(12)ノワの召喚計画
「…………あの時私たちは、魔女の生き残りがいると聞いて、ワクワクしながらキミたちの村に向かっていたんだよね」
「ワクワクしてたのは師匠だけなんじゃないかにゃ?」
「あー…………まぁ、そうとも言えるかな。
だけど、私たちがもう少し早くキミのところに着けていたらって、いまでも思うよ」
「――――それは言っても仕方ないにゃ。師匠の言うこと、ノワが聞いたかもわからないのにゃ」
ナルキッソスは、すり、と、イルゼの頬に小さな顔を擦りつける。
猫の本能なのか何なのか、まるで自分の匂いをつけるようなその行為を大好きな人にすると、心休まるのだ。
「でも、オレは止められたのかもしれないにゃ」
◇ ◇ ◇
仔猫時代のナルキッソスは、飼い主ノワとの日々を送るなかで、彼女が定期的に自分の魔力を計測していることに気づいた。
魔導書に書いてある、初心者向けから上級者向けへと。
一つずつステップを踏むように、この魔法はできるのか、これができたら次はこれ、と試している。
どうやらそうして自分のレベルを測っているのだ。
ノワが試す魔法の中には、ナルキッソスの補助が必要なものや、ナルキッソスの身体自体に変化を起こすものもあった。
「!?
なにこれ!?」
いきなり黒い犬に変えられたり。
「うわわわわぁっ!
危ないよぉっ!!」
家のなかで燃え上がった炎をあわてて消したり。
危なっかしい魔法実験も含めて、ノワとの生活は確かに楽しかった。
けれどナルキッソスは、このままノワが魔女としての力をつけていくことには不安を覚えていた。
ノワは魔王を信仰していて、悪魔を呼び出そうとしている。
この世界ではどうなのかわからないが、少なくとも、ナルキッソスの前世の世界で伝えられる悪魔は、願いを叶えるかわりに魂を奪う恐ろしい存在だ。
前世で見た、悪魔憑きをテーマにした恐ろしい映画が頭の中に何度もよみがえる。
(生け贄で悪魔を呼び出しても、願いを叶えたら結局ノワの魂を奪っちゃうんじゃないのかな。それに思うような形で叶えてくれるとは限らないし……。
それに、悪魔を呼び出す前に誰かに家のなかをもし見られたら…………ノワが魔女狩りされちゃうんじゃ…………?)
結局その不安を、ノワに言うことはできなかった。
飼い猫の身だからというのもある。異世界転生者だと告白できなかったのもある。
それから…………。
「お母さんが生き返ったら、たくさんお魚を釣って食べてもらうの。
それで『釣りがうまくなったね』って誉めてもらうんだ」
「料理はまだあんまり作れないから、お母さんが生き返ったら、一緒に料理して教えてもらいたいなぁ」
「生き返ったときのために着る服も作っておいてあげなくちゃ」
キラキラした笑顔で願いが叶った未来のことを語るノワに、水を差すようなことが言えなくなってしまったのだ。
そんなノワは、またたくまに魔導書の三分の二の魔法をこなすようになった。
まだまだ成功率は危なっかしかったのだが、ここまでのレベルに達したら、悪魔を呼び出すことも可能らしい。
喜び勇んで、ノワは悪魔を呼ぶことに決めた。
――――しかし、ここで問題が発生する。
悪魔を呼ぶのには、いろいろな供物が必要だった。高価なものは他のもので代用するとして、替えがきかないのが、特に肉だという。
森の中にも獣はいるが、ノワが捕まえられる大きさにも限界がある。
村人から鶏を盗もうとも考えたようだが、バレて悪魔召喚を邪魔されたら困ると考えたようだ。
「供物が手に入らないなら仕方ないよ。気長にチャンスを待とう?」
そんな風にノワを慰めながら、ナルキッソスは、もう少しだけいつもの毎日が続くことにホッとしていた。
だけど……ノワは諦めなかった。
――――ある日、ノワは、弾んだ声をあげて外から帰ってきた。
「ナルキッソス!!
来て、来て!!」
そう言ってナルを抱き上げて少女は走る。森の奥。こんなに奥まで行ったら危ないよ。そう言おうとしたナルキッソスの目に、ある光景が飛び込んできた。
執念で掘ったらしい落とし穴の罠に、猪のこどもが落ちて死んでいた。
こどもと言いながら鶏よりもはるかに大きいそれは、供物の肉として十分に見え。
ノワが嬉しそうに何か話しているのに、ナルキッソスの頭には全然入ってこなかった。




