ここを蹴られると死ぬ
新規の評価、ブックマークありがとうございます。
お読みくださっている方々に感謝します。
ゴリラのクソまずい肉を齧りとって飲み込んだら、ステータスに変化が。
具体的に言うと、膂力と特殊能力の数値が上昇して、ギフトにゴリラの使う『膂力強化』の項目が追加されている。
……ゴリラの肉を食べたら、ゴリラのギフトが使えるようになったってこと?
いやいやいや、ありえないでしょ。そんな簡単にギフトが使えるようになるなら、あの適合試験とかなんだったんだって話じゃないの。
普通なら高いリスクを負って例の注射を受けない限り、ギフトを授かることは無いはず。
となると、やっぱ原因は『摂食吸収』のギフトかな。字面からして『食べて吸収』って意味だろうし。
今の状況を見る限りだと、このギフトは『相手の肉体を食べることで、相手の能力値の一部とギフトを自分のものにできる』効果があるようだ。
ゴリラのギフトがLv5なのに追加されたギフトはLv1なあたり、そっくりそのままってわけじゃないみたいだけど。
『ゴルァッ!!』
っ! ヤバい、考え事なんかしてる場合じゃない!
私に向かってゴリラが腕を振り回してる。回避、無理、受け止め、いやこれ以上は防御するのもキツい。
……ああもう、ぶっつけ本番だ!
『膂力強化』発動!
「うぐぅっ!」
『ゴルゥッ!?』
殴りかかってきた腕を『膂力強化』のギフトを使ったうえで受け止めた。
いてて、さすがに全然平気ってわけじゃないけど、さっきまでよりずっと軽く感じる。
んー、ゴリラが弱くなったというよりも、私の身体が丈夫になったって感じだ。
ちょっと状態を確認してみましょうか。
NO.67-J
ランク■
状態:軽傷(腹部打撲 頸部内出血) 膂力強化(×1.3)
【スペック】
H(ヘルス) :227/312
M(マジカ) :313/317
S(スタミナ) :301/315
PHY(膂力) :381(×1.3)
SPE(特殊能力):375
FIT(適合率) :■■%
【ギフト】
摂食吸収Lv1 逶エ謗・謫堺スLv■ 膂力強化Lv1
思った通り、膂力に補正がかかってる。
ゴリラの膂力強化ギフトがLv5なのに対して、私はLv1しかないのにそれほど効果に差がないわね。
SPE(特殊能力)の値が高いから、ギフトのレベルが低くても高い効果が発揮できるってことなのかな。要検証。
なんとか戦えるレベルまで膂力の差が縮まった。
しっかし、私の胴体よりも太いゴリラの腕と大差ないレベルまで力持ちになれるなんて、ギフトって物理法則とかも無視してるわよねー……。
ギフトの代償は、Mを消費することで支払われているみたいで、発動中は大体一秒に1ずつ減っていってる。
使わなくてもいい時はこまめにOFFにしておかないと、あっという間にM切れになりそうね。
そう、今のコイツみたいに。
『グ、ゴルルゥッ……!』
おやおやぁ? さっきまであんなに威勢よく暴れていたのに、なにやら焦ってるみたいねぇ?
そりゃそうか。アンタ、もうMが残り二割を切ってるものね。考えなしにギフトを使い過ぎるとこうなりますの図。
『ガッ!』
それでもバカの一つ覚えみたいに突っ込んでくるのね、アンタは。
アンタの攻撃を受ける時だけギフトを発動して、Mを節約しつつ防戦に徹すればそのうちゴリラのMが切れる。
その後に私がギフトを発動しつつ攻勢に出れば、勝てる。
『グルァッ!!』
「っ!? 速っ……!」
とか楽観視してたら、ゴリラの動きが急激に速くなった。
はっや!? ちょ、ちょっと待ちなさい! さっきまでそんな速くなかったでしょうが!
ステータスを確認してみると、『膂力強化・速度特化』という項目が状態欄に表示されていた。
なにそれ!? 私そんなの使えないんだけど! あ、もしかしてギフトのレベルが上がるとできることの幅が広がっていくの?
『グルッ! ガルッ! ガァッ!!』
「くっ……!」
くそ、ゴリラの動きが速すぎてタイミングよく防御しようとしても間に合わない。
常に膂力強化を発動してないと、致命傷をもらいかねないわね。
しかもこのゴリラ、こっちに向かって突っ込んでくる瞬間だけギフトを発動するようにしてMを温存してる。
考えなしに常時発動することをやめて、必要最低限の消耗で済むように戦いかたを変えてきた。
ますい、こっちのMの減るペースのほうが早い。このままだと、こっちのMもすぐに切れてしまう。
飼われている身とはいえ、これでも異獣のはしくれ。戦いには慣れてるってか。
浅知恵ね。所詮ケダモノか。
「……喰らいなっ!!」
『ギィッ……ギャッ!?』
高速で突っ込んでくるゴリラの顔に向かって、砂利を投げつけた。
さっきから攻撃の狙いが大雑把なところを見ると、身体の動きは速くなっても動体視力が追いついていない。
それだけ速く動けるのは大したものだけど、こっちに近付く時になにかを投げつけられたら、相対的に衝突するまでの速さも上がる。
そしてそれに目が反応できていない。だから、私の投げた砂利をモロに被ってしまった。
目の中に砂利が入ったようで、顔を押さえている。さっきのお返しよ。
わずかに隙ができたところに、膂力強化して思いっきり『弱点』に向かって蹴りを入れるっ!!
