【幕間2ー2】 オクタヴィア王女と王妃問題
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ついこの間まで、手を変え品を変えこちらを失脚させようとしてきた人間が、わざわざ療養の枕元に押しかけてきた上、
「どうか、王妃となることをお考え願えますまいか」
などと言ってきたら、「は?」と思わず返してしまっても仕方ないはずだ。
「……アースガルズ宰相?
なにをおっしゃっているのか、まったくわかりませんわ……?」
オクタヴィアは首をかしげる。
目の前にいるのは、自分の最大の政敵である、グリトニル・アースガルズ宰相である。
今まで政治的に動いたことは数えきれない。
闇雲に横車を入れたというわけではなく、枢密会議への参加も王に認められてのものだし、必要な時は法にしたがって臨時の役職も得て働いた。
しかしその多くが宰相たちの思惑に合わないもので、最終的に、オクタヴィアを政権から『排除』するかたちで降嫁が決められたはずだ。
いままでの関係性を知っている侍女が、そばに控えながら、露骨に宰相をにらみつけている。
コン、コン。
そこでドアが遠慮がちにノックされた。
「おはようございます。本日日中のオクタヴィア殿下のお世話をさせていただきます、レマ・ユピテルにございます」
続いて澄んだ少女の声が響く。
オクタヴィアが目で合図すると、宰相が何か言う前にすかさず侍女がドアを開ける。
来客中であることに少々驚いた様子だったが、一礼し、少女はオクタヴィアのかたわらに控えた。
宰相は露骨に舌打ちをする。
こういうところが大人げないとオクタヴィアは思う。
マナーという点ではあまり誉められたものでないことをしたのはこちらもだが。
レマについては事前に聞かされていた。
カバルス軍の男女騎兵のうち精鋭を集め新たに編成された国王親衛隊所属らしい。
国王レイナートは、その親衛隊から交代でオクタヴィアの警護につけるという。
服装は侍女らしいドレスである。弓使いの胸当てをさりげなくつけてはいるけれど。
相変わらずレイナートの見舞いは拒んでいるオクタヴィアであったが、彼がなにか良からぬことを企んで自分の近くに人を送ることはない、という信頼はある。そこは長い付き合いだから。
「……お話を戻させていただいても」
「何がどうなってそのようなお話を持ってこられたのですか?」
「ああ、その……此度の想定外の悲劇により、はなはだ不本意なかたちで、王族とはいえ王家にふさわしいとは思えぬ血筋の御方が、即位されることとなりました。オクタヴィア様におかれましても、ゆゆしき事態かと」
男しか王になれない王室法を支持してきたのはいったい誰か、と、すごく突っ込みたいけれど、そこは我慢した。続きを聞こう。
「こちらも当初は我慢しておりましたが、国王陛下は国教会の長であることを傘にきて、なんと即位直後、レグヌム全土の国教会領に対して『転生者裁判の停止』を命じました……。
結果、現在に至るまで、裁判にかけて処刑すべき転生者たちが多く野放しになり、国教会領を逃亡、カバルスか王都へと向かっております。
まことに神に逆らう、王にあるまじき所業」
なるほど、それは最近の数少ないよい知らせだ。
国教会の領地ではいまだに、転生者認定された者が、そのまま火刑に処されている。
現世で人を殺したりものを盗んだりなど何もしていない人間を、宗教的な理屈で殺すという、おかしなことをしているのだ。
さらに、その多くは、うっかり『前世』らしいものを口にしたこどもたち。
なかには大人の勘違いで殺されるこどもも、口べらしで教会に引き渡されるこどももいるだろうというのは、想像にかたくない。
道義的には間違っていても為政者として選ばねばならない選択も、もちろん、この世にはある。
しかし、転生者狩りがそれにあたるかというと?
