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戦いではなく、ただの蹂躙 前編

新規のブックマーク、誤字報告、感想をいただきありがとうございます。

お読みくださっている方々に感謝します。



 目の前にいるのは、体高5mはあろう巨大な大亀。

 この広い闘技場が、この亀にとっては狭い檻に見えていることだろう。


 ステータスは、私の3倍近い膂力にかなり成長しているギフト。

 そして目で見るだけで分かる圧倒的な質量。何トンあるのかも分からない。

 ギフトなしじゃどう頑張っても勝てる気がしない。



「……ははは……こんなもん、どう戦えっていうのよ……!」


『ゴゥゥゥンンン……』



 低い唸り声を上げる大亀を見ていると、クソ施設にいた時のデジャヴが浮かんでくる。

 あの毛無しゴリラに殺されそうになった時と同じ、圧倒的強者が目の前にいるという絶望感。


 だからどうした。

 諦めたらそこで終わりだぞ。

 生き残るために、なにができるかを考えろ。考え続けろ。



『ゴグォゥゥ……!!』


「っ!? 速っ……!!」



 地面を蹴り、その巨体からは想像もつかない速さでこちらに突っ込んできた。

 速すぎる、デカすぎる! 回避はできない!



 反射的に後方へ飛んで、少しでもダメージを減らそうと試みた。

 亀の巨体が、私に直撃した。



「がはぁっ!!」



 ある程度ダメージは緩和できたみたいだけれど、それでも全身が粉々になりそうなほどの衝撃。

 まともにくらってたら、今ので死んでた……!


 そのまま檻に叩きつけられて背中を強打。超痛い。

 やば、骨何本かいったかも……。



「ケホ、ゲホッ……うわ……!」



 思わず咳きこみ、口に手を当てると掌が赤く染まったのが見えた。

 咳と一緒に血を吐いている。多分、内臓にも傷はいってるわこれ。

 まずい、一撃もらっただけでこのダメージはまずい。



『おおっと! 一撃で勝負ありかと思われましたが、これを耐えた! 素晴らしい反応です!』


「あー、耐えたかー。てっきりいつも通り一発でペチャンコかと思ってたのに」


「うわ、あの子すごく苦しそう。さっさと潰れれば楽になるでしょうに」



 実況と観客の声がうるさい。

 私は、お前たちのオモチャじゃないんだぞ。


 突進を受けた時の感触で分かったけれど、あの甲羅を壊すのは無理だ。硬すぎる。

 今の私なら、素手で岩に亀裂を入れるくらいはできるだろうけど、あの甲羅はまるで鋼鉄の塊だ。

 生半可な攻撃じゃヒビ一つ入れられない。


 となれば、生身の部分を狙って攻撃するしかない。

 ……高速で移動してくる亀の攻撃を避けながら、生身の部分を狙えってか? 無理だろ。



『ゴオォォ……ァァッ!!』


「いっ……!?」



 痛みに耐えて立ち上がろうとする私に、さらに追撃をかまそうと突っ込んできた。

 ……判断を誤るな、一歩間違えば死ぬぞ。


 今の私は、檻の端にいる。

 今度は後ろに下がって勢いを殺して凌ぐなんて真似はできない。

 仮にできたとしても、次の一撃を耐えられるか分からない。


 だから、倒れた。

 倒れて、檻と地面の角に身体をピッタリとつけた。



「んん? 諦めたか?」


「いや、違うな。なるほど、アレなら……」




 ドゴシャッ と派手な音を立てながら、亀が私が身を寄せている檻に突っ込んだ。

 亀の突進で檻が壊れないかとちょっと期待してたけど、多少変形するくらいで破壊するには至っていない。


 そして、私の身体も、潰れていない。



『な、なぁんと! 身体を伏せて体高を極限まで低くし、亀の突進をすり抜けましたぁ!!』



 この亀はデカい。私なんかよりも遥かにデカい。

 だからこそ、繊細な攻撃ができない。

 攻撃の狙いが大雑把すぎて、檻の隅にまで攻撃が届いていない。

 ギリギリだけど、なんとか突進を受けずに済んだ。


 で、ここまで密着してる今が最大のチャンスだ。

 私を見失っている亀の甲羅をよじ登り、頭のほうにまで駆け抜けた。



『グォゥ……ッ!!』



 頭に攻撃しようとしたところでこちらに気付いたみたいだけど、もう遅い。

 その図体の割につぶらな目をぶち抜いて、中の脳を破壊してやればいくらデカかろうと死ぬでしょ?