ゴスッ!! と重く鈍い音とともに、足に確かな手応え。いや足ごたえ? を覚えた。
どこを蹴ったって? そりゃ弱点よ、弱点。男性限定の。
『グッギャッァアアアァアアアアァアアッッ!!!?』
股を押さえながらのたうち、転げまわるゴリラ。
激痛からか、目から涙を流しながらヨダレと鼻水を撒き散らしている。きたない。
……『腕の人』の知識によると、『ここを蹴られると男は死ぬ。マジで痛くて死ぬ』らしいから試しに思いっきり蹴ってやったけど、見てて引くぐらい効いてるわね……。
もう痛くて痛くて仕方が無いようで、隙だらけの姿を晒して悶絶している。
さて、そんな隙だらけのゴリラ君ですが、こうなるともうまな板の上の鯉。……鯉ってなんだろ。
そのへんに落ちていた鉄筋を拾って、ゴリラの目に向かって一息に突き刺すっ!
「ぃやぁぁあああっ!!」
『ゴガビョォォアアアアッッ!!!?』
さらなる痛みが目に、そして貫かれた頭に走っていることだろう。
突き刺した鉄筋をグリグリと捻って、ゴリラの頭の中をシェイクする。
『ガ……か、カ……ァ……ッ……』
か細い断末魔の悲鳴を上げた後に、数度痙攣してから動かなくなった。
ステータスを確認してみると、Hが0になっているうえに青かった画面が赤く変わっている。
……どうやら、死んだみたいだ。
「ふ、ふふ、くふふふふっ………!」
不意に、笑いがこみ上げてきた。
生き残れた安心感からか、勝利の余韻からか、それとも殺されそうになったことへの復讐を果たした達成感からか。
どれでもいい。どうでもいい。私は、勝った。勝ったんだ……!
「私は生き残ってやったぞ、クソどもが!!」
窓からこちらを眺めている職員たちに向かって、改めて中指を立てながら言ってやった。
ねえねえ、今どんな気持ち? これで殺せると思ったのに、生き残ってるけど今どんな気持ち? ねえ。
『くっ……想定外ですが、問題ありません』
スピーカーから、ジヴィナの狼狽したような声が放たれた。
まだなんか送ってくるつもりなの? しつこいわね。
「なにか送るつもりなら、さっさとしなさい。全部蹴散らしてやるわ」
『いいえ、その必要はありませんよ。我々があなたに、廃棄物にすることはなにも変わりません』
「? どういう意味?」
『少々あなたを収容する個室が大きくなったというだけのこと。そこで餓死するまで放置すればそれで済むことです。……要するに、あなたに勝ち目なんてはじめからなかったということですよ、NO.67-J』
げっ、マジかこいつ。
どうしよう、さすがにここの隔壁を破壊できるほどの膂力は私にはないぞ。
あのゴリラでも無理なんだし、私に壊せるわけがないって。……くそ、せっかく生き残ったと思ったのに……!
『そのまま独りで惨めに死になさい。あなたの身体は、実験対象として有効活用させてもらいますよ』
「……地獄に落ちろ、クソババア」
『ふふふっ、落ちているのはあなたのほうですよ、廃棄物が。ではごきげんよう―――』
『いいや、お前らもここで落ちてろ、クズが』
……えっ?
ジヴィナの声の後に、誰かの声が聞こえたと思ったら、パァン パァン と派手な音が響いた。
窓を覗いてみると、誰かがジヴィナたちのいる部屋に入りこんできて、銃を発砲したみたいだ。
『な、な……!?』
『ツヴォルフ、一等員……!? なにをしているのですかっ!?』
『ああ、悪い。今日付けでオレぁもう辞めさせてもらうわ。そこのお前、アタマに風穴開けられたくなかったら、今すぐ最終試験場の隔壁を開け』
『……自分がなにをしているのか分かっているのですか、ツヴォルフさん』
『おう。このクソみてぇな施設からさっさとトンズラさせてもらおうとしてんだが、そのついでにアイツも出してやってくれねぇか。まあ、一人も二人も大して変わらねぇだろ? ……死にたくねぇなら、さっさと開きなグズ』
ジヴィナたちに銃口を向けながら、煙草を咥えつつ軽い口調で脅している、茶髪の男。
私を拾ってこの施設に入れた男が、そこにはいた。
……あいつ、なにやってんの?
お読みいただきありがとうございます。




