悔しさをバネに
新規のブックマーク、ありがとうございます。
お読みくださっている方々に感謝します。
「『幻惑操作』」
金髪少年が呟くと、私たちの周りに濃い霧が立ち込めた。
霧というか、煙だ。1m先もよく見えないくらい、濃い煙。
見てるだけで思わず咽そうになるけど、不思議と息苦しさなんかは感じられない。
「なに、これ……?」
「この坊主のギフトだ。実体のない幻を作り出して撹乱したり、逆に実体のあるものを認識しづらくしたりできるらしい」
「……あの人から、こちらを認識しづらくした。逃げるなら、今のうちだよ」
……逃げるには便利な能力ね。
単体じゃ戦闘向けじゃないけど、仲間のサポートをする能力としてはかなり有用そうだわ。
現に、No.1はこちらを見失ったように、困惑した様子で辺りを見回している。
「こっちの能力はおまけみてぇなもんらしいが、アイツから逃げるにゃ最適かもな。じゃあさっさとトンズラするぞ!」
「ま、待って。施設に戻るならアイツを叩きのめしてからにしないと、所長たちまで巻き込んじゃうわ……」
「……施設には戻らねぇ」
「……え?」
私を背負って走り出しながら、ツヴォルフが言葉を続けた。
その顔は、苦虫を噛み潰したように、苦々しく歪んでいる。
「もうじき、ここは他のコミュニティ『スコーピオス』に襲撃される」
「なにを、言ってるの……?」
「『スコーピオス』は他のコミュニティを植民地にして暴利を貪って栄えている、最悪のコミュニティだ。戦力も物資もとんでもなくレベルが高く豊富で、ここの戦力じゃまるで抵抗できねぇ。『未来視』で視たんだ。今度はこのコミュニティが襲撃される番だってな」
コミュニティの出口に向かって、走り続けている。
なんで、それなら、なおさら所長たちを守るために戻らないと……!
「さっきの襲撃者たちに襲わせた後に疲弊したところを攻めて、一気に制圧する気なんだろうな。多分、さっきの連中はスコーピオスの奴らに半端な情報を掴まされて、先に襲撃できたとでも思い込んでたんだろ。利用されてるとも知らずにな」
「なんで、所長たちのいる施設に戻らないの……!? 私がいないと、なにもできず無抵抗で蹂躙されるだけでしょうが……!」
「お前がいても結果は変わらねぇよ。今のお前じゃまだ対抗できねぇ」
「だからって、ここの人たちを見捨てて、逃げろっていうの……!?」
私に仲間なんていない。
でも、私にとって、ここの人たちは少なくとも悪い奴なんかじゃない。
自分だけ助かるために、見捨てようとするほど薄情でもないつもりなのに……!
「私を戻しなさい! アンタだけ逃げたきゃ逃げてもいいから!」
「まだお前一人で動けねぇだろうが。なにもできねぇのに戻ったところで一緒に捕まって捕虜にされるだけだ。……それに……」
金髪少年を横目で見ながら、顔を顰めつつ吐き出すように言った。
「所長にな、この坊主とお前だけでも逃がしてくれって頼まれたんだよ」
「は……?」
「スコーピオスの支配下になったコミュニティの住民は、奴隷のような扱いを受けることになる。ましてやお前とこの坊主は強力なギフトを持ってる。捕まったりしたら、最悪洗脳されて人間兵器として運用されるかも知れねぇらしい」
「……そうなる前に、逃げろって言われた」
「『ここは私たちが時間を稼ぎます。その隙に逃げて、あなたたちだけでも、どうか幸せに生きてほしい』ってよ。……どこまで、お人よしなんだかな」
っっ……!!
ふざけんな、ふざけんな!
私たちを逃がすために、囮になったってのか!?
誰がそんなことしてほしいなんて言った! 誰が私たちだけ助かりたいなんて言ったんだ!
