一人ぼっちの二人
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「んん……そこ、もっと強く……」
「う、うん……」
「おおぉ……! 上手よ、そのままそこを……ぅんっ……!」
寝具の上で寝そべっている私の上に、ドラ猫(弟)が馬乗りになっている。
非力ながら精一杯奉仕しようとする姿は、なんともいじらしい。
慣れない手つきでも私を満足させるには充分で、心地よさのあまり悩ましげな声が漏れてしまう。
……いや、だから別に卑猥なことしてるわけじゃないよ? 按摩、いわゆるマッサージをやってもらってるだけだってば。
力も技術もない小さな子供でもできる簡単な仕事といったら限られている。せいぜい掃除や雑用くらいなものだ。
パンをひったくられたあの日以降、この子には異獣の捕獲という重労働を日々こなす私の身体をマッサージをさせることにした。
もちろん給料と引き換えに。少なくとも、日々のご飯に事欠かないくらいには支払っている。
ツボを教えつつ力加減を指示してあげればいい具合に揉みほぐしてくれるし、充分報酬を払うに値する働きをしてくれる。なかなか見どころあるわねこの子。
……マッサージをしている間、なぜか顔を真っ赤にしてるけどそんなに気合を入れなくてもいいのよ?
ちなみにドラ猫(兄)は毎日色んな店や施設に『雑用係として働かせてくれ』と頼んで、日雇いの仕事をしてお金を稼ぎ始めたそうだ。
なんで今まで働かなかったのか不思議だったけど、これまでは浮浪者たちへの食料の配給が飢え死にしない程度にはされていたらしい。
でも、最近になって配給を行なっている施設の食料もストックが尽きてきたために、満足な量を配給できなくなってしまったとか。
そのせいで、何日も満足に食べられない日が続いて、飢えに耐えかねて私の持っていたパンをひったくっていったとかなんとか。
要するに良かれと思って行なっていた食料の配給が、かえって自活力を奪っていたってことか。
このコミュニティは前のクソコミュニティと違って、ちゃんと働き口があるんだからケツ引っ叩いてでも働かせればいいのに。『働かざる者食うべからず』ってね。……なんだこの謎の格言みたいな言葉は。
まあ普通なら親の庇護下にいるような小さい子に働けって言うのも酷な話かもしれないけど、飢え死にするよかずっとマシのはずだ。
一通り身体のコリがほぐれたところで、今日のマッサージは終了。
私はこうやって身体を労われて、この子はその分の報酬を受け取れて、互いに悪くない条件ねー。
「んー、身体が軽いわぁ、ありがと。ほら、今日の給料よ」
「う、うん、ありがとう……!」
パンが軽く5、6個は買えるくらいのお金を渡すと、笑顔で受け取った。
お手伝いに対する駄賃程度の給料だけど、それでも自分で働いてお金を稼いだっていう達成感からか、本当に嬉しそうね。
……力いっぱい指でツボをほぐしていたからか、マッサージが終わるころにはいつも顔真っ赤だけど。
あのひったくり事件以来、この兄弟の生活環境は少しずつ確実にいい方向へ変わっていっているみたいだ。
このドラ猫兄弟以外にも浮浪児はいるだろうけれど、そこまで面倒見切れません。
え、偽善者? そうですがなにか。この兄弟に関わったのは自己満足の延長みたいなもんだし、正義感なんかありませんよー。
それに、この子に給料払ってマッサージしてもらっているのは、普段のお仕事が割とマジでしんどいからでもある。
猛獣の突進を受け止めたり、数十kg~数百kg近くある異獣の身体を施設まで引き摺ったり、重労働ここに極まれり。
まあ、連れて帰る異獣をつまみ食いして徐々に膂力も上がってきてるから、そのうち楽に運べるようになるかもしれないけど。
お、ドラ猫(兄)帰ってきた。いつもならとっくに帰ってるのに随分遅かったわね。
ん、なに、日雇い先のハゲ店長の説教が長くて時間を無駄にした?
仕事の説教なら真摯に受け止めなさい。それはきっとアンタのためになるから。
……え、『女の子と話してるような軟弱野郎が~』って僻み全開の内容だった?
