬間にへし折れてしまった。
抵抗しても、無駄。
異獣相手に、弱すぎるギフトはこんなふうにまったくなんの効果もない。
だから、私たちは切り捨てられたんだ。
しばらくゴリラによる蹂躙は続き、50人近くいた私たちは、気が付いたら10人程度にまで数が減っていた。
まだ生き延びているのは、ここまでたまたまゴリラの目につかなかっただけ。
次は、私の番かもしれない。
私にできることは、自分の順番が少しでも後に回ってくれることを祈るしか――――
『ゴルルル……!!』
「ひっ、い、いや、こないで、こないでぇぇ……!!」
桃色の髪の少女、No.77がゴリラに睨まれているのが見えた。
このままだと、次はあの子が餌食になる。
「……っ!!」
気が付けば走り出していた。
なんのために?
助けられるわけじゃないのに。
仮にこれをしのげても、いずれ殺される。
意味なんてないのに。
『ゴガァッ!!』
「いやぁぁぁあああああっっ!!!」
ゴリラの腕がNo.77に当たる寸前、No.77を突き飛ばして攻撃を回避させた。
その際に、ゴリラの攻撃が腹部に掠ってしまい、深い切り傷ができた。
痛みと、耐えがたい熱さが襲いかかってくる。
口の中に、血の味が広がって、溢れ出てくる。
「は、ぁ、っ……!」
「え……お、おねえ、さん? な、なん、で……?」
「……にげ……な……さい…………」
なんでこんなことをしているのか、自分でも分からない。
ただ、この子が死んでしまうと悟った時に、考えるより先に身体が動いていた。
あの時、私を庇って死んでしまった男の子も、こんな感じだったのかな……。
他人と関われば、死なれるか、裏切られる。そんなことは分かっていたつもりだった。
そして、私が死ぬことも、当然あり得る。
そんなこと、少し考えれば気付いたはずなのに。
ああ、でも、もうどうでもいいや。どうせ、死ぬんだし。
「あ、ああ、あああ、ああああぁあああああっっ!!! いやぁぁぁぁああっ!!!」
No.77が大声で叫んでいる。
……うるさい子ね。最期くらい、静かに死なせてよ……。
そう思いながら、霞んでいく目を閉じようとしたところで、腹部の異変に気付いた。
ボンヤリと霞んでいた視界が、徐々に鮮明さを取り戻していく。
傷の痛みが、ひいていく。
「うぁぁぁああああっ!!」
No.77が、私の傷に手を当てていて、緑色の淡い光が輝いている。
光が当たっているお腹の傷が、治っていく……?
『っ! No.77の覚醒を確認! No.1、No.77のピックアップを!』
『了解』
スピーカーから、職員たちの声が響いた。
その直後、あたりの景色が全く違うものへと変わった。
あたりを見ると、ジヴィナや他の職員が近くにいる。
ここは、あの窓の内側……?
「おい、なぜNo.67まで転移させたんだ? コイツは覚醒していないゴミだぞ」
「あんなふうに密着されていては、一人だけ転移させることなどできない」
No.1と呼ばれていた金髪の青年に職員が文句を言ったのに対して、毅然とした態度で素っ気なく対応している。
その態度が気に食わないのか顔を顰めたけど、すぐにこちらに向き直った。
「……まあいい、さっさとコイツを会場へ連れ戻せ!」
「ほら、さっさと歩け! そして死んでこい!」
「うぅっ……!」
「だ、ダメ、です! あ、あんなところに戻ったら、お姉さん、今度こそ死んじゃう! やめて!」
私を会場へ引きずり戻そうとする職員を、No.77が止めようとしている。
その言葉に、職員たちの動きが止まる。さっきまで私たちが助けを求めようが何人死のうがまるで無反応だったのに、今になってNo.77の声が通った。
さっきのアナウンスを聞く限りじゃ、どうやらこの子は最終試験に合格したと見てよさそうだ。
合格したということは、後にエリート扱いされるということ。その言葉を無視することはできないから、こうして動きを止めているのか。
「残っている人たちも、まだ助けられます! お願いします! た、助けてあげてください!」
「……無理だ。たった今、最後の一人が死んだ」
「あ、あああっ……! なんで、なんでぇ……!!」
自分だけでなく、会場に残っている人たちの救助を懇願しているけれど、No.1が無慈悲な現実を伝えた。
それを聞いたNo.77が呻きながら項垂れたのを見て、No.1の隣にいる男が口を開いた。
その胸には『No.4』と書かれている。
ステータスが見えないけど、状況とこれまでの情報、そして存在感で分かった
こいつらが、『ギフト・ソルジャー』と呼ばれるエリートたち。
この施設で行われている実験の、成功作たちなんだ。
「なんで助けないかって? それはあいつらが弱いうえに無能だからだ。役に立たないゴミはさっさと処分しないと、無駄に資源を消費するからな」
「そん、なっ……!」
「ああ、そんな顔をするな。お前は違うぞ。危機に瀕して覚醒し、適合率が30%を超えているうえに複数のギフトを獲得しているとは見事としか言いようがない。中でもその治癒能力は大したもんだ。戦闘でのサポートに回れば、恐らく絶大な効果を発揮するだろう。歓迎するぞ、同志よ」
会場の中に残っている人たちの死体をゴミでも見るかのような目で眺めながら唾棄するように、No.4が口を開く。
No.77に対しては一見優し気に対応しているように思えるけど、話を聞いているとこの子の性能しか見ていない。人格なんて、どうでもいいんだ。
それに対し納得していない様子で、それでもなおNo.77が食って掛かった。
「な、なら、せめてこのお姉さんは、……No.67さんだけは、助けてあげてください……! この人が助けてくれなかったら、私は……!」
「……いいだろう。おい、コイツを会場に戻すのは中止だ、放せ」
私を会場に引き摺り戻そうとしていた職員たちの手が放された。
それを見たNo.77の顔が安堵からか、僅かに笑みを浮かべた。
「よ、よかっ、た、おねえ、さん………」
極度の緊張から解放されたからか、気を失ってしまった。
私のために、ここまでしてくれるなんて。
……これまで、冷たくしてて、ごめん。
「No.77を治療室へ運べ。充分な栄養摂取と休養をとらせろ。……まさか本当に覚醒するとはな」
「ゴミが宝に変わることもあるのですね。さて、残ったゴミは早々に処分しましょうか」
「うっ……!」
ジヴィナが、これまでで一番冷たい笑みを浮かべながら懐からなにかを取り出した。
あれは、私を裏切った男が持っていたものと同じ、『拳銃』……!?
