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幕間 親族の訪問



   ◇ ◇ ◇


 父と母、それから父の縁者も亡くしたレイナートにとって、レグヌム国内に親族と言える存在は、現在一人もいない。

 王家の血という意味で、オクタヴィアやヴィスやヴェーラ、その他王佐公爵家の面々と血が繋がっているのは確かだが、血縁としては遠すぎる。


 ただ、それはレグヌム国内では、という話だ。


 レイナートの父バルバロスには妹がおり、同盟国であるベネディクト王国という国の王弟に嫁いでいた。

 その妹も王弟も、さらには息子夫婦までもバルバロスより早くに亡くなってしまったのだが、孫娘である王族令嬢テイレシアは存命だった。

 血縁関係としては従姉妹姪にあたるが、レイナートとほぼ同い年。彼女は先日誕生日を迎え19歳になっていた。


 そのテイレシアはつい先日結婚し、何度目かの新婚旅行(あちらの国の貴族の慣習らしい)としてカバルスを訪れ、レイナートは彼女ら夫妻を迎えていた────



   ◇ ◇ ◇



「レイナートくん、すごい!

 読みたかったのよ、この作家の新作!

 それに『ローレンシウス戦記』はもう新刊が出たなんて早いわ!

 これもそれも気になってた本……。素敵! こんな絵物語の本も!? すごいわ!!」


「全部南の大陸の言語なんだが、大丈夫か?」


「大丈夫! 辞書があれば問題ないわ!」



 (すみれ)色の瞳を輝かせながら、レイナートがテーブルに積み上げた本を次々に見る女性。

 ダークブロンドの髪とその笑顔に、ほんのり、亡き叔母の面影がある。


 本来、母国の未来の王妃になるはずだった王族令嬢テイレシアは、(バルバロス)ともレイナートともまったく似ていない、穏やかでほっとするような笑顔の持ち主だ。

 娯楽小説と絵画と演劇に目がなく、ファランやナルキッソスに言わせると『かなりのオタク』なのらしい。

 ここ、カバルス城を何度も訪れており、父が亡くなった直後にも弔問に来てくれた。



「ありがとう! こんなにたくさんの本をくださって。

 でも、どうしてカバルスにこんなに南の大陸の本がいっぱいあるの?」


「……押し掛け客の置き土産」


「??」



 ……と、横からテイレシアの髪を直していた男が

「もしかして皇帝陛下ですか?」

と尋ねてくる。


 ファランと並ぶほど、人並外れた長身にがっちりと筋肉のついた身体。オレンジ色の髪に緑の瞳。整った顔に体格も存在感もでかい彼は、テイレシアの夫で16歳のヴィクター。

 平民だが、テイレシアが前王太子に婚約破棄された絶妙のタイミングで求婚して見事射止めた男で、国をまたいで活躍する豪商の息子だからか、国際情勢には詳しい。



「ローレンシウス皇帝が来た時の土産だ」


「皇帝陛下自ら、いらっしゃったの!?」



 ローレンシウス大陸ではゲア大陸と信仰が異なるため、転生者の技術も知識も活用されている。さらに経済的にも豊かで、高いクオリティの娯楽小説・絵物語が盛んに刊行されているのだ。

 国力のアピールなのか何なのか、皇帝は、自分のおすすめ小説や多色刷りの絵物語まで贈り物に入れてきた。


 レイナートも本は嫌いではないし、あの皇帝のことなのでレイナートが読んでも面白いものを選んでいるのだろう。

 が、残念ながらここ最近はまったく本を読む時間がとれない。

 それが外国語とあればさらに読むのに時間がかかってしまう。


 一方、極度の本好き、かつ外国語におそろしく堪能で、南の大陸にも関心のあるテイレシアにとっては宝の山だろうと思ったので、この際いくらか持っていってもらおうと思ったのだ(一応、官能小説っぽいものは抜いておいた)。

