ピロートーク(誤)
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象の肉を食い千切って『摂食吸収』してから、例の謎バッグの中に収納。
こんな大きなものまで収納できるなんて。収納の限界が未だに見えないあたりこのバッグホントヤバいわ。
しかも、どうやらある程度の物品保存効果もあるらしく、中に入れたものは劣化したり腐りにくくなるみたいだ。
半月前に仕留めた鳥型異獣の肉なんかもまだ全然腐ってないし、便利すぎて不安になってくるレベル。
そのおかげで、とりあえず食料の心配はしなくていい。
保存していた量の少ない水のほうが心配だけれど、途中で給水できそうな湖があるらしいのでそこまで辿り着けばひとまずは大丈夫のはずだ。
異獣を倒して、ようやく寝床につくことができた。
見張りはツヴォルフに任せて、さっさと寝てしまおう。
今日はホント息つく暇もない日だったなー……。
「うぅ……」
布団をかぶっていざ就寝、というところでなにか呻くような声が聞こえてきた。
なにかと思って辺りを見回すと、金髪少年が身体を丸めながら震えているのが見えた。
……? 寒いのかしら。それとも風邪でもひいた?
いや、ステータスを確認してみたけれど健康状態に問題は無さそうだ。
「……こわい……」
ボソッと小さな声で、聞き取りづらいけれど確かにそう聞こえた。
怖い? なにが? って思いそうになったけれど、よくよく考えたら怖いものだらけだったわ。
これまでなにも考えずに指示に従って生きていればよかったのに、急にこんな危険地帯を歩くハメになったり。
慣れない環境で、それでもなんとか眠りについたと思ったらあんなバケモノが襲いかかってきたり。
……うん、恐怖に震えるのも無理ないわ。むしろ泣き出したりしないだけ頑張ってるわこの子。
でも人が眠ろうとしてる時に隣でボソボソ喚かれるのは正直いただけない。No.77じゃあるまいし。
……仕方ないなーもう。
金髪少年の傍まで近付いて、座り込んだ。
その音に反応してか、金髪少年が布団を勢いよくまくって跳び起き、こちらを見た。
すっかり怯え切ってるって感じね。まるでお化けでも怖がってるみたいでちょっと微笑ましくも見える。
「っ………なに?」
「眠れないの?」
急に跳び起きたところを見られて、バツが悪そうにこちらに問いかけてきた。
施設にいたころはなにがあっても無表情で、もしかしたらこの子に感情なんかないんじゃないかって思ってたけれど、こうしてみると結構表情豊かなのね。
「……うん。今まであんなふうに、危険なことをしたことなかったから」
「あの象みたいな異獣、大きかったからね。振り落とされてから踏まれやしないかって、見ててヒヤヒヤしたわよ」
「異獣も怖かったけれど……ギフトって、あんな使いかたもできるんだって気付いた時に、なんだかすごく怖くなった」
「どういう意味?」
「これまで、皆がシャワーを浴びたりするために『温度操作』を使ってお湯を沸かしたりしてたけど、これを生き物に使ったらどうなるかなんて、考えたこともなかった」
「で、実際使ってみたらあのデカブツもあっさり仕留められて、それを見て思わずビビったってところかしら?」
「そう、かも……」
俯きながら、自分の掌をまじまじと見つめている。
これまで湯沸かしくらいしかしていなかったその手に、あれだけ大きな生き物を殺すっていう強烈な体験がまだ残ってるみたいね。
トラウマになったりしないか心配だけど、励まそうにも上手く言葉が出てこない。
どうしたもんかしら。このまま次の日になってもズルズル引き摺るようなことになったら面倒なんだけど。
あ、そうだ。……ちょっとからかってみよう。
「手に感触が残ってるの?」
「……うん」
「そう。やわらかかった?」
「え? ……違う、そっちじゃない」
自分の胸を揉む仕草をしながら、わざとふざけてみた。反省はしていない。
それに対して呆れたように目を細めながら、掌を降ろしている。
……雰囲気を和ませようとジョークを言ったら、かえって気まずくなっちゃったわね。ちょっとくらい照れたりとかしてもいいのに、可愛げないわー。
でも身体の震えは止まったみたいだし、結果オーライ。
「今日は、今まで感じたことのないことがいっぱいだった」
「そう」
