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(10)ベルセルカの仮説


   ◇ ◇ ◇



「おはようございますー!!」



 狭い寝室の狭いベッドの上。

 アンフィデールの寝不足の頭を強制的に目覚めさせたのは、朝から聴きたくない元気な少女の声だった。

 朝から軍装をきっちり着込んで、赤い魔剣を腰にさげ、ルビーのように真っ赤な髪は後頭部で結い上げている。ベルセルカ・アースガルズだ。

 ムカつくほどいい笑顔。腹が立つが、この少女、本当に美人なのだ。



「騒音が酷いわよ、あんた……!」


「なんか昨日ひと騒動あったようですね? 少しは眠れました?」


「……って、なんで朝から知ってるのよ!?」


「ナルキッソスから聞きました! というかもうみんな起きてます! 早く着替えないと朝ごはん食べ損ねちゃいますよー」


「あ、そう……」



 黒猫のことを思い出すと、ちょっと一瞬だけ罪悪感を覚えた。

 されるがまま、ベルセルカに布団を剥がされる。そのまま促され、寝間着から普段用のドレスに着替える。着替えが終わると、簡単に髪を結われた。

 このベルセルカという女、仮にも侯爵令嬢のはずなのに、どうして人の世話に慣れているのか。



「……黒猫は?」


「レイナート様と先に食事の席に行ってますよ?」


「……あんたをここに来させたのは、国王?」


「えーと、私の方で行っていいですかって話して、許可をいただきました!」


「ふーん…」


「――――じゃあ、行きましょうか!」



 国王がふたりきりにさせてもまず大丈夫だろうと踏んだのは、魔剣持ちのこの女の力がアンフィデールを上回るからなのか。

 もし、アンフィデールが特化型変姿魔法〈前世還りアド・ヴィタム・プリオレム〉で前世の悪魔の姿になったとしたらどうだろう。

 ……前世のアンフィデールの父を、ベルセルカは上回るのだろうか。



「……あんた、本当に王妃になる気なの」


「ちょっと気になっていたんですが」


「なによ?」


「ナルキッソスと朝話したんですけど、アンフィデール王女と私たちの『貴賤結婚』の定義が違うんじゃないかと思いまして」


「……え?」



 ぱちぱちと、瞬きをした。そのままベルセルカは話を続ける。



「異世界転生者たちに以前、彼らがいた世界での『貴賤結婚』について聞いたんですよね。

 彼らの世界では、建前上身分による区別をなくしたので、基本的には存在しなくなったものらしいんですが、時代や国によって、『貴賤結婚』とされる範囲が変わったと」


「え、待って、そんなに異世界転生者たちがいるの……?」


「まぁまぁそれはおいておいて。

 あのですね、アンフィデール王女の思う王家の『貴賤結婚』って、王家と貴族の、みたいな感じじゃないです?」


「ええ。

 だから王族は王族の中で、おじ姪・おば甥・いとこ同士みたいな近い血縁で結婚するか、他の国の王家の者と結婚しなきゃでしょう?

 テセウスだって、王族にあたるから姉の結婚相手になったわけだし、結婚に当たり、いったん当時の国王の養子になったって聞いたわ」


「現在のレグヌムやノールトの王室典範と貴族法では、国王と、臣下である貴族の令嬢との結婚は、『貴賤結婚』には該当しないです」


「……え」


「……とはいえ、そこまで身分差の大きな結婚はめったにないですし、貴族と平民の結婚はペナルティがありますし、身分差がある結婚は合法でもほかの貴族たちから『貴賤結婚』と呼ばれて反対されたり中傷されたりしますし……。

 そもそもレグヌムでは、王族とされる王佐公爵家自体が十三家もありましたし、これも王位継承権を持つ以外は重臣を務めたり、臣下の扱いですしね。

 それはご存じでしたか?」


「十三家、あるのは知ってたけど……多い、わよね…?」


「そうなんですよね。

 実際、“血の結婚式”事件で生き残った王位継承権保持者はレイナート様一人だけだったんで、十三家あってかろうじて王家の血をつなげた感じなんですけど……それは結果論ですよね。

 平時からみれば、ふつうの公爵家ならともかく、王族としての公爵家が十三家って多すぎるなぁって。以前から、なんでだろうってレイナート様と話してたんですよ。

 でもそれが、かつてレグヌムに『貴賤結婚』の縛りがあって、でもほかの国の王族と結婚できない事情があったとき、王族同士で結婚しなければならないということへの対策だったのなら、わかりますよね」


