(6)国王たちは見学する
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交易拠点となるゼルハン島は、ベネディクト王家の直轄領だ。
国の中でも『王都より金がある島』と綽名されるほど富と物資が集まるところだといい、住民たちもその恩恵を受けている。
まるで遠い未来の世界に迷いこんだかのような美しい建物群は、レグヌムとは比較にならない高い建築技術ゆえ。
広い道、徹底的に整備されて不便の欠片もないインフラ。
街の中を歩く人間は皆が皆、平民の労働者階級とは思えないほど身なりが良く、衛生管理も行き届き、舗装された道には馬の糞のひとつも落ちていない。
当然のことながら、奴隷は一人もいない。
ベネディクト王国側の厚意により、レイナートはオクタヴィアや大臣たちとともに、島のあちこちを見学させてもらった。
意図したわけではなかったが、ゼルハン島の中では文字通りどこへ行っても歓待を受ける。
『異世界人の子』であり『大陸聖教会の国々でも忌み嫌われているはず』のレイナートの英雄扱いに、大臣たちは目を白黒させていた。
「これは……もし宰相閣下がご同行していらしたら、どのようなお顔をなさったでしょうか」
大臣の一人が思わず呟いた言葉に、レイナートは苦笑した。
あの宰相なら、自分の耳と目の方を疑うのではないだろうか。
「うわ……すごいにゃあ!
ちょうどこの国は、オレが昔いた世界でいうところの『産業革命』が起きてるんですにゃ」
織物工場の見学中。
上着に隠れてこっそりついてきたナルキッソスが、衆目がないところでレイナートたちにささやいた。そばにいたオクタヴィアとベルセルカがうなずく。
絶え間ない機械音と熱気。レグヌム王城の大広間よりも広い空間で、数えきれないほどの機械が働き続けている。
「『産業革命』……話には聞いていたけれど。
この織機も、魔法も魔道具も使わず動いているのね。不思議だわ」
「そうですね! しかも麻織物じゃなく木綿を、こんなに大量生産って!」
「あれ、でも陛下はそんなに驚いてないのにゃ?」
「ん? まぁ……ベネディクト王国には何度か来たからな。
原理は教わったし、ローレンシウスでもこういった機械は見たし……とはいえ、あちらは魔法と機械技術の融合だが」
この国は最底辺の民でさえも、レグヌムの基準から見ればかなり豊かな暮らしである。
こういった大量生産もまたそれを支えているのだろう。
「……私が行けなかった一昨年のローレンシウス行きで、レイナートはユリウスに同行していたからいろいろ見せてもらったのね」
「え? ええ、そうです。帝国の……城も街も工場もそうですし巨大農場も……」
「…………そう。良かったわね」
「ああ、でもそういえばここは、綿花を輸入から国産のものに変えたとクロノスは言っていましたね」
元はローレンシウス大陸から輸入した綿花を加工するためにつくられた工場だったそうだ。
だが、綿花の大農園では大勢の奴隷が働かされていることが多く、数年前から商人たちが自発的に変えるのを望み国がそれに乗ったのだと、クロノスは言っていた。
農産物に関しては、いまは国内生産を推奨。
ローレンシウス大陸からの輸入品に頼らざるをえない素材や香辛料、チョコレートや珈琲、煙草などの嗜好品も、生産元を調査しては、順次奴隷がいない農園のものに切り替えを進めているのだとか。
(鉱山とか石炭の採掘とか、ほかにもまだまだ生産に奴隷が使われているところは多いんだろうが……)
とはいえ、そんな奴隷労働はベネディクト王国にとって遠い異国で行われていることであり、国民にも購入客にも見えないはず。
いくら奴隷制を禁止している国の人間でも、普通の政治家や商人ならば、知らないふりをして安い綿花を買うだろう。
なのにそうしない。
大陸聖教会側は、ヒム同盟のそのような姿勢に対して、誤った正義ゆえの自慰的散財だと陰口を叩いているという。
だが実際には違う。
正義ゆえではなく、奴隷制への『憎悪』が、ベネディクト王国とヒム同盟の国々にはあるからだ。
「あ、そういえば皇帝陛下は今回いないですにゃ。
どうしたんですにゃ?
ローレンシウスは技術的に負けていないから、見学せずに休んでるのにゃ?」
「いや。俺たちとは別に、ベネディクト王国側からより詳しい進講を受けているようだな。
あの人はあの人でかなり複雑な機械も自分で図面を引いて部品から作れるし、化学の知識も豊富だから、単なる見学だけじゃ物足りなかったんだろう」
「へぇ……意外ですにゃ」
ふんふんとうなずくナルキッソス。
「皇帝と言いつつ、情報量が多くてよくわからない人ですにゃ」
「俺も正直よくわからん。
立太子されるまではほとんど話したこともなかったしな」
(…………特に、引きずってはいないか)
黒猫の様子を、レイナートはしゃべりながら観察する。
悪魔に食われた前の主の仇を討つことを諦めていないと言った。
フェレスでつらい過去を暴かれ、精神的に不安定な様子も見せていた。
だが今のナルキッソスはいつもと変わらぬように見える。
(大丈夫……だよな?)肩に乗る黒猫のいつもの温もりを感じながら、心中、呟いた。
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見学の翌日。一行は船でゼルハン島を出発し、北へ向かった。
ベネディクト王国で開発されたばかりで実用化に向けて試験運転中だという最新鋭の船『蒸気船』が先導する……ということだったが、帝国の海馬らはこの黒鉄の船に負けん気を刺激されたのか追い抜きそうな勢いで飛ばす。それをレグヌムとノールトの船が魔法で懸命に追いかけた。
海から、対岸が見えないのではないかと思うほど幅広い大河に入る。行きかう数多くの商船たちを尻目に、一行の船団は海路としても速すぎるスピードで進み、順調すぎるほど順調にヒム王国の港に着いた。
海のないヒム王国だったが、大きな運河が整えられている。
一行はさらにその運河を進み、予定よりもやや早く、国境近くにある大陸聖王会議の開催地に到着したのだった。
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