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自重なサイ

新規の評価、ブックマーク、感想をいただきありがとうございます。

お読みくださっている方々に感謝します。



「うおおおおぉぉおおおあああああああっっ!!!」


『ヴォオオオォォオオオオオオ…………!!』



 荒野を全速力で走り回る私。

 その後ろには巨大なサイ、に似た異獣。

 低い唸り声を上げて、こちらを睨みながら全力疾走で追いかけてくる。


 ちょっと待ちなさい! サイは草食動物だって機械で刻まれた知識にはあるんだけど、どう見ても私を殺して食べる気満々じゃないの!?

 まあ、そもそも土壌が枯れ果ててるから草なんかまともに生えてないけどさ。

 草食動物すら肉食う時代とか、殺伐としすぎでしょ。そもそもこいつ動物じゃなくて異獣だから元々肉食なのかもしれないけどさ。



 なんでまたわざわざコミュニティの外で異獣と追いかけっこしているかというとですね、これが私のお仕事なんですよ。

 ……我ながら危険すぎる仕事だとは思うけど。



 コミュニティの中には様々な仕事があった。

 私に向いていそうな力仕事も数多くあったけど、すべて断った。

 というのも、コミュニティの中だけで生活してもこれ以上強くなれないからだ。


 ステータスを鍛えるためには、どうしても異獣を食べたり殺さなきゃならない。

 今のままでも普通の人に比べたら充分強いけれど、それじゃ駄目だ。


 というのも、ここのコミュニティも一応今は安全だけれど、それがいつまでも続くとは限らないからだ。

 もしかしたら、強力な異獣が外壁を破壊して侵入してくる日がくるかもしれない。

 あるいは、物資が尽きた他のコミュニティの連中が攻め込んでくることも考えられる。

 あのクソ施設から追手がくる可能性もゼロじゃない。


 いざという時のために、もっと強くなる必要がある。

 これまでなんとかやってこれたんだしこれからも大丈夫、なんて楽観視はできない。

 世界は残酷で厳しく容赦がない。隙を見せたらすぐ殺しにかかってくる。


 そうなった時に頼れる人はいない。

 あの茶髪は弱いし。むしろ誰かが守ってやらないと真っ先に死にそうだわ。


 ここのコミュニティの中でギフトに目覚めているのはほんの20人にも満たない。

 しかも実戦に耐えうるほどの実力を発揮できる人はほぼいないんだとか。要するに、最終試験場に連れていかれた人たちと大差ないってことか。

 クソ施設に比べて人員も物資も揃っているはずなのに、明らかに数が少ない。


 というのも、このコミュニティは物資にある程度余裕があるから異獣の研究はそれほど急務でもないからだ。

 枯れていない土壌がある程度残っているから、私が (奪い取っゲフンゲフン)手に入れた種芋の栽培も既に開始している。

 救荒作物の種は希少だから、このコミュニティには大きな支えになると所長も施設の人たちも大喜びだったなぁ。


 私が持ってても全部食べておしまいだし、それならここで栽培して恒久的にイモが食べられるようになったほうが将来を考えると得のはずだ。

 栽培に成功したらいつでも分けてもらえることを条件に渡したけど、ちゃんと約束を守ってくれるかな。

 ……もしも反故にしようもんなら、文字通り根こそぎ奪って出ていってやろうかしら。

 



 話が脱線したわね。


 要するに私はコミュニティの中でゆるゆると働いて暮らすよりも、外で異獣を狩って強くなりたい。

 そこで、壁の外の異獣を捕獲して施設まで連れて帰る仕事をさせてもらえないかと頼んでみた。

 あの施設で異獣相手に戦える人間はほぼいない。正確には一人いるけど、幼すぎてとてもじゃないけど外には出せないらしい。

 異獣のサンプルを欲しがっているここの施設にとっては渡りに船と言える提案だろう。


 最初はあの女所長(エリィウェル)が危険だからやめたほうがいいと説得してきたけど、このコミュニティに向かう道中で仕留めた異獣たちの死体を見せると、目を見開いて驚いていた。

 弱い異獣くらいなら安定して仕留められるし、その気になれば叩きのめして殺さずに捕獲することもできる。


 異獣相手でも充分戦えることを証明したうえでしつこく説得をして、どうにか




『ヴォオオォォォォオオオオッ!!』


「っ! 速っ!?」



 あ、やばい。考え事してる場合じゃないわ。異獣との追いかけっこはまだ終わってない。

 元々素早かったサイが、さらに加速してこちらに突進してくる。

 この速さ、明らかになんらかのギフトを使ってる。

 ちなみにサイのステータスはこんな具合だ。








 ネグマイノラ


 ランク4


 状態:磁力付与(+)


 【スペック】

 H(ヘルス)  :567/567

 M(マジカ)  :312/312

 S(スタミナ) :212/336


 PHY(膂力)  :621

 SPE(特殊能力):481

 FIT(適合率) :31%


 【ギフト】

 磁力付与Lv5 身体硬化Lv1








 やっぱりこの『磁力付与』ってやつの効果よね。いったいどういう能力だろう。

 てかこんな滅茶苦茶な速さなのに、ものすごく正確にこちらに向かって突進してくるんだけど! どうなってるの!?


 っ!? いや、違う! 私に向かってきているんじゃなくて、私がコイツに引き寄せられてる!?

 まずい、避けられない。膂力は向こうが上。このまま衝突すればただじゃ済まない。



 素の状態だったらね。



『ヴォォォオオオオオッ……!?』


「くっ……!! ぅぅぅうううぃぃいいいいっ!!」



 突っ込んでくるサイの角を掴んで踏ん張る。

 膂力強化と文字化けギフトの併用で膂力を倍増すれば、真正面からでも受けきれる。

 磁力付与とやらの影響か、あのデカ鳥の突進よりも力強いけれどそれでも私のほうが強い。



「ぬぅんりゃぁあっ!!」


『ヴォァアッ!!?』



 サイを持ち上げ、背負い投げをするように地面に向かって叩きつける!

