鬼のツヴォルフ
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軍議の日から三日が経過した。いよいよ今日が出陣の日だ。
パイシーズへ向けて出発する一時間前に、謎のラーメン屋『K2』で店主相手にお買い物中。
「他に欲しいもんはないのかい?」
「正直言って山ほどあるけど、お財布の都合上手が出ないわ。もうちょっとまからないかしら」
「これでも相当サービスしてあげてるんだぞ? これ以上安くしたらオレ氏赤字不可避なんですがそれは」
ここでしか買えない調味料や食料なんかを予算内で見繕って購入しているけど、ぶっちゃけ欲しい数の一割にも満たないくらいしか買えなかった。
くそぅ、もっとお金があればアレとかアレとか他にもいっぱい買い込んでやるのにぃぃ……。
「しっかし、アンタどこでこんな物手に入れてるの? 旧時代の物資を発掘したとかにしてはどれも状態が良すぎる気が……」
「チッチッチ、そりゃトップシークレットだ。こっちにも色々事情があってな」
「……今でもどこかのコミュニティで栽培や生産が行われてるってことかしら。機会があったら連れていってほしいものね」
「ははは。さて、どうだろうな」
この店主の扱っている物品は、どれもこれも他の店じゃ絶対に扱っていないようなものばかりだ。
あくまでラーメン屋が本業だからか食料関係が主だけど、他にも色々と有用そうなものを持ってそうね。
ま、今はこれだけで我慢しておこう。ホントはここにあるもの全部持って帰りたいくらいだけど、お金が足りないし。
え、無理やり奪ったらどうかって? 却下。私は無法者じゃないし、そもそもこの店主に勝てる気がしない。この人、超強そうだし。
見た目は40代半ばくらいの地味で冴えないオッサンなのに、存在感がヤバい。多分、全力で殺しにかかっても勝てないかも。
「こんだけ貴重な物を扱ってたら、誰かに難癖つけられたりして奪われそうになったりしない?」
「んー、確かに『死にたくなけりゃラーメンの作りかたと材料の供給ラインを寄越せ』って、何人かに機関銃を突きつけられながら脅されたことはあったけどな」
「え、それでどうしたの?」
「全員ボコって憲兵に突き出した。今じゃ強制労働でもやってるんじゃないか?」
……やっぱこの人ただものじゃなさそうね。
重火器持ちの複数人相手なんて、今の私でも正直きついのに。
「おーい! ロナ、なにやってんだ! もうすぐ出発するから早くゲートまでこいっての!」
店主と雑談していたら、ツヴォルフが迎えにきたのが見えた。
買い物がてらもう少しお話したかったけど、そろそろ行かないと。
「お仲間が呼んでるぜ、早く行ってやんな」
「ええ。じゃあまたね、ええと……アンタの名前なんだっけ」
「K2でいいぜ、お嬢ちゃん」
「変な名前ね」
「仮名だからな。本名のイニシャルなんで、次に会う機会があったら名前を言い当ててみな」
無茶言うな。K2だけでどう言い当てろと。
おっと、ツヴォルフが待ちくたびれて鬼みたいな形相でこっち見てるし、さっさと行きますか。
ふっふふー、これからしばらくは食生活がより豊かになりそうねー。
……問題は、財布の中身なわけですが。
「アホかテメェはっ!! なにお前に渡した分の金使い切ってんだこのバカ!! しかもメシしか買ってねぇってのはいったいどういうことだ!?」
「だってぇ……」
はい、案の定叱られました。もうカンカンですわ。
とりあえず所持金を三等分して、それぞれの準備のために買い物をしていたんですが、勢いあまってあの店で有り金全部使い果たしてしまいましたとさ。
「あのな、たとえば武器とか遠眼鏡とか、今回の作戦に役立ちそうなもんを買うのが常識だろうが。オレだって防護服やら弾薬やら買い込んで準備してたんだぞ」
「僕は照明弾やスタングレネードを買ったりしてた。あと医療キットも」
「この坊主のほうがよっぽどまともに準備してるじゃねぇか。それに比べてお前はメシ関係しか買ってねぇって、食料はもう充分持ってるだろうが……」
「いや、私くらいステータスが高くなると並の装備じゃあまり意味が無いし、それに英気を養うために美味しいご飯は必要不可欠でしょ?」
「それにしたって財布がすっからかんになるまで買うこたねぇだろうが」
……まあ、我ながら無計画なお金の使いかたしたとは思ってるけどさ。
でもこれも普段の食事以外になにか使い道があるかもしれないし。
え、どう使うかって? 知らん。 あいだだだ! こめかみをグリグリするのはヤメロ!
