芋
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「ようこそツヴォルフ様、こちらへどうぞ。監督官をお呼びしますので少々お待ちください」
コミュニティ『アリエス』中央にある監督署の応接室に案内され、ただいま座して待機中。
部屋の中には私とツヴォルフとリベルタが席についていて、お茶くみの人がお茶とちょっとしたお菓子を出してくれた。
お菓子なんていつもなら大喜びで食べるところだけれど、今は喉を通りそうにない。
なんせ、これからの話でパイシーズ奪還の目途が立つかどうかが決まるんだから。
ツヴォルフが言うには勝算はそこそこあるらしいけれど、話が通らない可能性も決して低くないらしい。
……頼りになるのかならないのか分からないわね。
「上手くいくかしら」
「いかなきゃ他の手を考えるだけだ。……ま、話が通らなかったからってグズグズしてると、マジでパイシーズ奪還が絶望的になっちまうんだけどな」
半笑いで肩を竦めながら軽口を叩いているけれど、その目は笑っていない。
もしかしたら、これからの交渉がパイシーズを救う最後のチャンスになるかもしれないんだから無理もないか。
……まさか私たちのせいで、時間が経つにつれどんどん状況が悪化していく事態になるなんてね。
数分ほど経ったところで、扉が開く音とともに誰かが入ってきた。
赤い短髪で優し気な印象の青年だ。歳はツヴォルフと同じくらいかしら。
「いやいや、お待たせして済まないね。初めまして、僕はアリエスの監督官を務めている『ヴォルト』というものだ。よろしく」
軽く会釈をしながら告げる声は穏やかながらどこか自信に満ちているというか、覇気を感じるとでもいうのか弱々しさは微塵も感じられない。
優し気な見た目とは裏腹に、中身は曲者かもしれないわね。
監督官っていうのは確かコミュニティで一番偉い人なんだっけ? そりゃ並の人間じゃ務まらないか。
「さて、ツヴォルフ、ロナ、リベルタ、だったかな? 君たちの用件を聞こうか」
「はい、では単刀直入にお伝えします。パイシーズをスコーピオスの連中から奪還するために、ここアリエスの力をお借りしたい」
「……ふむ」
監督官の問いに、ツヴォルフが敬語で答える。
……こいつの敬語は何度聞いても気持ち悪いわね。普段の口調とのギャップが酷い。
「私たちがスコーピオスの襲撃から逃れるために、パイシーズから避難してきたという話は御存じでしょうか」
「もちろん。入場者の情報は毎日確認しているからね。で、パイシーズを取り戻すために、我々の力を借りたいって?」
「はい」
「うーん、確かにパイシーズとはそこそこ縁があるし、身寄りのない子供たちの駆け込み寺みたいな場所でもあるからねぇ。ならず者の集まりであるスコーピオスの連中に支配されたままの状態で放置していると、少なからず悪影響があるかもしれない」
おお? てっきり『お前らの都合なんか知ったことかボケ』みたいな感じであしらわれる可能性も考えてたけど、意外と手応えは悪くなさそうだ。
「では……」
「でもね、それだけじゃあウチの軍は動かせないよ」
と思ったところで、監督官が『やっぱ駄目』と返してきた。
……うん、まあ想定内。
「既にスコーピオスの植民地として支配されているパイシーズを、武力をもって奪還するというのはスコーピオスに対して戦争を仕掛けるということだ」
「承知しております」
「そのための準備や現地での活動にかかる費用やリスクを考えると、パイシーズを奪還するメリットに対してデメリットが大きすぎる。ウチにとっては損でしかない話だということを理解しているのかな」
穏やかな口調で、かつ利益を優先した物言いだ。
なにも間違ったことは言っていない。誰だって対岸の火事なんかよりも自分たちの身の安全のほうが大事なのは当たり前のことだ。