 テイレシアの好みに合ったようで良かった。



「南の帝国がレイナートくんの後ろ盾になっているのは、うちの国でも話題になっているわ。相当肩入れしてくれているのね?」


「肩入れというか、何というか……」



 つい、言いよどむ。求婚されたことは、正直言いたくなかった。


 ゲア大陸各国は、レイナート自身の戦闘力やレグヌムの軍事力以上に、ローレンシウス帝国が後ろ楯になっていることを警戒している。

 テイレシアの母国ベネディクト王国の王家が現在レイナートと友好な関係を築きたがっているのも、そのせいだろう。

 ……だからといって、だ。



「すまない、それで少し、聞きたいことがあったんだ」


「大陸聖王会議についてのこと?」


「……わかってたのか」


「レグヌム王が久しぶりに出席する話はうちの王宮でもかなり話題になっていたもの。

 レイナートくんのことだから、伝手は最大限使って情報を集めたいだろうなって思ったのよ。

 こちらの王家の機密に関すること以外なら情報提供していいと、許しを得てきたわ」



 なるほど。このあたり、さすが未来の王妃となるべく育てられただけはある。


 ローレンシウス皇帝から大陸聖王会議について指示をされた直後、レイナートはテイレシアに手紙を送って、どのようなものか知らないかと尋ねてみた。

 すると驚きの事実がわかった。テイレシアは、王太子の婚約者という立場で大陸聖王会議に前回出席していたのだ(ほぼ通訳としてだったらしいが)。


 それで、今回の新婚旅行での訪問時に、話を聞こうと考えた。



「どんなことを話してた?」


「そうね……紛争の調停、条約違反の国に対する勧告や、制裁措置とかね。過去には、王位継承権争いの調停もあったと聞くわ。

 でも、議題が多いからかしら、議決までの時間はそれほど長くはとれないの。

 重要な事案は、事前に利害関係者同士で根回しというか、ある程度擦り合わせしているんじゃないかと思うわ」


「なるほど…………」



 教王ウルティオも、今頃各国に働きかけているのだろうか。



 ────それから会議の日程、進行、注意点などをテイレシアは細かく説明した。



「通常の外交の場以上に気を付けなければならないのは、とにかくいろいろな国や民族がいる場だということを肝に銘じること。

 もちろん特定の国や民族などを低く置くような言動はタブーよ。ただ、それと同じぐらい、何が正しいかについて口にすることも難しいわ。

 たとえば奴隷制度。ベネディクトではかなり昔に廃止しているの。だけどゲア大陸の大半の国は継続しているでしょう。会議の場でそれを非人道的だと言えば、多くの国を敵に回すことになるわね」



 レイナートはうなずく。

 レグヌムの多くの貴族たち民たちは信じないのだが、この大陸のいくつかの先進国はすでに人身売買を厳格に禁止していた。決して、不可能なことではないはずなのだ。



「聖王格認定試験は本会議の前にあるわ。年によって違うけど私が行ったときは前々日だった。事前申請じゃなくて、出席する国の元首か教会の推薦が参加資格だったわ」


「そうか……ちなみにそれは、俺が受ける場合俺の推薦で良いのか?」


「ええと……確か、駄目だったと思うわ。国家元首の場合は、2国以上の代表者の推薦状がいるわね……。

 うちはいまの王太子殿下が出席するから推薦状を書いてもらえるか確認しておきましょうか?」


「助かる。俺からも依頼状を出す」



(………………って、危なっ)



 知らずにのこのこ会場に行っていたら、そもそも試験を受けることさえできなかったかもしれなかった。

 テイレシアに話を聞いておいて本当に良かった……。



(あと一人は、フィリ女王に頼むかな……それと念のために……)



「助かった。恩に着る」


「お役に立てたかしら?」


「ああ。ありがとう。あとはゆっくりくつろいでくれ。それか、乗馬か海水浴の用意をさせようか」


「あのね、よかったらヴィクターにカバルス城の中を案内してもいい? 代々の城主の鎧や武器も見せたくて」


「…………で、いいのか?」



 ヴィクターは「はい」と肯定する。

 こちらよりもはるかに先進国で娯楽のバリエーションがある国からの来客だ。飲食や自然以外にどんなもてなしができるかとレイナートは悩んでいたが、それでいいのか、なるほど。観光的な?



「わかった。じゃあ、下から順に────」



 レイナートが椅子から立ち上がった、その時。



「テイレシア様到着したのにゃ!?」



 弾丸のように黒猫が部屋に駆け込んできた。



「テイレシア様にゃ!! ご無沙汰してますにゃ!!」


「わぁ。ナル、久しぶりね!」



 いまだにレイナートはナルキッソスが好きになる女の子の基準がよくわからないのだが、この黒猫は、2度しか会ったことのないテイレシアに異常になついている。

 今日はあざとさ増し増しでテイレシアの腕の中に飛び込んできた。


 しゃべる猫の存在を聞いていたのかヴィクターは驚かなかったが、新妻を猫に取られて微妙に複雑そうな表情だ。



「ご無事に到着されて良かったですにゃ!! ご用はお済みになりましたにゃ?」



 犬のように尻尾を振るナルキッソス。言葉遣いがいつもより丁寧な気がする。



「ええ。終わったわ。ナルキッソスも大陸聖王会議に一緒に行くの?」


「はいですにゃ! 陛下のことしっかりお守りいたしますにゃ!」


「ふふふ。頼もしいわね」



 ナルキッソスを抱きながら、テイレシアは背中を撫でる。



「特に守られたことないけどな?」


「そういうこと言わないの。下のみんなが支えてくれてるから、レイナートくんの今があるのよ? ナルキッソスだってそうよ」


「そうですにゃ。猫の人間より短い寿命、全部使ってお支えしますにゃ!」


「そういうこと言われると、ちょっと切なくなっちゃうけど…………でも、そうね。ナルキッソスはレイナートくんのそばにいれば長生きできると思うわ」


「ありがとうございますにゃ!!」



 いい加減ナルキッソスのぶりっ子がうっとうしくなって、レイナートはテイレシアの手から黒猫を取り上げた。





【幕間 親族の訪問 了】

さすがに国王の前なので大人しいヴィクター。

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『王子、婚約破棄したのはそちらなので、恐い顔でこっちにらまないでください。』

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