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少女が“騎士”を選んだ日(1)


   ◇ ◇ ◇



 ――――10年前、王城の庭。


 8歳のレイナートは、とても8歳児とは思えない速さで庭園の木々の間を逃げていた。

 なぜかといえば、頭の上を、脇を、ピュンピュンピュンピュン火の玉が走っていくからだ。


 当たった植木には綺麗な真円の穴が開く。

 自分に当たれば同じくらい綺麗な風穴が身体に開くのが目に見えている、というわけだ。



「どこぉ?

 レイナートぉ」



 たいへん可愛らしい声をかけて、鬼、もとい、絶世の美少年の王子ユリウスがこちらを探しにくる。


 いつものことだ。

 何やら見たことのない正体不明の魔法をいきなり撃ってきたかと思ったら


『どう?

 操作性の高い炎魔法を開発したんだよ』


と普段無表情な綺麗な顔に、褒めて褒めてと言いたげな()()()()を浮かべ、ドカドカと攻撃魔法を放ってくるのだ。


 レイナートのことを『一番仲が良い遊び相手』とユリウスは言うが、こちらの逃亡は毎回命がけ。だって攻撃はほぼ明らかに殺す気である。


『たまには反撃してきてほしいな』

と王子は言う。


 こちらの身分が下なのだから、万が一にも王子を傷つけるわけにはいかないのに。

 こちらがなにか魔法を撃ちかえすと、王城の庭や建物が大惨事になってしまうのに。


 本日、父のカバルス公は、王からの呼び出しで不在。

 世話係の転生者イヅル(16歳)に頼れば、血の気の多いイヅルとユリウスが本格的にぶつかって、これも大惨事まったなし。

 唯一頼れるとしたらユリウスの姉のオクタヴィアだろうか。

 しかしいま彼女は王城の図書館にいる時間。

 そんなところに逃げ込めば、本がすべて焼け焦げてしまう。



(ひとりで逃げ続けるしかない)



 いつものことです、わかってます。

 だから死ぬ気で逃げ回ります!!



 どこかで王子を撒いてから、建物のなかに入る。

 うっかり追ってこられれば、城の美しい装飾がめちゃくちゃにされ、ついでに大人たちからすべてレイナートのせいにされるところまで目に見えている。


 庭園を迷路のように彩るのは、ブロック状に切り揃えられた植木。

 まだまだ小さな身体をいかして、根元を、くぐっていく。



(おや?)



 そろった植木の壁で囲まれた中に、見慣れない、背の低い木が密集しているらしい繁みを見つけた。


 ……こんな、手入れされていないところあったっけ?


 レイナートの記憶にはなかったのだけど、もはや背に腹はかえられない。

 その繁みに飛び込んだ。



「きゃっ……!?」

「えっ……?」



 おかしなことが起きた。

 飛び込んだと思った繁みが、飛び込んだその瞬間消えたのだ。

 肌にも身体にも木の感触はなかったし、視覚からも消えている。

 そしてそこにいて、レイナートを見て小さな悲鳴をあげたのは、小綺麗なドレスをまとった、自分より幼い女の子だった。



「だ……だれ?

 どうして!??」



 鮮やかな赤の髪に、宝石のようにきらめく緑の瞳の、おそらく5歳か6歳ぐらいだけど、とても綺麗な女の子だ。絵画のように、いや、絵画よりも綺麗。

 だけど、ぎゅっと力をいれるように小さくうずくまり、レイナートを見て、ひどく怯えている。



「ご……ごめん。

 隠れたくて、その。

 恐い相手から逃げてるんだ」



 声をかけても、見開いた目を向けて、ジリ、と、レイナートから遠のこうとする少女。

 どうしよう、泣くかも。。。



「レイナートぉ?」



 ギクリ、とした。

 すぐ後ろで、ユリウスの声がした。

 そして振り向いたら、まさに至近距離にまで来ていたユリウスと目があった。

 万事休す。


 ……と思ったら。



「どこ行ったの?」



 ふい、と、目をそらし、ユリウス王子は(きびす)を返してどこかに行ってしまった。



(………え、なにこれ)



 予期せぬ状況に、レイナートは少女を振りかえる。



「……光魔法……」


「え?」


「人の目にはいる光をいじる、の。

 木のしげみが、あるように、見せてるの」


「…………君が?

 光魔法かけたの?

 それも、すごく難しいはずだよ?」



 こくり、とうなずく少女に「……すごい」とレイナートは呟く。

 8歳のレイナートは、ユリウスには毎回ひどい目に遭わされるものの、すでに、同年代のこどもどころか大人に比べてもだいぶ魔法が得意なのだと認識していた。

 大人たちは彼の生まれについて中傷したが、それでもどこかレイナートを恐れていた。


 その自分ができない魔法をやってのけている、自分より小さな女の子。

 単純にすごい、と思う。


 しかし、ここに5、6歳の女の子ひとりでいて大丈夫なのだろうか。

 王城のなかにいて、この身なりということは、貴族の娘だろう。家族や世話係とはぐれてしまったのではないか?



