ギフト
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三日目は『適合試験』の日。
いったいなんの試験なのかというと、配られたプリント用紙によると【ギフト】と呼ばれるものに対する適性を調べる試験らしい。
【ギフト】とは、異獣と呼ばれる化け物が扱う超常的な能力のことだ。
例えば火を吐いたり雷を操ったりする派手なものから、膂力を強化したり回復力を高めたりするものまで様々。
その能力は本来異獣にしか扱えないものだけど、この施設ではギフトを他の生物に扱えるようにできないか、研究を進めているんだとか。
始めはその化け物たちを手懐けて生物兵器として扱おうとしていたみたいだけど、凶暴すぎて上手くいかなかったらしい。
一体確保するのに軽く何人か死んで、その後の飼育管理ですら犠牲者が出ているとか。
次は比較的制御しやすい『動物』にその能力を移植しようとしたらしいけど、失敗した。
うまく適合しなかったり、拒絶反応が出て負荷に耐え切れず死んだり、適合はしたけど大幅に能力が劣化してしまううえに凶暴化して制御できなくなってしまったり。
近代兵器の弾薬や資源はもう底が見えている状態で、ギフトの実用化は急務だ。
度重なる失敗とバケモノへの早急な対抗手段の開発を迫られて、焦った上層部が次に目を付けたのが『人間』だった。
人間は弱い。膂力もサイズもまるで化け物には及ばない。
でも『知能』だけはずば抜けて高い。だからこそこれまで化け物たちを抑え込んで生きてこられたんだ。
その知能と化け物の持つ能力をかけ合わせれば、たとえ劣化していようとも大きな成果を上げられると期待しての計画だったとか。
事実、その成果は確実に出始めている。
異獣の生きた細胞を人体に取り込んでその力を徐々に適合させていき、自分の力として扱えるようにしていく仕組みらしい。
異獣の力を取り込めるかどうかは、『適合率』によって決まる。
適合率が高ければ高いほど、安定して能力を扱えるしその出力も高い。
適合率が低ければ化け物の力を上手く扱えないし、化け物の細胞に侵されて発狂したり最悪死んでしまうこともある。
常人の適合率は大体1~3%程度らしい。とても実戦で使用できる数値じゃない。
だけど、稀に高い適合率を秘めた人間がいることもある。
適合率が高ければ『外』の異獣たちほどではないにせよ、高い戦闘力を身に宿すことが可能だ。
この施設の研究により、すでに実戦投入が可能なほど高い適合率でギフトを扱える者たちもいるらしい。
その名は『ギフト・ソルジャー』。このコミュニティの最後の希望だ。名前はダサいけど。
ギフト・ソルジャーたちの適合率ははずば抜けて高く、最低でも20%近い。
神に選ばれた、才能の塊みたいな連中だ。
さらに異獣の力を追加で取り込めば、もっと適合率が上がる可能性もあるらしい。
もしも私の適合率が高ければ、その末席に加わることも不可能じゃない。
逆に言えば、適合率が低ければ終わりだ。
身体試験も知能試験もおそらく不合格の私には、この試験が最後の望みなのだから。
適合試験は異獣の血液を身体に取り込んで、その反応を見ることで適合率を測るらしい。
血液を注射器で注入したら、今日は一日なにもせずに休むだけ。
昨日と一昨日に比べて楽な試験なのが、逆に不穏だった。
「うぅ……注射怖いぃ……」
ピンク色の髪を揺らしながら、No.77がまた泣き言を漏らしている。
この子、泣いてばかりだな。……どうでもいいけど。
異獣の血液を投与してから仮に適合したとしても、ギフトが発現するまでどんな能力を得られるのかは予想できない。
たとえば炎を操る異獣の血液を投与したとしても、雷を操ったり毒を操ったりする能力が発現することもあり得る。要するに同じ能力を得られるとは限らないというわけだ。
この試験は内容自体は注射を受けるだけでとても楽だけど、他の試験に比べてリスクが高い。
事前の説明で分かっていたつもりだったけれど、それを強く実感したのは目の前の光景を見てしまった時だった。
「ぎぃぃい……!? ぎゃ、がぁあああああっ!! いだいいだいいだいぃぃいいいっ!! いああああ゛あ゛あ゛っっ!!!」
「え……!?」
私の前で注射を受けた男が、急に叫んで暴れ出した。
物凄く苦しそうに顔を歪めて、ゴロゴロと地面に身体を転がしている。
「……ああ、彼は駄目ですね。拒絶反応が出てしまいました」
「拒、絶……?」
「はい。人によっては異獣の力に耐えきれず身体が破壊されてしまったり、精神に異常をきたして発狂してしまうケースがあるのです。彼は前者で、もうすぐ死にますね」
「いだあがかかいだいいだいいだいあががががいだああかかあああ、かっ、あ、あ、あぁ、……ぁ……」
全身を掻き毟りながら、顔中の穴という穴から血を噴き出した後に、男は動かなくなった。
これが、拒絶反応……!?