「『外』をずっと歩き続けて疲れたし、異獣に襲われて怖かった。……生き物を、死なせてしまうのも、なんだか気分が悪かった」
「そうね」
「君は、いつもこんな生活をしていたの? 怖くて痛くて疲れて、色んなことを感じ続けなくちゃいけないのは、つらくないの?」
「ええ、もちろんつらいし大変よ。楽に生きられるならそれに越したことは無いし、つらいことは誰だって避けたいわよ」
「なら、どうして……?」
……少し、意地の悪いことを言わなくてはいけない。
ずっとあそこで暮らしていたこの子には、嫌な言葉かもしれないけれど。
「楽を続けた結果が、パイシーズの末路よ」
「……え」
「今を穏やかに生きることだけを考えて、争うことを忘れて抗う力を失ったのがアンタのいたコミュニティなのよ。もしも外敵に対抗する手段をもっと揃えていれば、結果は違ったかもしれない」
「それは……」
「もちろん、それは悪いことじゃない。でも、弱い者が強い者に搾取される今の御時世じゃ、致命的な弱みになるの。事実、襲撃者たちやスコーピオスっていう連中が襲いかかってきたら、ロクに抵抗できなかったでしょ?」
「……うん」
「だから、強くならなきゃいけない。楽な道じゃないけれど、いざという時に自分の身を守れるのは自分だけなんだから」
そう言うと、またなにかを考え込むように俯いてしまった。
……ちょっと説教臭かったかなー。別にそんな難しい話をしてるわけじゃないのに。
弱ければ蹂躙されて、強けりゃ戦える。だから強くなりましょうってだけの話なんだけど。
なんだかまた雰囲気が重くなってきたので、話題を変えよう。
さっきステータスを見た時に、そういえば聞き忘れていたことがあった。
「そういえばさ、アンタ『名無し』って表示されてたけど、名前がないの?」
「うん。……コミュニティから出る時にそう言ったけど、覚えてない?」
「あの時はゴタゴタしてたから頭に入らなかったのよ。……施設でも、名前を付けられたりしなかったの?」
「所長が、『名前っていうのは一生付き合っていくものだから、簡単に決めるべきじゃない。自分で納得できるような、素敵な名前を付けましょう』って言って、それ以来ずっと考えてる」
「そんな悩むようなことでもないでしょうに。その気になれば、名前なんていつでも変えられるのよ? 私やツヴォルフもそうだったし」
手の甲にある『No.67-J』の番号を見せながら、手をプラプラと振る。
この振られた番号も特殊な溶剤がなけりゃ消えないって話だけど、ステータスの名前は簡単に変えられたしね。
「とりあえず、間に合わせでもなんでもいいから便宜上の名前くらいは決めておきなさい。でないと不便ったらありゃしないわ」
「……名前、どうやって決めればいいのか、分からない」
「テキトーでいいのよ。私なんかロクナナの頭文字をとってロナよ? ま、この番号で呼ばれなきゃなんでもよかったんだけどね」
「僕は、元の番号なんてないけど」
「それが普通なのよ。あくまで仮の名前だから、後で気に入った名前を思いついたら自分で付け直せばいいでしょ」
「……ロナも、自分で決めたの?」
おっと、ここで初めて私の名前を読んだわね。
……この子の反応に一喜一憂してるのに、自分でも驚きだわ。
「付けたのはツヴォルフよ。私が付けようとするとロクな名前にならないし。げろしゃぶとかゴンザレスとか」
「なにそれ」
「私が聞きたいわよ。ネーミングセンスが最悪だから、自分で決められないならツヴォルフにでも付けてもらいなさい」
「……僕は……」
突き放すようにそう告げると、か細い声で少年が言葉を続けた。
「僕は、ロナに名付けてもらいたいって、思ってる」
「……はぁ? アンタ、さっきの話聞いてなかったの? 私の思いつく名前なんか、最悪なのばっかりなのよ?」
「それでも、君がいい。自分でもなんでそう思ったのか、よく分からないけれど」
う、うーん。これはちょっと想定外。
あらかじめ名付けるのが苦手ってことを言っておけばこうならないだろうって思ったのに、どうしてこうなった。
『腕の人』のノイズを押しのけて、まとも名前を考えてあげないと。
……ああもう、やっぱ変な名前のノイズが邪魔してロクな名前が思いつかねぇ!
なんだ『ポンポコピー』って! 腕の人のネーミングセンス最悪とかそういう問題じゃなくて、ネタに走りまくってるでしょ絶対!
お読みいただきありがとうございます。