「それにしても坊主、今更だがお前まで無理にパイシーズ奪還ついてこなくてもよかったんじゃねぇか?」
「ギフトがあるから、役には立つと思う」
「言っとくが、これから起こるのはアリエスとスコーピオスの戦争だ。当然人死には出るだろうし、自分の手で誰かを殺さなきゃいけねぇかもしれねぇ。もちろん、殺される危険性だって充分にある」
「……うん」
「お前はまだちっせぇガキだ。ここで待ってても誰も咎めやしねぇ。降りるなら、今が最後のチャンスだぞ」
リベルタの目を真正面から見つめて、いつになく真剣な顔でツヴォルフが忠告した。
……確かにリベルタの能力は有用だけど、それを扱っているのはまだ幼い子供だ。
これからの戦いで心身に深い傷を負うかもしれないし、最悪死ぬことだってあり得る。
そう聞いたうえで、リベルタは答えた。
「降りない。僕も、一緒に行く」
「死ぬかもしれねぇのにか?」
「……それは、ロナも、ツヴォルフも同じでしょ? 死にたくないけど、二人にも危険な目に遭ってほしくない。でも、二人はどうしても戦いにいかなきゃいけない。なら少しでも皆の助けになって、全員で生き残れるようにしたいって思ったから」
「っ……」
そう言ったのを聞いて少し驚いたような顔をしてから、なんとも言えない表情をしながら顔を逸らしてしまった。
……多分、私も同じような顔をしているんだと思う。
この子とはほんの十日間だけ一緒に旅をしただけの仲だ。
ただ、その旅は短い期間ながら実に有意義な時間だった。
私にとっても、そしてきっとこの子にとっても。
ほんの十日間と言ったけれど、旅の間はとてつもなく長く感じた。
目立った変化のない荒野をただ黙々と歩いているのは、心身ともにかなりの負担があった。
夜中に異獣が襲ってきたり、給水のために寄った湖で無法者に襲われたり、危険な目にも沢山遭った。
もう嫌だ、なんて思ったのも二度や三度どころじゃない。
でも、その分喉が渇いた時の水は喉を通って全身に染み渡るかのように活力を与えてくれたし、お腹を空かせた状態での晩御飯は本当に美味しくて幸せの味がした。
施設でぬくぬくと過ごしているだけじゃ、まず味わえない苦痛と多幸感の落差。
それが、この子に少なからず色々と影響を与えていたんだと思う。
ついこないだまで自分からなにもしようとしなかった子が、なんとも立派な考えを持つようになっちゃってまあ。
実際に戦場に立てば、あるいは考えが甘かったと後悔するかもしれないけれど、ここまで言われちゃ置いていくのもねぇ……。
「それに、ロナはともかくツヴォルフは助けてあげないとすぐに死んじゃいそうだし」
「……弱くて悪かったなチクショウが」
「あはは、むしろアンタが残ったほうがいいんじゃないの?」
「うるせぇ!」
ぶっちゃけこの中で一番弱いのツヴォルフだしねー。
まあ、強さばかりが役に立つ要素とは限らないし、せいぜい頭脳労働担当として働いてもらおうかしら。
パイシーズへ出発する時刻になり、軍事用の車両やらトラックやらが物々しい雰囲気を漂わせながら集まった。
全部で百台は下らないだろう。乗っている人員は合計で千人はいる。
「予定時刻に達した。これより出発する!」
「先頭はゴリアテ及び遊撃隊三名! イガリマとデイダラは後に続け!」
「では、開門!」
派手な機械音と振動を響かせながらコミュニティ・アリエスのメインゲートが開き、車両たちが次々と『外』へ向かって走り出した。
ゴリアテの隊員たちと一緒に車内に座り込んで、パイシーズに置いていってしまった人たちに思いを馳せながら、五日後の戦場のことを考える。
……待ってなさい。所長も、No.77も、ドラ猫兄弟もあいつらの好きにさせたままなんかにしないんだから。
「うぅ……」
「……大丈夫?」
隣に座っているリベルタが、苦しそうな呻き声を漏らしている。
顔色が悪いけど、まさかまた体調を崩しちゃったのかしら。
「……クルマ、初めて乗ったけど、揺れるしガスの臭いのせいですごく気分が悪い……」
「あー、乗り物酔いしたのね。なら横になってなさい、少しはマシになるだろうから。ほら、頭はこっち」
「うん、ありがとう……うぅ……」
膝枕の状態にして、仰向けに寝そべらせた。
……出発したばかりなのにこんな状態で大丈夫かしら。
「坊主、これから五日間はこんな具合だが、ついてきたこと後悔してねぇよな?」
「……ちょっと、してるかも」
「はははっ、そうか。だが耐えろ。もう今更降りられねぇぞ」
「ううぅ……」
そしてこのツヴォルフの追い打ちである。鬼か。
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