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「ええと……兄上?

 頭でも打たれましたか?」



 目を丸くするベルセルカ。

 その疑念はもっともなものだった。

 王妃候補を選定する中で、ベルセルカが選ばれることに誰よりも反対していたのは、他でもない宰相なのだから。



「それとも、何か悪いものでも食べ……」


「聴こえなかったのか!?

 貴様が今すぐ、国王陛下と結婚しろと言っているのだッ!!」


「宰相!」



 宰相はベルセルカに怒鳴るのに夢中になって国王が目に入っていない。

 レイナートは下馬して、視界をさえぎるように宰相の前に立った。


 ベルセルカの家の当主であるグリトニルが結婚の許可を出してくれるのは、もはや結婚に(ベルセルカの意思以外)何の障害もなくなったということだ。もちろんレイナートにとっては喜ばしい。

 喜ばしいが、この掌のかえしっぷりが正直恐い。



「いったいどういうことだ。

 何があった?」


「どうしたも、こうしたも……このままでは南の異教徒どもに、この国が」


「南?」


「――――――いけませんな、宰相。

 後にも先にもない良縁をつぶすようなことをなさっては」



 良く通る男の声が、会話に挟まった。

 見ると、重臣たちを引き連れてオストラコン財務大臣がこちらに歩いてきていた。



「……どういうことだ。良縁?」


「ほほほ、おとぼけにならずともよろしいですよ。

 陛下も隅におけませぬなぁ。我々が王妃候補に頭を悩ませている間に、南の大陸の皇帝陛下と深い仲におなりあそばされたとは」


「…………!?」


「いまや大陸聖教会を敵に回した我が国にとって、現在考えられる限り、最高のお相手と言えましょう。さすがは陛下」



 レイナートは馬に飛び乗り、王城の正門へ走った。


 王城の壁にそって巨大で豪奢な馬車が何台も並んでいる。

 その凝った意匠には見覚えがあった。そしてつながれた馬たち……陸の馬じゃない。変化(へんげ)させた海の馬(ヒッポカムポス)たちだ。


 そして跳ね橋を渡り、城門をくぐった先にレイナートが目にしたものは……褐色の肌の精悍な戦士たち。そして。



「遅かったな、レイナート。

 待ちくたびれたぞ」



 まるでパレードのためにあつらえたような、ド派手で巨大なフロート車の上、地上から二馬身は離れたそのてっぺんに据えられた黄金の玉座に座る、宝石で着飾った褐色の肌と黒髪の少女だった。


 声は上質な楽器のように良く響き、産まれながらに万物に君臨するかのように振る舞い、不敵な王者の笑みを見せるこの17歳の少女。

 ローレンシウス帝国の皇帝である。



「ど、どういうことですか!?

 さすがに連絡なしで来るにも場所というものがあるでしょう!?」


「大河を南から北へさかのぼり、さらにヒッポカムポスたちにここまで馬車を引かせてきた。先触れは各関所と王女殿に伝えさせてもらった。大河からここまで1日たらずで走破した。何ら問題はなかろう?」


「つまり、オクタヴィアがあなたを通させるしかないギリギリ前に連絡を送りつけて、無理矢理王城に押しかけてきたということですよね?

 横暴すぎます!」


「まぁ怒るな。

 怒った顔が可愛くてそそる。いますぐ寝所にかっさらいたくなるではないか」



 ここがどこの国の王城だと思っているのか、臆面もなくそんなことを言い放つ皇帝。



「いや、それより……うちの者たちに何を言ったんです!?」


「喜べ、レイナート。

 余が直々に、このレグヌム王城に、貴様との結婚を申し込みにきてやったぞ」


「は……!?」



 はっきりと断り、レイナートの手の中で握りつぶしたはずの、皇帝からの求婚。

 それをよりによってレイナートの留守中に、王城の重臣たちに周知した……??



 玉座の足元を、トッ、と踏み切って跳び、ふわりとレイナートのそばに着地する皇帝。扇情的な薄着の服にたっぷりと宝石をまとっている。

 南国の果物の香りがレイナートの鼻をくすぐった。



「もはや貴様の私情で隠しとおすことはできまい?」



 挑発的な目を向け笑みながら、皇帝はレイナートにささやく。



「この国の中枢の皆に、余と貴様の結婚の是非を公平に判断してもらおうではないか」



   ◇ ◇ ◇

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