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(4)黒歴史との遭遇




「……あれは、メサイア……?」



 レイナートは思わず、かつての知人の名前を口にした。


 乱入した女は、その大きな剣で、取り囲む聖騎士たちを、真正面からぶん殴り倒していく。

 上半身は鎧だが、鎧の下は、スカートなのかチュニックの裾なのか、という短い丈のスカートに、ひざ上まである革のブーツ。

 茶色の長い髪を振り乱し、その格好で好戦的で荒っぽい戦闘をこなす。



「確かにメサイア様、ですね。

 あの技術のなさと効率の悪さを体力と速さとタフネスで補う力業(ちからわざ)の闘い方は」


「……おふたりの知り合いにゃ?」



 ナルキッソスが小声でベルセルカに問いかけた。



「はい。先日“血の結婚式”で亡くなられたドラコ公の、3年前に家出されたご息女、メサイア・カタラクティス様です」


「え!?

 王族令嬢が家出するのにゃ!?」


「ええ、まぁ。

 私がちょっと関係していなくもないのですけど……」


「しっ。

 “聖女”たちが動くぞ」



 メサイアは、女冒険者の周りにいた聖騎士たち数名を一掃し、皆地にころがした。

 そうして“聖女”の方をにらみつける。

 女冒険者はもう逃げたようだ。


 いつの間にか、馬から降りていた“聖女”が、ヴェールとスカートを揺らし、微笑みながら、王族令嬢メサイアに近づいていく。



「―――元気のいいお嬢さんですわね?」


「たぶんあたしのほうがあんたより年上ですけど。

 何のつもりでドラコに来たのよ、破廉恥聖女」



 メサイアが剣を“聖女”に向けた。



「聞いてるわよ、あんたたち。

 あちこちの町で、さもありがたそうな言葉を吐いて神のお使いのように練り歩いては、『異端審問』を理由に女冒険者を裸に剥いたり、特定の派閥に肩入れして殺し合いさせたり、娼館をつぶして娼婦をまるごと捕えたり。

 神の名のもとにずいぶんな悪行三昧だそうじゃない」


「あら。悪事を働いた者を罰するのは神の御心にかなうことですわ。

 悪行とは心外ですわね」


「あんたらの、クソ無茶苦茶な基準で勝手に悪事認定していちゃもんつけてるだけでしょうが!!」



 先ほどまで聖女にうっとり見とれていた信奉者の町びとや冒険者たちは、なにか魔法がとけたように、あわててその場を去り始めた。


 この場で聖女に同調するようなことを言わないのは、巻き込まれたくないのか、メサイアがかなりの戦闘力を持っていることを皆把握しているからだろうか?



「これ以上、ドラコを荒らさせるわけにはいかない。

 この場で仕留めてやるわ、ニセ聖女!!」



 ニセ聖女、の言葉を聞いた瞬間“聖女”の形相が変わった。

 さきほどのメサイア以上に、怒りと憎しみと呪いでひきつる。


 メサイアが“聖女”にとびかかる。

 しかし今度は周囲にいた聖騎士たちが、彼女の剣を弾いた。

 メサイアがいったん退避して大きく跳びさがる。

 そこで。



 “聖女”がその手を挙げる。



「〈神剣グラディウス・デイ〉!!!」

「!?」



 振り下ろした手から、光の剣が撃たれた。

 それは瞬く間に人間に近い大きさへと膨れ上がり宙をまっすぐに走る。



「<大楯スクートゥム・マグヌス>!!」



 メサイアはとっさに光の大楯を出現させその光の剣を防いだが、剣の力が強すぎて、衝撃で楯ごしに二馬身ほども吹っ飛ばされた。

 建物に背を打ちつけるメサイア。



「いっ、た……何よ、コレ、上級魔法……?」



 倒れこみ、うめくメサイアに、つかつかと“聖女”は近づいていく。



「取り消しなさい」



 見下ろす聖女に、ああ、と察したようにメサイアはうなずいた。



「……なるほど?

 “ニセ”っていうのはあんたの急所だったのね、ニセ聖女さん」


「取り消しなさい!!!

 〈神炎フラマ・デイ〉!!」



 “聖女”は容赦なく、至近距離から炎魔法をぶつける。

 しかし、その的だったメサイアは、次の瞬間、姿を消していた。


 ──屋根の上にいた、若い男の腕の中に、〈転移〉させられたのだ。



「ちょっ……ドレイク!?

