(6)古城の主カロンの証言
「……痛っ……!!!」
「この、クソガキが。ふん、思い知ったか」
鼻筋を押さえ、悶絶するレイナート。
カロンは、ふん、と鼻を鳴らすと、レイナートの隣に椅子を引っ張り出して、がっ、と乱暴に座った。
小柄な体。どこか土の精ノームを思わせるような膨れた腹。加えてとがった耳と鼻。
「あ、ああ、皆。
こちらは先日亡くなられたラットゥス公の兄君でいらっしゃる、カロン・セネクス殿だ。
俺は、新たな領主となってもらえないかと話すつもりで、お会いしにきた」
妖魔を思わせる彼の容姿に、村人たちが「化け物」などと言い出さないかと、ベルセルカははらはらしていたが、さすがに段々まずさを察してきたのか、彼らも余計なことは言わなかった。
「なるほど、カロン様は、あたしの仲間だったのですね」
と、タリアが笑む。
「……半分は人間だがな。お主は、元奴隷か?」
「いいえ、あたしは、先代カバルス公に弓の腕を買われて引き抜かれた者です」
エルフのタリアがその場にいたからだろうか、カロンの表情がやや和らいだ、気がした。
「しかし、どうしてこちらに?」とレイナート。
「国王ともあろう者が背中を向けて逃げよるので、変姿魔法で小さくなって貴様の背中にくっついてきたんじゃ。
気配もわからんかったとは、未熟者め」
「いえ、ここまで来てくださり、感謝します。
カロン殿も、気になって来てくれたのでしょう?」
「尻の青い国王に、好き放題されるよりかはマシじゃからな!」
……腕組み足組み。
いかにも態度は悪いが、昼に城を訪問した面々がゴーレムの兵たちから矢の雨を吹っ掛けられたことを考えると、はるかにましといえよう。
何より、罵倒しているようで、レイナートを無視はしていない。気を許しているとも違うようだが、ここまでの短時間の間に、いったい何があったのか?
「カロン殿、さきほどの話、皆にも話してもらえないでしょうか。
ずっと城に閉じ込められながらもラットゥスのことは精霊を通じ把握していたとか」
「ラットゥスの各所で、人さらいは起きとる。
ラタペル山に潜む山賊によるものじゃ」
ラタペル山は、ラットゥスとアペルの間に横たわる山だ。
アペルを治めるはずの、王佐公爵家13位アペル公もまた、先日の血の結婚式で亡くなっていた。
「山賊たちが?」と、イヅル。
「かれこれ、30年前かのう?
あの山に賊が住み着き始めたのは」
「そんな昔……?」
「奴らは、アペル側とラットゥス側を往復し、官憲から都合よく逃げ回っては、ものを盗み、ときに人を盗み続けた」
「そん……なっ」「山賊はもう、いないはず……」村人の口からもれた言葉。
「そうじゃな、おらぬ時期もあったんじゃろ。
そして、戻ってきたことを悟られぬよう、気づかれぬよう人さらいをしていたんじゃろう」
カロンは、指を伸ばし、レイナートの首筋の烙印に、ちょんと触れた。
「いま、奴らの大半…いや、ほぼすべては、この烙印をつけられた者たちじゃ」
「………脱走した、転生奴隷ということですか?」
転生奴隷の中には、持ち主を殺害するなどして逃亡する者もたまに存在する。
普通に生きていたらほぼ解放されることがない絶望からそうするわけだが………。
また村人たちがなにか言わないかとヒヤッとしたベルセルカ。
しかし、村人たちは不安げに顔を見合わせあう。
すこし、引っ掛かりを覚えた。
「それは、自分の目で確かめるが良いわ。
わしは話を聞かせにきただけじゃ。
その場に乗り込む気もないからのぉ」
「十分です。ありがとうございます」
深々と、レイナートは頭を下げる……のに対して「ひとつ、言っておくことがある」と、カロンは付け加えた。
「人さらいの捜査に、小役人どもが及び腰だったのは、言い逃れられるせいではないぞ。
かつて、その山賊どもをとらえようとした兵らが、全滅してひとりも帰ってこんことがあったんじゃ」
「……全滅ですか」
「まさかうぬらが不覚をとるとは思わんがな。
わしは詳細わからんかったが、何か危険なモンスターが山におるやもしれん。
気をつけていけ」
「ありがとうございます……では、早々に、慎重に動こうか。
明日早朝から日中に斥候を向かわせて調査、それをもとに明日の夜打ち合わせ、明後日に山賊を急襲するというところだろうな」
「恐れながら……襲撃は明日にいたしませんかレイナート様」
ベルセルカは思わず口を挟んだ。
「明日? しかし時間が」
「私と、ほか索敵魔法をかけられる者とで、今から彼らの村に向かい、山全体に夜通し索敵魔法をかけます。
明日、砦に向かうときは少数、本隊は山の麓に温存、その代わり、できる限り村人を動員させていただきたく。
その交渉もかねて村に行きたいのです」
「村人を………わかった」
動員の意味は、言わずともレイナートは察してくれたらしい。
時間をおかないほうがいい。そう、ベルセルカの勘はささやいていた。
もちろん1日おけば、それだけさらわれた子の安全がおびやかされるのは当然なのだけど。
おそらく若い娘ならば、とうに……いや、それもあるけれど。
どうしても、気になるのだ。
―――どうして村人たちの目は、敵の正体がわからなかった時よりも不安げに、いや、それ以上に何か後ろめたげに泳いでいるのだろうか、と。
いったい、その村には、その山には、何があるのか。この目で自分が見なければと感じた。
***