 ……いちいち掛け声が雄々しいのは御愛嬌。戦闘中におしとやかにしろとかムリ。



『ヴォウッ!!』


「っ……?」



 サイの身体が地面にブチ当たるところで、妙な違和感を覚えた。

 手応えがない。いやサイが弱いってことじゃない。比喩じゃなくて、直接的な意味だ。

 地面に叩きつけた衝撃が伝わってこない。

 サイの身体が地面に当たる寸前で浮いて、いや押し返されてる? ……これも、ギフトの効果か。


 なるほど、『磁力付与』っていうのは物体と物体の間に引力や斥力を生じさせる能力ってことか。そのまんまね。

 今の状況だと、『地面』と『サイの身体』が反発するように斥力を発生させてるってところか。

 ホント妙な能力ばかりね、ギフトってやつは。



『ヴァァァアアッ!!』


「ちっ!」



 今度は『私』と『サイの身体』に斥力を発生させて、距離を離した。

 その直後、またもやサイのほうへ身体が引き寄せられていき、サイもこちらに突進してくる。

 ワンパターンね。



「はっ!」


『ヴォオォオッ!!?』



 突進してくるサイに向かって、こっちも全速力で、いやそれすら超えた勢いで突っ込んだ。

 文字化けギフトで強化した『火炎放射』を足の裏から噴出し推進力に変えて、さらに『膂力強化』で強化した拳をサイの頭にブチ当てた。

 『火炎放射』は本来口から炎を吐くギフトだけど、文字化けギフトを使えばその噴出する位置すら調整できた。

 ……ちょっと応用利き過ぎじゃないのこのギフト。

 


『ヴォオォオ、ォォ…ォ…!!』



 回避も磁力付与も間に合わなかったようで、まともにパンチを喰らったサイの身体がそのまま地面へ崩れ落ちた。

 死んではいないみたいだけど、完全に気を失っているようね。

 捕獲成功。あとは拘束具を取り付けて、施設に引き渡せばお仕事完了ね。

 初めての仕事にしては、我ながらそこそこ上出来じゃないかしら。ふふふ。



 あ、持っていく前に『取り込んで』おかないとね。

 うわ、皮が分厚くて噛み切れないんですけど。なんの、膂力強化して無理やり食べてやる。ぎぎぎ、顎が痛いぃ……!












「……まさか、本当に捕獲してくるとはな」


「死体じゃない、本当に生きたままだぞ。どうやって捕まえたんだ……?」


「ふむ、肉を齧りとったような小さな傷以外に目立った外傷もなし。極めて上質なサンプルになりそうだ」


「ランク4の魔獣の生け捕り、それもほぼ無傷で成し遂げるとは……」


「……」



 捕まえた異獣サイを引き摺りながら施設に戻ると、職員たちが驚いた様子でわらわらと群がってきた。

 異獣の状態の良さに喜びを隠せないようで、みんな年甲斐もなくはしゃいでいる。

 ……ただ一人、女所長が厳しい顔でこちらに近寄ってきた。え、私なにか悪いことでもしたの?



「……ロナちゃん、お疲れ様。あなたが異獣を捕まえてきてくれたおかげで、これから飛躍的に研究は進んでいくことでしょう。それは、とても喜ばしいことだわ」


「その割には、あんまり嬉しそうじゃないみたいだけど? ……っ?」



 私の背中に手を回しながら、所長が身体を抱き寄せてきた。

 え、なに? なになになに?

 ま、まさかこの所長ってそっちの趣味があったりするの!? やめろー! 私はノーマルだー! 多分! 恋愛なんかしたことないけど!



「あの、ちょっ、な、なにしてっ……!?」


「でもね、お願いだから無理はしすぎないでほしいの。こんな強そうな異獣と戦って、ましてや生け捕りにするなんて普通なら自殺行為なのよ?」


「……いや、それほど苦戦は」


「するに決まっているでしょう。この異獣のステータス、あなたよりも少し強いじゃないの。今回、怪我がないのは本当に運がよかっただけよ。……次からは、もっと弱い異獣を狙って。自分の身を第一に考えるのよ。分かった?」


「わ、分かった……」



 ……本当に心配そうに諫めてくる所長にちょっとたじたじ。てか距離が近い。

 うーん、確かにステータスだけ見ると私よりちょっと強いけど、膂力強化や文字化けギフトを使えばさほど無茶ってほどでもないんだけどなー。

 むしろ程よく強くて手ごろだった。弱すぎると肉を食い千切っても大して能力値上がんないし。


 なにより、ある程度ギフトを鍛えている個体を狙う必要があった。

 よく思い出してみると、これまで血肉を食べて取得できたギフトはLv5以上の高レベルなものばかりだった。

 今回捕まえたサイは『磁力付与Lv5』を取得していたから、試しにかったい皮膚を無理やり食い千切って食べてみた。

 その結果、予想通り『磁力付与』のギフトを獲得することができた。


 つまり、目安として『Lv5以上のギフト』を取得している個体の血肉を食べればそのギフトを獲得できるということらしい。

 これからも積極的に高レベルのギフトを持っている異獣を狩っていこう。所長は怒るかもしれないけど。




 そんなことを考えながら所長のハグを引き剥がすと、ふと遠巻きにこちらを眺めている小さな金髪の人影が目に入った。

 シャワー室でばったり会った子か。目が合いそうになったところでどこかへ歩いていってしまった。

 ……? サイが珍しいから見てみたかったのかな。よく分かんないわねあの子。

お読みいただきありがとうございます。

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