 余計なことしてんじゃないわよ!?」


「……頼むから勝手に暴れないでくれ、姉上!!」



 暴れるメサイアを姫抱きにかかえた、同じ髪色で一回り大きい彼もまた、旧知だ。

 屋根の上にむけて、兵たちが矢をつがえ始める。

 放たれる矢を、さして身軽とは言えない体で姉を抱え、ドレイクはかろうじて避けていく。



「生きてたんですね、ドレイクも。

 どうしますか、この(カオス)?」



 確かにカオスだ、と頷く。

 さて、どう助けるか。

 さすがに、人が死ねば大事になりすぎる。国教会の人間ならなおさらだ。


 レイナートはスッと、腕を前に伸ばした。

 手のひらから魔力の糸を伸ばし這わせ、敵方の面々の位置を、魔法感覚で対象を全員把握する。

 そして。



「────〈転移(テレポルタティオ)〉」



 “聖女”。

 聖騎士団。

 配下の兵士。

 メサイアに倒された者含め、全人員を、長距離〈転移〉させた。



「………え。なに?

 全員、消えた?」



 あわてたような、メサイアの声が響いた。

 次にレイナートはメサイアとドレイクを、自分たちがいる狭い路地へと〈転移〉させる。



「なっ!? 何これ!??」

「いったい……?」



 同時にしりもちをつくことになった彼らに、ベルセルカがしゃがんで声をかける。



「お久しぶりですね、メサイア様。

 ドレイク大きくなりましたねー」


「え、ちょっ、ベルセルカ・アースガルズ……?

 え、どういうこと?」


「話は後だ。

 聖騎士団は、隣の隣の町まで転移させた」


「レイナート・バシレウス!?」

「あの人数を、転移!?!? 嘘だろ……!?」


「あちらに転移魔法が使える人間がいればすぐに戻ってくる。早急にここを立ち去るぞ」



     ***



 メサイア・カタラクティス、20歳。

 ドレイク・カタラクティス、18歳。


 ドラコ公爵家の姉弟である。

 正確に言えばドレイクは、ドラコ公の弟の愛人が産んだ子だったが、カタラクティス家に養子として引き取られたのだという。

 2人は王族貴族の子女としては珍しくしっかりと戦闘訓練を受けたが、従軍することはなかった。


 レイナートやベルセルカとは幼少期から王城で顔を合わせはしたものの、親しかった、というわけでは、まったくない。

 基本的に王族貴族たちは、我が子に、転生奴隷の烙印を押されたカバルス公爵嫡男(レイナート)には『かかわるな』『近づくな』と教えていたし、気の強いメサイアなどは、むしろレイナートをいじめては、ベルセルカから酷い復讐を食らっていたものだ。



 そんな2人は、3年前、出奔した。


 本来従姉弟どうしであった2人を、仲が良すぎる、男女の関係なのではないかと勘ぐる声が社交界の中で出てきたのが原因だった。


 貴族は『醜聞』を何より嫌う。


 長男の結婚に差し障ってしまうから一刻も早く醜聞を消さねばと苦慮した父親ドラコ公爵は、メサイアを修道院に入れ、ドレイクは聖職者にしようと決めた。

 メサイアは父親に懇願し、戦闘ならば自分は役に立つから従軍させてほしいと願った。

 ならば、その腕を証明して見せろ、と、父親が設定したのは、当時初陣を迎えたばかりのベルセルカとメサイアの試合だった。


 魔法抜き、魔法あり、2種のルールで2人は戦い、ベルセルカは一切手を抜かなかった。

 メサイアはいずれも、ベルセルカに勝つことは出来ず、そのまま弟とともに出奔することになったのだ。



     ***



「あんたたちに助けられるとはね……」



 樽のような形のジョッキで地酒をあおりながら、メサイアはちょっといらだったように言う。


 一応助けてくれた礼、ということで、レイナートとベルセルカは、隣町の酒場に連れてこられていた。


 と言っても2人はほぼ酒が飲めない。

 ベルセルカは軽食をつまみ、レイナートは、むりやり注文された酒を、手元でもてあましている。

 ついでにナルキッソスは、焼いた鳥をもらってご満悦でかぶりついている。



「ちゃんと、礼を言えよ、姉上」


 ドレイクに促され、


「……ありがとう」と渋々礼を言うメサイア。



 冒険者生活ゆえか、言葉が王族と思えないほど荒っぽくなっているな、とベルセルカは思った。


 酒場の中は、同じような冒険者たちでいっぱいである。

 しゃべる猫が一匹いても特に誰も気にしないほどに。



「こどもの頃も、悪かったわよ。

 こともあろうに王族が私情でルールを破っていると思って、正義のつもりで攻撃してた。

 でも、そんなもの何も正義じゃなかった。

 何もしていないのに、いとも簡単に世界は手のひらを返して、何もしていないのに、いとも簡単に人間は迫害される側に回されるものなのね」


「……それはどうも」



 ジョッキを空にし、お代わりを注文したメサイアは、ずい、とベルセルカに向けて身を乗り出した。



「で、あんたたちは、何でドラコに?」

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