 もう避け切れないぞ、くらえっ!!――――



『ヴォゥッ!!』


「なっ……あああっ!!?」



 亀の目に向かって拳を突き出した瞬間に、亀の身体から『なにか』が放たれた。

 光の波のように見える、強い衝撃を伴うなにか。

 な、なによこれっ……!?


 その光の波が私の身体に触れると、瞬間的に弾き飛ばされてしまった。

 あと数センチで拳が届くところだったのに、今はもう遥か遠くへ離れてしまった。



「うがぁっ!! が、あぁっ……!!!」



 そのまま地面に叩きつけられて、また地べたに這う形になってしまった。

 身体が動かない。全身が痛い。特に右の手足が千切れたんじゃないかってくらい痛い。

 眼球を動かして自分の身体を見ると、右手足が変な方向へ折れ曲がっているのが見えた。

 あ、ああ、ダメだ、こんな状態じゃもう戦うどころじゃない。



『あああ、惜しいぃぃ!! あともう少しで届くところだったというのに、『衝撃波』のギフトで弾き飛ばされてしまいましたぁっ!!』


「うわ、見たか? もう少しでいけたんじゃないのか今の」


「ああ、まさか奥の手の衝撃波まで使わせるとはな。まあ頑張ったほうだろ。御苦労さん」



 まずい、まずい、まずい、ヤバい、ヤバい、ヤバい。

 このままじゃ潰される。このままじゃ喰われる。このままじゃ死ぬ。

 起きろ、起きろ、動け、動け。

 お願いだから、動いて……!


 くそ、せめてギフトが使えれば……!

 辛うじて動いた左手で首輪を壊そうと引っ張っても、多少軋むばかりでビクともしない。


 ……もう駄目だ、打つ手がない。





『もはや死に体! どうやら勝負ありのようです!』


「あらあら、あの子なんて顔してるのかしら。さっきまでの威勢が嘘みたいねアハハッ!」


「『勝てる』って思ったところにあんなことになれば当然だろう。上げて落とされた人間の絶望は格別な表情をもたらすものだねぇ」


「ブッハハハ!! ボクを殴った報いだ! 潰れろ! 死ね! 喰われて糞になれゴミ女ァッ!!」



 嘲りと罵声が聞こえてくる。

 浮浪児だったころとなにも変わらない、見下されている実感が私を苛んでくる。


 なにが悪かったの? 私がなにをしたの?

 なんで私は、痛くて辛くて苦しいの?

 強くなって自由に生きたかっただけなのに、どうして?


