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(14)盲点の簒奪者

   ◇ ◇ ◇



「……ナルキッソスは大丈夫ですか?」



 イルゼの部屋のドアをあけ、ひょこっとのぞいたベルセルカ。

 膝にのせたナルキッソスを優しくなでながら、イルゼは答えた。



「思い出して、泣き疲れて眠っちゃってますね」


「あらら。こどもみたいですね」



 ベルセルカは部屋に入り、丸まっているナルキッソスを覗き込む。

 すうすうと寝入る黒猫は、普段よりも頼りなげで、ひと回り幼くなったようにさえ見えた。



「実際こどもみたいなものじゃないですかね?

 いくら前世の記憶や人生経験があると言っても、この世界に産まれてからは、たった2年ですからね。

 どうしたって、心も体の影響を受けますから」


「そういうものなんです?」


「そういうものでしょう。

 アンフィデール王女のお話はどうでした?」


「うーん、わかる限りでの、人間が悪魔の力を利用する方法……それから利用した事例、という感じでした」



 話しながらベルセルカは、いつかユリウス王子から明かされた秘密を思い出していた。

 レイナートの魔力を恐れた王家と国教会は、ユリウス王子をそれ以上に強くするために、悪魔の肉を食べさせたのだという。


 先ほどアンフィデールの語った悪魔の利用法の中に、悪魔の身体を体内に取り込むというのは含まれていた。


 レグヌム王家、または国教会の誰が、その方法を知っていたのだろうか?



「この世界でも私たちが前世でいた世界と同じように、

・悪魔を呼び出したら3つの願いを叶えてもらう

・そのかわり死んだときに魂を悪魔に捧げる

 ……というのが、一般的な伝承なんですよねぇ。

 ただ、召喚したからといって、召喚者の言うことを聞くとは限らないわけです。ナルキッソスの飼い主が食べられてしまったように」


「なるほど。ところでイルゼ。

 聖職者が実は悪魔の力を借りていた、という例は、イルゼの知っている限りでありますか?」


「私たちのもといた世界の教皇で一人、悪魔と取引したと言われている人がいましたねぇ。

 この世界でもありうることだとは思いますけどぉ」


「……やっぱりあらためて、国教会の協力が欲しいところですよね。

 隠すってことは権威が落ちるような事実がたくさんあるんでしょうけど……というか、今回は自分たちにとってもものすごい危機だということを彼らわかっていないんでしょうか」


「うーん。

 あるいはわかっていても、恥をかくよりは婉曲的な自殺を選んでいるのかも?

 大人って、そういう愚かさがあるでしょう?」



 そう言ってけらけらとイルゼは笑う。



「今、イクソドイデアにルーシー様とガイストがいるんですよね。

 何か機密資料でも盗み出してもらえないでしょうか?」


「あはは! ベルセルカ様、やっぱりその方が有益そうですよ」



   ◇ ◇ ◇



 一方。作業場にて。



「あたしの記憶、役に立ちそう?」


「……役に立つものもありそうだ。助かった」


「どういたしまして」



 レイナートが一応ねぎらうと、微笑み、目を伏せるアンフィデール。


 自信満々の妖艶な笑みではなくて、頬まで染めてどこか初々しい表情で、若干レイナートは戸惑った。



「……さて、一回片付けるか」



 レイナートは立ち上がり、テーブルと室内を見回す。

 片付けが好きなベルセルカがいても全然間に合わない量の日記類・手紙類と、作業者たちが作った無数のメモ書きが散乱している。

 借りている資料なので傷つけるなと何度も皆に言っているが、一度きちんと整理しないと。



「いったん資料について、家別に分けてくれ。

 自分たちが書き留めたものは、必ず自分の名前を書いて、俺のところに持ってくるように」


「「「はい!」」」



 皆が資料を分け始め、レイナートのところに次々とメモ書きが集まってくる。

 手元に集まるそれに目を落としていたレイナートは、ある記述に目を留めて、「……あ」と声を漏らした。


「どうなさいました、陛下」とブルグルが声をかける。



 レイナートは仕分けられた日記の一冊を手に取り、記述を見比べて確認した。



「ガイウス十六世の死亡時点で……ガイウス十五世が生きてる」


「ええと、お父上でしょうか?」


「ああ。王家に残っていた歴史書では、闘争の末に息子に王位を追われ、幽閉されたと。

 大変長命で、ガイウス十六世の死の前年に亡くなったとされていた。実際、王都の墓もそのように彫られている。

 とはいえ、ガイウス十六世が三十年も早く死んでいたからこっちも怪しいと思っていたが……ガイウス十五世が、十六世の死後王都に現れて葬儀の喪主を務めていた記述がある」


「ガイウス十五世の死亡年が王城の記録どおりでしたら、息子よりも三十年近くも長生きしたことになりますね。

 国教会の樹立はタイミング的に、ガイウス十六世の死後……」


「ガイウス十五世がもう一度王位に返り咲いた可能性はないか?」


「ありえます。

 高齢だったにもかかわらず、そのあと三十年も王で居続けられるかというと疑問符はつきますが」



 ブルグルは、ちらり、とアンフィデールの姿を見やる。



「……悪魔の力を借りて長く頑健な身体を維持したということならありえます。

 この仮説に基づけば、ガイウス十五世は王位を継ぐべき孫から王位を奪い取った。

 かつ、国教会……いや、当時は大陸聖教会のレグヌム支部ということになるでしょうか……教会に孫を入れてしまったということですね」


「教王はレグヌム王の庶子だったと伝わっている。

 となると、ガイウス十五世が、教会と結託して、何か息子の結婚に問題があったとして婚姻無効を主張した口だろうか」


「……大陸聖教会のほうの記録を確認しないと何とも言えませんが、もしもそのようなことがあれば、ガイウス十五世が破門されてもおかしくなかったでしょうね」


「破門、か」



 ――――大陸の北方にある島国・サクソナ連合王国をレイナートは思い出した。


 かの国の当代の王は、最初の王妃を毛嫌いし、また戦争で捕虜となった嫡男を(さげす)んで、王妃との婚姻無効を主張した。

 一説によると愛人にしようとした女に、愛人ではなく妻でなければ嫌だと主張されたからだともされる。

 その婚姻無効の訴えにより大陸聖教会の教皇と対立、サクソナ国教会を樹立し、最終的に大陸聖教会からは破門された。


(……という詳細が記憶に残っていたのは、何を隠そう、嫡男を捕虜にしたのは父バルバロスだったからだ。戦場に連れまわされていたレイナートにも、うっすら記憶が残っている)



「仮説につぐ仮説だけど、もし婚姻無効を主張したのだとすると、一つ疑念が湧いてくるわ」

とアンフィデールが口を挟む。



「ガイウス十五世が、亡くなった自分の息子の婚姻を無効だと主張し、ガイウス十六世の嫡男を排除したとしましょう。

 だけど、そうすると、三十年後に王位を継いだアントニウス一世はどこから来たのよ?

 ガイウス十五世が産ませたのだとすると、おそらく王妃が産んだのじゃないわよね? あるいは先に王妃が亡くなっていて、若い娘を後妻にしたのかもしれないけれど、だとしたら、ガイウス十五世の子は、まったく同じ理屈で排除されうるわよ?」

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