おまじない
新規の評価、ブックマーク、誤字脱字ありがとうございます。
お読みくださっている方々に感謝します。
今回ちょいエロ表現あり注意。
あの乱痴気騒ぎ以来、当面の日銭を稼ぐためにコミュニティ内で肉体労働を続ける日々を送っている。
2~3日も経てばほとんどの人があの騒ぎのことを気にしなくなっていって、もう誰も話題にしていない。
あの騒ぎ以来、ステータスに変化はない。異獣を狩っていないからだ。
というのも、仕事をしつつ異獣を狩ってステータスを強化しようと『外』へ出ようとしたら『例の騒ぎの決着がつくまでは外へ出ることを禁ずる』ってコミュニティ上層部からお告げがきましてね。
もしも無理やり脱走しようもんなら全ての罪が私に擦り付けられることになりそうだとか。クソが。
まあ例の騒ぎのまとまりがつくまでの辛抱だ。
それまではせいぜい牧歌的に力仕事でもこなしながら過ごしましょうかね。
「おーい、こっちの鉄クズまとめて溶鉱炉まで運んでくれー」
「はいはい。まとめて固縛するための紐みたいなものはない? このままじゃ運べないんだけど」
「えーと、あっちに台車があるからそいつを使ってくれ。……もしかして手でそのまま運ぶ気だったのか?」
「? それがどうかしたの?」
「いや、別にいいんだけどよ……お前さんの細腕で重量物を軽々と運んでいるのを見てるとなんだか不安でなぁ」
廃材処理場のオッサンが苦笑いしながらなんか言ってるけど、これまでさんざん運ばせといてなにを今更。
細腕っていうけど、前はもっと細かったんだぞ。もはや骨と皮しかないってくらいに。
こうして日銭を稼ぎながら牧歌的に暮らしていると、少しは心穏やかに過ごせるのかと言うとそうでもない。
むしろ日に日に焦燥感に駆られるような感覚に苛まれている。
だって、こうしてのんびり過ごしている間にも、パイシーズの所長たちはスコーピオスの連中に奴隷のように扱われているんだから。
所長だけじゃない。あのドラ猫兄弟も労働力として鞭打たれてるかもしれないし、たまたまその場に居合わせたNo.77もどんな目に遭わされていることか。
え、No.4? どうでもいいわ。むしろ死ね。
「ほらほら、足が止まってんぞー頑張れよー」
「アンタも働きなさいよ! なにのんびりと見物してんのよ!」
なにやら書類を眺めながらこちらにヤジを飛ばしてくるツヴォルフ。キレそう。
こちとら重労働の真っ最中だってのに、無神経にもほどがあるでしょ!
「いやいや、こちとらさっきまで神経すり減らしながら交渉してたんだぜ? ちょっとくらい一息ついてもいいだろうがよ」
「交渉って、なんの話よ?」
私がそう言うと、煙草の先に火を点けて吸い込み紫煙を吐き出した。
いや、なにしてんのよ。はよ話せ。
「このコミュニティを利用して、パイシーズをスコーピオスの連中から奪還するためのお話だよ」
「なに、どういうこと? まさか、もう交渉できるくらいの情報が集まったっていうの?」
「まあな。……オレが『アクエリアス』からパイシーズに亡命する際に、その手引きをした職員がいたって話は覚えてるか?」
「えーと、たしかお酒を飲まされて愚痴りまくってたら『こいつ簡単に裏切りそう』って思われて、それでアンタを産業スパイとして登用した人だっけ?」
「覚えてるのはいいが、その言い草はどうよ」
「事実でしょうが」
舌打ちしながら、バツが悪そうに煙草の灰を落としている。
どうでもいいけど、こいつどこから煙草なんて仕入れてきてるのかしら。
「まあいい、その職員と連絡がとれてな。そいつが持ってきた情報をこのコミュニティの監督官に伝えれば、パイシーズを解放できるかもしれねぇんだ」
「どんな情報なの?」
「なぁに、『近いうちにスコーピオスはこのコミュニティを凌ぐ軍事力を手に入れることになるかもしれない』って話さ。ま、そもそもその原因はオレとお前なんだけどな」
「……なんですって?」
