二つで充分ですよ
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「へぇ、さすがに店も豊富ね」
「おいおい、アレって異獣の肉か? パイシーズでもあんなもん売ってなかったぞ」
晩御飯をいただくために街の中を見て回っているけれど、出店が多すぎて目移りしてしまう。
特に肉類を扱っている店が目立つ。異獣を闘技場で戦わせてるって話だけど、食肉の安定供給までできてるなんて。
さすがに野菜や穀物よりは高いけれど、手が出ないほどじゃない。
「なんか買って調理するか?」
「いやー、今日はもう店屋物で済ませて寝てしまいたいわ。料理は好きだけど、もう疲れたし……」
「そうか。まあたまには外食もいいじゃねぇか。……ん、なんだ? なんか、すげーいい匂いがするんだが……」
「え? ……こ、この匂いは……?」
食欲に直撃する、芳しい匂い。
初めて匂う芳香のはずなのに、『これは絶対に美味い』と脳が確信しているかのような感覚を覚えた。
な、なんの匂いかしら、これは……。
「んん、どうやらあの屋台から匂ってきてるみてぇだな」
「なにを売ってるのかしら。スープ?……あ、あれ、は……!?」
信じられない。
まさか、まさかアレをこの目で拝むことができる日がくるなんて。
夢じゃないよね? 現実だよね? 頬を抓ってみたけど、超痛い。目が覚めない。夢じゃない。
「私たちも並ぶわよ。早く。ハリー、ハリー」
「お、おう。……目が据わってんぞ、大丈夫か」
5、6人ばかり並んでいる行列に加わり、待ち続ける。
他の屋台も色々と美味しそうなものを売っているみたいだけれど、ここだけは別格だ。
一見目立たない、路地の端っこに出店しているのに存在感が段違いだ。
「空きました空きました、いらっしゃいいらっしゃい」
店主は一人だけで、妙な接客文句を口にしながら器を客に回している。
その動きはとても素早い。常人離れした素早さだ。
もしかしてここの店主もギフト持ちだったりするのかしら。
30分ばかし待ち続けて、ようやく最前列まで列が進んだ。
も、もうすぐ食べられるのね……。もうお腹と背中がくっつきそうなんだけど。
「空きました空きました、いらっしゃいいらっしゃい」
店主が私たちを席に誘導する。
……この変な掛け声はなんなのかしら。
「さあどうぞ、なににしましょうか」
なににするかって?
そんなもん、決まってるでしょうが!
「『ラーメン』四つ!」
他の客たちが食べているのは、スープの中にメンと呼ばれる細長い食材が入った料理。
そう、ここではまさかのラーメンを売っているのだ!
夢にまで見た、というか夢でしか見たことのない、幻の食べ物を!
「いや、おいロナ。二つで―――」
「二つで充分ですよ!」
ツヴォルフが私を諫める前に、店主が被せ気味にツッコんできた。
「いいえ、二人に二つずつで四つよ」
「いや、オレ二杯も食えねぇんだが」
「二つで充分ですよ!」
いいえ、私の食欲はそんなんじゃ抑えきれないわ。
てか、ラーメン以外にも色々あるわね。
「……あ、うどんもあるの!? それも追加で!」
「分かってくださいよぉ!」
「ロナ! 店主さん困ってるだろうが! てか路銀そんなに残ってねぇから節約しろっての!」
……ぶー。リベルタの入院代で結構なお金をとられたし、やむを得ないか……。
仕方ない、今日はラーメン一杯で手を打とう。
「すまねぇな、初めて見る飯にはしゃぎすぎちまったみてぇで」
「いや、最高だ。…………まさかこのネタにのってくれる人が居るとはな……」
なんか店主がものすごくいい笑顔でブツブツ言ってるけど、そんなことはどうでもいい。
はやく! ラーメンはーやーくー!
辛抱たまらん状態で待っていたけれど、速攻でメンとスープを器に盛りつけて、目の前に出してくれた。
手際いいわねこの店主。
「へいお待ち。ゆっくり食べなよ」
「いただきます!」
速攻で合掌を済ませてから、『ハシ』でメンを掴み口に運んだ。
吸い込むように、メンを啜って口の中へ滑り込ませていく。
メンを咀嚼するたびに、小気味いいコシのある食感が歯に伝わってくる。
程よい塩気に出汁の風味。まさに想像通り、いやそれ以上の美味しさが口の中に広がっていく。
「う、う、うまいぃぃ……!!」
「おいおい、行儀悪いぞ。派手な音立てすぎだろ」
「ははは、ラーメンはそうやって食うもんだから気にしなくていいぜニイさん」
「そ、そうなのか……? う、うめぇ……!! なんだ、この細長いのは。こんな食感、初めてなんだが……!」
「ここでしか食えない、最高の飯さ。他じゃ絶対に出せないって、自信を持って言えるねオレぁ」
下品な食べかたをする私をツヴォルフが咎めたけど、店主はそれでいいと言ってくれた。
優しそうな人ねーこの店主。なんだか顔の彫りが浅くて平べったいけど、どこか遠くの出身なのかしら。
髪の色も、見たことないくらい黒いし。
黒い髪なんて、強いて言うなら施設を脱走した時の私くらいしか知らない。
……ん、待てよ。まさか。
「ねえ、店主さん」
「ん、なんだい嬢ちゃん」
「アンタ、腕が千切れたら生えてきたりしない?」
「なにそれこわい。なにそのどっかの緑肌の宇宙人みたいな言い草は? トカゲの尻尾じゃねーんだぞ」
違った。一瞬この人が腕の人かと思ったけれど、別人か。
この店主、身のこなしからしてかなり強そうだからもしかしてと思ったけれど、当てが外れたっぽい。
「じゃあ知り合いにそういった人は?」
「いるわけねーだろ。オレ氏、そんなバケモンと友好関係築くほど顔広くありません。……いや、まあ、頭を槍でぶち抜かれてもピンピンしてる人なら知ってるけど」
「なにそれこわい」
「ロナ、さっきからなにわけ分かんねぇこと聞いてんだ。あまり長居してると迷惑になるからさっさと食うぞ」
「はいはい」
メンを啜って、スープを最後の一滴まで飲み干してから店を出た。
満足。大満足。いや、本当はもっと食べたいけれど、味自体はこれまで飲み食いしてきたどんなものよりもダントツに美味かった。
……絶対に、また食べにこよう。
「あの店主のオッサン、人がよさそうな割に強そうだったわね」
「そうか? オレにはよく分かんなかったが」
「ええ。多分、今の私より強いんじゃないかしら」
「……そんなおっかねぇのがなんで出店なんかやってるんだか」
「また食べに行きましょう。リベルタにも食べさせてあげなくちゃ」
「ああ。……店の名前は『K2』か。覚えとこう」
さて、お腹も膨れたし今後の相談は明日にしてさっさと休もう。
寝泊まりできる場所はどこかしら。
……てか、代金足りるのかしら。足りなかったらその分をラーメン代にあてて野宿でもするか。
あ、ツヴォルフ。なんで財布を奪うのかしら。冗談、冗談よ、ちょっと?
お読みいただきありがとうございます。
途中のやりとりが一見訳分からんですが、『二つで充分ですよ』とググれば元ネタ分かるかと。




