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(19)“聖女”の敗北

   ◇ ◇ ◇



 突然ドラコの空に(ドラゴン)が現れたという情報は、国教会聖騎士団の間にまで瞬く間にひろまった。


 今のドラコの聖騎士団軍は、マーティア・ホプキンズの信奉者たちが多数を占める。

 つまり、冒険者はじめドラコで雇用した兵たちが多い。

 そして、冒険者にとっても、ドラコの人間にとっても、(ドラゴン)は、恐れるべき、そして敬意を払うべき別格の存在なのである。


 古来、武勇自慢の騎士などが、何ら民に害を及ぼしていないのに、わざわざ集団を引き連れて、罪もないワイバーンや、若くてまだこどもの(ドラゴン)を狩るような行為をすることがあったが、冒険者たちの間では強く非難され軽蔑されるのだ。


 命令にもかかわらず空を見上げ、竜の姿を少しでもとらえようとする。



「こら!!!

 進むのだ、おまえたち、何をやっている!!」



 指揮官の言葉が、そこここで、むなしく空回った。



 ―――その竜が、とある箇所で、緩やかに地面の近くまで降りてきた。



「陛下!!」



 町の外で軍の体制を整えていたイヅルが、その頭に乗っていた男の姿を認め、駆け寄って声をあげた。

 王都にいたはずの国王レイナートだ。

 到着が見込みよりもはるかに早い。

 今回は間に合わないと思っていたのに。

 来てくれてありがたすぎる存在だったが、それにしても登場の仕方が予想外だった。



「どうされたんですか、この(ドラゴン)は!? まさかこれは」


「“血の結婚式”の時に、俺を助けてくれたノールトの(ドラゴン)だ。

 また来てくれると思わなかった。

 ……あとちょっと速すぎて酔った」



 ふらつく主の最後の言葉に力が抜ける思いのイヅルだったが、ふう、と息を吐いて、わずかに笑む。


 急に、聖騎士団軍の動きに混乱が見られたのは、(ドラゴン)の登場のせいだったようだ。

 竜は人の思いをくみ取る、とは言っても、タイミングが良すぎる。

 いったい今までどこに隠れていたかはわからないが、存外近くでこの竜は、レイナートのことをずっと見ていたのだろうか。



「イヅル。国王が到着したと、全軍に至急伝えてくれ。

 くわえて指揮系統が混乱しないよう、引き続きベルセルカの作戦を維持で、と。

 この(ドラゴン)がまだ付き合ってくれるようなんでな、俺はいったんドラコ中を見て回り、戦闘が始まった箇所を、都度援護する」


「はい!」



 ――――〈転移魔法〉を得意とする者が多いカバルス軍では『伝達』は最速で行われる。


 たった1人にして文字どおり最強の援軍の存在は、全軍を勇気づけた。



   ◇ ◇ ◇



 一方。



「よそ見ですよ」



 国王が来た、という情報が耳に届いて動揺したマーティアに、容赦なくベルセルカは跳び回転後ろ蹴りを浴びせ、蹴り飛ばした。


 飛ばされたマーティアは建物に背をぶつける。

 胃に吐きそうな衝撃が、残る。

 痛い、というより、息ができない。



「敵は私ですよ?

 集中しましょう!」


「あなた…ッ」



 身体は動かせなくても、魔法なら使える。


 マーティアはよたつきながら立ち上がり、

「〈神の剣(グラディウス・デイ)五撃クインク〉!!」

5連発の武具魔法を放つ。


 しかしベルセルカは魔法で放たれた剣のことごとくを最小限の動きで避けた。


 当たった後ろの建物が、ひどく破壊される。



「私には弾けない重さの攻撃ですね、さすがです」

「……〈神の水(アクア・デウス)!!〉」



 マーティアが次に繰り出したのは水魔法だった。

 自在に操られる粘度の高い『水』の塊が、ベルセルカを飲み込み窒息させようとする。

 しかし、ベルセルカの胴体に触れた端から、一気にその『水』が蒸発していく。



「なに……どういうこと!?」

「こちらのタネは秘密です!」



 マーティアには知る由もなかったが、ベルセルカの体にかけられた〈純潔の加護〉の結果だ。


 これまでよこしまな害を女のからだに加えてきていたマーティアの魔法もまた、自動発動型の〈加護〉は焼き尽くす対象とみなしたのだ。



「……どうして!!

 私のほうが、魔力がずっと強いのに」


「そうですね、戦闘魔法には長けている。

 でも戦闘の経験はありませんね?

 戦闘訓練も受けたことがないでしょう。

 魔法を出せてもまったく体が動けていない。

 足で動くのは、戦いの基本中の基本ですよ?」



 その言葉に、ギッ、と、マーティアは歯をかみしめた。

 何が腹立たしいと言って、目の前の少女は、笑みを浮かべているのだ。

 何がおかしい?

