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静かな怒り

 新規の評価、ブックマーク、誤字報告をいただきありがとうございます。

 お読みくださっている方々に感謝します。



「各隊の日程調整とか色々と準備が必要だから、出発は三日後。で、そこから5~6日ほどかけてパイシーズに向かってもらう」


「敵の戦力は?」


「現状では500人規模の大隊が三つと、30人程度のギフト持ち部隊が一つ。あと管理業務を任されている非戦闘員もいるみたいだけれど、これは無視しても大丈夫そうかな」


「向かう部隊は?」


「第四部隊『イガリマ』、第五部隊『ゴリアテ』、第八部隊『デイダラ』、そして先ほど到着した三人を連れていってもらう」


「……そっちのガキ二人と野郎のことか」


「よせ、ナフタヴァン。今は軍議の最中だ」



 監督署の会議室にて、コミュニティの軍人さんと思しき人たちと監督官が書類を眺めながら打ち合わせをしている。

 既にパイシーズへ進軍するための準備段階に入ってるってことは、どうやら上手く話が進んでいるようね。

 ……時々こちらを睨んできてるのが気になるけど。



「パイシーズ奪還作戦中はアリエスの守りが手薄になるわけだが、その間に外敵が接近した場合の対策は?」


「防衛用の異獣を出動させる準備を整えておけば、充分にカバーできると思うけど?」


「しかし、主力のルタメ・スタートを先日失ったばかりだぞ。……そこのガキのせいでな」



 こちらを睨みながら、お偉いさんの一人が低い声でなんか言ってる。

 え、なに? まるで私が悪者みたいな言い草じゃないの。()()()()()()アンタに言われる筋合いないんですけど。



「どんな手を使ったのか知らんが、面倒なことをしてくれたな」


「我々が危険を冒して捕獲し手懐けた大型異獣をよくも……」


「はいはい、ストップストップ。今はそういうこと言う場じゃないでしょ」



 こちらに対して恨み節を唱え始めたお偉方を監督官が手を叩きながら諫めている。

 随分と嫌われてるわねー。でも私悪くないもん。



「しかし、防衛戦力に重大な損失が発生したのは事実でしょう」


「そもそも今回の出陣も、そこの者たちが言い出したことなのでしょう? 厄介事ばかり運んできて、まるで疫病神だ」



 だから私悪くないっつってんだろ!

 なんだかだんだんこっちまで腹が立ってきたわ。



「恨み言が言いたいのなら、あのセクハラデブに言いなさい。こっちは被害者で、加害者はあのデブよ」


「おい、ロナ……」



 売り言葉に買い言葉で答える私をツヴォルフが諫めようとするけど、それを手で制して黙らせた。

 あまり偉そうなこと言うと立場が悪くなるかもしれないけれど、言わせっぱなしでいるのもよくない。伝えるべきことはきちんと言っておくべきだ。

 でなけりゃまた変な言いがかりでもつけられてなにされるか分かったもんじゃないし。



「さっきから黙って聞いてりゃこっちに文句ばっか言ってるけど、あの大亀を殺したのは正当防衛だし、パイシーズを奪還するのはスコーピオスの脅威をあらかじめ取り除くためでもあるってことは分かってるんでしょ? 疫病神だのなんだの言う前に、将来的な危機を知らせてくれたことに感謝してほしいわね」


「貴様っ……! 自分の立場が分かっているのか!」


「だから私は被害者だっつってんでしょ。あのデブって、今までも自分の気に入らないヤツを拉致して異獣のエサとして処刑していたんでしょう? それも喰われる様を見世物にしながらね。なんで今までそれを止めてなかったの?」


「ルタメ・スタートはシュウダ家の管理下におかれていた異獣だ。あのような非人道的な催しの材料に使われていたとは予想もできなかったのだ」


「普段の飼育管理を任せる代わりに、闘技場で異獣同士の戦いの際に出場させる際に見物料の何割かが異獣の飼い主に入る仕組みなのだが、まさか人間と戦わせて見世物にしていたとは……」


