姉かオカンか
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襲撃を受けたコミュニティ『パイシーズ』から脱出して、およそ3時間が経過した。
もうパイシーズは見えない。それほど遠くまで来てしまった。
……覚悟はしていたけれど、いざ離れてみると未練がましくあの街での生活を思い出してしまう。
毎日異獣を捕まえて帰ってきて、それを褒めてくれる職員たちの言葉が、嬉しかった。顔には出さないようにしていたけれど、自分の働きを認めてもらえるのが本当に嬉しかった。
危険な仕事をして戻ってくる私を心配したり、怪我をした時に泣きそうな顔で怒る所長のことを、少し鬱陶しいと思いつつも好きだった。……いや、人間的にね? 何度も繰り返すが私にそっちの趣味は無い。
稼いだお金で食べ歩いたり、あのドラ猫兄弟にマッサージしてもらっている間は、至福の時だった。
今は、そのどれも失ってしまった。
取り戻すには、大きな力がいる。
……力を得るためにも、まずは目的地へ急ぐとしよう。
さらに数時間ほど歩き続けて、辺りが薄暗くなってきたところでなんとか身を隠せそうな岩場を発見した。
今日はここで野宿か。……これじゃ廃墟で一泊してた時のほうがまだマシね。
「やれやれ、まさかまた『外』で野宿することになるたぁな。つくづく運が悪いっつーか」
「無駄口叩いてないで野営の準備をしなさい。アンタもそのへんから枯れた草とか木とか集めて。焚火の薪にするから」
「うん」
今更になってぶつくさ言ってるツヴォルフを睨みつつ、金髪少年に指示を出す。
短く返事をして、火種になりそうな草を毟ったりそのへんの枯れ木から枝を折ったりしてモクモクと作業を進めている。
この子、幼いわりに私とツヴォルフについていけるくらいの体力はあるのよね。ちょっとビックリだわ。
集めた薪に火を点け、焚き火を囲む。
そこに野菜クズや鳥型異獣の骨と肉に塩を加えて、簡単なスープを作った。
ちょっと味見……うん、骨から出汁が出ているのか鳥ガラっぽい味がしてなかなか美味しい。……鳥ガラってのがそもそもなんなのか知らないけど。腕の人の謎知識よ。
「いただきます」
「おう、いただきます」
「……いただき、ます?」
私とツヴォルフの合掌を見て、少し困惑したように金髪少年が言葉を繰り返した。
不思議そうにこちらを見つめる少年に、語りかけた。
「食べる前の、挨拶みたいなものよ。私が勝手に言ってるだけだけどね」
「……ちなみに、すっぽかしてそのまま食おうとするとチョップが飛んでくるから、コイツと飯食う時は忘れねぇようにな」
「……うん」
食べ物をいただく時には感謝を籠めて食べないとね。……こんなことを思うようになったのも、例の腕を食べてからなんだけれども。
あのコミュニティでも基本的に自炊しながら生活していたおかげで、料理するのにも大分慣れてきたわね。
食べ始めると、ツヴォルフがうめぇうめぇ! とか言いながらすごい勢いでガツガツと食いまくっていた。いい歳してはしゃぎすぎでしょ。
「うっま! いや、マジでうまいんだが! 下手すりゃ施設で食ってた飯より美味くねぇかコレ?」
「そりゃどうも。お世辞でも嬉しいわ」
「これ、なに……?」
スプーンにスープの具を乗せながらガン見している金髪少年。
嫌がっているわけじゃなさそうだけど、不思議そうに首を傾げている。
「鳥型異獣のお肉よ」
「お肉? ……肉って、食べられるの?」
「当たり前でしょ。……え、アンタまさか肉を食べたことないの?」
「うん。パンとか野菜とかなら食べたことあるけど、施設でお肉を食べてる人を見たことない」
「あー、あの施設、野菜とか果物とか穀物とか植物系の食料栽培はしてたけど、食肉の供給はほとんどなかったからなぁ」
そういえば、初日に出された食事も野菜中心で動物性たんぱく質は皆無だったわね。
異獣を狩れればその肉を食べられるんでしょうけど、安定供給なんかできっこないから無理もないか。
「成長期には欠かせない貴重なたんぱく源よ。もしもまずいと感じても、我慢して食べなさい」
「……分かった」
私はお肉は大丈夫、というかむしろ大好物だけど、この子にとっては食べ慣れないものだから拒否反応を起こすかもしれない。
アレルギーとかなら無理に食べさせるのはまずいけど、どうかな。
お肉の乗ったスプーンを口に運んで、ゆっくりと咀嚼し始めた。
数回嚙んだところで、無表情だった顔がわずかに目を見開いたのが分かった。
「……! おい、しい」
「初体験のお肉の味は、お気に召したようね」
「……お前、その言いかたはちょっと教育上よくねぇんじゃねぇか……」
なに言ってるのかしらこのムッツリ茶髪は。別に卑猥なこと言ったわけじゃないでしょうに。
一口食べてからは匙が止まらないといった様子で、次々と口に運んでいっている。
見ているだけでこっちも食欲が刺激されてくるくらいだ。私もさっさと食べよう。
「……食べ終わった」
「早いわね。もっとよく味わって食べればいいのに」
空になった器を、どこか物足りなさそうに見る少年。
見た目十歳くらいだし、食べ盛りなのにスープ一杯じゃちょっと少ないか。
「まだ残ってるけど、おかわりする?」
「おかわり、ってなに?」
「もう一杯食べる、っていうことよ。どうする?」
「食う! おかわりする!」
「うっさい。アンタじゃなくてこの子に聞いてるのよ」
「したほうが、いいの?」
「それを決めるのはアンタよ、強制はしないわ。食べたくなかったら無理に食べなくていいし、食べたいんだったら遠慮せず食べなさい。アンタの自由よ」
「僕の、自由……」
空になった器を見ながら神妙な表情で私の言葉を反芻している。
……いや、単におかわりするかしないかって聞いてるだけなのに、そんな深刻そうに悩まなくても。
「……おかわり、する」
「そう。……ほら」
「……ん」
「オレのも頼む」
「アンタは自分で盛りつけなさい」
おかわりをよそって手渡すと、一杯目より少しゆっくりと食べ進めている。
ちょっと表情と自主性に乏しいけど、促してやれば自分でものを選ぶくらいはできるみたいね。
……あとツヴォルフ、アンタ肉取りすぎ! 私の分がなくなるでしょーが!
「ごちそうさまでした」
「おう、ごちそうさん」
「……ごちそうさま、でした?」
たどたどしく食後の合掌をする少年。
……なんだかちょっと可愛く見えてきたわ。小動物でも眺めてる気分ね。
あとはシャワーでも浴びてからひと眠りしたいところだけど、そんなものは無い。
身体を濡れタオルで拭くくらいしかできそうにないわね。
……前まではこれで充分だったのに、人間って一度便利なものが当たり前になると、それを失くした時にすっごい不便に感じるものなのねー……。
「それじゃあ、身体を拭いてからさっさと寝るわよ。明日も早いんだし……ちょっとなにしてるの?」
とか言ってるうちに、少年が服を脱ぎ始めた。
待て待て、なにやってるの。ホントになにやってるの。
「寝る前に身体を洗うから、脱いでる」
「……なら私に見えないところで脱ぎなさい」
「うん」
……こういうところで無知というか羞恥心に欠けているというか。
なんだか手のかかる弟でもできた気分だわ。……はぁ。
お読みいただきありがとうございます。