 いったい、どうしてそんな表情をする?



「…………落ち着いてください。

 レイナートさまはまだこちらには来ませんよ」


「何をおっしゃりたいの?」


「私たち、もう少し話をする余地があると思いませんか?」


「ないわ」



 レイナートがドラコに来てくれたという情報、マーティアは実は嬉しいと感じていた。

 愛した人が近くにいる。

 ようやく、愛した人の顔を見ることができる。

 その人だと確信を持って知ることができる。


 一方で、自分の焼かれた顔を見せたくないとも思ってしまう。



「―――〈大神炎フラマ・デイ・マグヌス〉!!」

「〈消炎イクスティンチョ・イグニス〉!!」



 マーティアが撃った火炎魔法を、間髪入れずにベルセルカは消火してくる。

 しかも、



「危ないじゃないですか、街中で!

 人の家を焼いちゃダメですよ!!」



 いまさら力が抜けるような言葉を吐いてくる。

 さっき剣が貫いた家はいいのか?



「なんなの……なんなのよ貴女(あなた)は……」


「お話する気になりました?」


「さっきから、降伏しろと言ったり、いったい何だというの……。

 聴きなさい。

 私は、貴女じゃなくて私こそが、先の国王陛下に認められた、レイナート様の婚約者だったのよ!?

 貴女の存在のせいで政略結婚はつぶれてしまった。

 そんな、貴女なんかと……!!」


「レイナートさまのこと、お好きですよね?」


「…………ええ、誰がなんと言おうと、誰よりも私があの方を愛しているわ。たとえ、顔を知らなくても」


「だからこそ、降伏しませんか?」



(いったい何を言っているの、この子?)



 極度のお人よしなのか?

 と一瞬考えたマーティアの耳に続いて飛び込んできた言葉は、それとはまるで違うものだった。



「私は未熟です。“千人殺し”を名乗りながら、好感を持った人を傷つけられれば激昂してしまうし、そんな人の命をたてにされた瞬間、躊躇(ちゅうちょ)してしまいました。

 でもあなたは、“聖女”をなのりながら、会ったこともない何の罪もない人を、情をかけず殺すことができる。なかなかすごい才能だと思います」


「……皮肉がお上手ね」



 そこは糾弾すべきところではないのか。

 いったい何を言っている?



「皮肉じゃないですよ!

 戦地の過酷な環境で育ったわけでもなく、戦場に出たこともないのにそれができるなんて、本当にすごいんですよ?

 きちんと鍛練と訓練をすれば、私よりもずっと強くなります」


「そんな女に私がなりたかったと思うの!?」


「でも、レイナートさまには強い右腕が必要なんです」


「………………!!??」


「いまの私よりももっと強くて、いまの私よりもずっと冷徹な判断ができる右腕が必要なんです。

 だから」



(なにこの子、―――――何なの、この子!!??)



 マーティアはひどい吐き気を覚えた。



(愛情が……なにか、ずれている?)



「……教えて。

 貴女、さっきなぜ、レイナート様はすぐには来ないと、自信を持って言ったの?」



 相手が一番最初に自分のことを思ってくれることを、だれよりさきに自分のもとに駆けつけてくれることを、期待するはずではないの?


 そう思いながら、マーティアが問うと、何を言っているのか?という怪訝そうな顔を一瞬してから、ベルセルカは答えた。



「当たり前ですよ。

 私のところに最初に来たら、士気が一気に下がるじゃないですか?

 そんなことしたら、私、レイナートさまだろうとぶっ飛ばしちゃいます」



 ――――ボキリと、自分の心が折れる音を、マーティアは聞いた。



 短い言葉で雄弁に語られてしまったのは、特殊すぎる立場の2人の間に特化してしまった関係性だった。

 これは愛情なのか? 絆なのか?

 長い年月、過酷な行軍、ともに命を張った戦場、信頼、何がそうさせたのかはわからない。



 それでもひとつだけ、マーティアははっきりと、悟らされた。



(わたしは、この2人の間には、入れない)



 泣きたい。泣くしかない。敗北を認めなければならない。

 勝負に負けたことよりも、愛情で負けたことのほうがショックで、言葉も出てこない。



 これ以上、この女と話すのは、耐えられない。

 マーティアは泣きながら、ようやく回復の兆しを見せていたペガサスの上に乗り、その腹を、蹴った。



   ◇ ◇ ◇



「―――ベルセルカ!!!」


「ドレイク、どうしたんですか!?」


「いや、姉上が、ベルセルカがあぶねぇんじゃないかって……ひとりで、どうした!?」


「あ、いえ、全然大丈夫だったんです……けど。振られちゃったみたいです」


「……はぁ?」



 ベルセルカは、マーティアが去っていった空を見つめた……が。


 その緑の瞳は、そのあとを追うように走る一筋の光をとらえた。



   ◇ ◇ ◇

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