幸せな現実と夢
新規の評価、ブックマーク、誤字報告、感想をいただきありがとうございます。
お読みくださっている方々に感謝します。
異獣を丸焼きにして例の謎バッグに放り込んでから数十分ほど歩き続けて、ようやく寝泊まりできそうな廃墟へと辿り着いた。
私たち以外には誰もいないらしく、隙間風の音以外はなにも聞こえない。
「屋根の下で眠れるだけありがたいわね。ま、野ざらしでも私は構わないけど」
「オレぁ無理だわ。昨日までちゃんとした寝具で寝てた身でね」
「分厚いベッドが恋しいなら、今すぐ帰る?」
「はっ、快眠どころか永眠させられる気しかしねぇよ。遠慮させてもらうぜ」
軽口を交わしながら、寝食の準備を進める。
今日の晩御飯はさっきのデカ鳥の丸焼き。
血抜きも内臓もとってないし、中まで火が通ってないうえに表面の皮に炭化した羽毛がこびりついててそのままじゃ食べられたもんじゃないけど。
表面の炭を皮ごとこそぎ落として、肉を切り取る。
鉄筋に肉を突き刺してから食塩をふって、焚火にかざして焼いていく。
……料理なんかまともにしたことないはずなのに、なんかえらくスムーズに調理を進められちゃってるんだけど。
「手際がいいな。一人で生活してた時にこんな感じで飯を作ってたのか?」
「いいえ。手に入れた食べ物はそのまま口に入れて食べてたわ。料理なんかするの、今日が初めてよ」
「そうか? にしちゃあやけに手慣れてるように見えるけどな。知識を書き込む機械に料理のデータなんかあったかな……?」
多分、この料理の知識と動きも腕の人の恩恵だと思う。
……腕の人って、強いだけじゃなくて料理までできるのかしら。芸達者すぎるでしょ。
「ほら、焼けたわよ」
「どーも」
受け取った鳥の串焼き、いや鉄筋焼きをすぐに頬張ろうとする茶髪。
その頭に向かってすかさずチョップ。
「いって!? い、いきなりなにすんだよ!」
「食べる前に『いただきます』と言いなさい」
「はぁ? そりゃどこの民族の風習―――」
「い た だ き ま す は?」
「……いただきます」
私の迫力に圧されたのか、諦めたように復唱してから食べ始めた。
……いや、なに言ってんだ私? 私も今までそんなこと言ったことなかったじゃん。
腕の人の強さや能力と一緒に、妙な知識や習慣まで身についちゃってるわね……。
「血抜きしてないからちょっと苦いけど、施設の携行食料よりはずっと美味しいわね」
「うめぇ! 肉なんてそうそう食えるもんじゃねぇのに、すっげぇ贅沢だな!」
目を見開いて上機嫌でお肉を頬張る茶髪。
あの施設の連中の食事も、量はともかく質はあんまり良くなかったのかもしれないわね。
モグモグ。うん、美味しい。
血抜きすればもっと美味しくなるだろうけど、これでも今までの食生活に比べたらずっといい食事ね。
満腹になるまで食べ続けて、食べ終わったところで満足そうに横になった。
……食後にすぐ横になるのはあまりよくないらしいけどね。理由は知らないけど。
「はー、うまかった。いやー、まさかこんないいメシが食えるなんて、やっぱ外出てよかったわオレ」
「次はアンタも手伝いなさいよ。この鳥を仕留めるのに軽く2、3回くらい死ぬかと思ったんだからね」
「無理無理。前にも言ったが、オレの戦闘能力は他のギフト持ちに比べて低いんだよ。ステータス見てみるか?」
アナライズ・フィルターを外しながら茶髪がおどける。自分が弱いことを自慢げに言ってるんじゃないわよ。
そういうならちょっと見せてもらいましょうか。
ツヴォルフ
ランク2
状態:正常
【スペック】
H(ヘルス) :102/102
M(マジカ) :34/112
S(スタミナ) :98/98
PHY(膂力) :104
SPE(特殊能力):189
FIT(適合率) :12%
【ギフト】
未来視Lv3 速度強化Lv2
「うわ、弱っ」
「悲しくなるから正直な感想言うのやめろ」
苦々しい表情で半笑いしている。
自分でも情けない自覚はあるみたいね。
「オレも何年か前まではお前みたいに身寄りのないガキでな。あまりにも腹が減ったもんだから施設の中に侵入して飯を盗み出そうとして捕まって、そのまま実験体として試験を受けることになったんだ」
「で、例の拷問機械に知識を書き込まれて身体試験と知能試験に落ちて、適合試験で拾い上げられたってわけね」
「まぁな。で、辛うじて合格したはいいが、見ての通り戦闘向けじゃない貧弱なステータスでな」
「なるほど。常人に比べたら多少強いけど、ギフト・ソルジャーに加わるにはちょっと弱すぎるから研究員に登用されていたってわけね」
