大暴れの翌日
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はい、おはようございます。
なんか昨日デブクソ野郎に痴漢された報復としてぶん殴った後にその腹いせとしてでっかい亀に殺されそうになる夢を見ましてね。
もう血反吐は吐くわ手足がバキバキにへし折られるわで死ぬほど痛かった。夢なのに。
死にかけたところで『ねぇねぇ今どんな気持ち? このままじゃ死ぬけど今どんな気持ち? ねぇねぇねぇねぇ』とか誰かに肩をポンポン叩かれながら煽られる幻覚を見たりした。
それに対して『ふざけんじゃねぇ』ってブチ切れて、その勢いで亀を殴り殺して、さらに私を痴漢したデブをシメたところで目が覚めました。
いやー、変な夢だったなーはははー。
ところで朝起きたら見覚えのない部屋で寝てるんですが、ここはどこでしょうかね。
昨日泊まった木賃宿とは明らかに違う部屋だ。広すぎるし、なんか消毒液臭い。
まるでリベルタが入院している病院のように清潔感のある、というか清潔すぎて逆に落ち着かない部屋だ。
「……起きた?」
目が覚めて背伸びしていると、誰かに話しかけられた。
声がしたほうを向くと、そこには金髪の小さな男の子が綺麗な碧眼でこちらを見つめていた。
「……うん? え、リベルタ? アンタ、なんでここに?」
「ここは僕の入院してる病院。ツヴォルフが、昨晩『急患だ』って大慌てでロナをここへ運んできた」
「え? 昨日、なにかあったっけ……」
「『闘技場で異獣に殺されそうになったところで急に雰囲気が変わって、滅茶苦茶に大暴れしたかと思ったら急に寝た』って言ってた。……意味がよく分からなかったけど」
あ、夢じゃないわ。現実だったわ。
えぇ? いや、夢じゃなかったとしたら、私血ぃ吐いたり手足が折れたりしてたはずなんだけど、まるでそんな痕跡はない。
あの時の私は夢心地というか、理屈で説明できない全能感に満ちていた。
折れた手足を治そうと思えば治せた。
空を飛ぼうと思えば、当たり前のように飛べた。
大亀の硬い甲羅を割ろうとすれば、素手で容易く砕くことができた。
まるで、物語の中の英雄に憧れる、小さな子供の夢が叶ったかのように。
あの時なにがあったのかはよく分からないけれど、多分例の文字化けギフトの影響だろう。
なぜそう思ったかと言うと、前に鳥型の異獣と戦った時にも似たような感覚を覚えたからだ。
「この街の偉い人の顔を叩いて、その人の怒りを買ったからこんなことになったって聞いたけど、本当?」
「まあね。仕事の斡旋所で受付と相談してる時にいきなりお尻を触ってきたうえに、私を手籠めにしようとしてきたってのを最初に加えれば、本当よ」
「テゴメって、なに?」
「……乱暴しようとしてきた、ってことよ」
今でもお尻を揉まれた時の不快感が残っている。
やっぱあの時頭をぶち抜いてやればよかったかしら。
あとこの子、多分『乱暴される』っていうのをそのままの意味でとらえてるわね。
……比喩を理解されても、それはそれでなんか嫌だけど。
「先に絡んできたのが、その偉い人っていうのは分かった。でも、顔を叩く以外に方法はなかったの?」
「あるわよ。話がややこしくなる前に逃げるとか、あのクソデブの話に乗ってなすがまま乱暴されるとか、少なくとも殺されそうになるほど怒りを買うことは無かったんじゃないかしら」
「なら、どうして?」
「それが私にとって、一番気分のいい選択肢だったからよ」
「気分の、いい? 正しい、じゃなくて?」
「そうよ。あの場で一番正しい選択肢は多分、逃げることだったんじゃないかしら。それなら私はお尻を触られて不快で、向こうも私に逃げられて不快になる程度で済んだわけだし、お互いさまで済んでいたと思うわ」
「分かってるんだったら……」
「でもどうしても我慢できなかった。いや我慢しようと思えばできたけれど、つい手が出たの」
「……」
リベルタが呆れたような顔のまま、無言でこちらを見つめている。そんな目で見ないでよ。
「なんでもかんでも自分の都合や感情のままに動いたらこうなる、ってことぐらいは分かってるんだけれどね」
「……そんなことばかり繰り返してたら、いつか本当に死んじゃうよ」
「そうかもね」
「身体を触られただけで怒るっていう感覚も、僕にはよく分からない」
「はずみで触ったとかならまだいいけど、明確に悪意を持って撫でまわされればそりゃ嫌に決まってんでしょ。気持ち悪い」
「施設で、所長によく『スキンシップよ』って身体を触られてたけど、別に嫌じゃなかった」
……なにしてんのあの所長は。やっぱロリショタコンか。
いや、もしかしたら感情の起伏が乏しいこの子を刺激するためにやっていたのかもしれないし、あんまり悪く思うのも……。
「触ってる間、息が荒くてちょっと怖かったけど」
「……次に触ってきたら殴ってやりなさい」
確定。あの人ダメなヤツだわ。
優しそうな顔してしれっと裏でセクハラしてるとか、今更になって助けるべきか迷いが出てきたんですが……。
ま、まあ、越えちゃいけない一線は越えてないみたいだし、ギリセーフか。……セーフか?