まあ、その火の粉がここまで飛んでこなければの話だけれど。
「ごもっともです。しかし、現在パイシーズにあるものをスコーピオスが手に入れたとなれば、話は変わってくると思いますが」
「と、いうと?」
「まず一つ目は、『アクエリアス』から持ち出された研究データです」
「アクエリアス? あー、あの辺鄙で閉鎖的なコミュニティのことかい? あそこの研究データがどうかしたの?」
「アクエリアスでは、加工した異獣の血液を人体に直接注入し強制的にギフトを目覚めさせる実験を繰り返しています」
「うわ、他のコミュニティなら鼻で笑うような話だけれど、あそこならやりかねないね」
「その研究データがつい最近パイシーズに盗み出され、さらにそれをスコーピオスが手に入れたとなれば、どうなると思います?」
「……なるほどね。随分とまた面倒なことになっているみたいじゃないか」
あのクソ施設は非人道的な、でもそれ故に他じゃできないような実験のデータが揃っている。
資源も人間も揃っているスコーピオスがそのデータを利用すれば、どんなことができるかは想像に難くない。
まさか私とツヴォルフが持ち出したデータが、こんな形でこのコミュニティの脅威になり得るなんてね。
でもそのおかげでこうやって交渉することができているわけだから、なんとも複雑な気分だ。
「例えば、奴隷として扱っている人員に異獣の血液を直接注入して、強力なギフトに目覚めた者を生物兵器として扱ったりとか……」
「あるいは、異獣のギフトを応用した兵器を開発されたりとかね。放置していると我々にもその牙を剥かれかねないな」
「この情報が真実かどうかはそちらの判断にお任せします。それを裏付けるデータはここにありますので」
ツヴォルフが書類の束と手の平ほどの小さな機械を差し出した。
外付けのデータディスクだかなんだか言ってたけど、あれに件の実験データを含めた証拠が詰まっているらしい。
「……どこでこれを?」
「パイシーズには隠密特化のギフトを使える職員がいます。その職員から、つい先日スコーピオスに支配された状況などをまとめた資料とともに渡されたんですよ。必要とあらば、ここへ呼ぶことも可能ですが」
「いや、その物言いで誰のことかは想像がつくよ。『シャドウ』は捕まっていなかったみたいだね。エリィウェルもなかなか優秀な部下を持っているじゃないか」
ふぅ、と溜息を吐きながら、面倒くさそうに資料に目を通しつつ苦い顔をしている。
シャドウってのはツヴォルフに酒を飲ませて裏切らせたやり手の職員のことらしいわね。今そいつどこにいるのかしら。
「さらにもう一つ。パイシーズには救荒作物となる芋の栽培を最近になって始めました」
「い、芋?」
「はい。救荒作物なので悪環境に強く栽培が容易で、量が採れて栄養価も高いうえに調理法も豊富という極めて優秀な食材です」
「ええと、それで?」
「強力なギフトを有した生物兵器たちに加え、豊富な兵糧が揃いつつある相手を現時点で叩いておかない手は無いでしょう。スコーピオスはアリエスを敵視していて、ここを攻め落とすのに充分な条件が揃えば、パイシーズと同様に襲撃してくるでしょう」
「だよねぇ。やれやれ、普段の業務だけでも忙殺されそうなくらいなのに、また厄介な……」
うんざりしたような顔で、現状を頭の中で整理しているかのように掌で顔を覆っている。
普段から苦労してそうねこの人。
「ただ、悪い話ばかりではありません。パイシーズを奪還すれば、その救荒作物をこのコミュニティにももたらすことができるでしょう」
「うーん、食料事情に余裕ができるのはありがたいけど、それってそんなに価値があるものなのかな」
「こちらがサンプルです。調理済みのもので恐縮ですが」
ツヴォルフがそう告げるのに合わせて、例の謎バッグからジャガイモとサツマイモを取り出した。
取り出したのは『フライドポテト』や『ポテトチップス』、そして『焼き芋』だ。