「嘘ね」


「……なに?」



 さっきから文句ばっか言ってる連中の中に、見覚えのある奴が一人混じってるのを見逃してないぞ。

 ステータスに表示されている名前も一致しているしね。

 白々しく神妙な顔をしながら、あのデブの所業を咎めるふりをしているお偉いさんの一人を指差しつつ口を開いた。




「だってアンタ、あの時観客席で私が喰い殺されそうになってるのを嗤いながら眺めてたじゃないの」




「っ……なんのことかな? お前とは今日ここで初めて会ったはずだが」


「いいえ。その赤い髪に『ナフタヴァン』って名前。観客席にいた奴と同じ値のステータス。ギフトの構成まで一緒なんだから誤魔化しようがないでしょ」


「し、知らん! いったいなんのことを言っているのだ!」


「隣にいた連中の名前も言ってあげましょうか? 『カミラ』『ナイザー』『ガイル』『ヴァレリウス』……聞き覚えは?」


「なっ……!!」


「……全て、君と懇意にしている家の人間の名前みたいだけれど、どういうことかなナフタヴァン隊長」



 あの闘技場にいた時に、大亀の相手をしている最中はとにかく生き残ることに必死だった。

 でもそれ以上に、私を嗤っていた連中が憎くて憎くて仕方がなかった。

 もしもここから生きて出られたら絶対にただじゃ済まさないと決めた。


 幸い、一度ステータスを見た相手の情報は後からでも再確認できるみたいだから、覚えるのは苦じゃなかった。

 さすがにリアルタイムの情報は直接見ないとダメみたいだけど、過去のデータの確認くらいはできる。



「確か、君もあの闘技場にいたらしいね」


「監督官! 違います、私は騒ぎを収束させるために闘技場にいたのです!」


「いや、騒ぎの収束をしたのはゴリアテでしょ? 今思うと君んとこの部隊は君以外誰も向かっていなかったみたいだけど、なにしてたの?」


「我々が現場に到着した時点ではナフタヴァンも逃げ惑っていたように見えましたが、まさか観客としてシュウダ家に招かれていたというのか!? 貴様……!!」


「うっ……!」



 ゴリアテの隊長(ヴァーカス)が、怒りに顔を歪ませながらナフタヴァンの胸ぐらを掴んで詰め寄った。

 軍の隊長ともあろう者が、そんなクソみたいな催しに参加していたことが許せないようだ。

 ……やっぱ、この筋肉ダルマの隊長は悪い人じゃなさそうね。



「はいはい、ストップストップ。彼の処分は後で決めるとして、今はパイシーズ奪還の段取りが先だ」


「か、監督官っ……!」



 今にも殴られそうなナフタヴァンを庇うように、監督官が場を収めた。

 え、なに? まさかこいつを放置して話を進める気なの?