とか所長に関する裏話を聞いて内心軽く戦慄していると、誰かが部屋に入ってきた。
見慣れた茶髪にヨレヨレの白衣の男。ツヴォルフがこちらを睨みながらベッドに座り込んだ。
……なんだろう、ぱっと見笑っているような顔なのに目が全然笑ってない。てかコワイ。
「起きたか。どっか痛かったり、なにか調子が悪かったりするところは無いか?」
「い、いいえ、すこぶる快調だけど」
「そうか」
あら? てっきり怒ってるもんかと思ったのに、珍しくこちらを心配してるようなことを言ってくれてるんだけど。
まあ、死にかけてたしこちらを気遣ってくれてもいいかって思ってるのかもしれな――――
「ふんっ!」
「いった!?」
頭に衝撃と鈍痛。いきなり脳天にチョップを叩きこんできおった!
な、なにをするきさまー!
あ、いやなんでもないです。謝るからその顔やめろ。怖すぎる。
「……なんで今叩かれたか分かるか?」
「……えーと、この度は大変軽率なことをしでかしてしまい誠に申し訳ありませんでした」
「反省のカケラも籠ってねぇ敬語はやめろ。かえってますます腹が立ってくるわ」
目を細めながらいまだにお怒りの御様子。
うん、まあ、今回は私が悪い。
「あのデブに絡まれて腹が立ったのは分かるがな、そこを耐える努力をしろってんだ」
「……うん」
「お前の身に危険が及ぶのはもちろん、オレはともかく坊主にまでその余波がきたらどうすんだ。お前の『自由』ってのは、他人に迷惑かけても気にせずわがままで身勝手な生きかたをするっていうことなのか」
「違うわ。……今回は、ホントに悪かったって思ってるわ」
「なら今後は自重しろ。ったく、ここまで運ぶのにも苦労したぜまったく」
だからゴメンって。しつこいわよ。
……殺されかけた挙句コイツに説教くらう羽目になるなんて。あのデブのせいでとんだ災難だわ。
「ところで、気が付いてるか」
「え、なにが?」
「自分のステータスと前髪を見てみな」
ステータスと、前髪?
あれ、右目の前だけじゃなくて左目の前の髪も黒くなってる。
「左右対称に染めてるみたいで、これはこれで悪くないわね」
「そういう問題じぇねぇだろ」
いやいや、髪の色が変わったくらいでなにを大げさな。……大げさか?
ていうかステータスって、なにか異常でもあるのかしら。
ロナ
ランク■
状態:空腹
【スペック】
H(ヘルス) :511/511
M(マジカ) :545/545
S(スタミナ) :111/495
PHY(膂力) :750
SPE(特殊能力):766
FIT(適合率) :■■%
【ギフト】
摂食吸収Lv2 逶エ謗・謫堺スLv■ 膂力強化Lv3 火炎放射Lv2 磁力付与Lv2 索敵Lv1 速度強化Lv1 衝撃波Lv1
「? あの大亀から吸収したギフトが追加されてるのと、ステータスが上がってる以外は特に変化ないけど
「ヘルスの最大値を見てみろ。前に見た時より明らかに減ってるだろうが」
「え、あれホントだ減ってる」
あの大亀と戦う前までは確か600近くあったはずなのに、一気に100近く減ってる。
他の項目は大亀のステータスを取り込んだ影響かかなり上がってるのに、なんでヘルスだけ減ってるの?
「ヘルスってのはその生き物の生きる力、いわば生命力のことだ。それの最大値が減る時は身体のどこかが欠損してたり重い病気にかかってたりしてる場合が多い」
「でも、折れた手足も治ってるし、どこも痛くも苦しくもないわよ」
「あるいは年老いて寿命が近くなると減っていくらしい」
「……私、まだバアさんと呼ばれるような歳じゃないと思うんだけど」
「あの大亀と戦っていた時は、髪全体が真っ黒になってたうえにとんでもねぇ力を発揮していた。なんの代償もなくあんな力を扱えるとは思えねぇ」
「……つまり?」
「お前は、黒髪の状態になるたびに寿命を削ってる可能性がある」
え、マジっすか。こわ。
「多分、命の危機に瀕したのがきっかけで例の文字化けギフトが妙な力を出したんだろうが、それに頼りすぎるのは危険だ。だから、早死にしたくなかったら無茶は控えろ」
「分かってるわよ。私だって死にたくないし、好きで危険なことをしてるわけじゃないわ。ただ、状況がそうさせるのよ」
「それでも余計なトラブルを回避するように努めることはできるだろうが。……ま、無茶しなきゃならねぇ状況が今後も続くことは予想できるんだけどな」
あーはいはいはいわーかったってば。
心配しなくても、今後は死にかけることはそうそうないはずよ。
なんせ、また少しだけ文字化けギフトの使いかたが分かってきたんだから。
いや、大亀との戦いの時みたいに空飛んだりとか、あのデブにやったように指の先から見えない弾丸を放ったりとかは無理だけど。
でも、格上相手でも充分に通用する能力だっていうことは確かだ。練習は必要だろうけど。
内心ウンザリしながらツヴォルフの説教を聞いていると、複数の人間がこの部屋に近付いてきている足音が聞こえてきた。
誰かしら。医者かな?
とか暢気に楽観しながら部屋に入ってくるのを待っていると、強面で屈強そうな男たちがドカドカと部屋の中に入ってきた。
……あー、これヤバいやつかも。
「お前が昨晩の騒ぎの原因か? 少し事情を説明してもらうぞ」
一番偉そうで筋肉質な銀髪の中年が、私を見ながらそう言った。
こちとら起きたばっかりなんだぞ。先にご飯ぐらい食べさせろー……。
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