食べられてもキミのナカで生きてるよ
新規の評価、ブックマーク、誤字報告、感想をいただきありがとうございます。
お読みくださっている方々に感謝します。
木賃宿に素泊まりして、ベッドにダイブ。
久しぶりに屋根の下で眠れる。しかも見張りをしなくていいし、もうそれだけで幸せだ。
「やれやれ、やっとまともな寝床で朝までグッスリ眠れるな」
「アンタと同じ部屋で寝なきゃいけないのがアレだけどね」
「仕方ねぇだろ、一人一部屋じゃ高すぎて金が無くなっちまうんだ。明日以降のことを考えると少しでも金を節約する必要があるんだよ。ホントなら外食するのも控えるべきだったんだぞ」
「その割にはアンタも乗り気だったじゃないのよ」
「……めちゃくちゃ腹減ってる時に、あの匂いに抗うのは無理だろ」
だよねー分かるわーあれはもはや匂いの暴力ですわー。
脳へダイレクトに『これを食え』って命令出されてるんじゃないかってくらい食欲を刺激されてたし、誰も責められない。
あのオッサン、この御時世ににあんな美味いものを作れるなんてただものじゃないわ。いったい何者なのかしら。
「で、明日からどうすんだ? このコミュニティの監督官にでも頼みこんでパイシーズを助けようにも、交渉材料がねぇぞ」
「外から来たよそ者の私たちがなんか言ったところで門前払いでしょうね」
「このコミュニティ『アリエス』に助力を請うなら、ここにとって益があると思わせるなにかを出すか、あるいはそうせざるを得ない状況にでもならない限り動いちゃもらえねぇだろう」
「せざるを得ない状況って?」
「パイシーズを襲ったコミュニティ『スコーピオス』を、『アリエス』にとって早期に討伐する敵だと認識させるような事件でも起きれば、あるいは協力してもらえるかもな」
「そんな私たちにとって都合のいい事件がタイミングよく起こるものかしらね……」
「『スコーピオス』が『アリエス』を襲ってくれれば一番手っ取り早いんだがなぁ。奴らもここへは迂闊に手が出せねぇみてぇだ。街並みを見てみるだけでも、その理由がよく分かるがな」
このコミュニティ『アリエス』は、ここらじゃ最大規模のコミュニティらしい。
実際、今まで見てきたコミュニティと比べても、なにもかもが段違いに優れている。
『外』の異獣に対する対策設備に豊かな街の営み、人の数に資源や建物の質の良さ。
どれをとっても最高クラス。当然、街の警備や外敵に対する装備や兵器なんかも強力なのは想像に難くない。
こんなところに対して無計画に襲撃でもしかけようもんなら、返り討ちに遭うのは目に見えている。
「現状で一番実行できる可能性があるのは、やっぱお前が異獣を食いまくって殺しまくって充分にステータスを強化してから殴り込みにいく方法かねぇ」
「駄目よ、時間がかかりすぎる。毎日休まず狩り続けても、最低一年くらいはかかると思うわ。奴隷のような扱いを受けている所長たちを、そんなに待たせられない」
「ま、確かにあんまりのんびりやってると、生産能力に支障がない範囲で人口を減らそうとしてくる可能性はある。実際、スコーピオスの支配下におかれたコミュニティはバタバタと過労死してる人間が後を絶たねぇみたいだしな」
「……遅くなりすぎると、所長たちも使い潰されて死ぬかもしれないってことね」
それは絶対に許容できない。仮に一年後にコミュニティを解放できたとしても、その時に所長が死んでたりしたら意味がない。
私がパイシーズを解放しようとしてるのは、別に正義感からの行動じゃない。
……ただ、勝手に私たちだけを逃がそうとした所長に文句を言ってやりたい。それだけのことなんだから。
「早期にパイシーズを奪還するにはやっぱこのコミュニティの協力が不可欠だろうが、交渉しようにも材料がねぇしこのコミュニティに関する情報もまだ全然分かっちゃいねぇ」
「まずは情報収集、その後に使えそうな情報をまとめて計画を練るってことでいい?」
「大雑把なまとめだが、ま、そういうことだな」
「あと、お金を稼ぐ手段も見つけないと。貯金も残り少ないし、働き口を探さないとすぐに無一文よ」
「お前はステータスが高いし、力仕事なら引く手も数多だろうがオレはどうすっかねぇ。ま、それも明日考えるとしますか」
私は、できればパイシーズでやってたみたいに異獣狩りをして報酬をもらう仕事がしたいんだけどなー。
でも、このコミュニティって異獣の肉を安定供給できるみたいだし、異獣を捕獲する方法に困ってなさそうなのよねー。
ステータスの強化とお金稼ぎの両立ができる仕事が望ましいけれど、最悪コミュニティ内の仕事で生計を立てる必要があるかもしれないわ……。
……これ以上考えてもなにも進展しそうにないし、今日はもう寝よう。身体を休めるのも重要なことだ。
「じゃあ電気消すぞ。おやすみさん」
「……おやすみ」
「坊主がいなくて寂しいかもしれねぇが、夜這いなんかに行くんじゃねぇぞ」
「行くかバカッ!!」
~~~~~
ここは、どこだ。
あれ、さっきまで木賃宿で寝ていたはずなのに、なんか地べたで寝てるんですけど。
ここ、どこだ?
