お茶を濁す
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今回始めはツヴォルフ視点です。
「ロナちゃんも、少しはここでの生活に慣れてきたみたいですね」
「ええ。少し前から街にいる家なしの子たちとも交流を深めているようで」
所長とともに茶を啜りながら、休憩室で談笑を楽しんでいる。
前の施設では考えられないほど穏やかな時間だ。
ここでの生活は、予想してたよりずっと快適なものだった。
食糧事情はもちろん豊富で綺麗な水に温水設備。衛生的な環境が整った生活は、ここが天国かなにかと錯覚しそうになるほどだ。
今は食料の備蓄が少なくなってきているらしいが、ロナの持ってきた種芋を促成栽培しているのでまた少しずつ余裕ができる見込みらしい。
今だって、『茶』という嗜好品を味わうことができている。施設にいたころは飲食物の風味なんか味わっている余裕なんか無かったし、そもそも味気ないものばかりだった。
異獣が現れる前の世界での生活は、きっとこんな具合に満ち足りたものだったのかもしれないな。
「あなたの運んでくれた実験記録のおかげで、異獣の研究は飛躍的に進みつつあります。……非人道的な研究記録ではありますが、皮肉にもその分信頼できるデータが揃っていました」
「どうも」
「さらに、ロナちゃんが生きた異獣を捕まえてきてくれているので、サンプルにも事欠かなくなりました。もう充分すぎるほど集まったので、しばらく危険なお仕事は控えてほしいのですが……」
「無理でしょうね。あの子は今の強さに満足していない。たとえ止めても、こっそり壁の外へ抜け出して異獣を狩りに行くと思いますよ」
「はぁ……なぜそんな生き急ぐようなことを……」
心配そうな顔で呟く所長の顔は、まるで我が子を案じる母親のように見えた。
オレに親なんざいねぇからあくまでそんなイメージってだけだが。
「たとえ危険でも、あの子にとっては理想的な生活なんでしょうね」
「でも、異獣を捕まえてくるたびに傷を負って帰ってきて、この間も右腕に酷い切り傷を……このままでは、いずれ命を落としかねませんよ」
「オレ、……失礼。ワタシも一応何度か説得してみてはいるんですが、『今の仕事をやめるつもりはない。自分の生きかたは自分で決める』と聞かなくて」
「……拗らせているというか、意固地というか」
だよな。まあこんな御時世であんな目に遭ってきてるんじゃ無理もない。
むしろ気丈に振る舞っている分、立派なのかもしれないな。
「まあ、そう言いつつここでの生活を好んでいるようですけれどね。特に温水シャワーがお気に入りのようで。温水設備まであるのかって、驚いていましたよ」
「温水設備は燃料がなくて、元々は冷たい水の配管だけを利用していたのですが、あなた方がこのコミュニティに入ってくる少し前から温水を利用できるようになりましてね」
「へぇ、最近になって燃料供給の目途が立ったということですか。それはタイミングのいい」
「いえ。……一月ほど前の話ですが、コミュニティの『外』のフィールドワークに向かっていた職員が、廃墟の探索中に奇妙な機械を発見しまして。その機械の中に小さな子供が眠っていたのです」
? いきなりなんの話をしてるんだ?
「その子はどうやら生きたまま冷凍保存されていたようで、解凍するとすぐに息を吹き返し目覚めました」
「生きたまま冷凍保存……いわゆるコールドスリープというものでしょうか」
「おそらくは。……話をしてみると、どうやら記憶喪失のようで自分の名前すら憶えていませんでした。ステータスにも『名無し』と表示されています」
「ふぅむ……で、その子供と温水設備になんの関係があるのでしょうか?」
「その子はギフトに目覚めており、しかも特殊能力特化のステータスのようで、その子の手にかかればこの施設全体の温水用水を熱することなど容易くできてしまうほど強大な力を行使可能です」
「要するに、保護したその子を湯沸かし係として雇用したわけですか」
「ええ。保護者も行くあてもなく、また強力な能力を悪用しようとする者があの子を狙わないとも限りませんので、この施設で預かることとなりました」
強力なギフトを使える子供、ねぇ。
ギフトは極稀に遺伝することもあるらしいが、生まれ持った才能なのかそれとも後天的に例の注射でも受けて目覚めたのか。
無人の廃墟でコールドスリープなんてされていたもんだから、もう確かめようがないみたいだけどな。
「もしかして、時々見かける金髪の小さな子供がそうですか?」
「ええ、おそらくその子でしょう。可愛らしいですよね。とっっても可愛いですよね」