「……私の認識がふるかったってことね。

 悪かったわね、三百年前から更新できていなくて」


「いえ、私たちも、時代によって制度や考え方が変わっている可能性に気づけていなかったので……。

 転生者の一人が言っていたんですけど、異世界では貴賤結婚という考え方がもともとない国もあるし、とある国では、もともと王族は王族同士で結婚をと定められていたのを、とある王が『交戦国の王族との婚姻は望ましくない』っていう理由で自国民と結婚できるように法を改正したんですって。私たちの世界でもおんなじようなことが起きているかもしれませんね」



 そういえば、三百年前、悪魔だった自分の記憶を取り戻した途端、人間としての記憶の中で、だいぶそれに上書きされた部分がある。

 一人の人間の頭の中で管理できる記憶というのは、限りがあるのだろうか。



「長々と説明ありがとう。

 良かったわね。おめでとう、国王と結婚できるわよ」


「いえ。そういう話よりもですね。

 王家の歴史の30年分の空白を埋めるのに、関係するんじゃないかと!」


「あんたね……いや、もう腹立てるのが馬鹿らしくなってきたわ」



 なんだったら、愛しい男に愛されている自分を誇示してこっちを嘲笑うぐらいしてくれれば、同じ土俵で戦えるものを。


 あくまでこの女は、レイナート王のこと、国王レイナート・バシレウス・テュランヌスの将来のことしか考えていないのだなと思う。

 献身的というか、自己犠牲的というか……あれか、好きな人のそばにいられるなら自分は二番手でもかまわない系の女か?


 いや……。


 美少女で、一見ニコニコとして明るく人当たりがよさそうに見えるが、好きな男のそばにいるために貴族令嬢として逸脱した道を選び、王のそばで人を殺し続ける、人並外れた我の強さを貫いているはずの女だ。


 こんな女が、好きな男を独り占めしたいと思わないことがあるだろうか?



 話していると、皆で食事を行う部屋に着いた。

 おそらく本来は晩餐会に使われるであろう、広々とした室内に荘厳な装飾。

 すでにレイナート王がいて、黒猫がその肩にのっていた。黒猫はアンフィデールを見て、ぷいっ、とそっぽ向いてテーブルに降りる。



「話のつづきは、食事のあとに。

 ナルキッソスにちゃんと謝ってくださいね。

 なかなか許してくれないんですから」


「……ちょっとあんたたちの黒猫、態度デカすぎない?」


「仲間に最低限の礼儀を払うことは大切ですよ!」



 ベルセルカに言われて、ぼん、と背中を押された。

 細身のくせにベルセルカは力が強くて、思わず国王のほうによろける。

 レイナート王は、紫の目をこちらに向けて特に表情は動かさず、「おはよう、アンフィデール」と言った。無視されなかったことに、アンフィデールは動揺した。



「お……おはよう、ございます」

「ん」



(本当に、この綺麗な紫の目が曲者なのよね。

 どこか懐かしいような感じもして……。

 大して美男でもないくせに)



 それから、残念ながら声も自分の好みだったらしい。

 おはようと言われただけでなんだか嬉しいから、困る。


 いや……いまは黒猫に謝らなくては。

 そっぽを向く黒猫に向けて、アンフィデールはしぶしぶ頭を下げる。



「ごめんなさい、昨日は」

「ふん。嫌にゃ。絶対許さないのにゃ」

「だから、ほんの出来心だったのよ。あたしのことを邪魔するから」

「それも王女様が悪いにゃ」



 いかにも自分は機嫌が悪いんですと言いたげにしっぽをぶんぶんと振るナルキッソス。



(コイツ、絶対いま自分が可愛いと分かっててやってるわよね…)イラっとするアンフィデール。



「――――大丈夫か? ちょっと落ち着こうか、ナル」



 レイナート王は、猫をなだめるべく、小さな頭を撫でた。魅惑的な毛並みは、撫でたらとても気持ちがよさそうだ。

 王の手を、アンフィデールはじっと見つめる。

 この猫は、昨夜、レイナート(この男)と同じベッドで眠ったのか……と思うと、ベルセルカよりも黒猫のほうが死ぬほど妬ましく、胸がきゅうっとする。


 ああもう。この厳然たる現実から逃げる余地がなくなってしまった。残念だ。本当に残念だ。

 元夢魔(サキュバス)ともあろうものが……誘惑しないといけない相手に惚れてしまうなんて。



   ◇ ◇ ◇


多忙と不調とで更新が遅くなりました。読んでくださっている方々には大変お待たせいたしました。申し訳ございませんが、今後も不定期での更新とさせてください。

ほかの更新が止まっているものを先に更新するかもしれないのと、不調で本作の筆が止まっている間にリハビリとして本作のスピンオフのスピンオフを執筆したので、こちらも追って投稿させてください。

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『王子、婚約破棄したのはそちらなので、恐い顔でこっちにらまないでください。』

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