ヒャッハー
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「はぁ……はひぃ……ひぃ……」
グッタリとした様子で、虫の息のNo.77。
顔を真っ赤にしながら汗だくで息を乱している姿は、なんだか扇情的にも見える。
単にしばらくくすぐり地獄を受けて笑い疲れただけなんだけれども、妙に色っぽい。
……いや、私にそっちの趣味は無いしロリコンでもないぞ。
「アンタ、笑えたのね。泣くかウジウジするしかできないかと思ってたわ」
「わ、笑わせ、たのは、おねえ、さん、でしょ……」
息も絶え絶えに反論する声は、ひどく弱々しく聞こえた。
ただ、その顔はいつもと違って少し明るげに見える。
そりゃあんだけ大笑いすればウジウジした気分もどっか行っちゃうか。
「で、どうだった? バカみたいに大笑いした感想は」
「……なんだかすごく、恥ずかしい……」
「泣いてるところを見られるのはいいのに、笑ってるのは恥ずかしいの?」
「泣くのは、恥ずかしいというよりも、惨めだから……」
「惨めだって思えてるだけ、アンタはまだまともね」
私が浮浪児だったころは、今日食べることに必死で恥も外聞も気にしてる余裕なんてなかった。
周りの人間がいくら罵声を浴びせようが、それに対して報復する術も勇気もなかった。
人間ってのは衣食住が足りて初めて『自分らしさ』っていうものが生まれてくるのかもしれない。
「でも、なんだか、気分がスッキリしてる……」
「あんな無茶苦茶な笑い声上げてりゃ、気分も晴れるでしょ」
「……お姉さんって、案外お茶目なんだね。あの施設で一緒だった時は、もっと不愛想に見えたのに」
「他人にかまってる余裕なんかなかったからね」
「でも、お腹を空かせてる私にご飯を分けてくれたり、……異獣に殺されそうになった時に、自分を身代わりにしてまで助けようとしたり、本当は誰よりも優しい人だって、分かってた」
「っ……あれは、アンタがうるさくて眠れなかっただけだし、庇ったのはなぜか身体が勝手に動いただけよ。勝手に人をお人よしみたいに思い込むのはやめなさい」
「……ふふっ……そうかも、ね」
おいこら、なに笑ってんだ。そんなに笑いたいならまたくすぐってやろうか。
くっそ、なんだか妙に気恥ずかしい。いつの間にか攻守逆転してないかこれ。
しばし二人並んで座りながら荒野を眺めていると、No.77がこれまでのことを語り出した。
「お姉さんがいなくなってから、施設の人たちが『No.67-Jとツヴォルフが脱走して実験資料を盗み出し、他のコミュニティへ亡命しようとしている。これまでの実験における尊い犠牲を踏みにじることすら厭わない非人道的な行為だ』って私に伝えてきたの」
「あっそ。あの連中がなにを言おうがどうでもいいわ。尊い犠牲? 非人道的? はっ、どの口が言うか」
「お姉さんたちを悪者みたいに言ってきたけど、事前にツヴォルフって人から脱走する経緯や、お姉さんが最終試験の後にどんな扱いを受けていたかを聞かされていたから、なにを言われても信じられなかった」
「あー、そういえばアンタには事情を説明してるって言ってたわね」
「それで、連れ戻すのに説得ができそうなのが少し関わりのあった私くらいしかいなかったから、ここまでNo.1さんたちと一緒に行動していたの」
ま、確かにあの施設で、っていうかあのコミュニティで私に説得ができそうなのはこの子くらいよね。
他の連中がなにを言おうが馬耳東風。聞く耳持たぬ。
「で、大して乗り気でもないのに無理やり連れてこられてこんなトコまで来たってわけね。まああの施設で逆らうわけにもいかないだろうし、無理もないか」
「……ううん、違うの」
「え?」
「命令されてここまできたんじゃなくて……私のほうから連れていってくださいってお願いしたの」
え、どういうこと?
わざわざ自分からそんなこと言う理由なんかあるの?
「私ならお姉さんを説得できるかもしれない、って頼んだら、二つ返事で了承してくれたよ」
「……なんで? ギフトが覚醒した今のアンタならもうなにもしなくてもエリートコースだったでしょうに、わざわざ危険を冒して『外』に出る必要なんてなかったでしょ?」
「そ、それは……お、お姉さんに――――」
顔を赤くしながらモゴモゴと口籠りながら呟いている途中で
ドゴォン という轟音と、地面の揺れを感じた。
「ひっ……!?」
「今のは……? ………っ!」
音がしたほうを向くと、黒煙が上がっているのが見えた。
黒煙の発生源は、……私が生活している、コミュニティ……!?
