アリエス 開通
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湖で給水してから、さらに五日が経った。
もうすぐコミュニティは目の前だっていうのに、ここでトラブル発生。しかも二つ。
「うぅ……」
「リベルタ、もう少しだから我慢しなさい……!」
「さすがに十日間もの長旅はきつかったみてぇだな。むしろよくここまで頑張ったって思うべきか」
リベルタが熱を出して体調を崩してしまった。
これまで施設でぬくぬくと過ごしていたのに、『外』で毎日歩き続けるような生活してりゃ風邪の一つひいてもおかしくないけど、よりによってこんな状況で……!
体力の消耗を抑えるために私が背負いながら移動しているけど、あまり『外』の過酷な環境にいると悪化するかもしれない。
で、もう一つのトラブルだけど、こちらもなかなか厄介だ。
「っ! ツヴォルフ、またのぼってきてるわ!」
「ちっ、しつけぇな! いい加減諦めろやぁ!」
地面を睨みながら走り続ける。
地響きとともに地面が割れて、なにかが這い出てきた。
『ヴァァァァァアアッ!!』
『ヴァゥォァァァアア!!』
それはヘビのような、いや巨大なミミズのような異獣だった。
細長く手足のない胴体の先端に巨大な口があって、私たちを食べようとバクバクと開いたり閉じたりを繰り返している。
しかも一匹だげじゃない。目に見えた数だけでも5~6匹はいる。
くそ、せめて1~2くらいならなんとか戦えるのに、この数はさすがに手に余る。
しかも体調を崩したリベルタを庇いながらじゃ無理がある。ここはコミュニティに急いで、すぐに中へ入れてもらうしか……!
……?
『ヴ、ヴォゥッ!?』
『ヴ、ヴァァァ……!!』
異獣たち、急になにかに怯んだように動きを止めた。
こちらを恐れている、というよりはなにかを嫌がっているように見える。
『ヴァァァ……』
目のない顔で、こちらを憎々し気に睨んでから離れていった。
……なにが起こったのかしら?
「ふー……どうやら『異獣避け』の中にまで入ったらしいな。助かったぜ」
「『異獣避け』?」
「ああ。もうコミュニティはすぐ傍だろ? このコミュニティの周辺一帯には、異獣が嫌がる電磁波だかバリヤーだかが張り巡らされているらしくてな。あのデカミミズどもはそれを嫌がって退散したってわけだ」
「へぇ……さすが最大規模のコミュニティってところかしら」
「おかげで、出入りもしやすいらしい。犯罪歴がなけりゃ、外壁で簡単な手続きをするだけでいいらしい」
「でも、私もアンタもあのクソコミュニティからの脱走者じゃないの? 指名手配とかされたりしてないかしら」
「本来ならな。だが、アクエリアスは非人道的な実験を大々的にやってる関係からか、他のコミュニティとほとんど交流がねぇ。オレたちが脱走者だなんて情報はまず届いてねぇだろうよ」
まあ、最悪はこの子だけでも中に入れてもらえればいいんだけどね。
……リベルタの熱が酷くなってきた。早く医者に見せないと。
「ようこそ、コミュニティ『アリエス』へ。……徒歩でのお客様とは珍しいですね」
「ああ。十日前まで『パイシーズ』ってトコで生活してたんだが、『スコーピオス』の連中に襲撃されてな。命からがら逃げだしてきたんだ」
「スコーピオスに? ……パイシーズと言えば、ここからかなり離れたところにあるはずですが、よく無事に辿り着けましたね」
「優秀な護衛が居たもんでな。ま、アナライズしてもらえば納得してもらえるだろうよ」
誰が護衛だ。そりゃ戦闘面はほとんど私が担当してたけどさ。
受付の女性がバイザーを顔に着けてこちらを見ながら、キーボードになにかを打ち込んでいる。
多分、私たちのステータス情報を入力しているんだと思う。
名前だけじゃすぐに改竄することもできるし、詳細な情報を入れる必要があるってことね。
「登録が完了いたしました。……そちらの『リベルタ』さん、ですか。その子、体調を崩しているようですね」