「あひ、あひひひ、ひひひっひひひひははは……!!」
「うっ……!?」
隣の列で注射を受けた女が、甲高い不気味な笑い声を上げながら白目を剥いている。
下半身から水を漏らして、床に色のついた水たまりを作っていく。
「あーあ。彼女は後者のようで、最早自分のことすら分からなくなってしまったのでしょうね。これ以上床を汚されても困りますし、早急に処分を」
「あひゃはあひふほほふっふふふ ア゛ッ……!」
注射を打っている職員の隣にいた屈強そうな男が、狂ってしまった女の首を絞め上げ、へし折った。
数回大きく痙攣した後に、狂った女も物言わぬ肉塊へと変わってしまった。
目の前で二人も人間が壊れ、死んだにもかかわらず淡々と言葉を発する職員の目は、冷静で、冷徹だった。
多分、『人が死んだ』んじゃなくて『ゴミが二つ増えた』くらいにしか思っていないんだ。
「はい、次はあなたですよ。早く腕を出して」
「ひっ……!」
冗談じゃない。
もしも拒絶反応が出たら、私もあんなふうに狂い死ぬんだぞ……!?
嫌だ、絶対に嫌だ……!!
「拒否すれば、反抗とみなして処分します」
「なっ……」
「まだ生き残る見込みがある注射を受けるか、処分されて確実に死ぬか、どうしますか?」
……っ!
クソ、クソ! クソッタレが! この試験もこの職員も、こんなものを受けなきゃ生きられない私も、皆クソだ!
受けるよ、受ければいいんだろ……!
諦めて、腕を差し出した。
本当は絶対に御免だけど、まだこっちのほうが生き残る望みがあるから。
「はい、お利口様。では少しチクっとしますからね。刺した後をしばらく押さえながら待っていてください」
「くっ……」
「腕が細いですねぇ。全身骨と皮みたいなものじゃないですか」
ほっとけ。こっちはアンタらみたいに毎日食事にありつけるわけじゃないんだよ。
針が刺さった時に、その痛みが全身に広がっていくんじゃないかって内心すごく怖かったけれど、しばらく経っても特に痛みもなく、頭が変になったりもしなかった。
……よ、よかった。なんとか生き延びた……。
「うぅ、うええぇ……!」
「No.77、泣くのを止めなさい。あなたの声がこれからの説明の妨げになりますので。泣き止まなければ、強制的に黙らせますよ」
「ひっ、ご、ご、ごめん、なさ、いっ……ぎ、ぐぅっ……うぅっ……!」
注射を終えたNo.77が、恐怖からか、生き延びた安心感からかまた泣き出してしまい、うるさそうにしながら職員が警告を放つ。
それに慌てて、声が漏れないように無理やり口を手で塞いで必死に泣き止もうとしている。
まだ嗚咽が止まらないみたいだけど、辛うじて声は抑えられたみたいだ。
あんな怖い目に遭わされた小さな子供が、泣くことすら許されないのか。
……夜中に泣いてたことに文句言ってた私が言えた義理じゃないかもしれないけど。
「さて、全員接種は終わりましたね。では、これから24時間ほど経った際に経過を観察し、その結果によって今後の予定が決まりますので、各々の生活スペースに戻ってください」
「24時間が経過した時点で【ギフト】と【アナライズ】が発現する予定です。詳しくは配られたプリントを熟読しておいてください」
そう言って、注射を打っていた職員たちはすぐにどこかへ行ってしまった。
試験を乗り越えられなかった人たちの死体が運ばれていくのを、ゴミを見るような目で見つめながら。
拒絶反応が出て死んだのは、10人。発狂したのは13人。
今のところ残っているのは、50人強だけ。最初の数の半分程度だ。
ここまで残っているのは運がいいのか悪いのか、もう自分でも分からない。
なんにせよ、私は生き延びた。……後は、適合率が高いことを祈るのみだ。
施設に入ってから初めての長い休憩時間。
自由に過ごすことのできる時間だけど、ほとんどの人の表情は暗い。
一人で座り込んで自分になにかを言い聞かせるようにブツブツ呟いている人や、寝具に寝転んでいる人。
あるいは自棄になったように馬鹿笑いしながら談笑を楽しんでいる人たちもいた。
「もしもこの試験でいい成績だったのなら、もっといい待遇が待ってるんだってな」
「そうなったら、とりあえずたらふくメシが食いてぇや」
「オレぁ酒が飲みてぇなぁ。最後に飲んだのはいつだったかな……」
