湯沸かし
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金髪少年を抱えて、象型異獣の突進を避ける。
膂力強化・速度特化を使って辛うじて回避したけど、思うように動けない。
金髪少年を庇いながらじゃ、やっぱ厳しいわね。
「ツヴォルフ! この子を預かってて!」
「お、おう! ……って危ねぇぞ!」
『ヴァオッ!!』
「うわっと!?」
ツヴォルフに少年を預けようと視線を逸らしたところを、象が鼻を鞭のように振り回して襲いかかってきた。
その鼻、そんな使いかたもできるの!? なんか暢気に水浴びする時にでも使ってるようなイメージだったんだけれど、殺意満点の振り回しっぷりだなオイ!
「迂闊に近づいたら殺られちまう! なんとか距離をとれ!」
「そうは言っても、コイツ図体の割に速いのよ! ……ああもう!」
鈍そうな見た目の割に、その動きは機敏だ。
その重量を活かした質量攻撃に、素早さと鋭さを兼ねた鼻による攻撃を織り交ぜて、殺傷力が高く隙の少ない攻撃を絶え間なく繰り出してくる。
両手が使えないんじゃ、戦う以前の問題だ。
なんとか四肢を自由に動かせる状態にしないと。
「背中に乗りなさい! 手が塞がってると戦えないわ!」
「背中……?」
「自分でしがみ付けってことよ! しっかり掴まってなさい!」
「う、うん……」
象の攻撃を避けながら、なんとか抱えてる状態から背負う形に切り替えた。
これなら比較的動きやすいし、両手も使える。
ちょっと頼りない握力ながら、しっかりしがみ付いてるし多分大丈夫だろう。
…………掴んでるところが非常によろしくないけど。やわらかいか? 大サービスだぞ。
『ヴァォオオッ!!』
「さっきからうるっさいのよ! 黙ってろ!」
『ヴァギィッ……!』
鞭のように振るう鼻を膂力強化した腕で弾いて、広い眉間に向かって思いっきり拳を突き出した。
しかし、多少怯んだくらいでまるでこたえた様子がない。
強化してあるから膂力はこっちのほうが上なのに、効いていない……? 質量に差がありすぎるからか?
「なら、効くまで何発でも殴ってやればいいだけってことでしょ!」
「ロナ、やっぱ無理だ! 隙を見てなんとか逃げるぞ!」
「今更なに言ってるの! こいつのステータス見たんでしょ!? どこへ逃げたってどこまでも追いかけてくるわよ!」
「バカ! その象の前に、自分のステータスを見ろってんだ!」
え、私のステータス? なんか状態異常にでもかかってたっけ?
ちょい確認。……げっ。
ロナ
ランク■
状態:正常
【スペック】
H(ヘルス) :478/556
M(マジカ) :21/471
S(スタミナ) :312/422
PHY(膂力) :636
SPE(特殊能力):677
FIT(適合率) :■■%
【ギフト】
摂食吸収Lv1 逶エ謗・謫堺スLv■ 膂力強化Lv3 火炎放射Lv2 磁力付与Lv2
ギフトの使い過ぎでマジカが尽きかかってる。
しまった、No.4と同じ失敗をしてるじゃないの。バカか私は。
……襲撃者たちや異獣と連戦したうえに全然眠ってないから、マジカ切れになるのは当たり前か。
うん、ギフトが使えない状態でこのデカブツを相手するのは無理だわ。
ツヴォルフの言う通り、なんとか逃げる隙を作り出して―――
『ヴァォァアッ!!』
「ぐっ……あっ!?」
「っ!?」
あれこれと考えているところに、一際強く素早い鼻による一撃。
辛うじて防いだけれど、その衝撃で少年が上に向かって吹っ飛ばされてしまった。
しまった、咄嗟に防ぐことに夢中で、あの子のことにまで頭が回ってなかった……!
地面に落下する前に受け止めないと………って、ちょ、ちょっと……!?
