(11)最上級の災厄が気まぐれにやってきた。
「た、た、大変です!!!
きょ、きょ、巨大な狼が、まっすぐ城に向かってきています……!」
「巨大狼? 一頭ですか?」
「は、はい!
馬よりも熊よりも、ずっと大きいのです!!
今すぐ迎撃を!!」
「ダメです!!! その娘は仲間です!」
「……その娘?」
「奥に伝えて、水浴びの用意をお願いします!
あと、誰か、大きな毛布を持って門の外へ来てください!!」
言うなり、ベルセルカは建物の外へ走った。
「テキロ!!!!」
愛馬の名を呼ぶと、厩からテキロが駆け出てくる。
目の前に来たテキロには鞍も手綱もつけられていなかったが、ベルセルカがその裸の背中に跳び乗ると、迷わず城の門へと走り出す。
門番に開門させると、ちょうど、珍しい茶色い毛の狼が、堀を渡る跳ね橋の向こうに姿を見せ始めたところだった。
「――――おっつかれさまですー!!
レマー!!」
ベルセルカの声にこたえるように、昼日中から大きく吠えて、狼は橋を渡ってきた。
報告どおり大きな大きな狼。
この国で最も恐れられる魔獣のひとつ、魔狼である。
その背には二人、人間をのせている。それぞれ、身軽に橋の上に飛び降りた。
狼に乗ってきた人物の一人は、十二、三歳ほどに見える金髪碧眼の少年。
もう一人の人物は、青い髪、中性的な整った顔立ちの長身。
カバルス軍総長にしてレイナートの側近中の側近、イヅル・トマホーク。
前世は男、今世は女の体に産まれた転生者の元奴隷である。
下馬したベルセルカが狼をなでようとすると、どうも本能に従ったのか、ベルセルカを押し倒してぺろりと顔をなめてきたので、「ぅひゃああああっ!」と悲鳴を上げてしまった。
イヅルが静かに嘆息すると、自分の体を包んでいたマントをはずした。
「レマ、さっさと人間に戻れ」
イズルが無理矢理、狼の頭からマントをかぶせる。
とたんに狼の体はシュルシュルと縮み、マントの中にすっぽり収まるほどの人型へと変異する。
最後に、マントのなかから顔を出したのは、茶色の髪の、17歳の人間の少女……レマだった。
裸の身体をマントでくるみ、恥ずかしそうに彼女は笑う。
「えへへへ……ちょっと完全に前世に戻っちゃってました」
「こっちはそのまま食べられるかとほんのり覚悟しましたけどね?」
「え、えっとっ、ごめんなさい」
「まぁそれはともかく、
レマ。ドラコまでの走りどおし、本当にお疲れさまでした。
部屋は後で用意してもらうので、水を浴びたらレマはいったん私の部屋で眠っちゃってください。
イヅルとペルセウスは、身支度を整えたら話をしましょう」
「あ、ありがとうございます」
「では、おれたちは先に」
……微妙に気配と空気を読んだイヅルが、レマと少年を促して、橋を渡り門の中へと入っていった。
それを見送って、姿が見えなくなったそのタイミングで、
「――――メサイアさまー」とベルセルカが呼んだ。
と、思ったら、城壁の上に身を潜めていたメサイアが、跳躍して橋の上に、ダン、と下りる。
「……なに、アレ?」
「狼ですか? 国王親衛隊のレマ・ユピテルです。
と、カバルス軍総長のイヅル・トマホーク、剣闘騎兵隊のペルセウスです。みんな強いですよ」
レマ・ユピテルは、元奴隷の転生者で、魔狼からの生まれ変わり。
普段は人間として戦うが、必要があれば、転生者特化型変姿魔法〈前世還り〉で前世の体に戻り、魔狼として戦うのだ。
だが『誰が転生者で誰がそうではないか』は、『非常にプライベートな情報であり、軍略で必要な時以外は軽率に人には言わないように』と重々レイナートに言い含められていたため、ベルセルカは所属だけをメサイアに伝えた。
「……色々な子がいるのね。
しゃべるだけならまだしも、人間に変身する猫もいるぐらいだし……」
「そうですね、いろんな子がいますよ」
