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(8)茶番VS茶番



「おうおう、何たる惨状か。

 民の泣きながら助けを請う声を聴き、駆けつけてみれば。

 このような人殺しどもが、我らの目を()い潜り、やすやすと闊歩(かっぽ)するとは」



 国教会聖騎士団を率いてきた40代も半ばの男は、芝居がかったような身振り手振りを交え、皆をねめつける。

 蘇生魔法の手を休めずに、その男の顔をレイナートは見た。

 知らない顔だ。もちろん聖騎士団長ではない。

 おそらくは最近になって、上に引き上げられた者だろう。



「しかし、この痛々しき(むくろ)の山よ。罪なき町の人間を、何十人殺したのか。

 おなごたちまで無慈悲にも斬り刻むとは、なんとおぞましい……

 そこの女、頭から血をかぶって血風呂のつもりか。

 隠しても首謀者であることを隠しきれぬな! 異端者よ!!」



 町の冒険者たちの多くは、斬られて血を失いクラクラしているものの、かろうじて生存している。

 あと2人の死者を、いまレイナートが絶賛蘇生中だ。

 地にころがるのは袋覆面の、聖騎士団によく似た装束の人間の死体や、体の部位ばかり。


 『狼藉者たちを退けて救命活動をしているところ』にしか見えないはずなのだが、男は袋覆面も町の人間であろうと強弁(きょうべん)している。

 そして聖騎士団たちは、それぞれに剣や槍を携え、ベルセルカを取り囲もうとじりじり進む。



 ここで、男の誰かではなく女のベルセルカを狙っているのは、彼女が『異性装』しているから。

 服装から目に見える『異端』だからだ。



「私、この世で、ゴキブリの次に茶番が嫌いなんですけど」



 頭から血を滴らせながら微笑むベルセルカはベルセルカで、聖騎士団に売られた喧嘩を買う気満々でいた。

 喧嘩を買うとは、彼女の中では鏖殺(おうさつ)一択だ。



 だが。

 先ほどと違い、いまはそれは悪手になる。



 いま喧嘩を買ってここにいる聖騎士団を殺せば、つまり『聖騎士団であると身元を明かしている』者たちを殺せば、国教会は万能の口実を得る。

 『治安の悪化を正すために、また、聖騎士団同胞の仇を討つために必要なことである』と言って、大軍をここに送り込むことができてしまう。

 そうすれば、ドラコは国教会の手に落ちる。


 この聖騎士団員たちがそこまで承知して、(おのれ)がいけにえになる覚悟できたかというと、どうやらこの場の男たちの顔を見る限り、ただ、自分より弱い者をいたぶりたいだけのようであるが。



 ――――あまり使いたくなかったが、この手を使うか。

 


 茶番には、茶番を。


 レイナートは首巻で烙印と傷を隠すと、ベルセルカの前に出た。

 すうっ、と大きく息を吸い。



「 ()  が  高  い  !!!!」



 ……先ほどのベルセルカの2倍は大きな声をひびかせた。

 割れんばかりの声に驚いた者たちがそれぞれ、腰を抜かしたり耳を押さえたりしている中、レイナートはさらに容赦なく大声で叫ぶ。



「こちらにおわす御方(おかた)をどなたと心得る!

 恐れ多くも歴戦の英雄にして征東大将軍せいとうだいしょうぐん、ベルセルカ・アースガルズ様にあらせられるぞ!!

 頭が高い!! ひかえおろう!!」



 ……聖職者を抜いて枢密会議を開き、宰相をどうにか説き伏せて決定したばかりの情報を、レイナートは従者のふりをして高らかに宣言した。



「征東、大将軍……!?」



 ドレイクが目を丸くしている。


 征北将軍・征東将軍・征西将軍・征南将軍はこの国の4方位を守護する将軍だ。

 その上に、内乱が発生した時のような緊急時のみ置かれ、東西南北の4方位ごとに強権と大軍をもって治安維持を行う、『大将軍』の地位がある。

 その権力は、王都の東北東・ティグリス、東のクニクルス、東南東のドラコを含む、国の1/4にもなる領域に及ぶ。

 国教会の人員で対抗しようと思ったら、この場に枢機卿が必要なほどの地位だ。


 もちろん、領主でもない16歳の女騎士が就任するのは、異例中の異例、である。

 これまでの戦果があったからこそ、それを理由に()かせることができたのだ。


 ……自分が国王であると名乗る手も考えたが、それはとある事情で問題があり、避けざるをえなかったのだが。

 ベルセルカが『えーそれ言っちゃうんですか?』というジト目でこちらを見ているが、もうこの際、茶番をやりきるしかない。



「は、はッ!?