「あの……バカ所長っ……!!」
「悪態吐くのは勝手だが、気持ちくらいは汲んでやりな」
「なんで、なんで……クソ、クソ……!」
「言っとくが、ここで戻って捕まったりしたら所長たちの覚悟を踏みにじるようなもんだぞ。今のオレたちにできることは、逃げて、逃げて、生き延びることだ」
「うるさい! 人の気持ちも知らないで、勝手に自分たちの都合ばっかり押し付けやがって!」
苛立ちに任せて、汚い罵り言葉が口から吐き出される。
自分で言った言葉が、汚物のように感じられる。
「喚いてんじゃねぇぞクソガキが!!」
それを、ツヴォルフが一喝した。
普段の頼りなさげで無気力な顔はどこへやら、本当に怒っているのがその歪んだ表情から見てとれた。
「人の気持ちも知らないで、自分たちの都合を押し付けてるだぁ? 笑わせんな! 今のお前は、ただ自分の思い通りに事が進まないことに腹を立ててゴネてるだけのガキに過ぎねぇんだよ!!」
「……!」
「悔しかったら、いつか所長たちを助けられる策でも今から考えてろ! お前自身が強くなってもいい! 他のコミュニティに力を借りてもいい! 強力な兵器でもかっぱらってくんのもいい! なんか文句を言ってやりてぇなら、それに見合った力を準備しろってんだこのバカ!!」
「……く、う、うぅ……!!」
悔しい。情けない。歯痒い。
悔しすぎて、涙が出てきた。
私は強くなったと思ってた。思い込んでた。
ギフトに目覚めて、普通の人よりもずっとずっと強くなったって、自惚れていた。
もう自分の無力さに泣いたりすることなんかないって、根拠のない自信をもっていた。
現実はどうだ。
なにも変わっちゃいない。
多少強くなったところで、それより強い奴が出てきて、虐げられるだけ。
強さも、自由も、結局、私はなに一つ手に入れちゃいなかった。
……。
クソ。
クソ、クソ、クソ!
「キレ散らかした後は泣いてウジウジするってか? ホントガキだなテメェは――――」
「くっそがああぁぁぁぁああああああ゛あ゛あ゛あ゛っっ!!!!」
あまりの悔しさに、喉が潰れそうなくらい大声で叫んだ。
腹の底から、空気やら鬱憤やら怒りやら悔しさやら色んなものを声に乗せて、一気にまとめて吐き出してやった。
「いぃっ!?」
「っ! ……声が、大きい……」
その声を近くでモロに聞いた二人が、走りながら顔を顰めている。
急に叫んでなんのつもりだって、顔に書いてあるようだわ。
「はぁ、はぁ、はぁ…………降ろして。もう、自分で動けるから」
「お、おう? いや、お前……」
「安心しなさい、もう頭は冷えてるから。……今戻って捕まるようなバカはしないわ」
「……さっきの叫び声のせいで、気付かれてないといいけど……」
ツヴォルフの手から離れて、自分の脚で走り出した。
思いっきり叫んだだけで、驚くくらい気分がスッキリしてしまった。
……やっぱ、ウジウジするのは性に合わないわね。
「いつか、ここに戻ってくるわよ。その時に所長をとっ捕まえて、絶対に文句言ってやるんだから」
「……はっ。立ち直り早ぇなお前」
「逃げるなら、さっさと行くわよ。……ところで、どこへ行くつもりなの?」
「このコミュニティからずっと東にある、『アリエス』ってコミュニティだ。この周辺じゃ最大規模のコミュニティで、そこならスコーピオスの連中も迂闊に手が出せねぇはずだ。ちと遠いが、今のお前がいればなんとか辿り着けるだろ」
コミュニティの出口を抜けたあたりで、遠くから大型車のエンジンが鳴るような音がいくつも聞こえてきた。
……どうやら、スコーピオスってところからの襲撃者が到着したみたいね。
「見つかる前にさっさとオサラバするぞ! ついてこい!」
「うん」
「アンタが仕切るな!」
大丈夫。まだ、私は大丈夫だ。
……今の悔しさを絶対に忘れてなるものか。
必ず、ここを取り戻してみせるんだから……!
……あ、そういえば、No.77のこと忘れてた。どうしよう。
い、いつかアンタも助けるから。それまで待ってなさい。ホントに。
……多分。置いてかれたことに怒ってるでしょうねー………。
お読みいただきありがとうございます。
その後、No.77も捕まって捕虜にされてしまいますが、回復系のギフトを重宝されて比較的マシな扱いを受ける模様。少なくともクソ施設よりはずっといい生活を送れるでしょうね。