調理したのは私。例の謎知識を頼りに作ってみたけれど、とても美味しくできました。
……美味しすぎて、調子に乗って食べまくって気が付いた時にはもうこれだけしか残ってなかった。
ここで栽培することができなくなったのは正直痛いけれど、逆に言えばパイシーズ奪還のための理由が増えたとも言えるから結果オーライ。うん。そういうことにしておこう。
揚げ物を作るのに必要な植物油の調達に苦労するかと思ったけれど、例のラーメン屋の店主に相談してみたらすんなりと分けてくれた。
『例のネタに付き合ってくれたよしみだ』って言ってた。意味がよく分からなかったけど。
調理用の油なんてそうそう手に入るものじゃないでしょうに、あの店主気前がいいわね。どこで手に入れているのやら。
「それが件の芋なのかい? なんだか変わった料理みたいだけれど」
「毒味が必要でしたら、まず私たちから食べましょう。なんなら他の方に食べていただいた評価を参考にしても―――」
「いや、いただこう。丁度お腹も空いていたし、ここで毒を仕込むような真似をするほど君たちもバカじゃないだろう。もし仮に心身に悪影響を与えるような薬物を入れていたのなら、日々のメディカルチェックで発覚するだろうしね」
それって、即効性の毒とかだったら手遅れじゃないの?
いやまあそれならすぐに衛兵なりなんなりが駆けつけてくるだろうけどさ。
監督官がフライドポテトを一口齧ると、その表情が大きく変わった。
「……うまっ」
手が止まらないと言った様子で、次々と口の中へ運んであっという間に皿が空になってしまった。食うの早すぎだろ。
次のポテトチップスも同様。一枚パリパリと食べたかと思ったら、鷲掴みにして一気に食べつくした。
……さっきまでの穏やかかつ威厳のある姿はどこへやら。ギャップが酷い。
「ふむふむ、確かに美味しい食材だね。これで量が採れて栄養価が高いっていうなら、確かに手に入れておきたいところだ。……ところで、こっちの紫の皮に包まれた黄色いのは? 汁塗れでなんだか腐っているような見た目だけど」
「見た目は少々悪いですが、それは調理したサツマイモです。非常に甘みが強く、漏れ出ている汁は糖分が水分とともに染み出たものです」
「ふぅん……じゃあ、ものは試しということで。……うわ、すごく柔らかくてねっとりしてるけど、これ本当に大丈夫なのかい……?」
だから不安だったら毒味するって言ってるでしょうが。むしろ食わせろ。
恐る恐るといった様子で、フォークで焼き芋を切り取ってから口に運んだ。
まるで毒でも食うかのように渋い顔で咀嚼すると、目を見開いて机に拳を叩きつけた。
あら? なんかいきなり怒ったように机を叩いたけど、お気に召さなかったのかしら。
「……これは、この芋は、もうないのかい?」
「え? ええと、残念ながらサンプルとして提供したこれらが手持ちの最後でして。パイシーズを奪還すれば手に入れられるでしょうが……」
「分かった。ちょっと軍法会議開いてくるから、今日のところは帰ってくれ」
「あの、パイシーズ奪還の件についての返事は」
「うん、いいよ。この芋のためなら ゲホンッ スコーピオスに囚われている人たちを見捨てることはできないからね。今後のことを考えると、今のうちに手を打っておくのが最善だと判断したよ。詳しい日程なんかはまた後日話すとしよう。……あ、このサツマイモってやつ全部いただいてもいいかな。いいよね。じゃあそういうことで」
「え、あ、は、はい」
………。
交渉成立。思った以上にスムーズに話が進んだ。
でもスコーピオスの危険性とかよりも、芋の美味しさにつられたようにしか見えねぇ!
交渉の材料に芋を持ってきた私たちが言うのもなんだけど、あんなのがトップだなんて大丈夫かこのコミュニティ。
なんか今更になって一抹の不安が……。
お読みいただきありがとうございます。