「ああ。長旅からか、今日の朝から熱を出していてな。すぐに医療機関へ診せようと思うんだが、案内してもらえないか」
「畏まりました。すぐ近くにありますので、スタッフに案内させましょう」
……よかった、特にトラブルもなく中へ入れそうね。
変に怪しまれて入場できなかったらどうしようかと思ったわ。
医療機関へ案内してもらったんだけれど、デカい。
そりゃもうとんでもなくデカい。いったい何百人、いや下手したら千人以上はここで寝泊まりできるんじゃないかってくらいデカいんだけど。
ていうか逃げるのに必死でよく見えてなかったけど、ここのコミュニティ自体パイシーズと比べてもさらに規模がデカい。
あのクソコミュニティがいかにショボい場所だったかがよく分かるわねー……。
病院に入るとすぐに診察医にリベルタを診てもらって、処置をしてもらえた。
対応が早くて助かるわ。
「ちょっと重めの風邪ですね。疲労が溜まっているのが原因のようで、拗らせそうになってます」
「……大丈夫なのか?」
「ええ。このままなんの処置もしなければ肺炎などを誘発する恐れがありますが、早期に投薬してしばらく安静にしていれば治るでしょう」
「よかった……」
安心からか、二人で溜息を吐く。
それを見て、診察医の先生が微笑を浮かべている。
「大事に思われているんですね。大丈夫、すぐに元気になりますよ。この子はしばらくはここで入院されていくことをお勧めします。今はまだシーズンに入っておりませんので、病室はどこも空いています」
「『シーズン』?」
「ええ、このコミュニティには闘技場がありましてね。普段は異獣同士の戦いを観戦する場なのですが、年に一度その闘技場を使った大会が開かれるんですよ。ギフト持ち同士の戦いは、見ていて迫力がありますよ」
「へぇ……」
そんな過激な娯楽までここにはあるのか。
さすがというか、なんというか。
「さて、ちょっとお熱が高いので解熱剤を投与しましょう。その後はベッドで寝ていましょうねー」
「分かった……」
「保護者の方々は、待合室でお待ちください。見られてると恥ずかしいかもしれませんので」
「え、なんで?」
「ここまで熱があると、座薬を入れる必要があるので」
「あ、あー、そうかい。……そんじゃ、向こうで待ってるか」
お、おう……。まさかの座薬とな。
……その、なんだ、頑張れリベルタ。
「……座薬って、なに?」
「はい、向こうを向いて下を脱いで四つん這いになってくださいねー。すぐに終わりますからねー。はい力を抜いてー」
「え? ……………あひぅっ……!」
部屋から出る際に後ろのほうから、これまで上げたことないような甲高く短い悲鳴が聞こえた。
……ま、まあこれも経験よ。生きろリベルタ。
リベルタを病院に預けてから、ツヴォルフと今後の相談をすることに。
このコミュニティに辿り着いたのはゴールではなく、あくまでスタートだ。
ようやく、パイシーズを奪還するための準備を進められるようになったというだけのこと。
「つってもなぁ、まだ着いたばっかでここがどんな場所なのかもよく分かってねぇしなぁ」
「パイシーズみたいに施設の実験データを売って、このコミュニティのお偉いさんと話をするってのはどう?」
「駄目だ、今回は実験データを持ち出せてねぇ。逃げるのに精いっぱいで、そんな余裕なかったっての」
「うーん、私が施設を奪還できるくらいに強くなろうにも、多分軽く一年以上はかかるわよね。どうしたもんかしら」
二人でああでもないこうでもないと話していると、グゥ、と腹の虫がなったのが聞こえた。
……そういえば、あのミミズから逃げるのに必死で晩御飯食べてなかったわ。
「……とりあえず、どこかでメシでも食ってから今日はもう休もうぜ」
「……賛成ね」
腹が減っては戦はできぬ。話もできぬ。
ここまでデカいコミュニティなら食事にも期待できそうだし、どこかお食事処へ行ってみるとしますか。
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開通(意味深