~~~~~少々時は遡り パイシーズ異獣研究所 所長エリィウェル視点~~~~~
「ふむ、食料の生産は順調に進んでいるようですね」
「……はい」
「ふふふ、まさかここまで資源が豊富だったとは。軍事力の乏しさからは考えられないほどすばらしい場所ですなぁ」
『スコーピオス』の異獣研究所の所長が、機嫌よさげに食料生産設備を見ながら語りかけてくる。
その濁った目からは、欲望しか感じとれない。
「特にこの芋、栄養価が高く悪環境に強いので栽培が容易、さらに比較的長期間保存も利くというのが実にいい。どこでこれを手に入れたのです?」
「このコミュニティの周辺には、数多く旧時代の施設などが発掘されています。この種芋も、それらの施設に保存されていたものを再生しました」
「ふむふむ、確かに他では見られないような技術や設備が数多くありますなぁ。実に興味深い」
「……」
芋を持ち込んだのはロナちゃんだということを知られてはいけない。
もうあの子たちはこのコミュニティとは無縁だ。あの子たちまで、奴隷にしてはならない。
「ふふふ、ここまで生産設備が揃っているのであれば『準備』も滞りなく進みそうですねぇ」
「……準備、とは?」
「ああ、お気になさらず。貴女はただこちらの指示に従ってくれればよろしい」
そう言いながら、他の設備へと足を進めて去っていった。
「……アリエスめ。いつまでもデカい面ができると思うなよ……ヒヒッ……」
去り際の顔に、凶悪な笑みを浮かべているのが目に入ってしまった。
……嫌な予感がする。
ロナちゃんとツヴォルフさん、そしてあの子は『アリエス』まで辿り着いているはず。
いくらスコーピオスでも、アリエスには迂闊に手が出せない。きっと大丈夫。
なのに、胸騒ぎが収まらない。
なにかが、重大ななにかが私の知らないところで進んでいる気がしてならない。
「……所長、聞こえますか」
「! ……あなたは……」
「『外』の任務から帰ってきたら、この有様で驚きましたよ」
影も形も見えない、しかし声だけは目の前にいるかのように、誰かの声が聞こえてくる。
……相変わらず心臓に悪いわねこの人は。
「スコーピオスの連中に襲撃されて、植民地として支配されてしまったらしいですね」
「ええ。……碌に抵抗もできずに制圧されてしまったわ。軍事設備の配備が不十分だったことが原因ね」
「仕方がありません。コミュニティ周辺の旧施設で得られたものは、生活改善設備ばかりで軍事用の技術はほとんどありませんでしたから」
「だからこそ、異獣の研究を進めて軍事力を強化する必要があった。アクエリアスへあなたを送って、実験データを盗み出してでもね」
「しかし、今ではそのデータも、また救荒作物の生産設備も奴らに押さえられてしまった。……非常に無念です」
「ええ、せめてもう少し時間があれば実験データを基に軍事力の強化を……っ!?」
そこで、気が付いた。分かってしまった。
スコーピオスが、次になにをしようとしているのか。
……まずいわね。
「どうかしましたか、顔色が優れないようですが」
「……『シャドウ』。今すぐ『アリエス』へ向かってちょうだい」
「? アリエスへ? 救援要請ですか?」
「ええ、今ならまだ間に合うわ」
「しかし、スコーピオスと真正面から敵対するデメリットに対して、アリエスがパイシーズを救うにはメリットに乏しいかと」
「いいえ、今回の場合はアリエスも動かざるを得ないはずよ。今はまだアリエスにとって、スコーピオスは『充分打倒し得る勢力』に過ぎないのだから。でも……」
「でも?」
「それが、いずれアリエスに牙を剥くに充分な戦力を得る可能性があるとなれば話は別でしょう。……説得に必要なデータを持ち出して、アリエスに向かってちょうだい。アリエスにはツヴォルフさんがいるはずだから、彼と合流して」
「……畏まりました」
あの子たちの幸せまで、壊させてたまるものですか。
今度こそ、足掻いてみせますとも。あの子のために