なんて不毛な。『不毛なのはお前の頭だけにしとけハゲ』とでも言ってやりなさい。
このコミュニティに着いてから、はや半月が経過した。
毎日『外』で異獣をとっ捕まえては報酬を受け取って、買い物をした後にドラ猫(弟)にマッサージしてもらってから施設で寝る。その繰り返しだ。
お仕事は命がけだけど、それなりに充実した日々を送っている。
日常の中で変わっていったことといったら、まずステータス。
毎日異獣の肉を齧りとって『摂食吸収』し、少しずつだけど強くなっていっている。
現在はこんな感じ。
ロナ
ランク■
状態:軽傷 空腹
【スペック】
H(ヘルス) :421/512
M(マジカ) :214/422
S(スタミナ) :197/401
PHY(膂力) :599
SPE(特殊能力):634
FIT(適合率) :■■%
【ギフト】
摂食吸収Lv1 逶エ謗・謫堺スLv■ 膂力強化Lv3 火炎放射Lv2 磁力付与Lv2
ふふふ、強くなっている。確実に。
このペースでいけば、2,3ヶ月もすればステータス四ケタに達することも夢じゃない。
そこまで強くなれば、もう自分の弱さに泣くこともなくなるだろう。毎日美味しいモノだって食べ放題だ。
……ま、いい変化ばかりでもないけどね。
左手には、こないだ捕まえたネズミの噛み跡がまだちょっと残ってるし、三日前にサルみたいなヤツから投石攻撃を受けて、お腹にいくつかアザができてしまった。
一週間前なんか尻尾が刃物みたいに鋭く斬れる狐型の異獣と戦った時に、右腕に切創ができてしまった。
女所長に見せたら大慌てで医務室に連れていかれて、5針縫った。傷よりもその後の説教のほうがダメージデカかったなー……。
仕事をこなすたびに、傷が増えていく。
中には一生残るような深い傷もある。
傷は男の勲章だって? わたしゃ女ですがなにか。
……乙女の柔肌が段々傷ついていくのは正直いただけないけど、まあ許容範囲。
ステータスが上がった影響か、傷の治りも早いけどね。
狐に斬られた傷も、今日で抜糸するし。
というわけで、寝る前に医務室へ行って抜糸してもらおう。
抜糸が終わった後、傷跡を保護するために包帯を購入。
医務室の先生に任せてもいいけど、いざという時に自分で巻けるようにやりかたを教えてもらった。
それで、施設の目立たないスペースで一人包帯を巻き巻き。うむ、上出来。
え、包帯の巻きかたくらい教えられなくても分かるだろって? うるせぇ、こちとら知識は刻まれてるけど実践しなきゃ分かんないことなんか山ほどあるんだよ。
「……痛い?」
包帯を巻き終わった腕を眺めながらボーっとしていると、不意に後ろから誰かの声が聞こえた。
急に話しかけられたもんだからちょっとビックリしながら振り返ると、そこには金髪碧眼の女の子、いや男の子が立っていた。
あ、この子シャワー室ですっぽんぽんを見せ合った子じゃないの。……この言いかたは我ながら酷いなオイ。事実だけどさ。
てか、なにいきなり話しかけてきてるのさこの子は。
『痛い?』ってそりゃ痛々しく見えるかもしれないけど、わざわざ聞くほどのことか?
「……別に。抜糸したんだし、もうほとんど治ってるわ」
「でも、あちこち傷だらけ」
「毎日バケモンとやり合ってたら、そりゃ傷だらけにもなるわよ」
「……なんで? 君なら、もっと安全で楽な仕事にも、就けるのに」
無表情な顔のままで、金髪少年が問いかけてきた。
……綺麗な顔。まるでお人形みたいね。
「誰かの言いなりになって生きるのはもう沢山よ。こないだまで、お偉いさんの言うことに馬鹿みたいに従い続けて、挙句の果てに殺されかけたんだから」
「ここの人たちは、いい人ばかりだから、そんなことにはならないと思う」
「そうかもしれない。でも、そうじゃないかもしれない」
この施設に、このコミュニティに住んでいる人たちは前のコミュニティよりもずっと豊かだ。心も、身体も。
よそ者の私に対しても、特に差別することなく接してくれる。
……人が多すぎてよそ者が紛れ込んでても分からないだけかもしれないけど。
だからこそ、恐ろしい。
親しくなったと思ったところで裏切られるのも、死なせてしまうのも。
だから、基本的に誰とも深入りしすぎないように接してきたつもりだ。
あのドラ猫兄弟と交流しているのも、ただお互いに利益があるからってだけ。
今以上に仲良くなるつもりは無いし、これ以上余計に誰かと関わるつもりはない。
「君は、いつも一人だね」
「……アンタだってそうじゃない」
なのに、なーんでこの子は話しかけてくるかなー。
ウザいわーマジウザいわー。はよどっか行ってくれ。
お読みいただきありがとうございます。