 そんな小娘が、大将軍様なわけ、ないだろうが!?」



 そう言った男が、「ああっ!?」と声を発すると、とたんに力が入らないように地面に倒れ伏した。

 特に合図をしたわけではないが、ベルセルカの仕業である。

 彼だけではない。聖騎士たちは抗えず、次々に、強制的にひざを折らされ、平伏させられる。

 身体ばかりは屈強だが、魔力はみな鍛練していないらしい。聖騎士団長デメトリオ・エセキエルのような強靭な騎士がいなかったのは幸いだった、と、レイナートが思った、その時。



 町の入り口の方から、一頭の馬がしずしずと進んでくる。

 その横鞍(よこぐら)に腰かける女。

 闇のなかに白く浮かび上がるような美しい女。

 ふわりと白いドレスが揺れる。

 例の“聖女”である。


 レイナートは後ろに下がった。


 上級魔法を使いこなす女。

 つまり、王家王族の縁者の可能性がある。

 レイナートにはその顔に覚えはないが、彼女がこちらの顔を知っているかもしれない。

 彼はかまわず、残りの死者の蘇生にかかる。



 馬から下りた“聖女”の視線を少し感じたが、


「申し訳ございませぬ。

 あと二人の蘇生が必要にございます。

 ご無礼ながらどうか」


と背を向けたまま咄嗟(とっさ)に言い切る。


 言われた“聖女”は、ベルセルカのほうに、静かに歩いていく。



「騎士団の者が、大変を失礼いたしました。

 征東大将軍様」



 ドレスのすそをつまみ、“聖女”は微笑む。



「マーティア・ホプキンズと申します。

 女の身ではございますが国教会の枢機卿様より、この地の支部を任されることになり、恐れ多くも“聖女”の地位を賜りまして、ドラコにおります。

 救国の英雄にお目にかかれて光栄ですわ」



 “聖女”が正式な役職か何かのように語る、マーティア。



「ベルセルカ・アースガルズである。

 このたび国王陛下より征東大将軍の大任をあずかり、ドラコに入ることとなった。

 聖騎士団および国教会の“聖女”殿よりの挨拶、大儀である」



 いつものベルセルカならば、

『え、その“聖女”の法的根拠って何ですか? 前例は? 教義的根拠は聖典のどこにあります?』

などと即突っ込んだところだろうが、実はちゃんと空気を読み、せいぜい偉そうな口調をつくって白々しく言い切ることもできる娘である。

 ただし、声がかわいらしいのはどうしようもない。



「ドラコ城までは、(とお)うございますわ。

 恐れながら国教会聖騎士団の護衛を」


「ありがたい申し出なれど、すでにドラコに配下の者が多く入っているゆえ、不要である。

 お心遣い感謝する」


「では、怪我をされた方の手当のお手伝いをいたしましょう」



 そう言って“聖女”は笑み、するりと、まるで煙が動くような動作でいつの間にかレイナートと距離を詰めていた。


 ちょうど最後の一人の蘇生中。

 レイナートは、そこから動けない。

 動けないのをいいことに、マーティアは、彼の前で微笑む。



「……“聖女”様、何か?」


「知り合いに、貴方と同じ年頃の漆黒の髪の殿方がいらっしゃいますの」


「そうですか。黒髪はこの国では珍しいですね」


「その方は、さらに珍しい、紫の瞳をお持ちなの。

 ()()()?」



 顔を上げると、レイナートのあごをくいとつかみ、“聖女”はその眼を覗き込んだ。

 一瞬、その美しい目がかげる。

 予想と異なるものを目にしたように。


「……美しい、()()()ね?」


 “聖女”は、()()()()ことを口にした。

 レイナートの、紫水晶のような瞳を至近距離で見つめながら。


 さらにマーティアは指を伸ばし、レイナートの首巻をはぎ取り首筋を露出させた。

 その首筋を見つめ、マーティアは白魚のような指で、そこを丹念になでる。



「傷がありますが……烙印は、ないようですね」



 やはり見えていないような、“聖女”の言葉。


 しかし、男の体に無遠慮に触れているというのは“聖女”を名乗る者にあるまじき行為なのでは?

 そんなことをレイナートが考えていたら、マーティアはさらにとんでもないことをした。


 唇を寄せ、こともあろうに、ぺろりとレイナートの首筋をなめたのだ。



「無礼者!」



 ベルセルカの手がレイナートの首からマーティアの頭を押しのけ、さらにその頬を、パアンと大きな音を立ててはたいた。

 レイナートの首筋を吸い()んだ唇から、つう、と唾液が糸を引く。



「ご、ごめんなさい、お傷があったので思わず」


「私の配下に狼藉(ろうぜき)をはたらく者は許さぬ。

 ――――次は殺す」



 殺気が自然とこもったベルセルカの言葉に、マーティアは、わずかに唾を飲み込んだ。



     ***

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