『ヴォォウ……?』
「あぅっ……」
少年が落ちた先は、象の頭の上だった。
……落下死を免れたことを喜ぶべきなのか、それとも考え得る限り最悪のところに着地したことを嘆くべきなのか。どうしてこうなった。
象も急に少年が消えたことに困惑した様子で辺りを見回している。アンタの頭の上だっての。
「ど、どうしようかしら……。あのままじゃ振り落とされそうなんだけれど、なんだってあんな最悪なところに……!」
「! ……いや、むしろ最高のポジションだ」
象の上にちょこんと乗ってしまった少年を狼狽しながら眺めていると、ツヴォルフがなにかを閃いたように笑みを浮かべた。
え、なにする気? まさかあの子を囮にして逃げるとか言わないわよね? 殺すぞコラ。
「おーい! えーと、少年! 象の頭の中を沸かせっ!!」
「頭の中を、……なに?」
「施設で湯沸かししてたろ! それと同じように、いやむしろ遠慮せず思いっきり温度を上げて、そいつの脳みそを沸騰させてやりなぁ!!」
ゆ、湯沸かし? 脳みそを、沸騰?
なにを言ってるの?
「……分かった」
小さな声で少年が了解すると、象の頭に両手を当てて呟いた。
「『温度操作』」
『ヴォッ!? ヴォ、ヴォッ、ヴォヴォヴォヴォオオオオオオァアアアアアアアッッ!!?』
すると、象がトチ狂ったように叫びながら暴れ出した。
目や鼻、口、耳からも赤白い泡が湧き出てきて止まらない。
振り落とされそうになっているけれど、ギリギリのところでしがみ付いて持ちこたえている。
え、あれ、なにしてるの……?
「うーわ、オレが言い出したこととはいえ、えげつねぇなぁ……」
「ど、どうなってるの……?」
「アイツにはギフトが二つあるんだよ。一つがパイシーズから脱出する時に見せた『幻惑操作』で、今使ってるのが物体や空気の温度を意のままに操れるギフト、『温度操作』だ」
『温度操作』って、字面だけだとなんかショボそうなんだけど、象のHが急激に減っていってる。
外皮は丈夫でも、脳を直接熱されれば効果抜群ってわけか。……確かに、えげつないわね。
「あの象、相当タフなはずのに効いてるわね。私が思いっきり殴ってもこたえなかったのに……」
「……アイツの特殊能力の出力を見れば、納得だろうよ」
そういえば、あの子のステータスを確認してなかったわね。
ちょっと覗いてみましょうか。
『名無し』
ランク6
状態:正常
【スペック】
H(ヘルス) :238/238
M(マジカ) :1412/1574
S(スタミナ) :87/98
PHY(膂力) :102
SPE(特殊能力):2141
FIT(適合率) :57%
【ギフト】
温度操作Lv8 幻惑操作Lv7
「ぶっ……!?」
「スゲー尖がったステータスだよな。いったいどんな環境で育ったらあんな不自然な数値になるのやら……」
膂力はツヴォルフと大差ないくらいだけれど、マジカと特殊能力の数値が桁違いに高い。
さらにギフトのレベルも、これまでに見たことがないほどに高い。Lv8って、いったいどれだけ訓練を積めばこんなレベルになるのかしら……?
『ヴァゴォォオオオ……!! ガッ、カッカカカ、カカ、カ………ァ……』
苦しそうに擦れた声を漏らしながら地面に倒れ、口から大量に血の混じった泡を噴き出しながら、息絶えた。
その上で、少年がどうしたらいいのか分からない、といった様子で座り込んでいる。
……幻影が使える以外は足手纏いかと思ったけれど、完全に想定外だわ。
この子、ツボにハマれば私よりもずっと火力があるじゃないの。
象の上で未だにボーっとしている少年の頭を、ツヴォルフがクシャクシャと乱暴に撫でた。
「よくやった。なかなか根性あるじゃねぇか」
「……怖かった」
「にしちゃあケロッとしてるじゃねぇか。将来大物になりそうだなこりゃ」
笑いながら話している姿は、まるで兄か父親のように見える。少なくとも私よりは親っぽい。
ツヴォルフも戦闘面じゃまるで役に立たないけど、要所要所での判断や指示は的確よね。
さーて、仕留めた象も『摂食吸収』しておきますかね。
ぐぎぎぎぎ、かったい。これまでで一番皮が厚くて硬いわコイツ。
なんの、口を瞬間的に膂力強化して食い千切ってやる。
で、その様子をツヴォルフと少年がちょっと引いたように見ている。
……急に生肉を食べ始めたらそりゃそういう反応になるか。でも必要なことなのよホントに。
うわ、まっず。やっぱ調理しないと食べられたもんじゃないわね……。
お読みいただきありがとうございます。