「おいおい、いきなりかよ。容赦ねぇな」
「生かしておいても資源の無駄ですので。No.77には『ギフトによる治療が不完全だったため急に容体が悪化して、そのまま死んだ』とでも言っておけばいいでしょう。……ではごきげんよう、憐れなゴミ」
私の頭に、銃口を突きつけ、引き金を引こうとしたその瞬間――――
「止めろっ!!」
「っ!?」
誰かが、大声でジヴィナを止めた。
声がしたほうを向くと、私が施設で目覚めた時にいた茶髪の男が立っていた。
「No.67はNo.77の覚醒を促した功績がある。功績には恩赦を与えるのがこの施設のルールだろう。勝手に処分することは許されない」
「……穀潰しを養えるほど、余分な食糧はありません。彼女を生かしておくだけで、どれほどの食料が無駄になることか」
「だからこそ、こいつにはもうなにも与えない。なにも奪わないかわりにな。『功績に対して恩赦を与えた』という実績が重要なんだ。最期くらい、安らかな環境で死なせてやれ」
「そこに、あなた個人の感情による介入がないと言い切れますか? あなたも元は実験体だったでしょう。同情でもしているのか知りませんが、余計な私情を挟まないでいただきたいですね、ツヴォルフさん」
馬鹿にしたような口ぶりで、ジヴィナが茶髪の男に食って掛かる。
それに対し、無表情のまま冷たい声を放った。
「おい、誰に向かって口を利いているジヴィナ三等員」
「……!」
「私は一等員、お前は三等員だ。そして今、感情に任せて規約を違反しようとしているのはお前で、私はそれを諫めようとしているだけだ。これ以上なにか反論する気であればすぐにでも議会を開くが、どうする」
「っ……畏まりました……」
拳銃を懐にしまい、ふてくされたように足音を強く響かせてジヴィナが退室していった。
……この茶髪の男、なんで私を助けたの……?
「お前はなにもしなくていい。もう休め」
それだけ聞こえたところで、目の前が暗くなっていって、私は意識を手放した。
そして、気が付いた時には部屋の中で横になっていた。
その部屋には、出入口の扉と照明以外はなにもない。本当に、なにもなかった。
自分の手の甲を見ると、『No.67-J』と、番号の横に記号が追加されていた。
そして、傍には一枚の紙があり、こう書かれていた。
『最終試験に落ちたお前は廃棄物として認定された。処刑こそされないが、ここで餓死するまでなにも与えられない。もうなにもする必要はない。静かに死ぬのを待て 『No.67-J』』
「なんで、よ……」
それを見て、理解した。
あの茶髪は、私を助けたんじゃない。
ただ施設の規約に従って、そのうえで資源を無駄にしない選択をしただけだったんだ。
「開けて……!」
力の限り、扉を叩く。
カギのかかった分厚い扉は、まるで開く気配が無い。
「開けて、開けて! 開けてぇっ!!」
絶望に泣き叫びながら、骨と皮ばかりの細腕が折れそうなほど力強く何度も何度も叩いたけれど、扉はビクともしない。
喉が潰れそうなほど大声で叫んでも、誰も答えてくれない。なにも、聞こえない。
「開けて、あけて、……あけて、よぉっ……!!」
もう、自分にはなにもない。
生きる価値も、生きている意味も、理由も。
捨てられたゴミには、なに一つ、ない。
そう悟った時に、扉を叩く手を止めて、膝から崩れ落ちて項垂れた。
私は『No.67-J』
67番目の、廃棄物だ。
お読みいただきありがとうございます。
もう少ししたらシリアスが退場します。
あと数話で急に作風がガラッと変わりますのでご注意を。