「上級魔法が使える子も?」
問われて、ベルセルカは答えず、微笑んだ。
ぶるる、と、テキロが鼻を鳴らすが、おとなしくベルセルカによりそっている。
「ねぇ、ベルセルカ。
あんた、この前、上級魔法を使っていたわよね。
店の中から町の中を……〈遠隔透視〉を」
「ああ、気づいてらっしゃいました?」
「王族じゃないのに、上級魔法が使える……どうして?」
「ええと……まず最初に、どうして『上級魔法から上は、王族しか使えない』とされているかです。
かいつまんでいうと、
1、上級魔法のやり方を、王家と王佐公爵家が牛耳っていること。
2、上級魔法に必要なだけの魔力を持っていなければならず、それは王族のみとされていること。
やり方は、私、レイナート様に教わりました。
魔力については、私がどれだけ強いかはご存じでしょう?」
「二つめは、どうして?」
「鍛錬もあると思いますが……たぶんそもそも、『王家』『王族』という区切りが、必ずしも生物学的に正しくないのかなと。
私の母、王佐公爵家の出身なんですよ。
血だけだったら、確実に私も王家の血を比較的近いところで引いています。
多少、生まれつきの魔力がつよいのではないかと」
ああなるほど、そういうことね……とうなずくメサイア。
そうして何事か考えていたが、やがて口を開いた。
「ねぇ、ベルセルカ。あのニセ聖女、どう思う?」
「上級魔法を使っていましたね?」
「でも、あたしたちは、あんな王族は見たことがないわよね?」
問われ、ベルセルカはうなずく。
「たとえば先代王の隠し子とか、王佐公のとか、じゃないかと疑っているのよ。
そうじゃなく、鍛錬とかで、あんな力を持てると思う?」
「……彼女の場合、生まれつきかなりの力があると思います。
〈透視〉で確認しました。
技術はともかく、おそらく魔力だけは私の倍を超えます」
「そんなに!?」
そう、聖女の正体が気になる。一体、何者なのか?
――――お互い黙り込んだ、その時。
「あれれ、レイナートいないんだぁ?」
信じられない人物の声を聴き、ベルセルカは信じられない思いで振り返った。
城壁の上に、あぐらをかいて座る、この世のものとも思えないほど綺麗な顔の銀髪の優男。
王国最高の美女が王女オクタヴィアなら、王国最高の美男は彼だと思われていたに違いない、その男。
彼を見た瞬間、死を覚悟してベルセルカはメサイアをかばった。
なぜ、どうして、こんなところに、“血の結婚式”で王家王族侯爵家の大虐殺をした、犯人が。
「…………なんの御用ですか、ユリウス王子」
慎重に、口を開く、ベルセルカ。
事件の詳細は公にされていないため、事態をあまりわかっていないメサイアは「え、ユリウス王子? 生きて?……ご、ご無沙汰しております」とひざまずく。
「キミ、相変わらず僕のこと嫌いなんだねえ」
王子は、無表情に、目にわずかにピクリと癖を見せる。
それでいて声と口調には、穏やかな笑みを感じる。さらにはほんのり、嘲笑が混じる気がする。
彼の感情は、読み取るのはとにかく難しい。
「……レイナート様には好かれているとでも思ってるんです?」
「魔力だけなら強いって誰のこと?」
やはり会話が微妙に噛み合わない。
「あのう、ユリウス様?」
ベルセルカとユリウスの間の緊迫に、怪訝そうな顔をしていたメサイアは、おそるおそる尋ねる。
「マーティア・ホプキンズという人物にお心当たりがおありでしょうか。王族の縁者ではないかと……思うのですが」
「マーティア、か」
ユリウスはひとり、聞いて思案していたけれど、すぐに浅く貼り付けたような笑みを浮かべ、
「さぁね。知っていても教えてあげない」
と返して、姿を消した。
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