「だがまずは、あのジヴィナとかいうオバハンに『よっ、職務ご苦労さん』とでも言ってやりてぇな。見下したような目でこっちを見やがって」
「ま、成績悪かったら全部無理なんだけどな」
「だはははっ! それは言わねぇ約束だろ!」
……無理して笑っているようにも見えるけど、鬱々とした空気の中でもあの人たちだけは明るく振る舞っている。
あれは、私からしてみれば充分すごいことだ。絶望しないで笑えるというのが、今の状況でどれだけ厳しいことなのか分かるから。
「え、えっと、あの……」
……そして、私に話しかけてくるのもいた。
No.77がなにか言いたそうにモゴモゴと口籠っている。
……鬱陶しい。
「そんな小さな声で言われてもよく聞こえないわよ。言いたいことがあるならはっきり言いなさい」
「あ、あぅ……ごめん、なさい」
「……はぁ」
我ながら素っ気ない応対の仕方だと思うけど、こっちも余裕がないから他人のことなんか気にしてられない。
もしも、適合率が低くて『最終試験』を受けることになったら……いったい、なにが待っているのか。
「あ、あの、お姉さん、昨日は、そ、その……ありがとう……」
「言いたいことはそれだけ?」
「え……? え、えっと……」
「なら話は終わりよ。あんまり昨日のことを話して、食料をアンタに渡したことを勘付かれでもしたら面倒よ。私に話しかけるのは控えて」
「で、でも、わたし、お姉さんに……」
「私はアンタの姉でもなんでもない。昨日のはアンタがうるさくて眠れなかったからあげただけよ。いいからこれ以上かまわないで」
「……は、い……」
……顔を伏せて物悲しそうに離れていくのを見ると、少し悪いことをしたような気になってくる。
でも、私はもう他人に深く関わる気はない。これまで信じようとした相手は皆、裏切るか、すぐ死んでしまう人ばかりだったから。
……もう、誰かに騙されるのも、死なれるのも御免だ。
~~~~~No.89視点~~~~~
受かった、オレは受かったんだ!
他のゴミどもとオレは違うってことが、認められたんだ!
腕っぷしには自信がある。
試験だって、他の連中と比べても頭一つ抜けて好成績を上げた。
施設の外でもチンピラどもを腕ずくでまとめ上げてきたんだ。
ここでも誰も逆らえねぇように、成り上がってやるぜ。
もう誰にもオレに対してデケェ面はさせねぇ。
誰が一番強くて偉いのかってことを、これから分からせてやらねぇとな。
「どけ」
「おわっ!?」
これからの輝かしい未来を夢想していると、誰かに身体を押された。
そのせいで危うく壁に顔をぶつけるところだった。
「なにしやがる! 人のこといきなり突き飛ばすたぁどういう了見だ!」
「デカい図体して通路で立ち止まるな。邪魔だ」
オレを突き飛ばしたのは、全身に妙な服……服? を身に着けた野郎だった。
その胸には『No.20』と書かれている。
さっきまで一緒に試験を受けていたNo.20とは別人みてぇだが、そんなことはどうでもいい。
オレを見下したように、いやゴミでも見るかのような目で見やがって!
ちっと痛い目見せてやろうか!
「くたばれぇっ!!」
怒りのままに、クソ野郎に殴りかかった。
これまでオレを舐めた野郎は、この拳一発で顔面を潰してやってきた。
上司だろうが職員だろうが関係ねぇ! 死ね!
「遅い」
「……は?」
思わず、間の抜けた声を漏らしちまった。
信じられねぇ。当たれば必ずブチ殺すオレの拳を、容易く掌で受け止めやがった。
「短気で軽率に問題行動を起こす傾向ありか。おまけに取り柄の膂力もこの程度とは。……要らんな、お前は」
「ぐげぇっ!?」
いつの間にか、首を掴まれていた。
ど、どうやって、いつの間に掴みやがったんだ……!?
「末席とはいえ、これでも『ギフト・ソルジャー』でな、出来損ないのお前たちとはモノが違うんだ。この程度ならギフトを使う必要もない。……じゃあな」
そう告げられた後に、首の内側からなにかが折れる音が聞こえて、オレ、は――――――
――――――。
お読みいただきありがとうございます。
『ギフト・ソルジャー』は異獣の力に上手く適合した人材で構成されていて、『ギフト』と呼ばれる特殊能力と、人並外れた身体能力を有しています。
一番弱いNo.20でも、常人の2~3倍くらいの膂力を発揮できます。
ちなみにNo.1はさらにその倍以上の膂力を誇り、ギフトも強力な能力を使用可能だったり。




