言い争い
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ガタガタと悪路に揺られながら、荒野を大型車が進んでいく。
ただ座っているだけなのに、振動が容赦なく身体に負荷をかけていく。
リベルタは青い顔で呻きながら私に膝枕されていて、ツヴォルフも大きな揺れや衝撃が走るたびに顔を顰めている。
……歩きよりは楽とはいえ、もうちょっとなんとかならないものかしら。
とか内心悪態を吐いていたら、向かいに座っている筋肉ダルマの一人が話しかけてきた。
スキンヘッドに眼帯を付けた、強面の男だ。眼帯ハゲね。
「揺れるだろ、おまけに狭い。嫌なら外に出てもいいんだぜ?」
「外って、車の上にでも乗る場所があるの?」
「嬢ちゃんたちは徒歩でこの道を進んだことがあるんだろ? ならもっかいそうすりゃいいんじゃねぇか? ははっ」
「……」
バカにしたような口調で、場を和ませるために冗談を言ったというわけでもなさそうだ。
なんというかこいつは私たちを、特に私を敵視しているように感じられる。
こないだの事情聴取の時もやたら突っかかってきてたし。
「ボルド、つまらんジョークはやめろ。お嬢さんが冷ややかな目で睨んでるぞ」
「なぁに、こんな男所帯に放り込まれて渋い顔してるもんだから、ちょっとからかってやっただけですよ」
「うぅ……」
「あまりしゃべらないでくれないかしら。アンタのダミ声は嫌に響くから、この子もますます気分悪くなっちゃうわ」
「はん、ならそんなクソガキ連れてくんなよ。遊びに行くんじゃねぇんだぞ」
「おい、ボルド」
嫌味をこめて言ってやったら、ムッとした顔でさらに言い返してきた。
それを隊長が諫めようとしているけれど、続けて口を開き、罵ってきた。
「そもそも、今回の遠征もそいつらが言い出したことでしょう。まったく、はた迷惑な」
「ボルド、お前は説明を聞いていなかったのか。今回の戦いは―――」
「『将来の脅威を取り除くため、またパイシーズを救い交流を深めさらなる利益をアリエスにもたらすため』でしょう? どうせそれも監督官がこいつらにそそのかされて言い出したことでしょうが。あの優男に現場の凄惨さを見せてやりたいもんですよ」
腹が立つ言いかただけど、ぶっちゃけ正解なんだよなー。
あの監督官を説得する際に、決め手は芋料理の美味しさだったように見えたし。
あるいはそう見せかけてただけかもしれないけど。……いや、あの食べっぷりからするとやっぱ半分くらいは芋が決め手だと思うわ。
「スコーピオスと戦争になりゃ、どうしても殺し合いになる。人が死ぬんだ。その引き金を引いたのはお前らなんだぞ、分かってんのか?」
「分かってないのはアンタのほうよ、眼帯ハゲ」
「んだと……!?」
「私たちは、アンタたちがなんの情報も得られずにスコーピオスが力をつけているのをただ放置した挙句『蹂躙される』ところだったのを、『蹂躙する』側にしてあげたってだけよ。スコーピオスがアリエスを敵視しているって時点で、どのみち戦争は避けられなかったってこと」
「なにが言いてぇんだ、メスガキ」
「少なくとも、『殺される』よりは『殺す』ほうがずっとマシでしょ? だからこうやって殴り込みに行くんじゃないの。それともなに? 大人しくスコーピオスの奴隷にでもなってたほうがよかった?」
私がそう言うと、眼帯ハゲがこちらを睨み殺す勢いでガン見してきた。
強面で睨んできても、まるで怖くないけど。
「殺されたことも殺したこともねぇガキが、知ったような口を利いてんじゃねぇよ」
「殺されかけたことなら何度もあるし、何人か殺したこともあるけど?」
「なっ……!」
「……ロナ」
ツヴォルフが苦い顔で諫めてくる。余計なこと言うな、って顔に書いてあるようだわ。
……ちょっと口喧嘩に興が乗りすぎたか。
「そんなもん、なんの自慢にもならないけどね。でも、このクソみたいな御時世じゃそれも仕方がないってことは、分かってほしいわ」
「……チッ」
眼帯ハゲが露骨に舌打ちして、そっぽ向いてしまった。
もう突っかかってくる気も失せたのか、黙りこくっている。
……なんだろう、口喧嘩に勝ったのに全然嬉しくない。
しばらく車に揺られ続けて、窓の外の景色が暗くなり始めたところで野営の準備をすることに。
ちょっと早い気もするけど、辺りの地形や異獣の様子なんかを見る限りじゃこのあたりで休んだほうがいいらしい。
ずっと座りっぱなしで、振動がガタガタガタガタモロにお尻を直撃してくるもんだからもう痛いの通り越して痺れてる。
……頭の中に浮かんだ『尻がランブータン』とか意味の分からない言葉を振り払いつつ、リベルタを起こしてお湯沸かしを頼んだ。
リベルタを連れてきたのは、戦闘面だけじゃなくてこういった生活面でも役に立ってくれるからだ。
というか、むしろこっちの役割がメインであるべきなんだけど。
なるべくこの子とツヴォルフには前線には出てほしくないし。
「ロナ、沸かし終わった」
「ありがとう。早いわね、お湯加減は大丈夫なの?」
「44℃。熱すぎないしぬるすぎない」
細かいわね。この子なりのこだわりかしら。
施設でもお湯沸かしの係をしていたらしいからお手のものってわけね。
筋肉ダルマたちは外で大っぴらに身体を拭いているけれど、あの中に混じって身体を洗うのはいろいろと問題があるから私だけ車の中で洗浄。
覗こうとするバカがいないかリベルタに見張ってもらってるけど、よくよく考えたらあの子も車の中で洗ったほうがいいかも。
パッと見本当の性別が分からないくらい可愛いし、飢えてる男どもに襲われないか心配だわ。……考えすぎか?