少数の人間、それも弱いこどもを虐殺することで、一時的に民衆の不満を解消させる『見世物』の効果は多少あるかもしれない。
が、決してその領地を、その国を豊かにするものではない。
人を病ませ、人の力を削ぎ、長い目でみれば国をも病ませるものだろう。
レイナートは自分が即位してから、国教会が体制を整えるまでのタイムラグをうまく突いたらしい。
(よくやったわ、レイナート)
ただし転生者裁判の停止を王国全土ではできなかったのは、やはりまだ権力基盤がこころもとないせいであろう。
「……このままでは、間違った王の暴虐を止める手段はございません。正しく、王家の血を最も濃く引くオクタヴィア様に、お力を発揮していただき、それを止めていただきたいのです」
嘘である。オクタヴィアは侍女に命じ、枢密会議の議事録をずっと手にいれていた。レイナートは何も暴虐なことはしていないし、宰相らの意見は七割以上通っている。オクタヴィアがわからないと思って大嘘をついている。
しかしそれについてはオクタヴィアは突っ込まず、
「つまり、国王陛下にとって頭が上がらない存在である私から、妻の立場で、精神的に陛下に圧力をかけてほしい、とおっしゃるの?
結婚も、私から持ちかければ陛下は断れないであろう、と?」
そう、総括してみる。言いながら、そんな人治主義でいいの?と心のなかで問う。パワーゲームのためなら、己の主義信条はどうでもいいの?
「ええ。国を治めたいという王女様のお心にも合いましょう?」
やや間があいて、宰相は返してきた。
レマがすごく何か言いたげにしていたが、オクタヴィアはため息をついて続ける。
「どなたか、ご自分の娘を陛下に嫁がせようとしている方がいらっしゃるのね」
「!? は…、なぜ!?」
「どう考えてもあなたがたの思いどおりになるはずもないわたくしを、陛下と結婚させようというのはおかしい。それに、わたくしと結婚すればむしろ、陛下のお立場は強化されますもの。
ならば、宰相にとって望ましくないそれを選択せざるを得ない、さらに望ましくない動きがすでにあると見るべきですわ」
「そ、それが、あったとしたらどうだというのです!?」
「あら図星? 大臣がたの間にも亀裂が入ってきていらっしゃるようね。
さしずめ、オストラコン財務大臣のご令嬢あたりかしら?
ベルセルカに強く対抗心を燃やしていたから、ご本人もやる気でしょうね」
顔色が赤くなり、次に、青くなり、最後には憮然とした表情で黙りこむ宰相。
オクタヴィアはうっすら、微笑んだ。
「ご安心なさい。
陛下がそのご令嬢と結婚されることはございませんわ。
そしてわたくしとも」
「……………………」
「意味は……おわかりのようね?」
それこそが何より最悪の結末であるとでも言いたげに、宰相は王女をにらみつけ、「失礼いたします」と退出していった。
出ていってから、きっかり、20を数えて、侍女がドアのそとを見回し、おりませんわ、とオクタヴィアに声をかける。
「………ということだからレマ。
レイナートに報告しておいてくれるかしら?」
「え、ええ?
は、はい、いまの内容、ご報告しても…?」
「報告してもらうつもりだったから同席してもらったのよ。自分の娘をレイナートに嫁がせようとする人間がいることを、警戒しておくに越したことはないでしょう」
「警戒?」
「結婚せざるを得ないように罠にかけるとか、ね。
貴族の令嬢は未婚のうちに醜聞が起きると大変なことになる、だからその相手となった殿方には、『結婚以外ありえない』というプレッシャーがかかることになるわ。
たとえば、レイナートとその令嬢が2人きりでいるところを誰かに見つかるよう仕向けるとか。その時に自分でドレスのひもでもほどいていれば、国王陛下が未婚の令嬢の名誉を汚したということになる。
……国王のほうが立場はかなり強いから、王妃までは無理でも、愛妾まではもっていけるかしら?」
まぁ、レイナートのことだからそのような状況に追い込まれても切り抜ける手段ぐらいもっていそうだけど。伝えておいてあげるに越したことはない。
……そんなことを考えていると、なんだかレマの顔色が悪い。
「大丈夫よ。私のほうは、誰とも結婚しないつもりだし、罠にさえかからなければレイナートもしばらく結婚はないでしょう」
「それは良かっ……いえあの、ありがとうございます!?」
(この子、なんだかわかりやすくて面白いわね)
オクタヴィアはこの新しい警護の女兵士が気に入った。
【幕間2ー2 了】