「媚びるような目で見ないでよ。反吐が出そうだ。事実確認がとれ次第、懲戒か降格は確定としてそのうえで厳罰に処すから覚悟しておいてね」


「そ、そんな! 私はなにも……」


「いいから黙れ」


「ひ、ひぃっ……!!?」



 これまで穏やかな表情と口調で話していた監督官の顔が、冷たい無表情に変わっている。

 まるでゴミでも見るかのように冷ややかな眼差しでナフタヴァンを睨みながら、静かに口を開いただけで場が凍り付くかのような感覚を覚えた。

 さっきまで怒りに顔を歪ませていたゴリアテの隊長も、息を飲んでその様子を見ている。


 ……こっわ。この人、怒るとこんな感じになるんだ。

 今まで見た中で一番静かな怒りかたなのに、ある意味今までで一番怖い。



「さて、話が脱線したね。それじゃあ日程調整から進めていこうか」



 再び穏やかな表情に戻り、何事もなかったかのように軍議を再開する監督官の顔がひどく恐ろしく見えた。

 ……この人は敵に回さないほうがよさそうねー。









 ~~~~~No.77視点~~~~~










「はい、これで大丈夫のはずですが、痛みはどうですか?」


「あ、ああ、大丈夫だ。……ありがとう」



 重労働の際に出た怪我人を、『治癒』のギフトで治療していく。

 今日だけで10人近く治療しているけど、まだまだ生傷の絶えない人たちが列を作っている。



「いやぁ、お嬢ちゃんがいるおかげで下級民がすぐに壊れなくて助かるよぉ」


「ぶっ壊れたらそれはそれで異獣のエサが増えるだけなんだけどな、ははっ」


「……」



 鞭係の人たちが過剰に鞭打ったせいで、身体に裂傷ができてしまっている人も少なくない。

 その度に私が治しているのだけれど、なまじ治療ができるせいで余計に鞭打ちがきつくなってしまっている。

 ストレス発散の捌け口として下級民の人たちをオモチャにしているんだ。



「ギフトによる治療にも限界があります。あまりに重傷の人は治しきれないかもしれませんし、死んでしまっては治せません。過度な鞭打ちはやめてください」


「分かってるよぉ。だから死なない程度に加減する感覚を養ってるんだよぉ」


「鞭なんだし、ショック死しなきゃ皮膚が破れるくらいで命に別状はねぇだろ。こんなふうに!」


「ぐぁぁっ!!」



 列を作っている怪我人の一人に、鞭係の人がふざけて鞭を当てた。

 鞭が当たった背中に切り傷ができて、血が滲んでしまっている。



「うぅ、あぁぁぁ……!」


「あーわりーわりーつい手が滑っちまったー。ま、どうせ後で治してもらえるんだからかまわねぇだろ――――」






「おい」





「っ!? ぎゃあぁぁああっ!!?」



 ふざけて鞭を振るった人の手を掴んで、捻り上げた。

 ミシミシと骨が軋んで、筋が切れそうなほど張り詰めているのが分かる。

 激痛からか、腕を捻られている人が叫び声を上げている。



「この人たちはあなたのオモチャじゃない。無駄な傷を増やさないでください」


「いでででででえええええ!! て、てめぇ、なにしやが、ぁぁあああ゛あ゛っ!?」



 力ずくで振りほどこうとしているけれど、膂力は私のほうが遥かに上。

 ロクな抵抗もできずに、ただただ泣き叫んでいる。



「一度折ってみれば、鞭打たれている人たちの痛みが少しは分かるんじゃないですか? ああ、大丈夫。どうせ後で治して差し上げますので、別に構わないでしょう?」


「ひ、ひぃぃいっ!! や、やめ、やめてくれぇ!! お、オレが悪かったぁぁああっ!!」



 懇願してくる鞭係の人を離すと、地面に尻もちをついてへたり込んでしまった。

 ……ちょっと乱暴すぎた気もするけれど、今のうちにこれぐらいしておかないとどんどんエスカレートしかねない。



「ひ、ひ、ひぃぃ……!」


「無駄に傷を増やせば、その分ギフトを使う機会が増えます。もしもマジカ切れになってしまった際に重傷者が出たりしてしまったら、治せません。今後の鞭打ちはもっと手心を加えてください」


「くっ……特級民だからって、偉そうな……!」


「なにかおっしゃいましたか?」


「ひっ、な、なんでもないです!!」



 ……ああ、嫌だなぁ。こんな弱い者いじめみたいなことをするのは。

 私もこの人たちとやっていることは大差ないじゃないか。



「こ、こえぇ……」


「……今後はもうちっと手加減してやっか……」



 でも、確かに効果はあったみたいだ。鞭係の人たちが怯えながら呟いている。

 よし、今後もなにかやりすぎなことがあったら、積極的に今みたいに注意していこう。

 ……たとえそれが、恐怖で抑えつけているだけだとしても。

お読みいただきありがとうございます。

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