 いや、そうか。

 自由なら、手に入れてたじゃないか。

 あのブタ野郎の言いなりになっていれば、身体は汚されていただろうけど生き延びられた。

 けど、それは不自由な選択だ。私はそんなものは嫌だと拒否したじゃないか。自分の意志で、自由きままにブタ野郎を殴る道を選んだじゃないか。


 その結果がこれか。



 ふざけんなよ。




『ヴァァァァアッ!!!』




 私にトドメを刺そうと、大亀が手を私の上に振りかざして降ろそうとしてきた。

 あと数秒で、私は潰れて、死ぬ。

 死ぬ、死ぬ、死ぬ、死ぬ。






「ロナぁぁぁあああああああっっ!!!!」





 だれかがわたしのなまえをさけんだのがきこえたところで、わたしのいしき、は――――――





 ―――――――――








 ~~~~~ツヴォルフ視点~~~~~









 くそ、クソ! クソッタレが!

 斡旋所に行ったきり戻ってこねぇから、なにがあったのか調べてみたらとんでもねぇことになってやがった!

 どっかのボンボンがロナを手籠めにしようとして、それを殴って捕まって、そのまま処刑されそうになってやがるだと!?

 話が早すぎるうえに情報量が多すぎてアタマが追いつかねぇ! なにやってんだアイツは! バカか、バカなのか!? いやバカだ!


 処刑方法は、この街で夜に行われてる異獣用の闘技場で、異獣のエサとして喰われること。

 そのボンボンの怒りを買った奴は、皆そうやって見世物にされた挙句殺されていったらしい。

 

 で、今度はロナの番ってか。

 ……アイツに死なれちゃ、なにもかもが台無しだ。パイシーズを助けるどころの騒ぎじゃねぇ。


 ギフト持ちの人間はギフトを封じられる道具を身に着けられて、闘技場で最も強い異獣と戦う羽目になるらしい。

 そして、その異獣は並の異獣とは桁違いに強いって話だ。今のロナの手には余るだろう。


 街中で聞き込みをしたり『未来視』を使ったりして、闘技場の内部に侵入したはいいがもう時間がねぇ!

 はやく檻を開けてロナを解放しなきゃ殺されちまう!

 どこだ、檻の開閉装置はどこにあるんだ!



 焦りながら闘技場の中を駆けずり回っていると、闘技場に大きな衝撃が広がるのと同時に嘲笑混じりの歓声が沸いたのが聞こえた。

 嫌な予感がして闘技場の観客席に向かって走り、檻の中を見てみると



 手足が変な方向へ曲がっていて、デカい亀みてぇな異獣に潰されそうになっているロナの姿が見えた。

 全身血塗れ傷だらけで、もうまともに動くこともできないようだ。






「ロナぁぁぁあああああああっっ!!!!」





 全身の血の気が引く感覚を覚え、目の前の惨状を見て思わず叫んじまった。

 不法侵入した身で、見つかればただじゃ済まないなんてことは頭から抜け落ちちまっていた。



 

『ゴゥッ……!!』




 ズゥンッ と大亀が脚を振り降ろし、ロナを潰したのが分かった。

 ……間に、合わなかった……!!



『はぁい、異獣刑執行完了です!! 皆様方、罪人とはいえ健闘した少女に、拍手をっ!!』



 観客席から、ゆっくりとバカにしたように手を叩く音が聞こえてくる。

 ロナを嘲笑う、下衆な声が聞こえてくる。

 今すぐ全員撃ち殺したい衝動に駆られてくる。


 こいつら、こんなもんを見て楽しんでやがるってか。

 あのクソ施設の連中以下のゴミ野郎どもじゃねぇか。

 ふざけんな、ふざけんなよ……!




「ふざけっ―――――――」










「ふっざけんじゃねぇぇぇぇえええええっ!!!!」







 感情の赴くままに怒鳴ってやろうと口を開いた瞬間に、オレ以上にキレた声が闘技場に響き渡った。



『ぬわぁああっ!!?』


「きゃあああ!?」


「びひぃぃいいいっ!!?」



 実況者や観客たちが、あまりの爆声に悲鳴を上げている。

 な、なんだ今の声……? 誰が、どこから……!?




『ギャ、ァァァァアアアアアッッ!!!』




 その直後、大亀の悲鳴が響き渡った。

 大亀を見ると、ロナに振り降ろしていた脚が半ばから無くなっている。

 まるでその部分を齧りとられたように、歪な断面図から血を噴き出している。





「クッチャクッチャ……味自体はまずいけど、まあそこそこ栄養はありそうかな」





 大亀の足元に、誰かが立っている。

 ()()()()()()()()()が、壊れた輪っかのようなものを首から外し、なにかを咀嚼しながら佇んでいる。


 あれは、髪の色が違うが、まさかロナか……!?



「いてて、なんだこの痛み。……うわ、手足が怪しい方向に曲がってるやん。治しとこ」



 なんだかいつにも増して軽薄な口調で呟きながら折れた手足を眺めている。

 すると、みるみると折れ曲がった手足がバキバキグチャグチャと嫌な音を立てながら元の形に修復されていく。


 あれは、再生能力……!? そんなギフト、アイツは使えねぇはずだぞ!?



「さぁて、こっからはこっちの番だ。スッポン鍋にしてやるから覚悟しろ。……いや、こいつスッポンか? どうでもいいか。とりあえず肉よこせ。コラーゲンよこせ」



 な、なにが起きたのか分からねぇが、どうやらロナはまだ生きてるようだ。

 ……人の心配も知らねぇでとぼけた面しやがって。

 なんだあの面は。まるでこれからメシでも食うかのような、緊張感の無い顔してやがる。


お読みいただきありがとうございます。

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