(20)心臓の意味
◇ ◇ ◇
ペガサスの背にしがみつきながら、マーティアは、町のあちこちの様子を見た。
夜の闇の中、そこここで燃える松明。
しかし、聖騎士団が勢いよくドラコ軍に攻めかかっていくような様子は皆無だ。
むしろ、混乱のなかで軍が動けずにいる。
「……どうして。
わたくしがいなくても動くはずなのに」
思わず、呟いた。
国王が来たとしても、指示を出していた聖騎士団はもう止まらないと思っていたのに。
指揮系統はいったいどうなっているのか?
まさか、カバルス軍に完全に封じられた?
(いえ、あの方の……レイナート様のしわざなの?)
思わず空中でマーティアは目をこらし、国王が乗っているという竜の姿を探した。
夜空でそれは困難を極めたが、ほどなくして遥か遠くに、星をさえぎる黒い影を見つける。
(あれが、ドラゴン?)
あそこにいけば、レイナート様に会える?
ついこの間、ベルセルカの『従者』としてついていた男性を思い出す。
従者としては様子がおかしく、しかも蘇生魔法という非常に高度な魔法を使った。その上に、この国ではたいへん珍しい黒髪の持ち主だ。
近づき、確認したが、瞳の色が違い烙印もなかった。
それでも彼がレイナートなのではないかという疑いを捨てきれず、思わず烙印の位置に口づけてしまった。でも、確信などもてはしない。
……さきほどは、何を躊躇したのだろう。
私は、あの方にお会いしたいのに。
ずっとずっと、お会いしたかったのに。
ペガサスの首を影の側に向けさせて、マーティアはドラゴンを追おうとした。
その時。
「やぁ、こんにちは。
それからさようなら」
穏やかな男性の声がうしろからかかったと思ったら、背に恐ろしい衝撃が走った。
マーティアは、自分の体を見下ろす。
腹のあたりから、誰かの手が突き出ているのを見て、血の気が引きそうになりながら、遅れて激痛を味わった。
「やぁ、姉上。それとも妹かな?」
「貴方……は……?」
「父に代わり謝るね、君を放置していたこと」
会話が噛み合っていない。視界のはしに、うしろの男性の髪らしき銀色が映る。
「ちち……?」
「利用するために隠し子をつくるなら、養子にぐらいしなよ、って思うよねぇ」
「あなた、は……?」
問いかけながら、マーティアは答えを薄々わかり始めていた。
銀の髪、そして飛行魔法。
行方不明の王子、ユリウス・テュランヌスだ。
(私は、隠し子?)
頭が働かない。
腕が栓になって、血はほとんど流れていかないけれど、ずっと苦しくて、痛い。
自分はこのまま、死んでいくの?
「……レイナートさま、に……」
「ああ、やっぱりレイナートはモテるねぇ」
「レイナートさまの……お顔を……教えて……」
自分がもう死ぬのだとわかったら、王女かどうかなどよりも、ただ、レイナートに会いたかった。確かめたかった。愛した人の顔も永遠に知ることないまま死ぬなんて。
それを知ってか知らずか、ユリウスはぶちゅりと音を立てて腕を抜く。
マーティアに寄り添うように、馬にまたがったようだ。
そのまま瀕死の“聖女”を後ろから優しく抱きしめ、頭をなでてくる。
「恐くないよ、お兄ちゃんが一緒にいてあげる。……って妹でいいのかなぁ?」
そう声をかけ終えたとき、マーティアは凍りついた恐怖の表情のまま、絶命していた。
だくだくと流れ落ちた血がペガサスの背を赤く染める。
困惑するようにいななくペガサス。
ユリウス王子は、マーティアのからだを抱き上げて、ペガサスをはなれて、ふわりと飛んだ。
飛んだ先は、ほぼ半壊の国教会支部の建物。背の高い聖堂らしい建物に着地して、マーティアのドレスをコルセットごと正面から引き裂く。
露出した肌の、その胸の心臓のあるあたりが淡く光っていた。
女の膨らみになど目もくれず、ユリウスは心臓に向けて指を突き込む。
ぐちゅり、という音を立てたのち、光る宝石のようなものをユリウスは掴み出た。
月にかざし、それを確認して
「予想より大きいや」
と、妖艶な笑みを見せた。
◇ ◇ ◇
「聖騎士団、ここも武装解除ですね、よかったです!」
再び各所を回り出したベルセルカ。
とある地点で声をかけると、ドラコ騎士たちは、「いや、ほとんど、ペルセウスさんがなさったといいますか……」と、遠慮した言い方をする。
「戦闘に発展したポイントでも、レイナートさまが止めてくださったようですし、これでほぼ今日の攻防は終わりそうですが、夜が明けるまでは何が起こるかわかりません。気を引き締めて、あともうひとふんばりしてくださいね!!」
「はい!!」
ドラコ軍は、よい返事を返した。
一方。
「………で、当のペルセウスは何をしているんです?」
モンスターの死骸の山をモソモソと漁っている少年に、ベルセルカは声をかけた。
正確に言うと、ものすごいスピードでモンスターの体を解体しているのだ。
「モンスターの体から素材を取り出しています。
まぁ。大半は持って帰れないので、あとから来た冒険者の人たちが選びやすいようにさばいているのですが」
「あとじゃダメなんですか?」
「すみません、あと少し……特に魔核は取り出しておきたくて」
「魔核?」
「魔石と呼ぶ方もいます。強い魔力を持った生き物が死亡すると、血液にのって全身を流れていた魔力が心臓に戻ってきて、それがこんな……」
ペルセウスは右手を掲げた。
血まみれの手になにか、キラキラしたものを持っている。
「宝石みたいな石になるんです」
◇ ◇ ◇




