(3)魔女イルゼ
「おっかえりなさいですにゃー!!」
ナルキッソスは嬉しげな声をあげると、ブルグルの頭から、イルゼと名乗った黒服の女に向かって、ぴょいっ、と飛んだ。
イルゼは慣れた様子でナルキッソスを受けとめ、その胸に抱いて、わしゃわしゃと撫でる。
「久しぶりぃ。
ナルキッソスはあいかわらず美人だねぇ」
「師匠会えて嬉しいですにゃああああああ」
「ちょ、くすぐったい、くすぐったいってもうっ!!
……あ、お待たせしました、陛下。
ちょっと師弟が感動の再会をしてました」
イルゼは足元の棺をまたぎ、ナルキッソスを抱きしめたまま、レイナートの前に進み出た。
あとからわざわざ被った黒い三角帽子が、ふりふりと揺れる。
――――かつてこの大陸の各地で吹き荒れた魔女狩りの嵐。
それはすさまじい数の魔女、および魔女と疑われた男女を焼き殺し、この地上の魔女をほぼ絶滅させたと言って良い。
しかしその殺戮と蹂躙の中かろうじて生き残った文化や知恵を、その心を継承する者が、ごくわずかながらいたのである。
その一人が異世界転生者であるイルゼだった。
イルゼは、ある任務を引き受けた。
それは定期的に大陸中を回り、各国の情報をバシレウス家にもたらすというものだった。
情報はもちろん鮮度が大切なので、彼ら以外にも大陸各地に派遣して短いスパンで戻らせている間諜も多数いる。
ただ、潜入が難しい国、なかなか情報が入ってこない国に関しては、イルゼとブルグルの二人の独壇場である。
「今回のご報告で特筆すべきところとしましては、大半の国で、宗教の地位が徐々に下がり、かつてのような絶対的な力を失いつつあるということですね」
「原因は、イルゼはどう見る?」
「世俗権力との利害の対立。
宗教者の腐敗が周知されてきたこと。
国のシステムがより高度に発展してきたこと。
科学が各地で伸びてきたことで宗教の欺瞞が通用しなくなってきたこと
……などなどでしょうか。
各国首脳は、宗教的権威を引き続き利用しながら、それでもその力を抑え込もうと躍起になっているように見受けられます。
――――都合の悪いものの排除には相変わらず、宗教的なレトリックで大義名分をつくり出すようですが」
「『転生者の子』である俺を排除しようとしているように?」
「本来ならば、とぉっても強い大義名分ではありましたねぇ。
排除しようとする相手が、陛下でさえなければ」
イルゼは皮肉な笑みを浮かべる。
それなりに整った顔立ちなのを、あえて歪めているような笑みだ。
「しかしながら、ゲア大陸で最も文明が先行していると言われるヒム王国、陛下のご親戚テイレシア様がおられるベネディクト王国、加えてその近隣3国は、真っ先にこちら側につきました。
そして、独自の国教会を持つサクソナ連合王国の中立も、まぁほぼ確定」
「そしてノールトもこちらについた」
「聞き及んでおります。
だからこそでしょうねぇ。大陸聖教会と大陸中央神聖教会が、何がなんでも陛下の存在を取り除きたいのは」
「……そうですか。
お望みどおり、ご自分の信仰と心中させて差し上げましょう」
ベルセルカがさらりと口を挟む。
普段年齢相応な笑顔でいることの多い彼女の目が、一瞬だけ、狂戦士のそれになった。
「セーヴィルについての情報はあるか?」
「残念ながら、セーヴィルでは私はまったく彼の体外に出られませんでしたので、ブルグルからご報告を」
そう言うとナルキッソスを抱いたまま、すすすっ、とイルゼは後ろに下がる。
かわりにブルグルが前に出る。ちょっと棺を邪魔そうに避けた。
「あまり長い時間は滞在できませんでしたが……。
一言でいえば、素朴な、政教完全一致の支配体制でした。
国の民は宗教者を信じ、悪魔と異教・異端を敵視し、そして宗教者たちのなかに悪い者があらわれても迅速に取り除かれると信じている節があります。
国の環境は衛生的で、文化技術レベルは我々と同程度か、ややあちらの方が上。
弱点としては、どこの国でも同じ食料問題でしょうか」
「教王の動向は何かわかるか?」
「慕われてはいるようですね。
しかし、永遠に若く美しい王だという話は浸透していますが、実際に民の前に姿を現すことはほとんどないようです。肖像画もなく、民は想像で王の姿を描いて掲げています」
レイナートはかの王ウルティオの、オクタヴィアに似すぎた美貌を思い出した。
「わかった。ご苦労。
あまり休めず申し訳ないが、このまま報告書作成に入ってくれ。
明後日の夕刻までに欲しい」
「「承知いたしました」」
「作成後、こちらの調査に加わってくれないか」
「調査??」
「大陸聖王会議に加わる前の理論武装だ。
レグヌム王家と国教会がどういった経緯でウルティオ一世を追放したのか。
そもそもウルティオは何者だったのか。
……王家の日記には、残念ながら何も残っていなかった。だからな」
「それってっ……もしかして国中の貴族の家から二百年前のご先祖の日記が残ってないか探す、めちゃくちゃ地道な作業になります??」
「イルゼ、嫌か?」
「とーんでもない!!
めっちゃめちゃ最高に滾ります!!
だって、今まではやろうとしてもできなかったですからねぇ★
バシレウス家は代々断捨離派で、日記も手紙もガンガン焼いてた当主ばかりで、私がどれだけ悔しい思いをしたか!
それが、やったぁナルキッソスっ!!」
「良かったにゃ、師匠!!
おめでとうにゃ!!」
ナルキッソスを抱いたまま浮かれて踊り出すイルゼ。
対照的なのは、
「まじかー……」
と言葉を失って遠い目をして立ち尽くしているブルグルだった。
前世から、細かい資料調べや突き合わせが大の苦手だったそうな。
「各地に行かなくて済むように、今、フェレス公爵領に、各所から借りられた日記や手紙を集めている。
絶対に混ざったり紛失したりしないよう、注意して調査をすすめてくれ」
「さすが陛下!
あと、ちょっと眠っててよくわかんなかったんですけど、前世が悪魔な女の子が加わってくれるんです?」
「ノールトのアンフィデール王女だ。
たぶん俺たちが知らない情報の宝庫だろうな」
「おおおおっ!!
こんな機会を与えてくださり国王陛下に感謝いたしますううっ」
格好に似合わず、大げさにひざまずくイルゼだった。
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