「迷子?」 問われた少女は、首を横にふる。


 王城には、貴族の家ごとに与えられた部屋がある。とりあえず、そこまで連れていこう、とレイナートは考えた。



「お部屋までつれていってあげる。

 お父さんの姓はわかる?」


「………アースガルズ……」


「宰相のおうちだね。行こう」



 レイナートは少女に手を差し出す。

 どこかにつれていってくれるとき、父は肩にのせてくれて、世話係のイヅルは、いつも手をつないでくれた。

 だから自分もそうするべきだと、思ったのだ。

 しかし、少女は首を横にふる。



「大丈夫だよ」



 レイナートは手を伸ばし、少女が膝をかかえた小さな手をとった。



「!!!!ダメ!!!!」



 少女は驚いたようにレイナートの手を振り払った。



「焼けちゃうから、ダメ!!!!」

「焼けちゃう……? って?」



 少女は答えず、また、顔を伏せる。



「大丈夫?」



 レイナートは、少女の肩に手をふれた。


 すると、どうしたことか手が急激に焼けるように熱くなって、とっさに手を引いた。



「ほら!!

 焼けちゃうのに!!!」



 泣きそうな顔で言う少女。

 レイナートは幼い手のひらを確認した。

 確かに、一瞬にしてひどい火傷ができている。


 どういう現象だろう?

 さわると焼ける?

 魔法? それとも、呪い?


 いずれか判断はつかなかった。

 ただ、自分の痛みより、目の前の泣きそうな女の子に、泣かないでほしいと思った。


 レイナートは、痛みをこらえがんばって、笑顔を作る。焦げたてのひらを、少女に見せながら、自分で自分の身体に、魔法をかける。



「〈深治癒(アルタ・サナーレ)〉」



 上級治癒魔法だ。焼かれた皮膚がじゅわじゅわとふくらみ、皮の下から新しい皮が盛り上がり、ピンクの肉を覆っていく。

 完全に元通り、とはいかないが、ほぼ火傷の跡もわからないほどに治癒してしまった。



「大丈夫。

 焼けても、治せるから。

 気にしないで」



 そういって、その手を少女に差し出す。

 おずおずと、小さな、人形のそれのような手が、レイナートの手をとった。

 しっかりと握る。

 今度は、まったく熱くなることも火傷ができることもなかった。



「名前は、なんていうの?」

「…………ベルセルカ」

「そっか、ベルセルカ、か」



 レイナートは、手を引きながら、ベルセルカをつれて王城の建物に入った。

 なんとなく、侯爵家の部屋の並びは覚えている。

 たぶんつれていける。



「ベルセルカは、散歩してたの?」

「……かくれてたの」

「かくれんぼ?」

「あのね、あの……」


 ベルセルカは、意を決したように、顔をあげ、大きな目でレイナートを見つめる。



「もうすこし、かくれてたいの。おねがい」



   ◇ ◇ ◇



「………で、宰相の娘をこちらの部屋につれてきた、とな?」



 今年70歳になる父バルバロスは、王城の、カバルス公爵バシレウス家に割り当てられた部屋に帰ってくるなり、見知らぬ幼い少女が来ているのを見つけて、レイナートを問いただした。


 人間としては並外れてからだが大きく、巨人かオーガの血でも引いているのではとさえ噂されるバルバロスの姿に、ベルセルカはすっかりおびえてしまった。


 レイナートが、いちから細かく説明をすると、バルバロスは、ううむ、と、うなり、さらにふうとためいきをつく。



「宰相夫妻は今日明日と、王城に不在のはずじゃ。

 それと、21になる長兄がおったか?

 次男坊はどこぞに遊びに出ておったような。

 いずれにしろ、このままここにおっては、ややこしいことになるのう」


「しかし、父上」


「お嬢ちゃんや」



 バルバロスは、ベルセルカに声をかけた。

 


「なぜ帰りたくないのか、教えてくれるかのう?」


「……………」


「それ次第では、息子と儂が力になってもよかろう。

 しかし言わなんだら、部屋に帰すことになるんじゃが、よいのかな?」



 ベルセルカは、言うぐらいなら死んだほうがましだとでも言いたげな目で、口をつぐむ。

 バルバロスは、侍女にアゴで合図した。

 侍女が寄り添うと、少女は諦めたように立ち上がる。


 ベルセルカと侍女が部屋を出ていくと、レイナートは後を追った。



「あの、ね」



 ベルセルカに、レイナートは声をかける。



「逃げたかったら、大きな声で、おれの名前を呼んで。

 下の階だから、絶対聴こえるから」



「……………」一瞬、目を見開いたあと、顔を背けて、ベルセルカは走り出した。侍女があわてて、その後を追っていく。



   ◇ ◇ ◇

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