ああ、思い出したらまたあの子をハグしたくなってきたわ。
思いっきりなでなでしてクンカクンカしたい。いやもういっそその勢いで押し倒してそのまま――――
「……所長、お顔がニヤけていますが、なにか?」
「い、いえ、なんでもないわウフフフフフフフ」
あの子の中で、私が居なくならないように、少しおまじないをしておきましょうか。
届くと、いいのだけれど。ウフフ。
~~~~~リベルタ視点~~~~~
「……寒気がする。まだ、風邪が治っていないのかな……」
入院してから、数日が経った。
もう身体の具合はほぼ万全で、怠さや熱は無い。
さっき少し寒気を感じたけれど、状態表示に異常はないから気のせいみたいだ。
ロナも、ツヴォルフも、所長たちを助けるために色々と手を回しているみたいだ。
その間、僕は寝ているだけでなにもしていない。
お医者さんは『今は休むことがお仕事だ』って言って、ロナも『具合が悪いのに動かれても邪魔だから寝てなさい』としか言わなかった。
確かに、体調が回復していないのになにかしようとしても十全に動くことはできないだろうし、また悪化したら余計に面倒なことになる。
だから、休んでいることは正しいことだ。
ただ眠っているだけでも、義務を果たしていると言える。
なのに、落ち着かない。
これまで、人の言うことを聞いていればなにも疑問に思うことなんかなかったのに。
今は、寝ているしかできない自分が、ひどく歯痒い。
……なんで、こんなふうに思うようになったんだろう。
「……寝よう」
考えても、答えは出ない。
今は、ただ眠って体調を整えよう。
どれだけ落ち着かなくても、今の僕にはなにもできないんだから。
……胸が、ざわつく。
ちゃんと、眠れるかな。
「リベルタ」
「……?」
眠っているところに、誰かの声が聞こえた。
顔を上げると、傍にロナがいるのが見える。
「……ロナ?」
「すぐに準備をして」
「……なんの、準備?」
「……」
ロナの姿が、よく見えない。
声は聞こえるのに、ひどくぼやけて見える。
目を擦ってロナのほうを見直すと―――
「っ?」
「どうしたの、そんな驚いた顔して」
「ロナ、服は、どうしたの……?」
まるで、シャワールームで初めて会った時のように、なにも身に着けていない姿でそこに佇んでいる。
……まだ、僕は寝ぼけているんだろうか。
あまりに異常な状況に唖然としていると、急にロナが抱き着いてきた。
顔に胸を押し当てて、力強く寄せてくる。
「っ……? なに、してるの……?」
「ふふ、大丈夫、大丈夫よ、私に身を任せて、うふふふふ……」
妖しい笑みを浮かべながら抱きしめるロナの顔が、すごく怖い。
なのに、なのに抵抗する気にならない。なんで、なんで……?
このままだと、僕は、なにを……
「おい、起きろっ!」
「っ!?」
夢心地で、なすがままにされそうなところに、乱暴な声が聞こえてきた。
反射的に身体を起こすと、ツヴォルフが少し驚いたような顔でこちらを見ているのが見えた。
「うぉっと、お前、なかなか寝起きの勢いが強いんだな」
「……ツヴォルフ? ……ロナは?」
「あん? ロナなら飯作ってるところだ。なんだ、起こしてもらうならロナのほうがよかったってか? オレで悪かったな」
「……そういうわけじゃ……」
どうやら、さっきまでの光景は夢だったみたいだ。
……なんで、あんな夢を見たんだろう。
ロナがあんなことするわけないのに。所長じゃあるまいし。
……顔が、熱い。
「朝御飯できたわよー、起きたなら早く顔洗って食べにきなさーい」
「……!」
「ん、どうかしたの? 顔が赤いけど、まだ熱っぽいの?」
「う、ううん、なんでも、ない……」
「?」
なんでだろう、ロナの顔がまともに見られない。
……きっと、変な夢を見たせいだ。早く顔を洗って、頭を起こそう。
お読みいただきありがとうございます。
所長のおまじないが妙な電波をリベルタに送った結果、こうなった模様。




