(7)試験開始
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テイレシアやクロノスいわく、大陸聖王会議の主催国となると、会議の採決も自国に有利に働くのだそうだ。
ゆえにヒム同盟諸国は、かなり多めの予算と人員を割いて、会議を誘致しているのだとか。
そして開催国に立候補する数多の条件のひとつに
『聖王格認定試験を支障なく行える場所を確保している』
というものがあるらしい。
────冷えた冬の空気が満ちる空間。
軍服風ドレス姿のベルセルカの前には、なかなかの広さの草原が広がっている。
左右に森、正面に山が位置し、様々な魔法を見せやすい配置だ。
ここから一歩外に出れば、まるで未来の世界の光景のような街並みが広がっている。
この試験会場は、すべて人の手で造った地形なのだろう。
「受験者番号七番。
征魔大王国レグヌム、ベルセルカ・アースガルズ」
名乗ったのちベルセルカは、大きくて真っ赤な杖を掲げる。
芸術的な透かし彫りが入り、緑の宝石がアクセントになっているそれは、彼女の魔剣が杖のかたちに変異したものだ。もう何でもありである。
ハーフアップに結った髪は今日もルビーのように赤く艶々と輝き、見開いたエメラルドの瞳は煌めく。
周囲で待機する者たちの中には、彼女の比類なき美しさに見とれる者もいれば、露骨に性的な目でジロジロ品定めしては卑猥な言葉を交わす者もいた。
大陸聖教会から派遣されたという試験官らは……特に自身も聖王級魔法使いだという筆頭試験官は、厳しい目で彼女を睨みつけている。
ベルセルカが息を吸い、杖を振った。
「〈恵みの雨〉」
小鳥のように可愛らしい声で口にしたとたん、空がもくもくと雲に覆われる。
間もなく、サァァッ……と均一な雨が降り注ぎ、他の受験者や見学者たちがどよめいた。
試験会場には、受験者や会場警備の衛兵たちに加え、出席国から視察のために派遣されたと思われる者たちも大勢いた。
レイナートたちの試験の結果が出次第、主に報告に行くのだろう。
大陸聖教会やセーヴィルの関係者らしい、聖職者の一団もいる。
そんな彼らも、十七歳のうら若き乙女が雨を降らせてみせた事実に、動揺が隠せないようだ。
「嘘だ、そんな……あんな小娘が、しかも奴隷王の手下が……」
「雨を降らせるなんて、これじゃまるで大聖人の所業じゃないか」
「落ち着け! きっとこれは何かの幻術だ。そうに決まってる」
ちなみにレイナートとベルセルカ、試験官やその他の受験者など、強い魔力を持つ者たちは自分の周囲に魔法で結界を張って雨をしのいでいる。
が、そうでない者たちは、寒空のもとで雨にさらされて震えていた。
ベルセルカはさらに杖を振る。
「〈豪雨〉」
雨が一気に強くなる。
見学者たちが慌てて建物の方に走り出した。
「〈解除〉! からの……〈竜巻〉!!」
雨がやむと同時に、激しく渦巻く風の塔が踊り始め「やめてくれぇ!!」と悲鳴が上がる。
受験者や試験官たちはとっさに防御魔法を展開してみせたが、荒れ狂う竜巻の前には無力と察して逃げ出していく。
「くっ……〈聖なる楯〉!!」
筆頭試験官だけは聖王級魔法使いのプライドゆえか、高度な防御魔法を使ってみせたが、竜巻の勢いにはかなわず巻き込まれかけた。
「〈解除〉! そして〈雪の嵐〉!!」
筆頭試験官が巻き上げられたところで竜巻はフッと消えたが、今度は一気に気温が冷えきって、辺り一面吹雪である。
阿鼻叫喚の声は吹雪の音に紛れ、切れ切れに聞こえた。
「〈解除〉! では次はですね……」
「合格ぅっ! 合格だぁ!!」
「は?」
あっという間に地面は降り積もった雪で覆われている。
叫んだのは、先ほど竜巻に巻き上げられて高いところから落ちながらも魔法によって何とかその身を守り、いまは雪に埋もれかけている、ボロボロの筆頭試験官だった。
他の試験官たちも、ガタガタ震えながら同調した。
「そ、そうだ、合格だ、合格で良い!」
「せ、聖王級の、き、気象魔法四つを、自在に使いこなしてみせた……もういい! もう十分だ!」
「これで終わりにしてくれぇ!? 凍え死んでしまうっ」
ベルセルカは残念そうに「寒いのが嫌なら仰ってくださればいいのに……〈日照り〉」と杖を振り、一気にムワッとその場の気温が上がって、どろどろと雪は解けた。
つい先ほどまでは威厳を醸し出していた試験官たちの装束も、もはや泥やその他でズタボロで目も当てられない。
「あ、でも試験官さん、もう少しお時間くださいませんか?
あとの受験者の皆様のために、雪解け水でぐちゃぐちゃになった土も乾かして……」
「試験終了! 受験者番号七番、合格!」
断固として試験官は試験終了を宣言し、気象魔法に翻弄された周囲の面々も、首がもげそうなほど激しくうなずいて同意するのだった。
納得いかない顔でベルセルカはレイナートの元に戻ってくる。
「お疲れ。合格おめでとう」
「ありがとうございます。なんか、思ってたのと全然違いました」
予想外にあっさり合格してしまったことに、ちょっと不満そうだ。
「気持ちはわかるが……あまり手の内を見せずに済んだんだ。むしろ良かった」
「うーん、そうですかね。あ、でもインパクトは与えることができたみたいですね!」
「ああ。反応を見るに上出来だ。よくやった」
二人がささやき合いながら見ていたのは、蒼白な顔で汚れた法衣の裾をたくしあげてどこかに駆けていく聖職者の一団だった。
おそらくは直属の上長に、そうして教皇にも報告するのだろう。
試験で披露する一発目の魔法を降雨魔法にしたのは訳がある。
古来、あらゆる国で雨乞いは重要な儀式だった。人々が干ばつに苦しんでいる時に大聖人が雨を降らせて人々を救った……などという伝説も各国に残っている。今もなお天候不順に見舞われた地の人々は、神が起こすと言われる『奇跡』にすがり、必死に聖職者を救いを求めるのだ。
そんな中ベルセルカは、降雨魔法で簡単に雨を降らせてみせた。
聖職者たちのお株を奪う行為である。
その情報が、今この場にいた者たちによって各国の首脳に伝えられ、世界中に広がるのだ。そして……。
「レイナート様の試験は、建物内なんでしたっけ」
「ああ。あっちの建物だ。少し早いがそろそろ行こうか」
会場の端にいくつか建てられている建物の一つに、レイナートとベルセルカは入っていった。
入り口から左右に並ぶヒム王国兵士たちが、一斉にこちらに敬礼する。
その奥、数十人の『患者』らしき人々が床に座り、あるいはベッドに寝かされ、不安げに待機していた。