「研究員として働き始めてからは死に物狂いで働いたよ。まあ『未来視』の恩恵もあって、何年か経ったころには一等研究員にまで昇り詰めてたけどな」
「それって、偉いの?」
「まあな。あのジヴィナが何年経っても三等研究員なあたり、出世するのは決して簡単じゃないと思うぞ。ちなみにオレの上には部長と所長、そんで一番上に監督官がいて、あのコミュニティのリーダーを務めていた」
んー、話を聞く限りじゃ大体中間管理職くらいの立場だったようね。
あのクソだらけの魔境でのし上がるくらいの能力はあるってわけか。
「『未来視』って言ったけど、それってどういうギフトなの?」
「そのまんまだ。未来が視えるようになる能力だよ。『誰がどういう行動をとったらどうなるか』ってことが瞬時に分かる能力だ。ま、あんまり先のことは見えねぇし、ちょっとしたことですぐにズレちまうけどな」
「『もしも』のことまで分かるの?」
「ある程度はな。……勝手に発動することもあって、そういう場合に視えるのは大抵とんでもない異変や事件だったりする」
「もしかして、今回の脱走騒ぎも?」
「ああ。『お前を拾って、施設に入れて、試験を受けさせて、ゴミ箱の中に携帯食料を仕込んでそれを拾わせて』……って具合にこまめに調整しないと望んだ未来へは進めないけど、逆に言えばどうすればその未来へ進めるかは大体分かる」
ゴミ箱の中に、食料? ……!
「……あのゴミ箱に入ってたの、アンタが入れた食料だったのね。てっきり誰かが間違って捨てたものかと思ってたわ」
「ただでさえ食糧難なのに、貴重な食料をうっかりゴミ箱にぶち込むバカなんざいねぇよ。で、その食料をNo.77に渡して、お前たちの間にほんの少しだけ繋がりができて、例の最終試験の結果になったわけだ」
「要するに、全部アンタの手の平で踊らされてたってわけね。私も、あの子も、施設の職員たちも」
「あるいは、オレ自身もこのギフトに操られてるのかもしれねぇけどな。ま、なんにせよ、こうして無事に脱出できたんだし深くは考えずにいくとしようぜ」
そう言いながら、焚火に薪をくべていく茶髪。
……なんでコイツとこんな話をしてるのかしら。
「そういえば今更だけど、お前なんでそんな強くなっちまったんだ? ここまで『こうすればNo.67が強くなって脱出できる』って未来視の指示に従って行動してきたけど、肝心のきっかけが分かんねぇんだが」
「言ってなかったっけ? あの独房で飢え死にしそうになってたところに、No.1が侵入者の腕を私の目の前に転移させたのよ」
「え、それでどうしたんだ?」
「それを美味しくいただいて、気が付いたらこうなってた」
「おいしく……? ……え、もしかして食ったのか!?」
「……言っとくけど、ヒトなんて食べるのアレが最初で最後だからね」
「いや、まあ、飢え死にしそうになってたならやむを得ねぇだろうし、……そもそも侵入者が人間だったかすら怪しいけどな」
見た感じは普通の人間の腕に見えたけど、実際はどうなのかしらね。
あの腕も、味自体は血生臭いばっかりだったのに、なんというか舌じゃなくて身体全体で『美味しい』って感じてたように思えた。
……ヤバい。最初で最後とか言ったけど、正直言ってあの腕だけはまた食べたいわ。
「しかもガリガリだったのに、あちこち立派になっちまってまぁ……」
「オイコラどこ見てんのよアンタは。言っとくけど、寝てる間になんかしてきたら殺すからね」
「冗談だよ。いくらスタイルよかろうが、ガキにゃ興味ねぇっての。まああと5年くらい経ったらいい具合に ぉぐはぁッ!?」
「うるっさいわよ! さっさと寝ろこのバカが!」
失礼なこと抜かしてきた茶髪に鉄拳制裁で強制就寝。いい夢見ろよ。
……私もさっさと寝るか。
あ、なんかすごく寝心地がいい。
部屋が広いのと、小汚くても分厚い寝具に包まることができてるからかな。
あと、なによりもお腹がいっぱいなのがすごく幸せだ。
……生きててよかった。
寝てる間に、ふと、夢を見た。
誰かと笑いながら、食事を楽しむ夢。
多分、恋人なんじゃないかと思う。顔はおぼろげでよく覚えていないけれど、綺麗な女の子と一緒にご飯を食べて―――
いや、待て。なんで女の子相手なのに恋人だなんて思ったんだ私は。そっちの趣味はないぞ。
……きっと慣れない満腹感と幸福感のせいで変な夢を見ただけね。断じてそっちの趣味はない。ないったらない。私はノーマルだ。多分。……恋愛なんかまともにしたことないけど。
お読みいただきありがとうございます。
腕の人も、No.67側の夢を見ている模様。