暗いし、冷たいし、なんだか落ち着かない。
お腹もペコペコでひもじい。まるであのクソ施設に戻ってきたみたいだ。
なんで、こんなところに私はいるの?
妙にイラついた気分でしばらく座り込んでいると、ゴゴゴゴ と重厚な音を立てながら、闇の中に光が差し込んだ。
ああ、なんだ。ここ、壁に囲まれた場所だったのね。まるで牢獄みたい。
開いたってことは、外に出てもいいってことだよね。じゃあ遠慮なく。
……ていうか、腹減ってるんですけど。飯はどこだ。
ああ、あった。光の向こう側に、飯があるじゃないか。
私よりずっと小さくか弱そうな、肉の群れ。
その肉の群れは、私を見て悲鳴を上げている。まるでこれから食べられることが分かっているかのように。
うるさいし、さっさと蹴散らして、いただくとしましょう。
私が肉の群れに腕を振るうと、それだけで振れた肉がミンチになっていく。
脆い、弱い。異獣とは比べ物にならないくらい脆弱で、容易く蹴散らせる。
これならすぐに静かにできそうね。ご飯を食べる間くらい、落ち着いて食べたいし、残りもさっさと潰してしまいましょう。
あらかた潰し終わったところで、一番小さなお肉が震えながら甲高い悲鳴を上げている。
うるさい、さっさと黙れ。肉が喋るな。
他の肉と同じようにミンチにしてやろうとしたら、妙に痩せた肉がその小さな肉を庇ったせいで外した。
ああもう、煩わせないでよ。早く静かになってほしい。
ていうか、今更だけどこいつらなに?
いったいなんの動物なのかしら。
人と同じように頭部に体毛があって、そこ以外に体毛がほとんどないから皮膚が剝き出しで
人と同じように二本の足に二本の腕があって
よく見るとどいつもこいつも服のような布を纏っていて
え、これ、人間……?
小さな肉が、いや人間が、庇って怪我をした痩せた人間の傍で座り込んでいる。
その痩せた人間は、長い銀髪の、女の子、で……。
え、あれは、わたし……?
私は、ここに、いるのに……。
思わず自分の姿を見てみると、そこには体毛の一切ない筋骨隆々とした、獣の身体があった。
~~~~~
「ぎゃあああぁぁぁぁあああっ!!!?」
「うぉわぁっ!?」
不意に、叫びながら飛び起きた。
隣で寝ていたツヴォルフが、つられて驚いて素っ頓狂な叫び声を上げている。
「あ、あああ、ああっ……!!?」
「お、おいどうした!? なにがあった!」
「はぁ、はぁ……!? か、ひゅっ……!? は、ぁっ……! はぁ、わ、私、わたし……!?」
「落ち着け! いいから深呼吸して息を整えろ!」
ショックで過呼吸に陥りそうになっている私を、ツヴォルフが宥める。
今にも嘔吐しそうな胸のつかえを抑え込み、深く息を吸い込み吐き出して呼吸を整える。
しばらく深呼吸を繰り返しているうちに、なんとか落ち着いてきた。
呼吸が整ったところで、自分の身体を恐る恐る確認してみたけど、肉付きはいいけど筋肉はさほど目立っていない、いつもの身体がそこにはあった。
「……いったいどうした? 朝っぱらから急に叫び出したかと思ったらなに死にかけてんだよ……?」
「……ゆめ……」
「は? 夢? おいおい、まさか怖い夢見て目ぇ覚ましたとか言わねぇよな」
「……うん」
「……え、マジで? お前、そんなちっせぇガキじゃあるまいし……」
「……うん、ごめん」
ツヴォルフが目を細めながら呆れているけど、反論する気力もない。
心臓の鼓動がまだ強い。今でも、夢の内容を鮮明に思い出せる。
狭く暗い場所に閉じ込められて憤る感情、人を次々とミンチにする感触、そして……私じゃない、私の身体。
あれって、もしかしてクソ施設で戦った毛のないゴリラの記憶なの……?
いったいなんだって、あんな夢を……。
「まあ、ここんとこ色々あったし、悪夢の一つ見るのも無理ねぇけどな。ははっ、いつも生意気なのに案外可愛いとこあるじゃねぇか」
「……うるさいわよ。寝起きのきたない面で喋ってないで、さっさと顔でも洗ってきなさい」
「減らず口を利くくらいの元気はあるか。じゃあさっさとメシ作ってくれよ」
「アンタも手伝いなさい」
……あれは、ただの夢だ。
ステータスにも特に変化は無いし、身体のどこにも異常はない。
ツヴォルフの言う通り、ストレスが溜まりすぎて変な夢を見ただけだろう。
……早く御飯作ろう。
「おい! 朝っぱらからうるせぇぞ!」
「あー、すんません。この子が寝ぼけて騒いだみたいで」
「て、てめぇ、こんな若くて可愛い子を部屋に連れ込んでやがるだと……!? 朝からしっぽりやりやがってんのかコラァ!!」
「違うわい! ホントにコイツが寝ぼけただけだっつーの!!」
……隣の部屋から苦情がきてるし、今後は変な夢を見ても冷静になろう。
てか、なに言ってるのかしらこのオッサン……。
お読みいただきありがとうございます。