「え、ええ、まあ。……パッと見ただけじゃ性別がよく分からないのですが、少年でよろしいのですか」
「はい、確認済みです」
……どう確認したかは考えないでおこう。
この所長、ロナやその子供に対する態度を見る限り、相当な子供好きっぽいな。
もしくはロリショタコンか。い、いや、さすがにそれは失礼か。うん。
こんだけ子供好きなのに、街の浮浪児たちを施設に受け入れないのは矛盾している気もするが、浮浪児たちの数を見れば納得せざるを得ない。
他のコミュニティと行き来する大型貨物車に密航し、このコミュニティまで逃げ込んでくる子供もいるもんだからそれはもうすごい数の浮浪児たちがいる。
今では身寄りのない子供たちの数は千人近い。いくらこの施設が大きくても、その子供たちを受け入れるにはまるでスペースが足りない。
仮住みの小屋を建てたりしてもまるで追いついていない。できることといったらせいぜい食料の配給をしてやるのが精一杯だ。
それでも他のコミュニティに比べればまだマシってんだから、どこのコミュニティも余裕がないのが窺えるな。
「さて、そろそろ職務に戻ります。ごちそうさまでした」
「お粗末様でした。貴重な休憩時間を雑談に使わせてしまい、すみません」
「いえいえ、とんでもない。むしろ毎日でもこうしていたいくらい………うっ……!?」
視界が、セピア色に染まる。
目の前の景色がどんどんぼやけて、塗り潰されていく。
じわじわと視界が鮮明になっていったと思ったら、先ほどまでとは似ても似つかぬ景色が広がっていく。
これは、『未来視』のギフトか……!? また勝手に発動しやがったのか!
ノイズ混じりの映像記録のような、画質の悪い映像が流れ続けている。
いったい、なにが見えるってんだ……?
……。
……!?
……っ!!
「ど、どうしたのですか!?」
急に立ち眩んだかのように、膝から崩れ落ちたオレを所長が案じる声が聞こえる。
普段なら美人に心配されて嬉しい状況だが、今はそれどころじゃねぇ!
「……今すぐ、緊急放送をお願いします」
「え……?」
「避難警報を……! この施設は、このコミュニティは、あと数時間のうちに襲撃を受けますっ……!!」
くそっ、なんでこんなギリギリの状況になって『視え』やがったんだ!
これまで、こんな光景視えなかっただろうが! 少なくとも、あと半月は平和な状態が続いていたはずだ!
いったいどこのどいつが、こんな真似を……!?
オレがさっき視えた未来は、このコミュニティをギフト持ちの人間たちが蹂躙していく光景だった。
なんの備えもしていない状態じゃ、ロクに抵抗できずに制圧されちまう。
少しでも被害を抑えるために、準備を進めねぇと……!
……そういや、ロナはどこ行った?
また『外』へ狩りに出かけてるのか? いつもならそろそろ戻ってくるころなのに。
ああもう、どこで油売ってるか知らねぇが、さっさと戻ってこい! お前がいなきゃ撃退なんざ無理だ!
~~~~~ロナ視点~~~~~
「よぉ、久しぶりだな。No.67-J」
「……げっ」
いつものように『外』で異獣狩りをしている最中、聞き覚えのある声が耳に入った。
ギフト・ソルジャーNo.4。そいつが、なぜか目の前に現れやがった。
……いつか追手がくるかもしれないとは思っていたけれど、思ったよりも早かったわね。
「テメェとツヴォルフ元一等員を拘束・捕縛するように命令が下った。……大人しく捕まるなら、命の保証はしてやる」
「……」
「で、どうすんだ? まあ、オレとしちゃあ正直言って無抵抗で捕まってほしいなんて微塵も思ってねぇがな。……抵抗するなら、手足の二、三本はへし折らせてもらうぜ」
「……」
「おい、さっきからなに黙ってやがる。今のテメェに許されるのは『投降します』か『抵抗します』の返答だけだ! なんとか言えよコラァッ!!」
おーおー、怒ってらっしゃる。
仕方ない、ここは怒りを鎮めるために軽いジョークでお茶を濁しつつ対応するか。
「いや、アンタ誰?」
「は、はぁっ!? テメェ、まさか憶えてねぇのか!? このNo.4の顔を忘れたとは言わせねぇぞ!」
「えー、だって私の知ってるNo.4はもっと髭が濃くて目力が凄くて額に『肉』って書かれてて……」
「そりゃテメェが描いた落書きだろぉがぁぁああああっっ!!!」
キレたNo.4が怒りに絶叫しながら炎の大玉を放ってきた。
あれーおかしいなージョークで場を和ませようとしたら一気に殺伐ムードになっちゃったわーはははー。
ま、どうでもいいけどね。さっさとボコって終わらせよう。
お読みいただきありがとうございます。




