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謝辞 シャワー

新規のブックマーク、ありがとうございます。

お読みくださっている方々に感謝します。



 コミュニティの中に入ると、前のコミュニティとの差に思わず唖然とした。

 雑踏に人々の話し声、よく分からない機械のエンジン音や噴出音。

 様々な音が絶えず響いて満ちている。活気が段違いに高い。


 建物もバラック街ばかりじゃなくて、ちゃんと建てられた家もちらほら見える。

 人も物も、前のコミュニティよりずっと豊富そうだ。



「……すごい人の数ね」


「あ、ああ。まさかここまで活気があるとは思わなかったぜ。こりゃ予想以上に期待できそうかもな」


「前のコミュニティの人口は五千人くらいだっけ? いったいここはその何倍でしょうね」


「さぁな。食い物を売ってる店もこっちのほうが多そうだし、食糧事情もずっとよさそうだ」


「……ま、いいことばっかりじゃなさそうだけどね」


「え? ……ああ、なるほど」



 私が路地裏を眺めて呟くのを聞いて、茶髪が納得したように声を漏らした。

 路地裏には、痩せた子供が何人も身を寄せ合って寝ているのが見えた。

 このコミュニティにも身寄りのない浮浪児はいる。ただ前よりマシな環境というだけで、暗い部分がないわけじゃない。


 

「どうする? 途中で仕留めた異獣の肉でも恵んでやるか?」


「いいえ。それじゃ一時しのぎにしかならないし、次があると期待されても困るわ」


「意外だな。てっきりなにも考えず無計画に恵んでやるのかと思ったが」


「そこまでバカじゃないわ」



 あの子たちは、ほんの数日前までの私と同じだ。

 身寄りがない、ご飯もなければ寝床もない、ないない尽くし。

 仮に今食べ物かなにか恵んだとしても、ちょっとの間空腹じゃなくなるだけ。ほとんど意味はない。

 ……それだけでも、どれだけ心と身体が救われるか分かってはいるけれど、今はまだ駄目だ。



「ところで、どこに向かってるの?」


「このコミュニティの監督官がいる中央部だ。そこでデータの引き渡しと、こっちの研究施設に再就職させてもらえないか頼んでみようと思ってる。データを盗み出した報酬もでるはずだから、お前にも分けてやるよ」


「当たり前よ。ただ働きなんて冗談じゃないわ」


「そういや、お前はこれからどうするんだ? お前の能力があればこっちの研究施設にも充分雇われる資格があると思うが」


「いや。……もう、どこかに所属して息苦しく生きるなんて御免よ」


「待て待て、じゃあどうすんだよ。さっきの浮浪児たちと一緒にゴミ漁りでもする気か?」


「どうするのかって、それを今考えてるのよ」


「……やっぱ無計画じゃねぇか」



 うるっさいわ! こちとら壁の外じゃ異獣への対処やら自分の能力を把握したりだとか、ここに着いた後のことなんか考えてる余裕なんかなかったっての!

 でもマジでどうしようかなー。NO.1とかにも『施設で飼われ続けるくらいならゴミ漁りでもしてた方がマシ』って啖呵切ってたけど、正直それは勘弁だわ。

 せっかくこんなに強くなったんだし、この力を有効活用すればもっと自由に、もっと、もっと『楽しく』生きられるかもしれない。

 その方法がまるで思い浮かばねーけどな! くっそ、自分の頭の悪さに腹が立つわ。


 ……まあいい、最悪力仕事の重労働でもしながら日銭を稼ぐとしますか。

 今の私は常人の十倍近い膂力がある。どんな重量物も軽々と運べるだろう。

 そんな仕事があるのかどうかも分からないんだけどねー。……ホントのホントに最悪は、またゴミ漁りかなこりゃ。



 しばらく歩いて、このコミュニティの研究施設へ到着。

 あれ? 前の施設だと一般人は基本的に立ち入り禁止っぽかったのに、なんか普通に出入りしてる人がちらほらいるんですけど。


 入り口入ってすぐの受付で茶髪が入場手続きを済ませて、中に案内された。

 んー、この施設、前のクソ施設と違ってなんだか妙に開放的というか、息苦しさが少ない気がする。

 窓も多いし頻繁に人の出入りがあるし、なにより職員たちの表情が疲れてはいるけれど、どこか明るい。


 ……前の施設じゃ、どいつもこいつも陰気な顔してなにが楽しくて生きてるのか分からなかったからね。

 そう考えると、実験体として集められた人たちも職員たちもそんなに違いは無かったのかもしれないわね。




 応接室っぽい部屋で、この施設の偉い人みたいなウェーブのかかった長い金髪女性職員としばし面談タイム。ジヴィナと違って、なんだか物腰柔らかそうな人だなー。

 と言っても、主に話を進めているのはこの茶髪で、基本私は終始無言。置物状態。……あれ、私居る意味なくね?