「……あれは、アンタのお仲間の仕業?」
「ち、違うと思う……。『他のコミュニティにはなるべく危害を加えず任務に当たれ』って、指示が出ていたから……」
黒煙が上がるコミュニティを見て、顔を青くしながらNo.77が答えた。……嘘は言ってないようね。
事故か、それとも襲撃か。なにがあったのかは分からないけれど、戻って確かめないと。
「コミュニティに戻るわ。ほら、きなさい」
「え? え、えっと……」
ついてくるように促すと、困惑したような表情でオロオロしている。
狼狽えてる場合じゃないでしょうに、メンドクサイなもー。
「なにボサッとしてるの! こんなとこに一人でいたら異獣に襲われるだけでしょうが! さっさときなさい!」
「は、はいぃっ! ……あ、あの、でも、No.4も放っておいたら危ないし、どうすれば……」
「ああもう、こうすりゃいいんでしょ! 早く行くわよ!」
「……あ、ガガ……あがががが……!!」
「お、お姉さん、擦れてる! 頭擦ってるよ……!?」
未だに気絶したままのNo.4の脚を掴んで、地面に引き摺りながら走り出した。
ガリガリと頭が地面に摩り下ろされていってるように見えるけど、放置しないだけ精一杯の妥協だ。これ以上コイツに気遣うつもりはない。
そのままコミュニティに向かって走り続けた。
走ってる途中で気付いたけれど、No.77も以前とは比べ物にならないほど身体能力が上がっているのが分かる。
No.4を引き摺りながらとはいえ、全力で走ってるのに追いついてきているもの。……この子と本気で争うことになったりしたら、厄介そうね。
「あががががががいだだだだだだだだ………!!」
「お、お姉さん、もっと優しく運んであげても……」
「却下。疲れるし」
「あうぅ……」
少なくとも、気絶したまま痛がってるこのNo.4よりはずっと手こずりそうだわ。
でも、味方に引き込むことができれば、なかなか頼りになりそうね。
……味方、か。なんで私はまた『仲間』を作ろうとしているのかしらね。
~~~~~ツヴォルフ視点~~~~~
「う、うわぁぁああ!!」
「に、逃げろっ! 早く避難するんだぁっ!!」
「ヒィーッハハハァ!! オラオラァッ! 死にたくねぇなら抵抗してみろやぁ!!」
奇抜な髪形の、筋骨隆々とした集団がコミュニティの外壁を破って侵入してきた。
街を壊しながら食料を食い荒らし、蹂躙していく。
「こ、このぉ!」
「ああん? そんなオモチャが効くかよバカがぁはははっ!! お返しだオラァ!!」
「う、うわぁぁあっ!!」
パン屋の店主が鉄パイプで反撃を試みたが、当たったパイプは折れてしまって、ほんの少し小突かれただけで派手に吹っ飛ばされてしまった。
侵入者一人一人が常人とは比べものにならないほどの身体能力を発揮し、ギフトと思しき能力を行使してやがる。
確認できているだけでも30人以上もの、ギフト持ちの侵入者たち。
そんな奴らに対抗する術なんざ、このコミュニティにはねぇ。
対異獣用の重火器なんか持ち出したら、街や住民たちにまで被害が出かねない。
『未来視』の情報を頼りに事前に緊急避難を発令していたが、襲撃までの時間が短すぎてまだ避難していない人も大勢いる。
くそ、こんなギリギリにならないと『視えない』なんてな。『未来視』のギフトもアテにしすぎるとロクなことにならねぇ。
「はははっ! まさかホントにこんなチョロい狩場があるとはな!」
「まるで抵抗してこねぇ! 弱過ぎんだろォヒャハハハ!!」
「あのゴミ溜めのクソどもより先んじて狩れたのはでけぇ! 奪えるもんは根こそぎ奪えぇえ!!」
見たところ、他のコミュニティからの襲撃ってわけじゃなさそうだが、数も質も対処不能だ。
こいつら相手にこのコミュニティで戦えそうなのは、ロナ一人。しかもまだ帰ってきてねぇ。
……仮にこの場にいたとしても、多勢に無勢だろうがな。
オレたちにできることといったら、暴れるこいつらから少しでも離れて被害を減らすことぐらいしかできねぇ。
家なしの子たちにも避難を促してるが、数が多すぎてなかなかスムーズに動いてくれない。クソ。
「オラァ! どけやガキがぁ! 目障りなんだよゴミどもがよぉっ!」
「ひっ、に、にいちゃん……!」
「や、やめろぉ! ナルから、離れろぉっ!!」
「鬱陶しいんだよ!! 死ねやクソガキ!!」
逃げ惑うガキどもに、執拗に攻撃をする奴がいた。
まずいな、あのままじゃ殺されかねねぇ。弱い者いじめが趣味ってか、小物くせぇ野郎だな畜生が!
仕方ねぇ、ここはオレが……!
「鬱陶しいのはお前だ、無法者風情が」
「か……あ?」
「え……ええ……?」
瞬きほどの間に、子供を襲っていた侵入者の上半身が消えて無くなった。
残った下半身から中身が漏れ出し、赤い水溜りを作っていく。
それをただ茫然と見ている子供の傍に、誰かが立っているのが視え、いや消えた。
あいつは、あの能力は……!?
「見つけたぞ、ツヴォルフ元一等員。随分と混沌とした状況だが、No.67-Jはどこへ行った」
いつの間にか、背後に立っていた誰かがオレに声をかけてきた。
……聞き覚えのある、二度と聞きたくなかった声だ。
「……テメェか、No.1。ガキを助けてヒーロー気取りかよ」
ギフト・ソルジャーNo.1。
『空間転移』のギフトを使って、ガキを襲ってた野郎の上半身だけを転移して切断し、オレの背後に転移してやがった。
……まいったな、もう追手が来やがったのかよ。
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