あ、ツヴォルフは別にどうでもいい。あいつならたとえ■られても笑いごとで済むでしょ。ただでさえ車に揺られて痛い尻が大変なことになりそうだけど。
沸かしたお湯にタオルを浸けて絞って、身体を拭いていく。
それだけでもかなりスッキリする。垢なんかの汚れって、大したことなさそうに見えて実際かなり影響あるわよねー。
仕上げに髪をお湯に浸けてよく洗って布で拭いているけれど、なかなか水気がとれない。
ドライヤーはないのかしら。……いや、ドライヤーってなんだ?
はいはい、謎知識謎知識。もう頭の中にへんなノイズが出てくるのにも慣れたわ。
「ふぅ……」
「……ロナ、少しいいかな」
「ん、ああ、アンタも身体洗いたいの?」
「違うよ。ちょっと、話がしたいだけ」
ようやく髪をあらかた拭き終わったところで、リベルタが扉越しに声をかけてきた。
まあ、早く身体拭いてスッキリしたいだろうに、見張りとして待ちぼうけくらってりゃ話でもして暇つぶししたいわよね。
「ロナは、よく人と言い争いをしているように見えるけど、仲良くできないの?」
「あのねぇ、私だって好きで口喧嘩してるわけじゃないっての。でも言うべきことは言っておかないと、後でもっと面倒なことになるかもしれないから仕方ないのよ」
「面倒なこと?」
「たとえば『コイツなにを言っても言い返してこないから言いたい放題言ってやれ』とか『無視してんじゃねぇよ』とか思われたら、ますますエスカレートしてきてどうなるか分かったもんじゃないでしょ?」
「言い争ってる時も、割とエスカレートしてるように見えたけど」
「それでいいのよ。一方的にやられるだけじゃなくて、殴り返せているならね」
「……いいのかな。それで、正しいのかな……」
知らん。ぶっちゃけ私は自分が正しいかどうかとか、そんなことは大して気にしてない。
仮になにからなにまで正しい人間がいたとしても、それが正しくない相手に通用するかどうかは別の問題だし。
くだらないことなら『アーハイハイそうですね』って流しとけばいいけど、譲れないところはしっかり言っておかないと。
例えば私の目標は『なるべく他人に大きな迷惑かけない範囲で楽しく自由に生きる』ことで、それを否定するっていうのなら誰がなにを言おうと認められない。
え、戦争引き起こすのは迷惑じゃないのかって? だからパイシーズとアリエスを助けるためだって何度言わせれば(ry
「警戒! 警戒!」
「異獣の接近を確認! 数は三体、中型の鹿型異獣!」
「早急に装備を整え、応戦できるように体勢を整えろ!!」
とか無駄に哲学的なことを考えていると、なんだか筋肉ダルマたちが騒いでいるのが聞こえてきた。
おいおい、異獣がこっちに寄ってこないようなところを選んだんじゃないのかよ。
んー、念のため私も対処に当たっておくか。
並の異獣くらいなら、あの筋肉ダルマたちだけでも充分だとは思うけど。
とりあえず、リベルタを車内に入れておこう。
「リベルタ、中に入ってなさい。私は異獣を仕留めにいくわ」
「っ! ……ロナ、服を着て……」
「あ、ごめん」
ドアを開けてリベルタを避難させようとすると注意を受けた。
アカン、まだ素っ裸のままだったわ。
まあ今更この子に見られるくらいどうってことないけど。どうせこの子も大して気にしてないだろうし。
服を着て、異獣が接近しているほうへ急行。
さーて、どんな異獣がくるのかな? 鹿型って言ってたけど、鹿肉って美味しいのかな。
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