「この施設の所長を務めております、エリィウェルと申します。よしなに」


「どうも。このたび産業スパイとして活動していたツヴォルフです。こちらはここまでの護衛を任せていたロナです」


「……どうも」



 言葉は丁寧なのに、冗談交じりでどこかおどけた自己紹介をする茶髪。

 一緒に紹介されたので、とりあえず最低限の会釈だけはしておく。



「よろしくね。……手に番号が振ってあるようですが、まさかこの子も?」


「ええ。実験体として施設に入れられた被害者の一人です。同時期に施設に入れられた人間は、大半が死にました」


「やはり、『アクエリアス』の施設では非人道的な実験が日常的に行われているようですね。こんなに若い子まで……」


「この子よりもさらに若い子供も対象になっていましたよ。あの施設では老若男女問わず、みなモルモットにすることに躊躇いがありませんでしたから」


「っ……」



 苦々しい表情で、茶髪の説明を聞く女所長。

 まるで自分がひどい扱いを受けてきたかのように、クソ施設が非人道的な実験をしていることに怒りを覚えているようだ。

 なんだろう、怒っているのに全然怖くない。むしろ好感すら覚えるわ。



「まあ、ワタシもその非人道的な業務に数年間携わってきたわけですから、偉そうになにか言える立場ではありませんがね」


「何年も、そのようなことを……?」


「少なくとも、ワタシが施設に入った時には既に今と大差ない体制でしたね。……ワタシも、元実験体の一人です」



 茶髪が着けていた手袋を外すと、手の甲に『No.12』という番号が振ってるのが見えた。

 あの番号、特殊な溶剤を使えば消せるって話だったけど、なんで消してないんだろうか。



「……あなたも、実験体だったのですね」


「ええ。一緒に入った実験体たちが『適合試験』で異獣の血液を直接注入されて、発狂したり死んでいく様は昨日のことのように思い出せますよ」


「本当に、そのような危険極まりないことを当たり前のようにしているのですか……?」


「その数年に及ぶ実験データのまとめが入っています。御確認ください」


「分かりました。お二人とも、ここまでの旅路、本当にお疲れさまでした。今日はこの施設でごゆっくり休まれてください。食事やシャワー、寝床の手配は既に済ませてありますので」


「ご厚意、感謝いたします。ロナ、お前も今日は御言葉に甘えて休んでおけ。今後どうするかはゆっくり休んでからでも遅くないだろ」


「……分かったわ」



 シャワー室の場所を聞いてから席を立って、一直線に向かった。

 遠慮もへったくれもないけど、そう言うならありがたく使わせてもらおう。











 ~~~~~ツヴォルフ視点~~~~~











「……あいつ、少しは歓談でもして親交を深めようとか考えないのか。すみませんね、素っ気ない子で」


「いえ、お気になさらず。ロナちゃん、でしたか。彼女も、心に傷を負っているように見えましたし、異獣の研究者に対して不信感を持っているとすれば無理もありませんよ」


「研究者に対して、というか基本的に他人を信用していないようでして。ここまでワタシと一緒に行動してきたのも、他に行くあてがなかったからに過ぎないと思いますよ」


「そうですか。……ふふ、あなたに対しては心を開いているように見えましたけどね」



 なんだかんだで何度か命を救ってるわけだし、その恩義でも感じてるんじゃねぇかな。

 他人を信用しないって態度の割に、旅の間は案外饒舌だったしな。例の『腕』の影響もあるかもしれねぇが。


 施設にいたころから見ていたが、どうも他人を遠ざけているのはなにかを恐れているからのように思える。

 過去になにがあったんだろうな。裏切られたか、親しい者を失ったか。

 そのくせ、少しでも関わりをもった相手に対してはなんだかんだ言って親身になろうとするし。

 『ボッチになりたがってる寂しがり屋』ってとこか? めんどくせぇ奴だなオイ。



「今後はどうするおつもりですか? ウチの研究所ならばお二人ともすぐに採用させていただきますし、希望に沿った仕事を斡旋することもできる範囲ではありますが、可能ですよ」


「重ねてありがとうございます。ワタシはこちらで働かせていただこうと考えていましたが、ロナは決めあぐねているようでして」


「ふむ、焦らずよく考えたうえで決めたいということですか。今後どうするか決まったのなら、遠慮せずこちらを頼ってくれるようにお伝えください」


「……感謝します」



 しっかし、この所長も人がいいな。というかよすぎる。

 なにか裏があるんじゃないかって勘ぐりそうになるが、どうにもそうは見えねぇ。

 なんつーか、こう、目が濁ってないっつーか、真っ直ぐこっちの目を見ながら話していて、話している時に目が泳いでいないからだろうか。

 ……今の時代にこんな聖人君子みたいな人間が、よく上に立てるもんだ。



「さて、こちらもデータの解析に入りますので、ツヴォルフさんもロナちゃんの後にでもシャワーをどうぞ。今の時間帯でしたら誰も利用しないはずですから……あ」


「……どうかされましたか?」


「い、いえ。……大丈夫、かな? 一応男女分かれてるし、いやでも初めて利用されるわけだし万が一誤って男性用のほうに入ったりしたらあの子と……」




 顔を押さえてなにかブツブツ言っている。……少し嫌な予感がするな。

 まあ、大したトラブルにはならないだろう。『未来視』でこの施設の様子を見ても、しばらくは平和そうだし。












 ~~~~~ロナ視点~~~~~












 『シャワー室』手前の更衣室で服を脱ぐ。うわ、今気付いたけど服も相当汚れてるわね。

 シャワーかぁ。もしかしたら浴びるの生まれて初めてかも。

 クソ施設でも体を冷たく濡れた布で拭くくらいはしてたけど、ちゃんと身体を洗えるなんてこのあたりは水も豊富みたいね。


 浮浪児だったころは雨でも降らないと体を洗うことも満足にできなかったし、それに比べてここはなんて快適なのかしら。

 やっぱここで雇ってもらうのもアリかもしれないなー。いやでもまだ信用したわけじゃないしなー。




 とか今後のことを頭の中でグルグルと考え続けながらシャワー室に入場したところで


 なにかが胸に当たったような感触がした。




 ……うん? なんだこれ。入り口に置物でも置いていたのかしら―――




「……だれ?」



 困惑していると、どこからともなく声が聞こえてきた。

 え、そっちこそ誰? てかどこ?




 あ、よく見たら目の前、っていうか胸の前に誰かいるわ。


 一歩下がって見てみると





 金髪碧眼の小さな女の子が、……いや男の子が、一糸まとわぬ姿で立っていた。

 華奢で細身で、ぱっと見じゃ性別がよく分からないけど、全裸だから、その、見えてるんですよ。



 ・・・・・・。



 どうしよう。この状況、どうすればいいんだろうか。


 登場人物紹介


ロナ(NO.67-J)


 主人公。正確な年齢は不明。見た目は大体15歳くらい。

 身長は160cmくらいで、元々はガリガリだったが例の腕を食べた後は魅力的と言ってもいいプロポーションに。

 ゴミ漁りをしながらその日暮らしを続けていたが、飢餓のあまり行き倒れたところをツヴォルフに 拾われ、異獣の研究施設で実験体としての扱いを受ける。

 化物の血液を注入されて『ギフト』に目覚めるが、なりそこないのゴミギフト『摂■■■』しか授からず、廃棄物として放置。

 そのまま飢え死にするまで放っておかれるところだったが、施設に侵入してきた『バケモノ』の腕が偶然目の前に現れたのを見て、飢えに耐えかね食べてしまった。

 その結果、ゴミギフトが『摂食吸収』へと覚醒し、ステータスも大幅に向上。

 『摂食吸収』は常時発動型のギフトのため、おそらくなりそこないでもごくわずかに効果はあったらしく、またバケモノの腕に秘められたエネルギーが規格外に大きかったために起こった珍現象であると推測される。

 さらにバケモノのギフトと思われる謎の文字化けギフトに、バケモノの戦闘経験や知識の一部もすりこまれた模様。

 ……そのせいか、薄幸系少女から残念系少女へと人格も大きく変化してしまった。バケモノの人格に少しずつすり替わっていっている可能性あり。




お読みいただきありがとうございます。

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